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第三章『序章』~女帝からの誘い~

舞踏会・狼王の騎士と黒竜の皇子

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 ――Side 幸希


「うぅ……、き、緊張がっ」

 ついに迎えた舞踏会本番の時……。
 まずは身を清めるようにとメイドさん達に取り囲まれ肌を磨き上げられた私は、試着の時以上の出来で淑女の姿へと整えられてしまった。
 恐るべし、メイドさん達の本気……。鏡の中に見た自分自身の姿は、私の想像以上の出来となっていた。
 あとは、私がウォルヴァンシアの王兄姫として、その責務を果たす事で、それに報いる事が出来る……。
 そう、ドレスの下でぷるぷると震えている両足に喝を入れ、目の前の巨大な白い扉の奥へと。

「ユキ……、そこまで緊張する必要はないと思うんだが」

「あ、アレクさんは、な、慣れているんですか? その、社交的な場所に」
 
「一応、騎士団で副団長を務めているからな。警備にしろ、参加する側にしろ、中で行われている煌びやかな世界にはもう慣れた」

 と、必要以上に緊張している私の肩を抱きながら楽しそうに微笑を零したのは、本日のエスコート役を引き受けてくれたアレクさんだ。
 以前に開いたガーデンパーティーの時のように、ウォルヴァンシア王国副騎士団長様としての正装に身を包んで私の傍に寄り添ってくれている。
 その堂々とした立ち姿は、私とは正反対に場へと馴染める、どころか、誰もが振り返らずにはいられない輝きを放っていると言ってもいい。
 副団長さんなんですよね? どこかの国から来た王子様と言っても通じると思うんですけど!! 
 普段はそのまま背中の方に遊ばせているクセありの銀長髪は、ゆったりと青のリボンで結ばれた状態で左胸に流されている。
 頼もしいパートナー……、のはず、なのだけど、昼間に不意打ちをされてしまったせいか、どうにも落ち着かないというか、肩を抱かれているだけで試練というか。
 どうか舞踏会の最中に不意打ち紛いの事を仕掛けてきませんように……!!

「大丈夫だ。いつも通りのユキを見せれば、皆受け入れてくれるはずだ」

「アレクさん……。はい、ありがとうございます」

 うん、流石に大勢の人の目がある場所では、アレクさんも暴走したりはしないはず。
 表情も穏やかだし、大丈夫、大丈夫……。
 と、ほっとしたのも束の間、アレクさんは何も言わずにその場へと膝を着いた。
 扉の両側に控えているメイドさん達が、小さく喜ぶような声を零す。

「あ、アレク、さん?」

 それはまるで、お姫様を前に跪いて忠誠を誓う騎士様のように、左手をゆっくりとその手に持ち上げられ、純白の手袋腰に甲へと神聖なキスが授けられた。

「ユキ・ウォルヴァンシア王兄姫殿下、今宵、貴女の傍に寄り添う名誉に、感謝いたします」

「――っ!! こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いしますっ」

 メイドさん達の一層歓喜した声を耳にしながら、アレクさんからの不意打ちに戸惑った音で応える。王兄姫と騎士としての在り方としては間違っていないのだろう。
 けれど、私を見上げてくる深い蒼の双眸には、私に対する一途な熱が揺らめいている。
 アレクさん……、舞踏会前に私を気絶させる気ですか!!
 その上、平然とした様子で立ち上がり、アレクさんは私をエスコートする為に扉へと向き直ってしまう。

「さぁ、行こうか」

「うぅ……、お願いですから不意打ちは勘弁してくださいってば」

 私を傷つけたり怖がらせたりする事を嫌うアレクさんだけど、彼の事を意識せざるをえない状態に陥っている時に限っては、どうにも楽しそうな表情を寄越してくるのが、少々困りものだと再度実感する羽目に陥るのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うんうん、流石僕の姪御ちゃんだね~!! 叔父さん鼻が高いよ~!!」

 大輪の華が咲き誇る輝かしい世界……。
 女性も男性も、参加者からお世話役のメイドさん達の何もかもが洗練された姿や仕草で舞踏会を楽しんでいる。
 そして、そんな豪華極まりない場所に足を踏み入れる事になった私は、ラスヴェリートの国王夫妻であるセレインさんとリデリアさんを歓迎する紹介の後で、ウォルヴァンシアの王兄姫としてのお披露目をされた。
 レイフィード叔父さんを始めとした、ウォルヴァンシア王族全員集合の図での紹介。
 会場中の視線と興味が一気に私へと集中した瞬間、私の頭の中は真っ白に染まってしまいそうだった。けれど、そこで意識を失っては、私の為に準備を手伝ってくれたメイドさん達やレイフィード叔父さんに申し訳が立たない。
 だから、根性で意識を現実に縛り付けた私は、同じく全力の根性でその場を乗り切る事に成功した。
 
「皆ユキちゃんの可愛さと礼儀正しさに見惚れていたからね~。上出来以上の素晴らしさ!! 叔父さん本当に嬉しいよ~!!」

「れ、レイフィード叔父さんの顔に泥を塗らずに済んで、……よ、良かった、です」

 一応は盛大な拍手と共に歓迎して貰えたけれど、その後の主だった貴族の方々への挨拶まわりが、また物凄く大変だった……。
 形式的な挨拶の他に、色々な事を質問されたりと……、あぁ、精神ゲージがゼロに近くなってきている気がしてならない。
 満足顔のレイフィード叔父さんにほっとしつつも、私はアレクさんに背中を擦られながら疲労困憊の体(てい)でオレンジジュースの入ったグラスをお母さんから手渡された。

「はぁ……、セレブな場所の大変さを身に沁みて実感した気がする」

「ふふ、ユキったらこのくらいで根を上げていちゃ駄目よ~? 挨拶回りの後が、貴女にとっての本番なんだから」

「え……」

 どういう事? 不思議な顔をした私の目の前で、お母さんの傍に寄り添っていたお父さんが小さく呟いた。「そろそろ、か」と。
 それと同時に、アレクさんが私の肩を抱き、会場内を彩るように奏でられ始めた楽団の音色と共に大広間の中心へと向かった。
 すでに何組かの男女がダンスを始めているその場に、優雅な動作で私を誘ったアレクさんがリードの気配と共に楽団の奏でる世界へと身を委ねていく。

「すまない、ユキ。もう少し休ませてやりたかったんだが、……ここからは『牽制』の時間だ」

「牽制?」

 自分から踊るというよりも、アレクさんの腕の中で動きを導かれダンスのステップを踏まされているような感覚を覚えながら、私はその言葉に内心で首を傾げる。
 踊っていない人達も、グラスを手に談笑を楽しみながらダンスの様子を見ているようだけど……。
 牽制というのが誰に対しての事なのか、私には全然わからなかった。

「ユキ、俺以外の事は見ないでいい。俺の事だけを、その瞳に映し、唯一人の相手として見てくれ。ダンスが終わる、その瞬間までは……」

「わ、わかりました」

 アレクさんの足を踏まないようにという心配もあったけれど、その真剣な眼差しに、私に向けて浮かべられている蕩けるような笑みに、逆らえない何かを感じる。
 とりあえず、アレクさんとのダンスに集中するだけなら、今の私にも出来そうだ。
 むしろ、周囲の参加者の皆さんの目にするよりも、きっと簡単な事。

「そうだ。上手に踊れている……。何も心配せずに、俺の目を見つめたまま、誰にも捕らえる事の叶わない、自由を謳歌する蝶のように舞ってくれ」

「は、はい」

 夢のような世界、目を閉じてしまえば、幻となって消えてしまいそうな……。
 日本で暮らしていた頃から考えれば、本当に信じられないような光景と立場に、私は大きな高揚感を覚えながら踊り続ける。
 アレクさんの深く穏やかな、喜びの気配に満ちた蒼。彼の力強さとあたたかさに抱かれて。
 やがて、一曲目の時間が終わり、私はアレクさんに手を引かれてレイフィード叔父さん達の許へと戻った、その瞬間。

「ユキ姫様、次は是非この私めとダンスを」

「おや、抜け駆けとはずるい……。ユキ姫様、是非、私の手を取っては頂けませんか?」

 人の波を抜けてやって来た貴族男性の何人かが、私へとその手を差し出して誘いをかけてくる。
 え……。もしかしなくても、ダンスに誘われている……、の、かな?
 レイフィード叔父さんの姪御だから、一応の社交辞令でやって来てくれたのだろう。
 
「えっと……」

 一度に複数の男性から誘われた場合はどうすればいいの?
 誰の手を取ってお相手をするのが正解なのか……。
 アレクさんの横で戸惑っていると、今度は別の手が私へと差し出されてきた。

「ユキ・ウォルヴァンシア王兄姫殿下、叶う事ならば……、是非、このイリューヴェルが第三皇子、カイン・イリューヴェルに一夜の夢を」

「か、カイ、……んっ」

 貴族男性達の隣に並び、堂々とした物腰でダンスのお誘いをかけてくれたのは、彼らにも負けない程にビシッと姿を整えてきた、何だか物言いまで礼儀正しくなっているカインさんだった。
 すみません……、中が別の誰かと入れ替わってませんか!?
 肩を掴んで激しく揺さぶりながら問いただしたい気に駆られるその姿に、私は言葉を忘れてしまう。それに、名前を口にしようとした瞬間、ぎろりと真紅の双眸で睨まれた気もする。
 
「イリューヴェルの第三皇子だと……? 確かに噂では、王宮に滞在していると聞いていたが」

「だが、あの第三皇子だろう? 乱暴で粗暴な御方だという話だったが、噂とは何か違わないか?」

「なんと美しい……。あの真紅の瞳など、見ているだけでも引き込まれそうな……」

 貴族男性達が、自分よりも身分の高いカインさんの登場に小さな動揺を抱いていると、レイフィード叔父さんが私の隣へと進み出てきた。
 ニコニコとしたその顔には、「僕の目論見通りだね!!」と言わんばかりの気配が浮かんでいるような……。
 アレクさんの純白を基調とした正装に対し、やっぱりガーデンパーティーの時と同じく漆黒の色合いで固めてきた別の正装に身を包んでいるカインさんへと、レイフィード叔父さんが私を彼の方へと差し出す。

「ダンスのお誘いをしてくれた皆には悪いけれど、今日のカイン皇子はイリューヴェル皇帝グラヴァード殿の代理として参加してくださっている。これがどういう事かわかるね?」

「レイフィード叔父さん?」

「御意。イリューヴェル皇家に連なる貴(たっと)き御方を差し置き、前に出る事など……。どうぞ、ユキ姫様との素晴らしきひとときを」

「右に同じく、我らウォルヴァンシアの王に忠誠を誓いし貴族の血を抱きし者。イリューヴェル皇国との友好が末永く続く事を願い、御意のままに」

 これはつまり、ダンスの相手役をカインさんに差し出してくれている、という事、かな?
 音もなく人波の中へと消えていった貴族男性達は、少しだけ悔しそうにしていたけれど、穏便に引いてくれたようだ。
 私の隣で、「ふふ、そう簡単に僕の可愛いユキちゃんと踊れるとは思わない事だね。ふふふふふふ」と、レイフィード叔父さんが俯き加減に、聞き取りにくい小さな声と共に怖い笑みを零している。
 なるほど……。カインさんの登場はレイフィード叔父さんの計画だったのか。
 きっと、私が見知らぬ誰かに緊張する必要がないように気を利かせてくれたのだろう。
 私はドレスの両裾を掴み、カインさんに向かって一礼を向ける。

「カイン・イリューヴェル殿下。お誘い頂きありがとうございます」

「麗しき王兄姫殿下のお相手を務められる幸福を、生涯の宝とさせて頂きます」

 だから、貴方本当に中身が別の誰かと入れ替わってませんか!!
 うっとりとした様子で、髪を撫でつけて凛々しくなっているその魔性の美貌から、蕩けるような笑みが向けられてくる。あぁ、背中にぞくっと困った痺れがっ。
 私の他にも、周囲で状況を眺めていた令嬢の皆さんもカインさんの放つ色香の余波を受けたのか、くらりと目眩を覚えた人が何人か……。恐るべし、イリューヴェルの血筋!!
 差し出して私の左手の甲にカインさんが跪きキスを落とすと、ダンスの場へと私を誘い出す。

「中身……、ちゃんとカインさんですよね?」

 場に向かいながら、小さな声でカインさんに尋ねる。
 すると、爽やかな笑顔を浮かべたまま、カインさんが同じく声を潜めて一言。

「俺以外の誰が入ってるっつーんだよ」

「まるで別人ですよ……。いつものカインさんらしくないというか」

「ばーか。こういう社交の場では、猫被った方が色々と都合がいいんだよ。特に、お前がいる場所ではな」

「カインさん……。もしかして、私の為に?」

 ひそひそと周囲から漏れ聞こえてくるのは、噂とは違うという声ばかりだ。
 イリューヴェルの第三皇子は粗暴で乱暴、気品など何ひとつない危険人物だと聞いていたのに……、と。
 最初は私もその噂を聞いて怯えていたけれど、カインさんと出会ってからは違う。
 確かに乱暴で口の悪い人だけど、彼はその噂の中から必死に抜け出そうとしているのだ。
 歩んできた道は消せないけれど、これからを変えていく為に……。

(それに、心の優しい、不器用なだけの人だって……、私は知っている)

 恋愛対象としてはまだわからないけれど、私はカインさんという一人の存在を、好ましく感じている。告白の事がなければ、友人としての絆は強く育まれていった事だろう。
 でも、今は……、隣を歩いているカインさんは私に対して異性への好きという感情を抱いていて、きっとアレクさんと同じように、心の底から油断してはいけない相手。
 気を抜いていると、自分の想いを忘れるなと突きつけるように不意打ちをしてくる困った存在。
 ダンスの輪に加わり、カインさんのリードを受けながら、私は頬を染めて見つめてくる真紅の双眸に囚われる。

「必要以上に緊張すんな。今の俺は、イリューヴェル皇帝の代行みたいなもんだ。お前は国の友好を保つ為に俺と踊ってるんだ。義務みたいなもんだから、な?」

「は、はい……。が、頑張ります」

「おう。その調子……、痛っ。……番犬野郎との時はミスらなかったくせに、お前っ」

「ご、ごめんなさいっ」

 ぐっとヒールの踵でカインさんの足元を踏みつけてしまったけれど、カインさんは僅かに眉を顰めただけでダンスの道筋を乱す事はなかった。
 すぐに体勢を立て直し、私の身体に寄り添い優雅なステップを踏み続ける。

「緊張し過ぎんなって言ってんだろうが……。まぁ、俺も公式の場に出るのを禁止されるようになってかなり経つからな……。俺のリードミスが大きいんだろうが」

「い、いえ……。私の失敗ですから、カインさんのせいじゃありませんよ。でも……、カインさんが皇子様なんだって事、凄く納得出来るような気がします」

「あ?」

「慣れてますよね? 女性をリードして踊るの……。皇子様だから当然なんでしょうけど、さっきお誘いに来てくれた時も、誰よりも輝いて見えましたし」

 そう素直にカインさんの事を評すると、目の前の表情が困ったように歪んだ。
 
「本当は……、あの貴族共を蹴散らして、お前を掻っ攫ってやりたいって、そう思った」

「え」

「確かに皇子としての教養や面倒なアレコレは叩き込まれちゃいるが、俺の本質はご立派な皇子様なんかじゃねぇんだよ……。惚れた女に受け入れてほしい、そう必死に足掻く、乱暴者だ」

「――っ」

 そんな事はない。少なくとも今は、一生懸命努力して新しい自分を始めようとしている。
 そう言いたかったのに、ダンスを踊りながらカインさんと顔が近くなった瞬間、切なげに揺れて想いを滲ませてくる真紅の双眸に、私は何も言えなくなった。
 
「何も言わなくていい。俺の言ってる事は全部本当の事で、喧嘩っ早いのも治ってねぇしな。それに、今甘やかされちまったら……、この場でお前の口を塞いじまいそうだし?」

「か、カインさ、きゃっ」

 熱の籠ったその台詞の直後に優雅なターンを決めさせられた私は、それ以降無言になったカインさんの手によって、楽団の奏でる美しい音色だけに集中する事になった。
 ただ、お互いの視線だけを受け止めながら……。
 このひとときが夢であるかのように、巨大なシャンデリアの光に抱かれ続けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「よし、任務完了。ユキ、次が来るまで頑張れよ!」

「え? ちょっ、か、カインさん!?」

 参加者の皆さんを魅了しながらダンスを終えたカインさんは、ジュースやワインのグラスが集まる隅の方へと連れて行くと、ニッコリと笑って一瞬で消えてしまった。
 次が来るまで頑張れ……? えっと……、どういう事?
 それに、レイフィード叔父さん達の所にでなく、どうして会場の隅っこに私を連れて来たの?
 傍にアレクさんもいないし、今誰かにダンスを誘われたり話しかけられたりしたら……。
 
「ユキ姫様、よろしければお話を少々よろしいでしょうか?」

 カラフルなドレスの群れに視線を向けていると、私よりも少し年上に見える何人かの女性達が喜々とした様子で近づいてきた。
 ダンスに誘われるよりは、女性同士の会話に華を咲かせていた方が気分的には楽だ。
 ほっと胸を撫で下ろし、私はまだ話した事のないご令嬢の皆さんに笑顔を向けると、彼女達の自己紹介を聞きながら暫しの談笑に参加する事になった。
 予想した通り、セレブ感溢れる自慢話や今夜の為に纏っているドレスや装飾品、ご両親に関する事などなど……。
貴族令嬢のイメージにピタリと当てはまる人もいたけれど、中には気の合いそうな庶民感覚の人もいて、貴族もまた色々なタイプがいる事を知った。
 そして、どの世界においても、どんな立場であっても、女の子の興味というのはやはり。

「ところで、皆様は素敵な殿方からのお誘いはありまして?」

「ふふ、お目当ての方からはまだですけれど、先ほど少し別の方のお相手をしてきましたわ」

「私もです」

「ウォルヴァンシア中の主だった貴族の皆様が顔を出されておりますから、意中の御方を探し出すのにもひと苦労ですけれど、それ以外の出会いも多くて心踊りますわ~」

 話は自然な流れで……、というわけではなく、どう考えても先に無難な話をしておいて、さりげなくその話題に繋いだ、という体(てい)なのだろう。
 ご令嬢達は羽根扇で口元を隠しながら、どの貴族の男性が素敵だった、とか、これからお目当ての男性にどうやって誘って貰おうかなどなど、水面下でウズウズと獲物を狙う猫の目をしている。
 そして、そんな話題に移った以上、私の方にも質問の類が飛んでくるわけで……。

「そういえば、ユキ姫様は極上の殿方ともう踊られていましたわね?」
 
「え、あ、……えっと、はぁ、まぁ、一応」

「ウォルヴァンシアが誇る騎士団の副団長、アレクディース様とのダンスも素晴らしかったですけれど、イリューヴェルの第三皇子殿下の腕の中で舞われるユキ姫様も、とても素敵でしたわ~」

「噂では、とても皇族らしくない方だとお聞きしておりましたけれど、やはり噂は噂。あてにはなりませんわねぇ。皆様もご覧になりましたでしょう? カイン皇子殿下の眩い美貌と、あの鮮やかな真紅の瞳……。私、一目見て虜になりましたわ」

 うっとりと頬を染める女性達に愛想笑いを向けていると、ずいっとその化粧を纏った顔を近づけられてしまった。
 興味を抱いた相手……、というか、多分あれです。カインさん、ターゲットロックオンされてますよ。ご令嬢方の目には満ち溢れる好奇心だけでなく、女豹の気配が強く浮かんでいる。

「王宮に滞在されていると聞きましたけれど、普段から親しいんですの?」

「まさか、もう御心を通わせられているとか……、どうなのでしょうか」

「ダンスをなさっている時のカイン皇子は、とても嬉しそうにユキ姫様を見ていらっしゃいましたし、あれは社交辞令としてのダンスにはとても思えませんでしたわ……」

 沢山のご令嬢達に周囲を固められ、ダラダラと落ち着けない冷や汗を流していると、人垣の向こうにワイングラスを片手に寛いでいる噂の主が見えた。
 楽しそうに赤色のそれを飲み干し、今度は小さな小皿を手に取ってすぐ傍にある立食形式のテーブルからチーズや美味しそうなお肉などを……。

(一人だけずるい!!)

 自分だけ全てから解放されたかのような顔でもぐもぐと!!
 私の方は、カインさんとの関係性を探られたり、紹介してほしいとお願いされたりで大変だというのに……。ダンスが終わったら早々に消えて、自分はあんな天国みたいな場所で。
 私の視線に気づいたのか、カインさんはひらひらと右手を小さく振ってくる。
 次第にご令嬢達の質問は、アレクさんの事にまで及び、私のストレスも徐々に積み重なっていく。
 八つ当たりに近いと自分でもわかっている。けれど、暢気に美味しそうな物を食べているカインさんに怒りの視線を注いだ私は、ご令嬢の皆さんにニッコリと笑顔を向けた。

「私とカイン皇子は遊学の際に友人関係を結ばせて頂いておりますが、恋人でも何でもありません。あぁ、あちらにご本人がいらっしゃいますので、どうぞそちらに」

「「「まぁあっ!! 本当ですわ!!」」」

 結果、カインさんにも少しは苦労してもらおうと、――女豹の皆さんへの生贄とした。
 ご令嬢の皆さんは羽根扇をバシンッ! と力強く閉じ、物凄い反応力と優雅な素早さでカインさんへと押しかけていく。遠くから、「ユキぃいいいい!! 俺を売りやがったなぁああっ!!」という声が聞こえてくるけれど、無視しておく。
 さて、ダンスに誘われない内に、少しあちら側にあるバルコニーで休む事にしよう。
 男性の目に触れないように、私はそちらへと小走りに急いだ。
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