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第三章『序章』~女帝からの誘い~
王宮医務室にて
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「くそっ!! あの暴力魔竜女!! 好き勝手な事抜かしやがって!!」
ガデルフォーン皇国女帝陛下、ディアーネスさんとの話の後、私は王宮医師のお二人とカインさんとレイル君と一緒に王宮医務室へと身を寄せていた。
気絶していたカインさんはルイヴェルさんに引き摺られての道だったけど、目が覚めたと思ったら、この調子で……。
「ユキ、お前も行く事なんかねぇぞ!!」
「カインさんは行かないんですか?」
「行くわけねぇだろ!! あんな実力行使の女帝が治める国だぞ!! 一か月がどんな最低最悪のモンになるか……、絶対ぇ嫌だからな!!」
まぁ、少し手の早い女帝陛下様だとは思ったけれど、それで行かないという結論もどうかと。
窓際で暴れているカインさんをレイル君が必死に宥め、ソファーの方では王宮医師のお二人がやれやれと溜息を紅茶に溶かしている。
「悪い話ではないが……、ガデルフォーン、か」
「このエリュセードにユキ姫様が戻られてからまだほんの僅か……。お身体の事もあるし、出来れば一年は待って頂きたいところなのだけど」
「あの……、ガデルフォーン皇国というのは、エリュセードのどのあたりにある国なんでしょうか」
「裏だ」
え? 尋ねた私に隙間なく答えを返してくれたルイヴェルさんに、私は首を傾げた。
裏……? 裏、って、何?
「ルイヴェル、それではユキ姫様がおわかりにならないでしょう? 申し訳ありません、ユキ姫様。裏、というのは、文字通り、このエリュセードの世界の裏側という意味です」
「世界の裏側に、国があるんですか?」
「そうだ。ガデルフォーンの至宝、『宝玉』によって創られし国、いや、もうひとつの世界と言うべきか。その国の女帝が、ディアーネス女帝陛下だ」
流石異世界……。常識では考えられないような神秘が溢れている。
その国へ行くには、空間を越える必要があるらしく、向こう側は表の世界である私達の国とそう大して変わらないのだそうだ。
「ですが、ガデルフォーン皇国は、弱肉強食の世界でもあります。強くなれば、女帝陛下を倒す事が出来れば、裏の世界を治める王になれると、そう思っている者も多いようで……」
「実際、皇宮に挑戦者が押しかけてくる事もあるからな。まぁ、女帝陛下まで辿り着けた者は誰一人としていないわけだが」
その他にも、表のこちら側と異なる点として、魔物の種類も多く、出現の頻度も多いのだとか。
また、ガデルフォーンの皇都には闇町と呼ばれる暗部があり、そこに迷い込むとまた色々と面倒だとルイヴェルさんが話してくれた。
「治める地が広ければ広いほどに……、大抵は問題が山積みとなるのは当たり前の事だからな」
「も、もし、その闇町とかに迷い込んだら……」
「お前のような若い娘は、――いや、やめておこう。とりあえず怖い目に遭いまくるという事だけは覚えておけ」
「は、はい……」
紅茶のティーカップをソーサーに戻しながら彷徨ったルイヴェルさんの視線。
あれは間違いなく、口には出せない何かを思い浮かべてしまった人の目だ。
大通りや人の多い場所を歩いていれば、基本的には平和だと語る落ち着いた低い声音に少しだけほっとしながらクッキーを摘まんでいると、ようやく落ち着いたカインさんと一緒にレイル君が私の隣へと座ってきた。お疲れ様、レイル君……。
「俺もセレス姉さんと同様に、お前にはまだ遊学は早いと考えているが……、興味はあるのか?」
「そう、ですね……。ちょっと行ってみたい気も」
見知らぬ地への抵抗はあるけれど、そこに広がる景色や人々を見てみたいという好奇心もある。
けれど、レイフィード叔父さんは本気で私を止めたがっているし、行くとしても、私の為に誰かが同行役をする必要があるわけで……。
「カインさんは……、やっぱり行かないんです、よね?」
「ふんっ。誰が行くか。あんな女のいる国になんかよっ」
「カイン皇子……、一応、他国の女帝陛下だから、もうちょっと言葉を慎んだ方が」
「うるせぇっ」
う~ん……。となると、カインさんは同行者から除外するとして、本当にどうしよう。
一週間考えてみるつもりだけど、まずはガデルフォーン皇国に関する本がないか王宮図書館で調べてみる事から始めてみようかな。
視界の端に紅茶を一気飲みするカインさんを把握しながらクッキーを食べていると、王宮医務室にルディーさんが現れた。
室内の三者三様の様子に目を瞬きながら、ルディーさんが私達の方へとやって来る。
「どうしたんだ?」
書類をルイヴェルさんへと手渡したルディーさんが、首を傾げて尋ねてきた。
それを受け取りながらまた溜息を吐き、ルイヴェルさんがこれまでに至る経緯を話して聞かせると、「ガデルフォーン……、なぁ。またしょっぱなからハードルの高いとこを」と、ルディーさんが同情を込めた眼差しで私の方を見てきた。
「結構濃いのがいるからなぁ……。姫ちゃん、やめといた方がいいんじゃねーか?」
「こ、濃い……、ですか?」
「うん。宰相もアレだし、騎士団長もアレでソレだし、最初の遊学地に選ぶには難易度高ぇつーか、なぁ、ルイヴェル、お前もそう思ってんだろ?」
ルイヴェルさんの隣へと座り、ルディーさんがその脇腹を小突いて見せる。
「女帝の庇護下において危険はないと言えるが、騒々しい奴もいるからな……」
「もしもだぞ、うっかり闇町になんか姫ちゃんが迷い込んでみろよ? 俺やルイヴェルならともかく、万が一を考えると躊躇するだろ」
「ユキの場合、絶対ぇどっかに迷い込んだりする可能性大だよな」
「確かに……。俺もそう思う」
ルディーさんとルイヴェルさんは万が一、と言っているだけで、別に私が確実に闇町へと迷い込むとは言ってませんよ? 失礼な納得顔で頷くカインさんと、まさかのレイル君まで!?
(そりゃあ……、皆さんに守られてお世話されている事の方が多いけど、一応注意された事を守る頭くらいはありますよ!!)
ちょっぴり悲しくなりながらテーブルにのの字を書いて落ち込んでいると、微笑ましそうに笑ってルディーさんが慰めの言葉をかけてくれた。
「まぁ、万が一ってだけの話で、そう簡単には姫ちゃんでも迷い込まねーとは思うけどな。闇町の連中も女帝に睨まれるような大事(おおごと)は起こさねーだろうが……。そういや、昔ルイヴェルと出張で行った時は酷いもんだったよなぁ」
と、クッキーをボリボリと頬張り出したルディーさんに視線を注がれ、お代わりの紅茶を双子のお姉さんに淹れて貰ったルイヴェルさんが無言で視線を逸らした。
ウォルヴァンシア騎士団長であるルディーさんと王宮医師のルイヴェルさんは、時折仕事の関係で一緒に国に出張する事もあるらしく、ガデルフォーンの事もよく知っているのだとか……。
けれど、意味深に笑うルディーさんを見たセレスフィーナさんが、ぎろりと自分の弟さんにきつい視線を向けた。
「ルイヴェル……、何をやったのかしらねぇ?」
「別に何もしていない。……絡まれたから、その火の粉を払ったまでだ」
双子のお姉さんから向けられている尋問の眼差しに、少しだけ存在が小さくなったように見えるルイヴェルさん……。
「ルディーさん、一体何があったんですか? なんだか……、お姉さんにバレちゃいけなかった感が凄いんですけど……」
「セレス、不可抗力の事態だったんだから許してやれよ。実はな~……。俺とルイヴェルがどこの誰だかわかってなかった闇町の一部の奴らがさ、金目当てに絡んできちまって、見事に阿鼻叫喚の返り討ち、と」
闇町の中でも三下以下の雑魚レベルと評された当時の哀れな犠牲者達は、その時運悪く不機嫌状態だったルイヴェルさんの餌食となり、……五分もかからずに地獄を見る羽目になった、と。
さらに驚くべき事は、魔術師でもあるルイヴェルさんが術を一切使わずに、『素手』で始末を着けたという事だ。それも、ルディーさんが加勢する暇もなく、十人程の男性をギッタギタに……。
「ル~イ~ヴェ~ル~……!! 物事はいつも穏便に済ませられるように努力しなさいと言っているでしょう!!」
「集団で取り囲み、金銭を要求してきたんだ。手加減する必要がどこにある?」
「一応俺も止めたんだぜ? けど、機嫌が悪かったせいか、全然聞く耳持たなくてさ~」
怖い……、怖すぎる!!
お説教に入り始めたセレスフィーナさんを前に、私とレイル君、それからカインさんの顔が一気に青ざめ、つい俯き加減になってぷるぷると震えだしてしまう。
とりあえず、ルイヴェルさんを本気で怒らせる事だけはやめよう。そう誓い合うこちら側の三人。
「だからさ、姫ちゃん。もし、あっちに行くんなら、同行者兼護衛が必須になると思うんだよ。けど、今回はウチのアレクを貸してやる事が難しくてさ……。ごめんな?」
「いえいえっ、まだ行くかどうかも決まってませんし。たとえ行く事になっても、アレクさんに甘える事は考えていませんから。お気遣いありがとうございます。ルディーさん」
「姫ちゃぁん……。それはそれで、アレクのハートがプチブレイク起こしそうっつーか」
「番犬野郎はユキ命だからな。必要ねぇとか言われたら……、ショックのあまり寝込んじまうんじゃねぇか?」
ククッと喉の奥で面白そうに笑うカインさんに、ルディーさんがうんうんと同意して頷き返す。
確かに、私もアレクさんと出会ってからの日々を思い返すと、否定できない何かがある。
私としては甘えすぎは良くないと思ってご遠慮する時もあるのだけど、その度に心優しい副騎士団長様を悲しませているから、内心ちょっと申し訳ないというか……。
どうすればアレクさんを傷つけず、その過保護な包囲網から抜け出せるのかが今後の課題となっている。
「だからさ、ガデルフォーンに行くんだったら、こいつがお役立ちだぜ」
「え」
こいつ、って……、今、間違いなくルディーさんが指差したのは、お姉さんに頬を引っ張られているルイヴェルさんなわけで……。
ガデルフォーン皇国に詳しい王宮医師様を連れて行けば、体調不良も案内も護衛も、全部フルセットで万事問題なし! と太鼓判を押されてしまう。
私の事を子供扱いしては好き放題にいじってくる意地悪な王宮医師様を、同行者に?
「とりあえず、そ、その選択肢は絶対にご遠慮するとしまして……」
「ほぉ……。俺では不満と、我がウォルヴァンシアの可憐な王兄姫殿下は、そう仰るわけか?」
「ルイヴェル、自分が普段ユキ姫様に何をしているか、一度我が身を振り返って反省してきなさい」
他国に行ってまで大魔王様の玩具にはなりたくありません! と、ついお断りしてしまった私に対し向けられた、静かな威圧感。それをセレスフィーナさんが一蹴するようにルイヴェルさんの額をベチッとはたいて打ち消してくれた。……ほっ。
(ルイヴェルさんは悪い人じゃない、とは思うけれど……)
この王宮医師様を同行者に選ぶと、まず間違いなく、――私の心の平穏が裏切られてしまう!
というわけで、もしガデルフォーンへの遊学が決定しても、別の人を同行者にお願いしたいと思っている。そう……、私の事を子供扱いして意地悪な事を仕掛けてくるような、Sの気のない安全安心無害な人を!!
「ふぅ……」
でも、遊学の件……。本当にどうしようかなぁ。
ガデルフォーン皇国女帝陛下、ディアーネスさんとの話の後、私は王宮医師のお二人とカインさんとレイル君と一緒に王宮医務室へと身を寄せていた。
気絶していたカインさんはルイヴェルさんに引き摺られての道だったけど、目が覚めたと思ったら、この調子で……。
「ユキ、お前も行く事なんかねぇぞ!!」
「カインさんは行かないんですか?」
「行くわけねぇだろ!! あんな実力行使の女帝が治める国だぞ!! 一か月がどんな最低最悪のモンになるか……、絶対ぇ嫌だからな!!」
まぁ、少し手の早い女帝陛下様だとは思ったけれど、それで行かないという結論もどうかと。
窓際で暴れているカインさんをレイル君が必死に宥め、ソファーの方では王宮医師のお二人がやれやれと溜息を紅茶に溶かしている。
「悪い話ではないが……、ガデルフォーン、か」
「このエリュセードにユキ姫様が戻られてからまだほんの僅か……。お身体の事もあるし、出来れば一年は待って頂きたいところなのだけど」
「あの……、ガデルフォーン皇国というのは、エリュセードのどのあたりにある国なんでしょうか」
「裏だ」
え? 尋ねた私に隙間なく答えを返してくれたルイヴェルさんに、私は首を傾げた。
裏……? 裏、って、何?
「ルイヴェル、それではユキ姫様がおわかりにならないでしょう? 申し訳ありません、ユキ姫様。裏、というのは、文字通り、このエリュセードの世界の裏側という意味です」
「世界の裏側に、国があるんですか?」
「そうだ。ガデルフォーンの至宝、『宝玉』によって創られし国、いや、もうひとつの世界と言うべきか。その国の女帝が、ディアーネス女帝陛下だ」
流石異世界……。常識では考えられないような神秘が溢れている。
その国へ行くには、空間を越える必要があるらしく、向こう側は表の世界である私達の国とそう大して変わらないのだそうだ。
「ですが、ガデルフォーン皇国は、弱肉強食の世界でもあります。強くなれば、女帝陛下を倒す事が出来れば、裏の世界を治める王になれると、そう思っている者も多いようで……」
「実際、皇宮に挑戦者が押しかけてくる事もあるからな。まぁ、女帝陛下まで辿り着けた者は誰一人としていないわけだが」
その他にも、表のこちら側と異なる点として、魔物の種類も多く、出現の頻度も多いのだとか。
また、ガデルフォーンの皇都には闇町と呼ばれる暗部があり、そこに迷い込むとまた色々と面倒だとルイヴェルさんが話してくれた。
「治める地が広ければ広いほどに……、大抵は問題が山積みとなるのは当たり前の事だからな」
「も、もし、その闇町とかに迷い込んだら……」
「お前のような若い娘は、――いや、やめておこう。とりあえず怖い目に遭いまくるという事だけは覚えておけ」
「は、はい……」
紅茶のティーカップをソーサーに戻しながら彷徨ったルイヴェルさんの視線。
あれは間違いなく、口には出せない何かを思い浮かべてしまった人の目だ。
大通りや人の多い場所を歩いていれば、基本的には平和だと語る落ち着いた低い声音に少しだけほっとしながらクッキーを摘まんでいると、ようやく落ち着いたカインさんと一緒にレイル君が私の隣へと座ってきた。お疲れ様、レイル君……。
「俺もセレス姉さんと同様に、お前にはまだ遊学は早いと考えているが……、興味はあるのか?」
「そう、ですね……。ちょっと行ってみたい気も」
見知らぬ地への抵抗はあるけれど、そこに広がる景色や人々を見てみたいという好奇心もある。
けれど、レイフィード叔父さんは本気で私を止めたがっているし、行くとしても、私の為に誰かが同行役をする必要があるわけで……。
「カインさんは……、やっぱり行かないんです、よね?」
「ふんっ。誰が行くか。あんな女のいる国になんかよっ」
「カイン皇子……、一応、他国の女帝陛下だから、もうちょっと言葉を慎んだ方が」
「うるせぇっ」
う~ん……。となると、カインさんは同行者から除外するとして、本当にどうしよう。
一週間考えてみるつもりだけど、まずはガデルフォーン皇国に関する本がないか王宮図書館で調べてみる事から始めてみようかな。
視界の端に紅茶を一気飲みするカインさんを把握しながらクッキーを食べていると、王宮医務室にルディーさんが現れた。
室内の三者三様の様子に目を瞬きながら、ルディーさんが私達の方へとやって来る。
「どうしたんだ?」
書類をルイヴェルさんへと手渡したルディーさんが、首を傾げて尋ねてきた。
それを受け取りながらまた溜息を吐き、ルイヴェルさんがこれまでに至る経緯を話して聞かせると、「ガデルフォーン……、なぁ。またしょっぱなからハードルの高いとこを」と、ルディーさんが同情を込めた眼差しで私の方を見てきた。
「結構濃いのがいるからなぁ……。姫ちゃん、やめといた方がいいんじゃねーか?」
「こ、濃い……、ですか?」
「うん。宰相もアレだし、騎士団長もアレでソレだし、最初の遊学地に選ぶには難易度高ぇつーか、なぁ、ルイヴェル、お前もそう思ってんだろ?」
ルイヴェルさんの隣へと座り、ルディーさんがその脇腹を小突いて見せる。
「女帝の庇護下において危険はないと言えるが、騒々しい奴もいるからな……」
「もしもだぞ、うっかり闇町になんか姫ちゃんが迷い込んでみろよ? 俺やルイヴェルならともかく、万が一を考えると躊躇するだろ」
「ユキの場合、絶対ぇどっかに迷い込んだりする可能性大だよな」
「確かに……。俺もそう思う」
ルディーさんとルイヴェルさんは万が一、と言っているだけで、別に私が確実に闇町へと迷い込むとは言ってませんよ? 失礼な納得顔で頷くカインさんと、まさかのレイル君まで!?
(そりゃあ……、皆さんに守られてお世話されている事の方が多いけど、一応注意された事を守る頭くらいはありますよ!!)
ちょっぴり悲しくなりながらテーブルにのの字を書いて落ち込んでいると、微笑ましそうに笑ってルディーさんが慰めの言葉をかけてくれた。
「まぁ、万が一ってだけの話で、そう簡単には姫ちゃんでも迷い込まねーとは思うけどな。闇町の連中も女帝に睨まれるような大事(おおごと)は起こさねーだろうが……。そういや、昔ルイヴェルと出張で行った時は酷いもんだったよなぁ」
と、クッキーをボリボリと頬張り出したルディーさんに視線を注がれ、お代わりの紅茶を双子のお姉さんに淹れて貰ったルイヴェルさんが無言で視線を逸らした。
ウォルヴァンシア騎士団長であるルディーさんと王宮医師のルイヴェルさんは、時折仕事の関係で一緒に国に出張する事もあるらしく、ガデルフォーンの事もよく知っているのだとか……。
けれど、意味深に笑うルディーさんを見たセレスフィーナさんが、ぎろりと自分の弟さんにきつい視線を向けた。
「ルイヴェル……、何をやったのかしらねぇ?」
「別に何もしていない。……絡まれたから、その火の粉を払ったまでだ」
双子のお姉さんから向けられている尋問の眼差しに、少しだけ存在が小さくなったように見えるルイヴェルさん……。
「ルディーさん、一体何があったんですか? なんだか……、お姉さんにバレちゃいけなかった感が凄いんですけど……」
「セレス、不可抗力の事態だったんだから許してやれよ。実はな~……。俺とルイヴェルがどこの誰だかわかってなかった闇町の一部の奴らがさ、金目当てに絡んできちまって、見事に阿鼻叫喚の返り討ち、と」
闇町の中でも三下以下の雑魚レベルと評された当時の哀れな犠牲者達は、その時運悪く不機嫌状態だったルイヴェルさんの餌食となり、……五分もかからずに地獄を見る羽目になった、と。
さらに驚くべき事は、魔術師でもあるルイヴェルさんが術を一切使わずに、『素手』で始末を着けたという事だ。それも、ルディーさんが加勢する暇もなく、十人程の男性をギッタギタに……。
「ル~イ~ヴェ~ル~……!! 物事はいつも穏便に済ませられるように努力しなさいと言っているでしょう!!」
「集団で取り囲み、金銭を要求してきたんだ。手加減する必要がどこにある?」
「一応俺も止めたんだぜ? けど、機嫌が悪かったせいか、全然聞く耳持たなくてさ~」
怖い……、怖すぎる!!
お説教に入り始めたセレスフィーナさんを前に、私とレイル君、それからカインさんの顔が一気に青ざめ、つい俯き加減になってぷるぷると震えだしてしまう。
とりあえず、ルイヴェルさんを本気で怒らせる事だけはやめよう。そう誓い合うこちら側の三人。
「だからさ、姫ちゃん。もし、あっちに行くんなら、同行者兼護衛が必須になると思うんだよ。けど、今回はウチのアレクを貸してやる事が難しくてさ……。ごめんな?」
「いえいえっ、まだ行くかどうかも決まってませんし。たとえ行く事になっても、アレクさんに甘える事は考えていませんから。お気遣いありがとうございます。ルディーさん」
「姫ちゃぁん……。それはそれで、アレクのハートがプチブレイク起こしそうっつーか」
「番犬野郎はユキ命だからな。必要ねぇとか言われたら……、ショックのあまり寝込んじまうんじゃねぇか?」
ククッと喉の奥で面白そうに笑うカインさんに、ルディーさんがうんうんと同意して頷き返す。
確かに、私もアレクさんと出会ってからの日々を思い返すと、否定できない何かがある。
私としては甘えすぎは良くないと思ってご遠慮する時もあるのだけど、その度に心優しい副騎士団長様を悲しませているから、内心ちょっと申し訳ないというか……。
どうすればアレクさんを傷つけず、その過保護な包囲網から抜け出せるのかが今後の課題となっている。
「だからさ、ガデルフォーンに行くんだったら、こいつがお役立ちだぜ」
「え」
こいつ、って……、今、間違いなくルディーさんが指差したのは、お姉さんに頬を引っ張られているルイヴェルさんなわけで……。
ガデルフォーン皇国に詳しい王宮医師様を連れて行けば、体調不良も案内も護衛も、全部フルセットで万事問題なし! と太鼓判を押されてしまう。
私の事を子供扱いしては好き放題にいじってくる意地悪な王宮医師様を、同行者に?
「とりあえず、そ、その選択肢は絶対にご遠慮するとしまして……」
「ほぉ……。俺では不満と、我がウォルヴァンシアの可憐な王兄姫殿下は、そう仰るわけか?」
「ルイヴェル、自分が普段ユキ姫様に何をしているか、一度我が身を振り返って反省してきなさい」
他国に行ってまで大魔王様の玩具にはなりたくありません! と、ついお断りしてしまった私に対し向けられた、静かな威圧感。それをセレスフィーナさんが一蹴するようにルイヴェルさんの額をベチッとはたいて打ち消してくれた。……ほっ。
(ルイヴェルさんは悪い人じゃない、とは思うけれど……)
この王宮医師様を同行者に選ぶと、まず間違いなく、――私の心の平穏が裏切られてしまう!
というわけで、もしガデルフォーンへの遊学が決定しても、別の人を同行者にお願いしたいと思っている。そう……、私の事を子供扱いして意地悪な事を仕掛けてくるような、Sの気のない安全安心無害な人を!!
「ふぅ……」
でも、遊学の件……。本当にどうしようかなぁ。
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