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第三章『序章』~女帝からの誘い~
フィルクへの報告・前日の珍騒動
しおりを挟む――SIde 幸希
ガデルフォーン皇国への遊学準備に追われ、あっという間にやって来た出発前日の午後。
私は王宮医務室のお手伝い係として生活を始めた記憶喪失の青年、フィルクさんを訪ねていた。
怪我の治りは順調だけど、依然として記憶は戻らないまま……。
それでも、フィルクさんなりに王宮での生活を楽しめる余裕が出てきているようで。
「明日から一か月……、ユキさんと会えないんですね。ちょっと、寂しいです」
セレスフィーナさんに淹れて貰った紅茶のティーカップに口を付けながら、フィルクさんは言葉通りの悲しげな表情で一か月の別れを寂しがってくれている。
私も、ウォルヴァンシア王宮の皆さんやフィルクさんと会えなくなるのは寂しいけれど、他国での遊学はきっと、あっという間の日々だろう。
だから、お互いに慣れない場所に馴染む努力をしながら日々を送っていれば、すぐにまた会えると微笑んで言葉を向ければ、フィルクさんは僅かにその表情を綻ばせてくれた。
「そう、ですね……。一か月なんて、あっという間ですよね」
「そうよ、フィルク。貴方にはこれから沢山医務室の仕事を手伝って貰わなくちゃいけないんだから、寂しさを感じてる暇なんてないのよ?」
「ふふ、そうですね。ルイさんがユキさんと一緒に行ってしまう分、頑張ってセレスさんの助けになれるように頑張ります」
フィルクさんの隣へと腰を下ろしたセレスフィーナさんが彼の肩に手を添えながら励ましている光景を見ながら、やっぱりルイヴェルさんはここに残して行った方が良いんじゃ……と、何度目とも知れない悪足掻きに似た思考を巡らせてしまう。
二人で王宮医師のお仕事をやるのが普段の在り方なのだから、セレスフィーナさんの負担を増やしてまでルイヴェルさんに同行して貰う必要は……。
「あの、セレスフィーナさん……。明日の朝、ルイヴェルさんが起きて来れないように睡眠薬的な物をお茶に混ぜて貰うとか出来ないでしょうか」
「ゆ、ユキ姫様……」
そして、出来る事ならば、同行に関する記憶も綺麗さっぱりあの王宮医師様の中から消せるような魔術を云々……、と、本気の悪足掻きに入り始めた私は、――恐ろしい気配がすぐ間近まで迫っている事にまるで気付いていなかった。
「その方が私にとってもセレスフィーナさんにとっても良い事だと」
「ほぉ……、この後に及んで、まだ足掻く気か?」
「――っ!!」
ぞくりと左耳の鼓膜が正体不明の震えを感じたその瞬間、ふっと耳に息が吹きかけられた!!
恐怖と驚きのあまり飛び上がりそうになった私の肩をがっしりと両手で押さえつけ、顔を覗き込んで来たのは、王宮医務室を留守にしていたはずの、――ルイヴェル(大魔王)さん!!
う、嘘!! 扉が開く気配も、庭に面している全面窓張りの扉からも何一つ物音はしなかったのに!!
「俺に睡眠薬の類を盛る算段をしていたようだが……。その程度で俺の動きが止められると、本気で思っているのか? ユキ」
「ひぃいいいいい!! ご、ごめんなさいごめんなさい!! う、嘘です!! 出来心です!! 本当にそんな事をしようとか全然考えてませんから!!」
「でも、……さっきのユキさんの目、本気でしたよね」
「フィルクさん!! 忘れてください!! さっきのアレは全部!!」
悪気がないのはわかる。だけど、大魔王様を刺激するようなネタは突っ込んで来ないでほしい!! ……実際は、本当に、実行可能なら試してみようと思ってしまったけれど!!
じっとりと銀フレームの奥にある深緑の双眸に冷たく視線を突き刺され、私は大慌てでソファーからの脱出を図り始める。
しかし、大魔王様の手にかかれば、小娘の一人や二人、逃げ場を封じるのは簡単なわけで……。
大した抵抗も出来ずに、私はルイヴェルさんから魔力製の手錠をかけられ拘束されてしまった。
隣に腰を下ろした王宮医師様が、満足気に足を組んだ、――その瞬間。
「ルイヴェェェェル……!!」
凍り付いてしまいそうな強烈極まりない冷気が目の前のソファー席から立ち昇り、麗しの女神様が般若と呼ぶに相応しい怒りの形相で自分の弟さんの名を絶望の淵から這い登ってくるかのような声で音にした。
気のせいだろうか……、彼女の黄金の長い髪が蛇のようにうねっている幻影が見える!!
「貴方って子は……、一体何度言えばわかるの!! 私達はあくまで、ユキ姫様の臣下!! 礼儀を弁えない言動は慎みなさいとあれほど!!」
「せ、セレスさん、まぁまぁ」
礼儀正しい温厚なセレスフィーナさんにしては珍しく、飄々としている弟さんの方へと一瞬で移動してみせると、その胸倉を掴んで激しく揺さぶりだした。
まさに、双子のお姉さんだからこそ出来る暴挙!! ルイヴェルさんも大人しくユサユサと揺さぶられているしっ。
「セレス姉さん……」
「何よ!!」
「どんな感情に支配されていても、セレス姉さんは美しいな」
――流石は双子のお姉さん大好きを地でいくルイヴェルさん。
息を乱しながら責め立ててくるセレスフィーナさんを静かに見据え、その美を称えている。
勿論、それで絆される様な彼女ではなく、ルイヴェルさんの場違いな発言は彼女の怒りをさらに煽り立ててしまった。
「そういう話をしているんじゃないでしょうが!! ああ、もうっ!! 早くユキ姫様の拘束を解きなさい!! 不敬罪よ!!」
「それは出来ないな。臣下の心を袖になさろうとした王兄姫殿下には、色々と話したい事がある」
「自業自得でしょうが!! 大体ね、貴方の愛情表現は昔から捻くれすぎなのよ!! それで本気で嫌われたらどうするの!? お姉ちゃん、慰めてなんかあげないんだから!!」
「手加減して愛情を示しているつもりだが?」
……どの口でそれを言いますかっ!!
動くに動けずその場で内心の全力ツッコミをした私は、向かいのソファーで苦笑しているフィルクさんと視線を交わして溜息を漏らした。
とりあえず、明日の出発は確実にルイヴェルさんがその場に居合わせる事間違いなしだろう。
そして、セレスフィーナさんの胃がキリキリと痛む一か月が始まる、と。
あ、私もいじられ過ぎて胃痛になったらどうしよう……。
お薬をくれそうな同行者の王宮医師様自体がストレスの原因になりそうな可能性大だし、うぅっ。
それから三十分ほど双子の王宮医師様達の温度差の激しい姉弟喧嘩は続き、良からぬ事を考えた私にも、それ相応のお仕置きが下されたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ユキ、こんな夜更けにどうしたんだ? 風邪を引くぞ」
「あ、アレクさん。こんばんは」
出発の日を前に、遊学への準備に漏れがないか確認し終わった私は、夜着の上にカーディガンを羽織って自分の部屋の傍にある庭に出ていた。
瞬く美しい夜空の星々を見上げていると、まだお仕事中なのか、騎士服姿のアレクさんの姿が。
外用の長椅子に腰かけていた私は、立ち上がろうとしたのを手で制される。
「それでは寒いだろう?」
心配そうにそう言って、アレクさんは自分の上着を脱いで私の身体にそれを着せてくれると、自分も私の隣へと腰を下ろしてきた。
ウォルヴァンシア王国は、一年を通して気候が安定していて過ごしやすい国だと聞いているけれど、夜になればそれなりに気温は下がる。
私に風邪を引かせないようにと心を配ってくれるアレクさんにお礼を言うと、気にするなと微笑まれた。
「そういえば、何か用事でもあったんですか? 私を訪ねて来てくれたんですよね?」
「あぁ。明日の朝は、俺は騎士団の仕事で見送りに行けないからな……。だから、迷惑だとは思ったが、会いに来た」
「アレクさんに対して迷惑だなんて、絶対に思いませんよ。訪ねて来てくれてありがとうございます」
見知らぬ地への不安と緊張はそれなりにあるわけで……、本当は一度早目にベッドへと入った私だったけど、上手く眠れなくて庭に出てしまった。
でも、それで良かったのかもしれない。明日から一か月……、アレクさんと会えなくなる前に、もう一度会えたから。
「次に会えるのは……、一か月後、か」
他国で学ぶには、短すぎる期間……。
けれど、アレクさんの零した音は、それが一年にも、二年にも思えるような切ない響きがあった。
膝の上に乗せていた左手にアレクさんの温もりが重ねられてくる。
以前はその温もりに心から安心出来ていたけれど、その胸の内を知ってからは、触れられる事にある種の緊張感を抱くようになった。
普段は剣を手にしている力強い大きな手のひらの熱に、ぴくりと肌が震えてしまう。
「ユキ……」
「は、はいっ」
思い詰めたような顔つきで見つめられる事数秒……、アレクさんは言葉を続ける事はなく、疲れ切った溜息を零した。ど、どうしたんだろう……。
「俺も……、ついて行きたい」
「あ、はは……。お仕事、ありますからね。そのお気持ちだけで十分です。ありがとうございます、アレクさん」
がっくりと項垂れて本音を漏らすアレクさんに緊張感を緩和させられた私は、その哀愁を背負った背中をポンポンと軽く叩いておいた。
元々、私がこの異世界エリュセードで暮らし始めた時から過保護気質な人だったけど、私に対して恋愛感情を抱いてしまったせいか、その傾向が特に強くなっている気がする。
今も、小さくブツブツと、「今回だけでは定職に就いていないあの竜が云々」だとか、「ユキ専属の騎士になる為に、騎士団を辞める手も」などなど、全力で御遠慮したい事を呟いているし。
まぁ、騎士団を辞めるとか、そういう呟きが決して本気ではない事はわかっているから良いとして……。
(私がいない一か月間……、ルディーさん達に色々と気苦労をかけそうだなぁ)
今だってこの落ち込み様だし……、一か月間本当に耐えてくれるのだろうか。
とりあえず、セレスフィーナさんから貰った通信用の道具で定期的にアレクさんとも連絡を取っていれば、あまり心配をかけずに済むと思うのだけど。
……プラス、ルイヴェルさんから何かされた場合も、それを使ってセレスフィーナさんに言い付けてお説教をして貰えるお役立ちアイテムでもある。
「はぁ……。遊学と騎士団の多忙期さえ重ならなければ……っ」
「大丈夫ですよ、アレクさん。お互いに自分の生活に集中していれば、すぐにまた会えます。だから、ね? そんなに落ち込まないでください」
「お前に会えなくなるのも耐え難い事だが……、何よりも、これからの一か月で、あの不埒極まりない竜が何を仕出かすかと思うとっ」
「アレクさ~ん……、ルイヴェルさんとレイル君も一緒に行くんですよ? 別にカインさんと二人きりの行動じゃありませんし」
アレクさんの脳内で、私が一体どんな目に遭っているのかは見えないけれど、勿論その点に関してはきちんと考えている。
私だって見知らぬ他国の地で、カインさんから隙を突かれての不意打ちアプローチなんて受け止められる自信がないし、出来れば心臓を平穏に活動させてほしい。
だから、二人きりにならないように気をつけますと、アレクさんに微笑んでみた結果。
「お前がどう気を付けたところで、あの竜は予想外の行動に突っ走る可能性が多大にあるような男だ。弱々しい抵抗しか出来ないお前を寝台に押し倒したり、挙句の果てにはその先を求めて」
「アレクさん!?」
のんすとっぷ!! 脳内暴走!!
その長身の体躯を折り曲げて、恐ろしい未来予想、というか、どう考えても間違った妄想をして苦しみながら打ち震える騎士様に、私は思わずその頭をはたいてしまった。……あ。
「ご、ごめんなさいっ」
「……そうだ」
「アレクさん?」
私の一撃なんて何のダメージもなかったのか、アレクさんは突然顔を上げてカッと目を見開くと、名案を思い付いたように立ち上がった。
「ユキ、ルイを有効活用だ」
「はい?」
「あの横着な竜も、ルイを相手には弱いようだからな……。お前の貞操を守る為にも、ルイを番犬代わりにお前の傍においておけば。あぁ、そうだ、お前が寝ている間も、ルイに寝ずの番を」
「ルイヴェルさんを酷使する気ですか!? ……というか、四六時中あの人にベッタリされてしまったら、もれなく私の精神が大崩壊ですよ!!」
大体、就寝時間中もルイヴェルさんが私の番をするとか、どちらにとっても得な事がひとつもないというのに……、今、この騎士様、本気で言った気がする。
「だが、そうでもしなければ……、あの竜が」
「アレクさんの思っているような事態は絶対実現しませんから!! はぁ……、お願いですから落ち着いてくだ」
「番犬野郎の言う通り、確かに俺の自由度は上がるよなぁ?」
え……。一人で勝手に暴走の道を突っ走りそうになっているアレクさんを宥めていると、不意にどこからか愉し気な声が聞こえた。
誰かなんて確かめなくてもわかるけれど、今一番顔を合わせては不味い者同士が居合わせてしまったと見ていいだろう。
私を背に庇ったアレクさんの目の前に、空から舞い降りてきたとしか思えない様子で鮮やかな着地を果たした真紅の瞳の青年が、その腰に片手を当てて自信満々に胸を張って現れた。
やっぱり……、カインさん。明らかにアレクさんを挑発する気全開の様子だ。
「過保護な番犬野郎は大人しく仕事三昧でも楽しんでろよ。その間に、俺はユキの特別になれるよう先手を打たせて貰うからな」
「貴様……っ」
「邪魔なテメェはいねぇし、ユキの唇くらいは奪えるかもなぁ?」
うん、わかってた……。二人が顔を合わせれば面倒事が起きる、って。
どう止めに入っても、全然私の話なんて聞いてくれないし、気が済むまで罵り合う事も知ってる。
だ・け・ど、今は夜!! 王宮の皆さんが穏やかに眠りの中に入っている時間帯……。
つまり、今ここで二人が喧嘩など始めては、多大なるご近所迷惑にしか繋がらない。
というわけで……、まず。
「カインさんから退場をお願いします!!」
「は? お、おいっ、何やってんだよ!!」
勇気を出して二人の間に割り込んだ私は、まず挑発的なカインさんの腕を引っ張って回廊の方へと進み始めた。男性相手だから、その場で踏ん張られると私の方が不利。
だけど、全力でカインさんを回廊の向こうに追いやらなくてはならない。
二人を引き離して、王宮の皆さんの安眠を死守しなくては!!
と、頑張ってみたのだけど、カインさんに自分から触れている私の事が気に入らなかったのか、アレクさんが私の腕を引っ張って自分の方に引き寄せようと頑張り始めてしまった。
ち、違うから!! 今その行動は絶対に間違ってますから!! アレクさん!!
さらに今度は、それを見てイラッときた様子のカインさんが拘束された立場から簡単に拘束する側へと転じ、私の腕を引っ張り始めた!!
「ちょっ、カインさんまで何やってるんですか!!」
「テメェの所有物みてぇに、番犬野郎がお前に手ぇ出してるからだろうがっ」
「ユキは誰の物でもない……。だが、貴様のような輩にユキが触れるのは許容出来ない」
「ああ? 何様のつもりだテメェ。毎回毎回人の事下に見やがって!!」
チーン……。駄目だ、この二人……、何をやっても喧嘩の種にしかならない!!
アレクさんの方に抱き寄せられたかと思えば、今度はカインさんの腕が奪い返しに私の身体を攫い、またそれを取り返しに、以下延々。
あぁ、夜空に瞬く星が綺麗だなぁ……、はは。
――って、そうじゃない!! 早く二人をどうにかしないとっ。
「ふ、二人ともっ、いい加減にっ、わっぷ」
「ユキを手荒に扱うな。この駄竜が」
「ざっけんな!! テメェだってムキになりやがって同じ事やってんだろうがっ」
「俺はユキを傷つけないように力を加減している。何も考えずに無茶をしている貴様とは違う」
どっちもどっちだと思います……、はい。
止めるに止められない凄まじい奪い合いのど真ん中。
まるでボールにでもなったかのような心地で意識を失いかけていた私は、次の瞬間ぐんっと上に強く引っ張り上げられる気配を感じた。
アレクさんとカインさんの争っているその中心から宙に向かって飛んだ私の身体。
あれ? お月様が……、すぐ真上に見えて……。
「我が麗しの王兄姫殿下は、相変わらず男達を惑わす術(すべ)に長けておられるようだな?」
「え……。る、ルイヴェルさん!?」
何か物凄い音が下から聞こえてきたような気がしたのと同時に、私はぽふんとその人の腕の中へと収められていた。風に煽られて翻る白衣、やれやれと疲れを宿しているのは銀フレームの眼鏡の奥の深緑。目を瞬いて自分の状態を確認した私は、自分が大空の只中でルイヴェルさんの腕に抱かれている事を自覚した。視線を下に向ければ、アレクさんとカインさんが……、何故か地面に倒れこんでいるのが見えて……、あれ?
「えーと……、どういう事なんでしょうか?」
「お前に用があって来たところ、馬鹿をやっているアイツ等の姿が見えたからな。これで良かったんだろう?」
つまり……、私をあの二人の争いの中から助け出し、ついでに……。
「何をしたんですか?」
「以前にユーディス殿下から賜った釣り竿でまずお前を釣り上げ、用済みとなったそれで二人に仕置きを与えただけだが、やはり……、手加減し過ぎたか?」
「やりすぎですよ!! あぁ、もうっ」
地上に降り立つと、確かに二人の傍にはバキリと二つに折れた釣り竿の残念な姿があって、アレクさんとカインさんの後頭部には痛々しい大きなタンコブがっ!!
釣り竿は魚を釣るものであって、人を一本釣りしたり、人を殴打して良いものじゃない!!
「だ、大丈夫ですか!? アレクさんっ、カインさんっ」
「ぐっ……」
「ふぇぇ……」
アレクさんの方は流石騎士様というべきか、まだ意識はあるようだけど、大ダメージは免れなかったようで、上体を起こしながらその蒼の視線はぎろりとルイヴェルさんに向けられた。
カインさんの方は……、あ~……、完全に撃沈させられている。
「ルイ……、もう少し、やり方というものを」
「黙れ。ユキの事になると我を忘れ、簡単にカインの挑発に乗る駄目さ加減をどうにかしろ」
「面目ない……」
「カインの倍は生きているんだ。少しは余裕を持ったらどうだ?」
「……ユキに関しては、余裕など」
その場に正座をさせられたアレクさんが王宮医師様に冷ややかな視線と容赦のない言葉で責められ、どんどん心象イメージ的に小さくなっていく気がする。
「ふん、騎士団で鍛えた鋼の精神はどうした? 色恋で折れるようなものだったのか? この腑抜けが」
「る、ルイヴェルさんっ、喧嘩を売って来たのはカインさんなので、アレクさんに対してはそこまで言わなくても」
私に対して意地悪を仕掛けてくる時とは違う、容赦のないドSな発言の数々。
いっそカインさんのように気絶してしまった方が良かったんじゃ……。
「丁度良い。一か月間ユキのいない生活に耐え、その軟弱な精神を鍛え直して来い」
「す、すまなかった……。本当に、心から反省している。俺が不甲斐ないせいで、ユキにも苦痛を味わわせてしまった」
「え? い、いえっ、確かに困ってはいましたけど、そこまでじゃ」
ついにはルイヴェルさんからの精神的圧力に耐えられなくなったのか、アレクさんはもっふもふの銀毛狼さんへと変身し、その場で耳と尻尾をしゅんと垂れさせて蹲ってしまった。
可哀想に……、意識があった為にドSな王宮医師様のお説教ルートにずぶずぶと。
私が傍に膝を着いてアレクさんの頭を撫でてあげていると、カインさんの首根っこを掴んで引きずり始めたルイヴェルさんが、「甘やかすな」と冷たく吐き捨てて、狼姿のアレクさんまでずるずると連行し始めてしまった。あぁっ、可愛らしい狼さんが大魔王様の餌食にっ。
『ユキ……、どうか、どうか、一か月間、無事でいてくれ』
「あ、……えっと、あ、アレクさんも、どうか、御無事で」
「アレク、無駄口を叩くな。これから一晩かけて説教だ。覚悟しろ」
ルイヴェルさんから睨まれても、うるうると大きな瞳を潤ませて「どうか無事で」と繰り返すアレクさんの姿が……、やがて、闇夜の中へと消えて行ってしまったのだった。
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