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第三章『序章』~女帝からの誘い~

些細なきっかけと報告

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 ――Side 幸希


「おや、ユキ姫様。ようこそお越しくださいました」

「こんにちは、アイノスさん。ガデルフォーン関連の本を見たいんですが、ありますか?」

 まずは、遊学先であるガデルフォーンについて知る事から始めよう。
 というわけで、善は急げとその日の内にやって来ました、ウォルヴァンシア王宮二階の大図書館。
 本の貸し借りを行うカウンターから、顔なじみとなった司書さんこと、アイノスさんが出迎えに出て来てくれた。
 濃いダークブラウンの髪に縁どられた青年は、実はアレクさんの幼馴染だったりすると教えてくれたのは、騎士団長のルディーさん。
 大図書館でわからない事や、目当ての本が見つからない場合は、アイノスさんに聞けば即解決! 
 大きな信頼の名の許に大図書館の番人と化しているアイノスさんにガデルフォーン関連の本の在り処を尋ねると、すぐに案内してくれた。

「――そうですね。この辺の資料と、あぁ、こちらの物もユキ姫様のお役に立つ事でしょう」

 ウォルヴァンシア王国の事について集められた書棚とは少し離れた棚に収められていた本を、アイノスさんは二、三冊ほど選んで手に取った。
 分厚い類の物ではなく、すぐ読み終わりそうな薄さの物ばかり。
 
「ユキ姫様からの話を元に、今必要な情報だけを集めた物を選んでみました。まずはそれを読まれてから、まだ詳しい資料を望まれるのでしたら次の本をご用意いたしましょう。よろしいですか?」

「はい。大体の事を知る事が出来れば十分です。ありがとうございます、アイノスさん」

 訪れた者からの注文(オーダー)に、ただその場所を教えるだけではなく、その人が望む、その人に適した本を探し出す。アイノスさんのお仕事ぶりはいつも完璧だ。
 長机に本を運んで貰い、カウンターに戻って行ったアイノスさんを見送ってから椅子に腰かける。
 ガデルフォーン皇国……、エリュセードの裏側にある国。
 裏と呼ばれている事と、ルディーさん達の話から、イメージ的に難ありのお国柄なのかと勝手に想像していたけれど、記録(シャルフォニア)と呼ばれる術で撮影された写真が一枚一枚のページに添えられているお陰で意識の上書きが次々と行われていく。
 何もなかったはずの闇を、国というひとつの世界に変えた初代皇帝陛下の話。
 たとえ世界の裏側であっても、エリュセードの御柱たる三人の神々が授ける恩恵、すなわち、太陽や月の光が届く場所。
 このウォルヴァンシア王国と同じように、豊かな恵みや人々の活気に満ち溢れた裏側の世界。
 本から浮き出てきた記録(シャルフォニア)による映像が幾つか私の目の前に現れ、まるでその国に訪れているかのような感覚だ。
 異世界ならではの便利性というか、この館内には、映像だけでなく音声が流れる仕様の物もあったりする。
 ガデルフォーン皇国の映像と説明文に目を通しながら読み進めていくと、流石はアイノスさん。
 女帝陛下であるディーアネスさんが即位してからの最新版を選んでくれたらしく、彼女が成してきた功績や今の治世に関してもわかりやすく書かれてある。
 表側の世界を治める王様達に引けをとらない、立派な女帝陛下として国を栄えさせている、と。
 名所や名物も沢山あるし、う~ん、読めば読むほどに好奇心がムクムク……、ムクムク。

「えーと、他には……、ん?」

 一冊目をじっくりと読んでいき、次のページをパラり。
 そこに見つけたのは……。

「こ、これは!!!!!!!!」

 本の中から飛び出してきた映像を前に、私の鼓動がある種の衝撃を受け、高鳴り始める。
 つい出してしまった大声に、カウンターからアイノスさんが心配そうに様子を見に来てくれたけれど、状況を説明している余裕がない。
 三冊の本を腕の中に抱え、大急ぎで本の貸し出し許可を貰い、――国王執務室へと走った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「レイフィード叔父さん!!」

「え? ゆ、ユキちゃん? 突然どうしたの? なんだか……、鬼気迫る様子、みたいなんだけど」

 お行儀悪く王宮内を走り回り、ようやく辿り着いた国王執務室。
 勢いよく扉を開け放った私を、執務机に向かい仕事をしていたらしきレイフィード叔父さんが信じられないものを目にした驚き具合で声を震わせるのが見えた。
 確かに、普段声を荒げたり暴れたりするといった行動の見られない姪御に起きている異変は、叔父として非常に心配なところだろう。
 でも、ごめんなさい、レイフィード叔父さん……。
今の私は色々と平常心ではいられないんです!!
 執務机まで一気に距離を詰め、私は本を胸に抱き締めながら自分の思いの丈を放った。

「ガデルフォーンへの遊学、是非ともよろしくお願いします!!」

「ぇ……。ぇええええええええええ!? ちょっ、ちょっと待って!! ユキちゃん!! まだ一日も経ってないよ!? ディアーネスと会ってお誘いされたの今日の朝だよ!?」

 突然過ぎたのか、予想外過ぎたのか、レイフィード叔父さんは書類の山が崩れ落ちるのにも構わずに執務机を両手で叩き付けて立ち上がると、絶望の底でも見てきたかのような顔で私を止めにかかった。

「はい!! でも、一日も早く向こうに行きたくて行きたくてっ!!」

「いやいやいや!! ちょっと落ち着こうよ!! ユキちゃん!! 一か月だよ? 向こうに行っちゃったら、叔父さんと一か月も会えないんだよ!?」

「大丈夫です!! 子供じゃありませんから!!」

「僕が大丈夫じゃないよ!!!!!」

 私の両肩を激しく揺さ振って考え直すように訴えてくるレイフィード叔父さんだけど、この気持ちは変わらない。エリュセードの裏側たるガデルフォーン皇国にお邪魔して……。

「向こうの希少生物、『ファニル』ちゃんをこの目で、この手で、存分にもふりたいんです!!」

「ユキちゃあああああああん!?」

 そう、私が本の中で出会った、愛らしい動物……。
 ガデルフォーンでは希少生物として保護されているらしく、女帝陛下の庇護の許で保護されていると書かれていた。――つまり、ディアーネスさんにお願いすれば、その可愛らしい動物達に出会えるだけでなく、運が良ければ触ってもふもふする事も出来る!!
 本を開いてレイフィード叔父さんに見せると、「いやいやいやいや!!」と首を振られてしまった。

「まだ一日目だよ!? あと一週間も返事を出すのに猶予があるっていうのに、まさかのファニルで即決!? ユキちゃん駄目だよ!! もっとよく考えて!!」

「レイフィード叔父さん……。私、他国を知って色々と学んでくる事も、大事な勉強だと思うんです。一度皆さんの優しさから離れて、物事を冷静に見る目や成長の糸口を掴む必要が」

「そんな事言って、ファニル目当ての好奇心が全開になってるよ!! ユキちゃん!!」

 傍(はた)から見れば、叔父と姪御のミニコントと化しているこの状況。
 ガデルフォーンに遊学します! と言い張る私を、レイフィード叔父さんが考え直してほしいと叫んで抱き締めにかかってくる。
 流石、普段から姪御(私)命と嬉しそうに溺愛ぶりを遠慮しないレイフィード叔父さんだ。
 一か月も離れているなんて嫌だと大粒の涙を零しながら情に訴えてくるから、なかなかに手強い! 

「たったの一か月じゃないですか~!! 成長して帰ってきますから、許可してくださ~い!!」

「嫌だ嫌だぁああああっ!! せっかくこの国で一緒に暮らせるようになったのに、ユキちゃんと離れ離れなんて、絶対に嫌だぁああああっ!!」

 駄々っ子ですか!! 
 必死にレイフィード叔父さんを引き剥がそうと奮闘していると、開いた扉の向こうから聞き覚えのある声が。

「陛下、騎士団の報告書をお持ちしたのですが……。出直した方がよろしいでしょうか?」

「あ、アレクさん!! 良いところに!! すみませんけど、ぐっ、れ、レイフィード叔父さんを、私から引き剥がして貰えないでしょうかっ!!」

「ユキ? ……いつもの叔父と姪御の抱擁じゃないのか?」

 私とレイフィード叔父さんの姿に首を傾げながらも、アレクさんは書類をソファー側のテーブルに置いて救出行動に出てくれた。
 騎士団で身体を鍛えているアレクさんなら、レイフィード叔父さんも勝てないはずだ。
 そう思ったのに、――全然ビクともしない!!
 
「陛下、ユキが困っています。お願いしますから、離れてください。それから、不敬とは思いますが、いい歳をした大人が駄々っ子のような真似はどうかと……」

「嫌だよ!! 絶対に嫌だ!! だって、だって……、ユキちゃんがガデルフォーンに行っちゃうなんて、うぅっ、この世界で一番の拷問だよぉおおおおおおっ!!」

「……ユキが、ガデルフォーン、に?」

 レイフィード叔父さんの身体を掴んでいたアレクさんの手がピクリと反応し、力を失う。
 その困惑気味の蒼の視線が……、寂しそうなものへと変わり、私へと。

「ユキ……。ルディーから話は聞いているが、よく考えた上での事なのか?」

「はい!! ファニルちゃんをもふ、こほんっ、じゃなくて、王兄姫としての成長を目指して、是非遊学を!!」

「アレク~!! 君も止めてよ~!! ユキちゃんてば、もふもふの愛玩動物目当てなんだよ!!」

「ユキ……」

 レイフィード叔父さんから離れたアレクさんが、反対側にまわって私を抱き締めにかかってきた! 二人がかりで考え直せ考え直せと呪いの呪文のように懇願めいた嘆きの声を繰り返してくる。

(だ、ダブルの過保護……!!)

 一か月くらい、すぐに過ぎ去ってしまう。
 そう言い聞かせても引き下がってくれない過保護な国王様と副着師団長様に、私は内心で過保護反対の大声を上げ続ける。
 遊学決定のきっかけはファニルちゃんだったけど、一度この国から、いや、私を甘やかしてくる過保護な人達から離れる必要性が大いにある! と思わざるをえない。
 
「と、止めても無駄ですから!! わ、私は、ガデルフォーンに行きます!!」

「うぅっ、こんなに止めても駄目なんて……!! 流石はユーディス兄上とナーちゃんの娘!! 頑固モードに入ったら全然言う事聞いてくれないんだからああああああっ!!」

「お前はまだ、このウォルヴァンシアに戻ってから一年も経っていない……。それなのに、他国の地で学ぶなど、……早すぎる」

 アレクさんの言っている一年とは、私が暮らしていた世界での一年とは異なり、二十四か月で一年の事なのだけど……、時期がどうこうの問題はあまり重要ではないはずだ。
 というよりも、過保護過ぎるレイフィード叔父さんとアレクさんに成長して貰う為にも、私は絶対にガデルフォーンに行くべきだろう。
 そう言葉を重ねる私に、アレクさんが苦悩を浮かべた表情で迫り、ドンッ……と、壁側に追い詰めてきた。

「どうしても、なのか? ユキ……。俺がこんなに頼んでも、お前はっ」

「あ、アレクさんっ、そ、そこまで深刻にならなくても……。ただ一か月間の遊学に行くだけなんですよっ? 何も心配は」

「俺が……、耐えられないっ」

 うわぁ……、見目麗しい美形さんの辛そうでも美しすぎる顔は見ごたえがありそうだけど、それを向けられている側としては、こっちの方が耐えられない!
 ……足元にはレイフィード叔父さんが縋り付いてきてるしっ、あぁ、怖すぎる!!

「ユキちゃんっ、そんなに可愛らしい動物をもふりたいんなら、この叔父さんがっ、叔父さんが狼の姿になって愛でられてあげるからっ」

 しかも捨て身で自分のもふもふを差し出してくるような発言を!!
 確かに狼王族の皆さんの毛並みは柔らかくて撫で心地抜群ですけども!!
 
「ユキ……。俺も、お前を止められるのならば、この身を差し出そう」

「え」

 レイフィード叔父さんの言葉を聞いたせいなのか、アレクさんは私から離れ瞬く間に狼の姿へと変じてしまう。クゥゥン……、と、寂しげなわんちゃんの声が、懇願の眼差しと一緒に私の情を揺さ振ってくる。いや、とても可愛らしい狼さんですけど、そのやり方はあざというというか、卑怯というか。
 温かな銀毛の狼さんの頭を撫でおろし、―― 一言。

「ごめんなさい。それとこれとは別なんです」

『――っ!!』

 ガデルフォーンだけに生息する、未知なるもふもふ。
 その手触りを確認したい私は、心優しい副着師団長様をバッサリと切ってしまった。
 それとこれとは話が別というか、一か月なんてすぐというか。
 あぁ、アレクさんがわかりやすく大ダメージを受けた顔で、その場にバタリと倒れていく。

『ユ……、キ……』

 どうしよう……。重症どころの騒ぎじゃない!
 ピクピクと痙攣し始めたアレクさんをどうしたものかと悩んでいると、ようやく先に落ち着いたらしきレイフィード叔父さんがその毛並みを撫でながら大きな溜息を吐いた。

「アレク……、プライドを捨ててもこの程度な君に、僕は何と言って慰めてあげればいいんだろうねぇ」

「あ、あの……」

「僕達は負けたんだよ……。あのもふもふ動物に、ファニルに、愛するユキちゃんを奪われてしまったんだ……」

 その表現もどうかと!!
 ただ他国の地に一か月の旅行に行くようなものなんですよ!!
 一生の別れとか、そういう重たいものじゃない!! それなのに、その哀愁の濃さは何!?
 まるで私がレイフィード叔父さんとアレクさんを捨てて行く悪女のようなこの状況……。
 背中に伝う嫌な汗を感じながらオロオロとしていると、レイフィード叔父さんが茶目っ気のある笑みを向けてきた。

「本当は考え直してほしいんだけどね……。でも、この調子じゃ無理そうだし、もう仕方ないよね」

「レイフィード叔父さん?」

「一か月間……、頑張っておいで。それから、戻ってきたら、叔父さんからの愛情たっぷりのハグが待ってるだろうから、それを覚悟して行く事。いいね?」

「レイフィード叔父さん……!!」

 理由はどうあれ、私の決意が変わらないと諦めてくれたのだろう。
 片目を瞑ってウインクと共に許しの言葉をくれたレイフィード叔父さんに、私は大きく頭を下げたのだった。
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