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第三章『序章』~女帝からの誘い~
魔竜の王の提案
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記憶喪失の青年に仮の名前が付いてから二日後の事。
私は朝食後にレイフィード叔父さんから呼び出しを受け、玉座の間へと訪れていた。
レイル君と、お父さんとお母さん、それから、ルイヴェルさんとセレスフィーナさんに、カインさんの姿もある。一体どうしたのだろうか……。
「ユキちゃん、呼び出してごめんね。ちょっと……、会わせたい人がいるんだ」
「レイフィード叔父さん? 会わせたい人って……」
レイフィード叔父さんの座る玉座の前まで歩いて行くと、その顔がげっそりと疲労を負っている事に気づいた。まるで、カインさんが遊学に来ると決まった時のような……。
まさか、また何か面倒な事を他国から押し付けられたのだろうか? もしくは……。
「カインさん、また何かやったんですか?」
「違ぇよ!!」
「落ち着け、カイン」
では、何が起こったというのだろうか。
首を傾げながらレイフィード叔父さんが話し出すのを待っている間、皆さんの顔を見回してみた。
お父さんは難しい顔で溜息を吐いているし、レイル君も同じく。
お母さんはいつも通りで……、カインさんは物凄く不機嫌。ルイヴェルさんは、少し疲れている、感じが、しないでも、ない。
「ユキちゃん……。あのね、嫌だったり気が進まなかったら、問答無用で断っていいからね」
「え?」
「むしろ、聞く前に断ろう! さぁ、ユキちゃん!! ノー!! と言ってみよう!!」
「え? え? ど、どういう事、なんですか?」
玉座から立ち上がり、私の両手を握ってずいっと顔を近づけてきたレイフィード叔父さんが、意味不明な返事を私に求めてくる。断る、って……、何を?
いつも優しくて温厚な、テンションの高いレイフィード叔父さんにしては珍しく、何かを焦っているような、怖がっているような……。
『レイフィードよ。我が話をする前に姪御を懐柔しようとするとは何事か?』
「「げっ!!」」
玉座の間に響いた、少女の声。
それを聞いたレイフィード叔父さんがビクリと全身を震わせ、ガタガタと……。
しかも今、私の左側からカインさんも同じように「げっ!!」と呻いたような気がする。
状況を把握出来ずに目を瞬いていると、突然、玉座のあたりに紫色の陣が光と共に生まれた。
そこから、薄紫の髪を纏う、―― 一人の少女の姿が。
とても長い槍を手に現れた少女が、その後部をダンッ! と床に打ち付けて冷ややかにこちらを見た。
「レイフィードよ。我に話をさせる約束であろう? 違える事は許さんぞ」
「やだぁあああああっ!! ユキちゃんをガデルフォーンになんかやらないよぉおおおおお!!」
「れ、レイフィード叔父さん……?」
情けない姿を晒すなと言わんばかりに、お父さんが私からレイフィード叔父さんを引き剥がしていく。目の前に現れた少女は、レイフィード叔父さんのお知り合いみたいだけど……。
薄紫の髪と、その神秘的なアメジストの双眸を宿す少女は、あの舞踏会の夜に出会った迷子の女の事瓜二つ。けれど、印象がまるで違う……。
「あの、貴女は……」
顔は同じでも、そこに浮かぶ気配は真逆……。
愛らしく頼りなげだった少女の印象は消え去り、表情の浮かんでいない顔にはただただ静かな気配が佇んでいる。それに、長く編んであった二つの三つ編みも見当たらない。
人違いなのだろうかと観察まじりに見つめていると、少女はゆっくりと私の方に近づいてきた。
「いつぞやの夜は世話になったな」
「あ、やっぱり……、あの時の女の子だったんですね。でも、……」
何故だろうか。かなり年上の人から話しかけられている気がする。
槍を手に私を見上げてくる少女の目線の高さに膝を着くと、アメジストの双眸が正面から私を射抜いてきた。
「我は、ガデルフォーン皇国女帝ディアネス……。ウォルヴァンシアが王兄姫、ユキ・ウォルヴァンシアよ。単刀直入に言おう。我の国へ、遊学せよ」
「はい?」
突然のご招待に、ぱちぱちと目が瞬く。
というかその前に……。ガデルフォーン皇国、女帝? 思考が一瞬停止した。
こんな小さな女の子が、女帝陛下? いや、違う。
異世界エリュセードにおける外見はあてにならない事を思い出し、彼女が自分より遥かに上、レイフィード叔父さんと対等に話していた事から、それなりの年齢だという事を読む。
でも、なんで私を、他国の女帝陛下様が遊学に誘いに来るの!?
「ほらぁ……。ユキちゃんが意味不明で固まっちゃったじゃないか~!!」
「貴様は黙っておれ」
「ユキちゃん、断っていいんだよ~!! このウォルヴァンシアに戻ってからまだ日も浅いんだし、他国になんか行って気苦労する事ないんだからね~!!」
「レイフィードよ……。黙れ、と言っておるのが聞こえなかったか?」
お父さんに背後から羽交い絞めにされているレイフィード叔父さんの方に向くと、ディアーネスさんは手に持っていた槍の先を一瞬でその首元に突き付けてしまった!!
ぎろり……、少女の姿に不似合いな威圧感が溢れ出す。
「ディアーネス、すまないね。話を進めておくれ」
「ユーディス殿……。気遣い、感謝する」
ごくりと生唾を喉の奥に飲み下したレイフィード叔父さんを一瞥し、ディアーネスさんは穏やかに語りかけてきたお父さんの方を向き、……そっと槍を自分の方に戻した。
そして、再び私に向き直ると、「どうだ?」と尋ねてくる。
ガデルフォーン皇国……。どこにある国なのかもわからない。
遊学に誘われた理由も不明だし、何故いきなり女帝陛下様自らお誘いに来てくれたのかも。
「あの、どうして私を……」
「レイフィードの姪御がこの世界に帰還したと聞いたのでな。どうせなら見聞を広げさせてやる手伝いをしてやろうと思い声をかけたまでの事。ついでに、そこの竜の子もな」
「ちょっと待てぇえええええええ!! なんで俺もなんだよ!!」
「やはりそうきたか……」
「そうきちゃったわねぇ……」
矛先を向けられたカインさんが一瞬で青ざめて怒鳴ったのを見て、王宮医師のお二人が額に指先を添えて俯いてしまう。もしかしなくても、どうやらルイヴェルさんとセレスフィーナさんはこの展開を予想済みだったらしい。
「竜の子よ。お前は自身の力を高めたいと、今の自分を変えたいとは思わぬのか?」
「あぁ? 別に生きていく上での能力はあるからいいじゃねぇか。他国に行ってまで鍛えるとか、マジ面倒だろ」
「やはり、グラヴァードに似ておるな。人の善意を踏み躙るところなど、特に」
スッ……、と、そのアメジストを細めると、ディアーネスさんは私の視覚認識が追い付かないような速さで消え去ると、次の瞬間。
「ぐはぁあああっ!!」
「か、カインさん!?」
何が起こったの? 今、カインさんが何かに吹き飛ばされたかのように一瞬で壁に激突した。
それも、玉座の間の壁に亀裂が入るどころか、めり込んでる……。
「弱いどころの騒ぎではないな……。竜の子よ、ガデルフォーンに来い。我の国で、強き竜としての道を開くのだ」
「ぐっ……、テ、メェ……っ」
カインさんの立っていた場所に、ディアーネスさんが涼しげな様子で佇んでいる。
まさか、今のは彼女が? あの小さな愛らしい少女の身体で、カインさんを……。
思わず、頬にひんやりと汗が伝ってしまう。
「ディアーネス~……、ここね~、一応、僕の家なんだよね~……。修繕費とか、考えてくれないかなぁ」
「この程度で騒ぐ必要はない。さて、ユキ・ウォルヴァンシアよ。竜の子に対してとは違い、我は強制はせぬ。だが、他国を知る事で成長してみたいとは思わぬか?」
「成長……」
私は、ウォルヴァンシア王国以外の国へ行った事がない。
他国に関する知識も、全くと言っていい程、ない。
けれど、まだこの国での生活も手慣れたものとは言い切れないというのに、他国に?
見知らぬ国で、一人……。
「怖いか? 我の国に、見知らぬ場所へ行く事が」
「……はい」
「それは誰しも抱く未知に対する恐怖だ。自身を包む平穏だけの世界を抜け出す前の、一時の、な。だが、安心するが良い。我の提案した遊学期間は一か月。同行者も許可しよう。短い旅に出るとでも思えば良かろう」
つまり、旅行感覚でガデルフォーン皇国に来てみないか、と。
表情の変わらないディアーネスさんと見つめ合う事数秒……。
壁の方から復活してきたカインさんが怒声と共に割り込んできた。
「俺は絶対ぇ行かねぇからな!! ユキも行かせねぇぞ!!」
「カイン、その方は他国の女帝陛下だ。無礼は控えろ」
「うるせぇ!! ただの暴力女じゃねぇか!! ――痛ぇええええええ!!」
口は災いの元ですよ、カインさん。
ルイヴェルさんからの注意を受けても態度を慎まなかったカインさんの頭に容赦のない槍の一撃が振り下ろされた。ゴンッ!! と、かなり痛そうな音が響くと、その場にずるりと、カインさんが……。
「申し訳ありません。これは回収しておきますので、どうぞお話の続きを……」
「うむ」
ルイヴェルさんに片手で首根っこを掴まれたカインさんが、ズルズルと遠ざかっていく。
この容姿だけは愛らしい女帝陛下様に、逆らってはいけない……。絶対に!!
ぶるりと恐怖に身震いしながら、私は彼女の視線を受け止め続ける。
「何事も勉強だ。一週間の期間をやろう。その時に、答えを聞かせよ」
「はい……」
「ユキちゃああああん!! 今断ろう!! すぐ断ろう!! 一か月も向こうに行っちゃうなんて、叔父さん寂しくて死んじゃうよ~!!」
「レイフィード、子供みたいな事を言うんじゃない」
「父上……。お願いですから国王としてもう少し威厳を」
う~ん、どうしたらいいんだろう。
他国に対する興味はあるけれど、異世界に関する知識が半分も埋まっていない私がお邪魔して、迷惑になったりしないだろうか。
とりあえず、猶予を与えてくれたディアーネスさんにお礼を言って、私はガデルフォーン行きを悩む事になったのだった。
「そういえば、どうしてあの舞踏会の夜は迷子のふりなんてしていたんですか?」
気を失っているカインさんの傍に膝を着き介抱していると、私はふとした疑問を彼女に向けてみた。わざわざ迷子のふりをして舞踏会に紛れ込んだ訳。
性格まで違っていたあの姿は、何の為だったのだろうか。
それに対し、レイフィード叔父さんがようやくお父さんから解放されてディアーネスさんに文句をぶつけ始めた。
「ユキちゃんと接触する目的だったんだろうけど、あのぶりっ子はないよね!! ディアーネス!! 君、自分が幾つかわかってるのかい!? あの時、思わず鳥肌立っちゃったんだよ!!」
「我の名演技は滅多にみられるものではないからな。感謝するが良い」
「何を!? 何に対して感謝!? 君の演技力が高いのは知ってたけど、セレインにも大ダメージだったんだよ!!」
「無礼な奴らよ……。ユキ、あの夜の我は愛らしかったであろう?」
「は、はいっ。とっても可愛くて、本物の迷子みたいでした!! でも……」
あの夜の三つ編み両サイドはどこに行ったんですか?
もしかして、人工の物をアクセントとして付けていたのだろうか。
それについて尋ねると、ディアーネスさんは文句をぶつけてくるレイフィード叔父さんに向かって……。
「うわああああああ!!」
「レイフィード叔父さぁあああああああん!?」
彼女の薄紫の髪の中から、生き物のように飛び出してレイフィード叔父さんの身体を宙高くに持ち上げた……、長すぎる三つ編み!!
ま、まさかの……、収納タイプ!? しかも普通の髪とは思えない威力を発揮している!!
ぽかんと口を開けて、二つの三つ編みに宙で弄ばれているレイフィード叔父さんを眺める事しか出来ない私であった。
「ディアーネス、私から謝ろう。どうか弟を下ろしてやってくれないかな?」
まるでお手玉のように三つ編みの餌食となっているレイフィード叔父さんを見かねて、お父さんが苦笑しながらそう頼むと、ディアーネスさんはじっとその視線を受けとめ……、大人しくレイフィード叔父さんいじりをやめてくれた。
ぼてっと赤い絨毯の上に落ちたレイフィード叔父さんが、こちらに這い寄ってくる。
「ディアーネス……、君って奴は……、本当に昔から、ユーディス兄上にだけは……、従順、だよね。ぐふっ」
「陛下、それ以上は何も言わない方がよろしいかと……。女帝陛下のご機嫌が下がってしまいます」
「る、ルイヴェルさん、それよりも、レイフィード叔父さんの介抱を」
「ユキ姫様、弟が申し訳ございません。さ、陛下。こちらへ」
「うぅ……」
お父さんに向けられているディアーネスさんの視線。
う~ん、……もしかして、アレ、なのかなぁ。
お母さんはその視線を特に気にした様子はなかったけれど、私はお父さんの娘として少しだけ気まずい気持ちになる。嫌な気持ちじゃなくて、ちょっと、困ったなぁ、という程度の思い。
と、それよりも、今は魂が口から出かけているレイフィード叔父さんをしっかりと励まさないと!
ついでにカインさんも!!
私は朝食後にレイフィード叔父さんから呼び出しを受け、玉座の間へと訪れていた。
レイル君と、お父さんとお母さん、それから、ルイヴェルさんとセレスフィーナさんに、カインさんの姿もある。一体どうしたのだろうか……。
「ユキちゃん、呼び出してごめんね。ちょっと……、会わせたい人がいるんだ」
「レイフィード叔父さん? 会わせたい人って……」
レイフィード叔父さんの座る玉座の前まで歩いて行くと、その顔がげっそりと疲労を負っている事に気づいた。まるで、カインさんが遊学に来ると決まった時のような……。
まさか、また何か面倒な事を他国から押し付けられたのだろうか? もしくは……。
「カインさん、また何かやったんですか?」
「違ぇよ!!」
「落ち着け、カイン」
では、何が起こったというのだろうか。
首を傾げながらレイフィード叔父さんが話し出すのを待っている間、皆さんの顔を見回してみた。
お父さんは難しい顔で溜息を吐いているし、レイル君も同じく。
お母さんはいつも通りで……、カインさんは物凄く不機嫌。ルイヴェルさんは、少し疲れている、感じが、しないでも、ない。
「ユキちゃん……。あのね、嫌だったり気が進まなかったら、問答無用で断っていいからね」
「え?」
「むしろ、聞く前に断ろう! さぁ、ユキちゃん!! ノー!! と言ってみよう!!」
「え? え? ど、どういう事、なんですか?」
玉座から立ち上がり、私の両手を握ってずいっと顔を近づけてきたレイフィード叔父さんが、意味不明な返事を私に求めてくる。断る、って……、何を?
いつも優しくて温厚な、テンションの高いレイフィード叔父さんにしては珍しく、何かを焦っているような、怖がっているような……。
『レイフィードよ。我が話をする前に姪御を懐柔しようとするとは何事か?』
「「げっ!!」」
玉座の間に響いた、少女の声。
それを聞いたレイフィード叔父さんがビクリと全身を震わせ、ガタガタと……。
しかも今、私の左側からカインさんも同じように「げっ!!」と呻いたような気がする。
状況を把握出来ずに目を瞬いていると、突然、玉座のあたりに紫色の陣が光と共に生まれた。
そこから、薄紫の髪を纏う、―― 一人の少女の姿が。
とても長い槍を手に現れた少女が、その後部をダンッ! と床に打ち付けて冷ややかにこちらを見た。
「レイフィードよ。我に話をさせる約束であろう? 違える事は許さんぞ」
「やだぁあああああっ!! ユキちゃんをガデルフォーンになんかやらないよぉおおおおお!!」
「れ、レイフィード叔父さん……?」
情けない姿を晒すなと言わんばかりに、お父さんが私からレイフィード叔父さんを引き剥がしていく。目の前に現れた少女は、レイフィード叔父さんのお知り合いみたいだけど……。
薄紫の髪と、その神秘的なアメジストの双眸を宿す少女は、あの舞踏会の夜に出会った迷子の女の事瓜二つ。けれど、印象がまるで違う……。
「あの、貴女は……」
顔は同じでも、そこに浮かぶ気配は真逆……。
愛らしく頼りなげだった少女の印象は消え去り、表情の浮かんでいない顔にはただただ静かな気配が佇んでいる。それに、長く編んであった二つの三つ編みも見当たらない。
人違いなのだろうかと観察まじりに見つめていると、少女はゆっくりと私の方に近づいてきた。
「いつぞやの夜は世話になったな」
「あ、やっぱり……、あの時の女の子だったんですね。でも、……」
何故だろうか。かなり年上の人から話しかけられている気がする。
槍を手に私を見上げてくる少女の目線の高さに膝を着くと、アメジストの双眸が正面から私を射抜いてきた。
「我は、ガデルフォーン皇国女帝ディアネス……。ウォルヴァンシアが王兄姫、ユキ・ウォルヴァンシアよ。単刀直入に言おう。我の国へ、遊学せよ」
「はい?」
突然のご招待に、ぱちぱちと目が瞬く。
というかその前に……。ガデルフォーン皇国、女帝? 思考が一瞬停止した。
こんな小さな女の子が、女帝陛下? いや、違う。
異世界エリュセードにおける外見はあてにならない事を思い出し、彼女が自分より遥かに上、レイフィード叔父さんと対等に話していた事から、それなりの年齢だという事を読む。
でも、なんで私を、他国の女帝陛下様が遊学に誘いに来るの!?
「ほらぁ……。ユキちゃんが意味不明で固まっちゃったじゃないか~!!」
「貴様は黙っておれ」
「ユキちゃん、断っていいんだよ~!! このウォルヴァンシアに戻ってからまだ日も浅いんだし、他国になんか行って気苦労する事ないんだからね~!!」
「レイフィードよ……。黙れ、と言っておるのが聞こえなかったか?」
お父さんに背後から羽交い絞めにされているレイフィード叔父さんの方に向くと、ディアーネスさんは手に持っていた槍の先を一瞬でその首元に突き付けてしまった!!
ぎろり……、少女の姿に不似合いな威圧感が溢れ出す。
「ディアーネス、すまないね。話を進めておくれ」
「ユーディス殿……。気遣い、感謝する」
ごくりと生唾を喉の奥に飲み下したレイフィード叔父さんを一瞥し、ディアーネスさんは穏やかに語りかけてきたお父さんの方を向き、……そっと槍を自分の方に戻した。
そして、再び私に向き直ると、「どうだ?」と尋ねてくる。
ガデルフォーン皇国……。どこにある国なのかもわからない。
遊学に誘われた理由も不明だし、何故いきなり女帝陛下様自らお誘いに来てくれたのかも。
「あの、どうして私を……」
「レイフィードの姪御がこの世界に帰還したと聞いたのでな。どうせなら見聞を広げさせてやる手伝いをしてやろうと思い声をかけたまでの事。ついでに、そこの竜の子もな」
「ちょっと待てぇえええええええ!! なんで俺もなんだよ!!」
「やはりそうきたか……」
「そうきちゃったわねぇ……」
矛先を向けられたカインさんが一瞬で青ざめて怒鳴ったのを見て、王宮医師のお二人が額に指先を添えて俯いてしまう。もしかしなくても、どうやらルイヴェルさんとセレスフィーナさんはこの展開を予想済みだったらしい。
「竜の子よ。お前は自身の力を高めたいと、今の自分を変えたいとは思わぬのか?」
「あぁ? 別に生きていく上での能力はあるからいいじゃねぇか。他国に行ってまで鍛えるとか、マジ面倒だろ」
「やはり、グラヴァードに似ておるな。人の善意を踏み躙るところなど、特に」
スッ……、と、そのアメジストを細めると、ディアーネスさんは私の視覚認識が追い付かないような速さで消え去ると、次の瞬間。
「ぐはぁあああっ!!」
「か、カインさん!?」
何が起こったの? 今、カインさんが何かに吹き飛ばされたかのように一瞬で壁に激突した。
それも、玉座の間の壁に亀裂が入るどころか、めり込んでる……。
「弱いどころの騒ぎではないな……。竜の子よ、ガデルフォーンに来い。我の国で、強き竜としての道を開くのだ」
「ぐっ……、テ、メェ……っ」
カインさんの立っていた場所に、ディアーネスさんが涼しげな様子で佇んでいる。
まさか、今のは彼女が? あの小さな愛らしい少女の身体で、カインさんを……。
思わず、頬にひんやりと汗が伝ってしまう。
「ディアーネス~……、ここね~、一応、僕の家なんだよね~……。修繕費とか、考えてくれないかなぁ」
「この程度で騒ぐ必要はない。さて、ユキ・ウォルヴァンシアよ。竜の子に対してとは違い、我は強制はせぬ。だが、他国を知る事で成長してみたいとは思わぬか?」
「成長……」
私は、ウォルヴァンシア王国以外の国へ行った事がない。
他国に関する知識も、全くと言っていい程、ない。
けれど、まだこの国での生活も手慣れたものとは言い切れないというのに、他国に?
見知らぬ国で、一人……。
「怖いか? 我の国に、見知らぬ場所へ行く事が」
「……はい」
「それは誰しも抱く未知に対する恐怖だ。自身を包む平穏だけの世界を抜け出す前の、一時の、な。だが、安心するが良い。我の提案した遊学期間は一か月。同行者も許可しよう。短い旅に出るとでも思えば良かろう」
つまり、旅行感覚でガデルフォーン皇国に来てみないか、と。
表情の変わらないディアーネスさんと見つめ合う事数秒……。
壁の方から復活してきたカインさんが怒声と共に割り込んできた。
「俺は絶対ぇ行かねぇからな!! ユキも行かせねぇぞ!!」
「カイン、その方は他国の女帝陛下だ。無礼は控えろ」
「うるせぇ!! ただの暴力女じゃねぇか!! ――痛ぇええええええ!!」
口は災いの元ですよ、カインさん。
ルイヴェルさんからの注意を受けても態度を慎まなかったカインさんの頭に容赦のない槍の一撃が振り下ろされた。ゴンッ!! と、かなり痛そうな音が響くと、その場にずるりと、カインさんが……。
「申し訳ありません。これは回収しておきますので、どうぞお話の続きを……」
「うむ」
ルイヴェルさんに片手で首根っこを掴まれたカインさんが、ズルズルと遠ざかっていく。
この容姿だけは愛らしい女帝陛下様に、逆らってはいけない……。絶対に!!
ぶるりと恐怖に身震いしながら、私は彼女の視線を受け止め続ける。
「何事も勉強だ。一週間の期間をやろう。その時に、答えを聞かせよ」
「はい……」
「ユキちゃああああん!! 今断ろう!! すぐ断ろう!! 一か月も向こうに行っちゃうなんて、叔父さん寂しくて死んじゃうよ~!!」
「レイフィード、子供みたいな事を言うんじゃない」
「父上……。お願いですから国王としてもう少し威厳を」
う~ん、どうしたらいいんだろう。
他国に対する興味はあるけれど、異世界に関する知識が半分も埋まっていない私がお邪魔して、迷惑になったりしないだろうか。
とりあえず、猶予を与えてくれたディアーネスさんにお礼を言って、私はガデルフォーン行きを悩む事になったのだった。
「そういえば、どうしてあの舞踏会の夜は迷子のふりなんてしていたんですか?」
気を失っているカインさんの傍に膝を着き介抱していると、私はふとした疑問を彼女に向けてみた。わざわざ迷子のふりをして舞踏会に紛れ込んだ訳。
性格まで違っていたあの姿は、何の為だったのだろうか。
それに対し、レイフィード叔父さんがようやくお父さんから解放されてディアーネスさんに文句をぶつけ始めた。
「ユキちゃんと接触する目的だったんだろうけど、あのぶりっ子はないよね!! ディアーネス!! 君、自分が幾つかわかってるのかい!? あの時、思わず鳥肌立っちゃったんだよ!!」
「我の名演技は滅多にみられるものではないからな。感謝するが良い」
「何を!? 何に対して感謝!? 君の演技力が高いのは知ってたけど、セレインにも大ダメージだったんだよ!!」
「無礼な奴らよ……。ユキ、あの夜の我は愛らしかったであろう?」
「は、はいっ。とっても可愛くて、本物の迷子みたいでした!! でも……」
あの夜の三つ編み両サイドはどこに行ったんですか?
もしかして、人工の物をアクセントとして付けていたのだろうか。
それについて尋ねると、ディアーネスさんは文句をぶつけてくるレイフィード叔父さんに向かって……。
「うわああああああ!!」
「レイフィード叔父さぁあああああああん!?」
彼女の薄紫の髪の中から、生き物のように飛び出してレイフィード叔父さんの身体を宙高くに持ち上げた……、長すぎる三つ編み!!
ま、まさかの……、収納タイプ!? しかも普通の髪とは思えない威力を発揮している!!
ぽかんと口を開けて、二つの三つ編みに宙で弄ばれているレイフィード叔父さんを眺める事しか出来ない私であった。
「ディアーネス、私から謝ろう。どうか弟を下ろしてやってくれないかな?」
まるでお手玉のように三つ編みの餌食となっているレイフィード叔父さんを見かねて、お父さんが苦笑しながらそう頼むと、ディアーネスさんはじっとその視線を受けとめ……、大人しくレイフィード叔父さんいじりをやめてくれた。
ぼてっと赤い絨毯の上に落ちたレイフィード叔父さんが、こちらに這い寄ってくる。
「ディアーネス……、君って奴は……、本当に昔から、ユーディス兄上にだけは……、従順、だよね。ぐふっ」
「陛下、それ以上は何も言わない方がよろしいかと……。女帝陛下のご機嫌が下がってしまいます」
「る、ルイヴェルさん、それよりも、レイフィード叔父さんの介抱を」
「ユキ姫様、弟が申し訳ございません。さ、陛下。こちらへ」
「うぅ……」
お父さんに向けられているディアーネスさんの視線。
う~ん、……もしかして、アレ、なのかなぁ。
お母さんはその視線を特に気にした様子はなかったけれど、私はお父さんの娘として少しだけ気まずい気持ちになる。嫌な気持ちじゃなくて、ちょっと、困ったなぁ、という程度の思い。
と、それよりも、今は魂が口から出かけているレイフィード叔父さんをしっかりと励まさないと!
ついでにカインさんも!!
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