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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

ガデルフォーンについての勉強会

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「このように、ガデルフォーン皇国の存在する空間こそ違いますが、世界的な意味ではエリュセードに属しており、表と裏の間では互いに行き来があり、交易にも外交にも支障はありません」

 ディアーネスさんの私室にお邪魔した翌日の朝、私はレイル君とルイヴェルさんの三人で勉強の為に用意された一室にお邪魔していた。
 宰相のシュディエーラさんを先生役に、宙に浮かび上がっている資料用の写真(シャルフェ)や映像(シャルム)を見ながらの皇国講座。
 生徒は私とレイル君で、窓辺の方ではルイヴェルさんが本を片手にのんびりと椅子に座って寛いでいる。
 ちなみにカインさんは……、例の如く、勉強なんて面倒臭いと言って朝から朝食の後から行方不明。相変わらずと言えば、相変わらずなのだけど……。
 ルイヴェルさんも、先生役のシュディエーラさんも、特にカインさんを連れ戻しに行く気はないらしく、結局この部屋で学ぶのは私とレイル君の二人だけになってしまった。

(まぁ、特に問題はないのだけど……、たまには一緒に勉強しても良いんじゃないかなぁ)

 穏やかな物腰で丁寧にわかりやすく教えてくれるシュディエーラさんの授業は楽しく、国の成り立ちの部分から始まった説明の中にも、楽しいお話やワンポイントアドバイスなどなど。
 非常に為になるお話ばかりで、とっても有意義に勉学の時間を楽しめている。
 
「初代ガデルフォーン皇帝さんは、表側の人だったんですね……」

「はい。一般的には私達の種族は魔竜と呼ばれておりますが、正確には、『竜煌族』というのが種族の名です。ですが、このガデルフォーン皇家の初代様は……、元はイリューヴェル皇家の流れを受け継ぐ方だった、という説がございます」

「イリューヴェル皇国……」

 意外なところで出てきたカインさんの生まれ故郷の名前。
 古くから伝わる伝承や歴史の流れを綴った書物には、表側の世界から迷い込んだ一人の青年が神様の力を借りて新しい国、つまり、ガデルフォーン皇国を生み出したとある。
 神様から託された奇跡の宝玉、それを手に初代皇帝となった人……。
 その始まりに至った経緯は、イリューヴェル皇国の次期皇帝の座を巡る醜い争いから生まれた、とガデルフォーンの歴史に記録されているらしい。
 神様の後ろ盾と宝玉を手に、新しい国を築いた人……。
 あれ? という事は……。

「ガデルフォーン皇家の人達とイリューヴェル皇家の人達には、血の繋がりがある、という事ですか?」

「そうですね。歴史が事実であれば、確かにそうなります。ですが……、神と宝玉の力を借りて国を生み出した初代皇帝陛下は、その時に新しい種族として生まれ変わった、と書物には記されておりますので、世界的には別種族として捉えられておりますね」

 だから、ガデルフォーン皇国とイリューヴェル皇国の間では、あくまで別種族としての交流を行っているらしい。ちなみに、当代のガデルフォーン女帝とイリューヴェル皇帝の中は最悪のものらしく、会えば喧嘩ばかり、と。後半の情報については私も知っているものだ。
 
「そして、初代皇帝陛下が神より賜った奇跡の宝玉は、ガデルフォーンの地を治める者の証となり、この国に繁栄をもたらし続けています。ですが……」

 そこで小さく溜息を吐くと、シュディエーラさんは映像を別の物に切り替えた。
 今度は、何だか体格からして屈強な人達や、中には人の姿から大きく外れた姿もあって……、その顔に浮かんでいる欲深そうな気配に、私とレイル君はごくりと息を飲む。

「昔から変わらず、宝玉の絶大な力を手に入れようと陛下に挑戦してくる者が後を絶ちません。まぁ、大抵は門前払いの残念な目に遭いますが」

 その対応に駆り出される人手と時間が無駄なんですよねぇ……、と、麗しの宰相様は本気で面倒臭そうに溜息を繰り返している。
 
「こちらも手を出されない限りは罰するわけにもいきませんし、いっそ分割せずに一斉襲撃で来て頂きたいところなのですが、なかなか上手くいかないものです」

「「は、はぁ……」」

「宝玉の力は、建国当時ほど絶大でもなく、国の維持と安定、制御にその力の全てを注いでおります。まぁ、他にも使える力はありますが……、たとえ女帝陛下を負かせたとしても、統治者にはなれません。宝玉は傲慢な者を嫌いますから」

 控えめながらも忌々しそうに映像を消したシュディエーラさんは、ビジュアル的にも挑戦者の人達はアウト揃いだと混沌としたオーラを漂わせながら呟いた。
 窓辺のルイヴェルさんの方は……、あ、全然興味ないって顔で欠伸を噛み殺している。

「とまぁ、そんな困った方々の訪問もありますが、御心配なく。ユキ姫殿達に害が及ばぬ様、皇宮の者一同、心を尽くさせて頂きます」

「あ、ありがとうございます」

 今度はふんわりと、女性にしか見えない美しい微笑を浮かべてくれたシュディエーラさんの静かなる迫力に慄いていると、その足元にぞわりと悪寒が走るような存在を見てしまった。
 うにょうにょとシュディエーラさんの影から這い出てくる……、しょ、触手!!
 真っ黒で、ぬっめぬめのグロテスクなそれは、シュディエーラさんの大切なお友達だ。
 あれ……、今日は、何故かその真っ黒ボディにピンクや黄色のリボンが……。

(まさか……、お洒落!? お洒落なの!?)

 触手の正式な数え方なんてわからないけれど、一匹どころか、二匹、三匹……、今日は五匹!!
 お疲れ気味のシュディエーラさんを励ますように、

「「「ミュゥ、ミュゥ~!!」」」

 聞こえてくるその鳴き声は文句なしに可愛らしい。――鳴き声だけは!!
 のっそりのっそりとシュディエーラさんの傍を離れ……、あぁ、こっちに来る!!
 レイル君と一緒にガタリと物音を立てて席を立ち上がった私は、敵意なしだとわかってはいても、全身に鳥肌をぞわりと立てて後ずさってしまう。

「ミュゥ~……」

「うっ……、ご、ごめん、ね? 今、勉強中だから」

「ミュゥ、ミュウゥ……」

「いや、俺も……、ユキと勉強に集中したいから、遊んではやれないんだ。すまない」

 一緒に遊ぼうと言われている気がして断ってみると、一気に悲しげな気配が触手から!!
 なんだろう、物凄く悪い事をしてしまったような罪悪感が……っ。
 思わず、恐る恐るといった感じで右手を伸ばした私は、触手の頭の部分らしきところを撫でてみた。
 ……ぬるぅぅぅぅぅぅ。
 
(うん、物凄くベトベトしてる。だけど、撫でてあげると何だか嬉しそうな気配が……)

 怖い怖いと、気持ち悪いと第一印象で感じてしまい、今もまだその思いがある。
 けれど、それではいけない……。この子達はシュディエーラさんの大切なお友達。
 敵意もなく、仲良くなろうと歩み寄ろうとしてくれている。
 少しずつでも、その思いに応えなくては!!
 というわけで、周囲を触手に取り囲まれた私は、その頭? に手を置いたまま、アイコンタクト? を取り始めてみた。……目がどこかは全然わからないけど。

「ミュゥ~!」

「だ、大丈夫か……? ユキ」

「う、うん……、ずっと見続けていれば、多分……、慣れる、はず」

「いや、あきらかに危険な汗がダラダラとっ、ユキ!! 顔が一気に青ざめてるぞ!!」

「大丈夫、だいじょ~ぶ……、――きゃああっ!!」

 レイル君に大慌てで心配されながらも根性で意識を保っていると、突然触手達が炎に包まれた。
 それは私の肌や服を燃やす事はなく、触手だけをボロボロと炭に変えていく。
 一体誰がこんな酷い事を!! 視線を走らせると、淡く光り輝く陣の後ろに……。

「何やってるんですか!! ルイヴェルさん!!」

「お前が気絶する前に助けてやっただけだが?」

「だからって、何も燃やさなくたって……!! あぁ、どうしよう、触手ちゃん!! 触手ちゃん!!」

 せっかく、何かが通じ合えそうな気がしていたのに!!
 私の手の中で成す術もなく崩れ去っていく触手、いや、触手ちゃん達に何も出来ない。
 
「触手ちゃぁあああん!!」

「苦手にしていたくせに、あの数分で何を通じ合わせたんだ、お前は……。下をよく見てみろ」

「え?」

 消し炭となったはずの触手ちゃん達が、――ビクビクと震えたかと思うと。
 どんな驚異の再生力なのか、ある程度まで原型を取り戻すと、シュディエーラさんの影に吸い込まれていってしまった。
 
「大丈夫ですよ。この子達は殺しても死にませんので」

「それを先に言っておいてほしかったです……」

「ふふ、影の中で暫く休めば、完全に回復します」

 私の目の前に立ったシュディエーラさんの影から、心配するな~と励ましてくれているような触手ちゃん達の声が聞こえてくる。
 それにほっと胸を撫で下ろした私は、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
 顔を窓側に向け、じっとりとルイヴェルさんに抗議の目を向ける。

「でも、やっぱり燃やすのは良くないですよ」

「別に再生するのだから構わないだろう? 大体、あんな顔面蒼白になっておきながら、よくゲテモノを庇えるものだな」

「ちょっとだけ、仲良くなれそうな気がしましたっ」

「気がした、だけだろう? 無理はやめておけ。あとで苦労するのは主治医の俺だ」

「うぐっ……。と、とにかく、もう燃やすのは駄目です!!」

 本を閉じたルイヴェルさんがこちらに寄ってくると、余裕たっぷりの大魔王様な笑みを浮かべながら私の顎を持ち上げた。
 この人がこんな目をする時は、大抵いじられる前兆……、というか、もうそのルートに入っている。

「その言葉通りに従うとすれば、次からは一切助けずに静観を決め込んでもいいと、そういう事になるな?」

「き、緊急事態以外はそうして頂けると助かりますっ。というか、緊急事態の時でも、出来れば燃やさずに」

「随分と都合の良い頼みだな。助け方にも口を出すわけか? 流石は我らが麗しき王兄姫殿下、注文の多い事だ」

 もしかしなくても、今のルイヴェルさんは少し機嫌が悪いのかもしれない。
 善意で助けてやったのに、その恩を仇で返すような真似をするなと言いたげに、その声音には棘が感じられる。
 
「ルイヴェル、あまりユキの負担になるような事はしないでくれ。触手の件に関しても、燃やさずに助ける事など簡単だろう? お前なら」

「まぁな……。だが、忠誠を尽くす臣下にこの態度は……、あんまりだと思わないか?」

「はぁ、……わかった。ユキを助けた心遣いを端におかれて、拗ねているんだな? お前は」

「ほぉ……、俺がこの程度で機嫌を曲げるようなお子様だと、そう言いたいのか? レイル」

 パッと指先を離され解放された私は、やれやれと呆れ混じりのレイル君に冷ややかな視線を送るルイヴェルさんの顔に同じものを感じた。あ、図星かも、と。
 いつもと意地悪の仕方に微妙な違いがあるというか、愉しさよりも不機嫌さが少し表に出ているというか、とりあえず……、最初にお礼を言わなかった私が悪いのだろう。

「あの、ルイヴェルさん……。助けようとしてくれた事に関しては、本当に有難いと思っています」

「……」

「でも、やっぱり敵意のない相手を燃やしたり、再生するからって乱暴に扱うのは良くないと思うんです」

「あの僅かな時間で情を覚えたわけか。慈悲深き王兄姫殿下に相応しい在り様だな」

 うん、やっぱりこれは……、ヘソを曲げてしまっている状態だ。
 まぁ、最初の時にも助けて貰っておいて、今更触手ちゃん達を気遣うようになった私もアレだけど、あの子達はきっと、外見に反して真っ新で無邪気な存在なんだと思う。
 シュディエーラさんの命令には絶対服従みたいだけど、唯一、その感情を伝えてくる鳴き声はとっても素直な響きがあって……。
 怖がってしまった事が、今更ながらに悪いと感じられた。

「ルイヴェル……、大人だろう? 素直に礼を言った上で頼んでいるんだ。ユキの気持ちを考えてやれ」

「……あとで、触手達に詫びの品でも届けてやる」

「おや、ルイヴェル殿が負けを認めるとは珍しい。ふふ、私もこの子達と一緒に楽しみにしておりますね」

 納得してくれたわけではないようだけど、とりあえずは穏便に済んだと思っていいの、かな?
 フォローを入れてくれたレイル君にお礼を言った私は、それからまた勉強に集中し始めたのだけど、窓辺で静かに本を読んでいるルイヴェルさんの事も気になって……。
 私の視線は度々窓辺へと向かってしまうのだった。
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