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第三章『序章』~女帝からの誘い~

女の子同士の一日

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 ロゼリアさんのご実家で美味しい焼き菓子とお茶をご馳走になった後、私達はリデリアさんの希望で、ウォルヴァンシア王国一のデザイナーさんが開いているというお店に足を運ぶ事になった。
 普通の服屋さんとは違い、少々、というか、かなりお値段の張る有名店。
 以前にお母さんと少しだけ中を覗いた事があるけれど、販売用の服の他にも、オーダーメイドで自分だけの服を作って貰えるそのお店は、まさにセレブ御用達の場所にしか思えなかった。
 一応私もウォルヴァンシア王であるレイフィード叔父さんの姪御というポジションだけど、いまだに高級と名の付く場所に入るのは、かなりの勇気を必要としてしまう。
 その事をカインさんに話してみると、「は? お前、この国で一番凄ぇ場所に住んでんじゃねぇか」と、尤もなコメントが返ってきたけれど、それとこれとはまた別の緊張感がある。
 入店早々、前にも一度顔を合わせたテンションの高い女性デザイナーさんが両手を広げて出迎えに来てくれたので、リデリアさんを盾にするように、私はロゼリアさんの傍にいる事にした。

「どれから見ようかしらね~。ふふ、噂で聞いていた通り、素敵なドレスがいっぱいだわ」

「美しいお嬢様!! こちらのドレスなど如何でしょう? ドレスの他にも外出用の素晴らしいデザインを御用意しております」

「リデリア~、こっちの真っ赤なのとかどうかな~? リデリアの金髪がすっごく映えるよ~!!」

「あら、本当!! エルゼラ、試着を手伝ってちょうだい」

「おっけ~!!」

 ……息の合ったラスヴェリート王妃主従。
 この豪華極まりない空間においても、リデリアさんとエルゼラさんは気後れせずに、デザイナーさんと一緒に盛り上がっている。
 私とロゼリアさんは、内心が同じ気持ちのようで、二人でそろ~りと隅の方に避難済みだ。
 セレスフィーナさんの方は……、あ、別の店員さんと楽し気に雑談を始めている。

「凄いですね……」

「ユキ姫様は、よろしいのですか? 何か御所望の物があれば、副団長から必要な物を預かって来ているのですが」

「それはアレクさんのお気持ちだけ頂いておきますので、本人に返しておいてください」

「副団長の落ち込む様子が目に浮かぶのですが……」

 言葉を濁したロゼリアさんが騎士服の上着の中から取り出しかけたお財布らしき袋の姿に、一瞬だけ冷や汗を背中に伝わせて元の場所に戻して貰った。
 アレクさん……、私に対して過保護なのもあれですけど、お金の面でまで甘やかそうとしないでください。私を堕落させて悪女にでもする気ですか?
 あの人の悲しそうな顔は見たくないけれど、世の中にはご遠慮すべき物事が存在するのだ。
 飲食店でのお食事ぐらいなら……、まぁ、いつかお返しが出来そうだけど。
 
「ユキ~!! ロゼリアさ~ん!! そっちに引っ込んでないで、こちらにいらっしゃいよ!! 皆で試着して楽しみましょうよ~!!」

「ほらほら~!! いっぱい綺麗なドレスがあるよ~!!」

 すみません、根が庶民なので物凄くご遠慮したいんですが!!
 と、楽しそうな二人のテンションを落とすわけにもいかず、私とロゼリアさんは観念して二人の待つ煌びやかな世界へと足を向ける事になった。
 
「やはり、この鮮やかな蒼の御髪に映えるのは、純白が一番のような気もいたしますね~!! あぁ、でも、こちらの色のドレスと合わせるというのもまた!! でも、新境地を拓くには、様々な色合いも試してこそ!! さぁさ、こちらへ!! 私が全てコーディネートさせて頂きます!!」

「え、あ、あのっ、そこまで熱心にして頂かなくても!! そ、それに、リデリアさんとは違って、私に購入予定はありませんし!!」

「大丈夫でございます!! むしろ、私の方からお嬢様に似合いのドレスを贈らせて頂きたいぐらいなのですから!! あぁ、まだ可憐な蕾を思わせるお嬢様の可能性を試させて頂くのは、なんという至福の時間なのでしょうか!!」

 えぇ……!!
 深紅の豪奢なドレスを纏いながら鏡の前でご機嫌な様子のリデリアさんと、彼女から勧められて可愛らしいドレスに袖を通したエルゼラさんに助けの目を向けても、全然気づいてない!!
 ロゼリアさんの方は、別の店員さんの手によって試着室に放り込まれているし……。
 はあ、……豪華なドレスを身体に当てられる度に、なんだか心臓がドキドキしてしまう。
 主に、汚したり破いたらどうしようという意味で!!
 ウォルヴァンシア王宮で纏う事のあるドレスの類もまた、同じように緊張感があるけれど。
 この純白のマーメイドドレス……、これ、お値段どれぐらいするのかなぁ。
 恐れと好奇心を抱きながらデザイナーさんに聞いてみると、思わずその場に倒れてしまいたくなるようなお値段だった。
 けれど、私に逃げ場はない。試着室の中へと入り、着替えを手伝って貰いながら真白のドレスに服装を変えて試着室の外に出ると、リデリアさん達が嬉しそうにこちらへと近づいてきた。
 私の着ているドレスは、胸の辺りにこれまた高級そうな美しいサファイアに似た宝石があしらわれており、袖口からは青のフリル袖が上品な仕様でついている。
 
「いいわね~!! 銀世界に舞い降りた妖精みたいだわ!! そう思わない? エルゼラ!!」

「うんうん、すっごく可愛い!! もうちょっと大人になったら、また別の魅力を引き出しそうだよね~、このドレス!!」

「ビューティフル!! けれど、お嬢様の魅力を最大限に高めるには、まだまだドレスに改良の余地がありますね~。あぁっ、デザインが!! イメージが!!」

 皆さん、本人は恥ずかしくて穴の中に潜りたくなるようなお褒めの言葉を沢山本当にありがとうございます!! でも、やっぱり何だか物凄く気恥ずかしい!!
 鏡の中に映る自分を眺め始めた私は、実年齢よりも幼い自分の顔とドレスの合わせを見て、大人の女性にはまだまだほど遠いなぁ、とそのままの感想を胸に抱く。
 リデリアさんやセレスフィーナさんみたいに、歳相応の大人の魅力が早く欲しいものだ。
 と、その時……。

「ん?」

 今……、鏡の中に映っている窓に、誰かいたような気が。
 くるりと振り向き窓を見つめるけれど、……誰もいない。
 気のせい、だったのかなぁ。
 試着室から出て来たロゼリアさんに話してみると、念の為にと窓に向かってくれた彼女が、暫しの無言でその場に留まり……、戻ってきた。

「ユキ姫様ご安心を。特に異常はありませんでした」

「そうですか。ならいいんですけど……」

「……あの馬鹿」

 私の傍にいたリデリアさんが、何故かその窓の向こうを半眼で見つめながら息を吐き出している。
 エルゼラさんの方はくすりと笑って微笑ましそうにしているようだ。

「あの、何か?」

「気にしな~い、気にしな~い!! さぁさ!! 次のドレスいってみよう~!!」

「そうね。私達の邪魔をしないのなら、見逃してやっておきましょう」

 ラスヴェリート王妃主従のお二人は、何かを知っている素振りでまた私を試着室に押し込んだ。
 もしかしなくても、あの窓の向こうには実は……。
 某奥様大好きの旦那様が隠れ潜んでいたのではないだろうか。
 それを口にしようとした私に、リデリアさんが迫力のある笑顔で言葉を封じにかかってきたのは、言うまでもない。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふふ、好みのドレスは手に入ったし、もう幸せいっぱいだわ~!!」

「ふふ、良かったですね、リデリアさん」

 一度購入したドレスをウォルヴァンシア王宮に届けて貰う手続きを終えたリデリアさんが、再び戻って来た大通りを歩きながら、満足顔で両手を頭の上で組み合わせ伸びをしている。
 一国の王妃様だから沢山購入するのかなぁと思っていたけれど、実際には一着だけ。
 リデリアさん曰く、『本当に欲しいものは、しっかりと見定めてこそなのよ!』との事。
 ちなみに、私とロゼリアさんは着せ替え人形にされすぎたせいで、ぐったりと道を歩いている。
 
「ユキ姫様、そろそろ休憩でも如何ですか? 丁度近くにカフェがありますし」

「あ、そうですね。そろそろ喉も渇いてきましたし」

 城下に来た際に、よく訪れるオープンテラスのカフェ。
 セレスフィーナさんに促され、私達五人はその場所へと足を向ける。
 女性同士のお買い物に、楽しいひととき、今日は何から何までが賑やかで、日本にいた頃の友人達との日々を何度も思い出してしまう。暫くは会う事の出来ない……、大切な友人達と、故郷。
 彼女達は今、どんな風に、過ごしているのだろうか。
 ほんの少し切なくなりながらも、今の日常が楽しくて大切なのも本当で、私は澄み切った青空を見上げて微笑んだ後に、カフェへと入った。

「はぁ……、まだ、近くにいるわねぇ」

「リデリアさん?」

 注文を終え、穏やかな葉擦れの音を耳にしながら外に面した席で寛いでいると、リデリアさんがグラスに入った水を含みながら、ちらりと周囲を気にするように呟いた。
 エルゼラさんの方は、「気にしない、気にしな~い」と誤魔化すように笑っている。
 リデリアさんの呟きが何を意味しているのか……、私とロゼリアさん、そしてセレスフィーナさんがその意味を察し、同時に周囲へと視線を走らせた。
 ……あ、いた。カフェの向こうにある建物の陰に、今度はしっかりとその姿が見える。
 奥さんの事を愛してやまないラスヴェリートの王様が私服姿で自分の側近である危険人物……、じゃなくて、ヴェルガイアさんと一緒にこちらをじっと見つめている。
 
「そんなに心配なんでしょうか……」

「あ、それもあるだろうけど、リデリアに放置されて寂しいだけだと思うよ~」

「はぁ……。あ」

 さらに気づいてはいけないものに気づいてしまった。
 セレインさん達がいる近くのお店の中に……、同じようにこちらの方を監視するかのように視線を注いでくる二人の男性、プラスもう一名。
 その三名が見ているのは、リデリアさんではなく……。

「ロゼリアさん……」

「申し訳ありません、ユキ姫様。どうか、気付かないふりを」

「いえ、でも……、あれ」

 気まずそうな顔で私に懇願してくるロゼリアさんの目は、リデリアさんと同じく哀愁を抱いている。セレスフィーナさんも……、「何をやってるのかしらね、あの子は……」と、監視組らしき二人に同行している弟さんに呆れ気味だ。
 ウォルヴァンシアの城下に危険の気配はないのに……、本当に何をやっているんだろう、あの三人は。そこにただ居るだけなら、偶然と言えるだろう。
 けれど、……アレクさんとカインさんの視線が私に絡み付くように注がれてくるから問題なのだ。
 ルイヴェルさんの方も、買い物をしているふりをして、時折こちらに向けられている。
 パチッと目が合うと、二人は大急ぎで自分達の行動を誤魔化しにかかった。
 うん、気付かないフリをしていよう。その方が平和な気がする。

「はぁ……、セレインの愛情って、もう少し何とかならないのかしら」

「あははっ、無理無理!! 陛下の愛は、滅茶重(めちゃおも)だからね~!!」

「あの、普段からあんな感じ……、なんですか?」

 セレインさんの一途な愛に対して、リデリアさんの方は温度差が激しいというか……。
 一応は恋愛結婚なのだと説明してくれたエルゼラさんが、リデリアさんの代わりに二人の出会いから結婚に至るまでの過程を面白そうに語ってくれたのだけど……。
 
「り、リデリアさんの夢に潜り込んで……、訪問、です、か?」

「そ。私が幼い頃からの事よ。今は……、まぁ、たま~にあるけど、昔は何で意味不明な睡魔に襲われるのか、とか、夢の中で接触してくるド変態が何なのかはわからなかったんだけど……」

「ある日、その相手がラスヴェリートの王子様だとわかったわけ、ですね?」

「最悪でしょ~? 一国の王子が、一度遊んだだけの私を追いかけて、執念のストーカー行為なんだもの……。最初はね、そんなアイツが許せなくて、それで王都まで向かったんだけど」

 その旅の途中でエルゼラさんとノルクさんに出会い、またその時に起きた事件を解決する際に、出張帰りのルディーさんとルイヴェルさんの助けを借りた、と。
 私の知らない、何年も前の事らしい。その上、ラスヴェリート王国の一大事まで起きて、その恋愛の過程には、様々な苦労があったとか……。
 ルディーさんから聞いていた話も凄かったけれど、執着愛の激しかったセレインさんの想いを、リデリアさんはどんな気持ちで受け入れる事になったのだろう?
 
「あの、失礼ですが……、リデリア様は」

「リデリアでいいのよ、ロゼリアさん」

「申し訳ありません。では、リデリア殿は、その……、失礼ながら、そんな陛下を、何故受け入れる事が出来たのでしょうか?」

 ロゼリアさんからの問いに、リデリアさんはふぅ、と小さな溜息を吐きながら、「そうね~」と、自分の両肘をテーブルに着いて、組んだ両手の甲に顎を乗せて言った。
 
「最初はね、本当にお断りだったのよ……。だけど、人って情を覚えちゃう生き物でしょう? 王都に着いてみれば、セレインはまさかの病気状態だったし、それをどうこうしようって気にはなれなくて、仕方なく看病してやってたのよ」

「で、そこからさっき話した通り、ラスヴェリートの結晶絡みのアレコレが起こってさ~。一度はその時、まだ王子様だった陛下から離れたリデリアだったんだけど、結局またラスヴェリート王宮に戻る羽目になって、ねぇ?」

「そこからまた面倒の連続で……、はぁ、実際、どこに恋愛要素なんかあったのかしらねぇ」

「またまた~!! 陛下の事を段々好きになり始めちゃってたくせに~!!」

 茶化すエルゼラさんの頬を、その隣に座っていたリデリアさんが青筋を浮かべながら笑顔でグイッと抓った。あぁっ、リデリアさんの全身から黒いオーラみたいなものが!!
 
「ふぅ……、まぁ、つまり……、セレインは時間差、っていうか、じわじわくるタイプだったのよ」

「時間差……、ですか?」

 がっくりと肩を落とし、少しだけ頬を染めたリデリアさんは、少女のように可愛く見える。
 問い返した私に、彼女はうんうん頷き、その時の事を話してくれた。

「セレインほど、ね……、私の事を深く愛して、命まで懸けてくれる男って、この世界のどこを探してもいないんじゃないか、って……。ラスヴェリートの剣を前にしても、民よりも私の存在を一番に考える馬鹿の一途さに、その、段々と……、ね」

「嫌で嫌で仕方がなかったくせに、気が付いたら陛下の愛に侵食されちゃってたみたいなんだよね~!! 恋の自覚をした時のリデリアって、物凄く可愛かったよ~!! って、ぐええっ」

「エ~ル~ゼ~ラ~ぁぁぁあああっ」

 茶化すんじゃない! と、リデリアさんが自分の護衛さん兼友人であるエルゼラさんを鬼のような真っ赤なお顔で締め上げてしまった。
 照れ隠しなんだろうけど、それは駄目!! エルゼラさんの意識が落ちてしまう!!

「り、リデリアさん!! 落ち着いてください!! エルゼラさんの首が締まってますよ!!」

「ふふ、大丈夫よ~。エルゼラは頑丈だから。まったく、出会った頃は私の事を気遣ってくれる子だったのに、すっかり能天気になっちゃって!!」

 ユサユサと胸倉を揺さぶり始めたリデリアさんに、それでもエルゼラさんは楽しそうな笑いを引っ込めようとはしない。私達の見ている前で、「もう~、リデリアは可愛いよね~」と余裕の体(てい)だ。これ……、見守っているだけで本当に大丈夫なのかな?
 暫くして、ようやく気分が落ち着いたのか、リデリアさんは運ばれて来たオレンジジュースをストローを使わずにぐいっと飲み干し、疲れ切った溜息を吐き出した。
 他にも、それぞれが注文した軽食やジュースグラスが目の前に置かれていく。

「はぁ……、疲れた」

「お、お疲れ様です。リデリアさん」

「ねぇ、ねぇ、リデリアの恋話(コイバナ)も面白いけどさ~、お姫様の方は何もないの~?」

「え?」

 自分の前に置かれたオムライスにスプーンを差し入れて、それを満面の笑みで頬張ったエルゼラさんが、一口目をもぐもぐと味わった後にそう問いを向けてきた。
 熱々のチーズグラタンにスプーンを運ぼうとしていた矢先の事。
 まさかリデリアさんの話の流れから私の方にその問いが飛んでくるとは思わなかった。
 う~ん、どう答えよう……。ロゼリアさんとセレスフィーナさんが、互いの顔を見合わせた後に私へと気遣う視線を向けてくれた。

「えーと……、ですね。ある、ような、……ない、ような」

「「どっちなの?」」
 
 うぅっ、そこで息を合わせて興味津々な顔を向けて来ないでほしい。
 リデリアさんとエルゼラさんの好奇心に満ちた視線に晒されながら、私は視線を彷徨わせて息を吐く。女性が集まって恋愛の話をした場合……、高確率で自分の恋愛事情を根掘り葉掘り暴き出されるのは、逃れられない宿命。
 それを知っているだけに……、逃げ道が全く見つからなかった。

「ふっふっふっ~。実はね~? 王宮内で色々と噂を聞いちゃってるのよね~」

「うっ」

「王兄姫を巡る、激しい火花の散る三角関係……。メイドや騎士達の間では、誰と両想いになるのかって、賭けまでされているみたいよ~?」

「か、賭け!? ろ、ロゼリアさんっ、セレスフィーナさんっ、本当ですか!?」

 まさか!! という思いで二人の方を見遣ると、気まずそうに頷かれてしまった。
 アレクさんとカインさんの態度や普段の日常の様子で、三角関係の件は気づかれている事は知っていたけれど、まさか……、賭けまで行われていたなんて!!
 
「現在のところ、我が副団長の方に多くの者が賭けている状態となっております。私も、副団長の幸せなゴールインを信じ、少々投資を」

「何やってるんですか!! ロゼリアさん!!」

「申し訳ございません、ユキ姫様……。私も……、賭けの予想で負け気味のカイン皇子に応援の意味も込めて、ほんの少し……」

「セレスフィーナさんまで!?」

 別に賭けをされていた事に対して怒ったりはしないけれど、賭け事とは無縁そうに見えるお二人が参加しているとは思わなかった!! 
 もしかしなくても、私が知らないだけで……、他にも裏で様々な何かが起こっていそうな気がしないでもない。
 
「まぁまぁ。楽しそうで良いじゃないの~。で? ユキはどっちがいいの?」

「うっ……。ど、どっち、と言われましても……」

「どっちも好みじゃないの?」

 アレクさんとカインさん……。好みじゃないかどうかと問われれば、……あの美形陣を前に胸がときめかない女性はいないだろうと答えるしかない。
 むしろ、何故私に恋心を抱いてくれたのか、もう本当に意味不明過ぎて!!
 とりあえず、二人からの告白を真摯に受け止め、ゆっくりと考え中なのだと口にした。

「ふぅん……。ユキは良いわね~。選択肢が二つもあって」

「え?」

「だって考えてもみなさいよ? 私なんて、最初から最後まで、……セレイン一択の未来しか用意されていなかったものなんだから」

 ふっ……、哀愁に満ちた吐息がひとつ、麗しの王妃様から零れ落ちる。
 リデリアさん、向こうの建物の陰で、旦那様が辛そうに大泣きしてますよ。
 距離的には離れているというのに、まるでこちらの会話が聞こえているかのような反応が。
 それに、……あっちのお店の中では、アレクさんとカインさんの視線に凄まじい熱が籠り始めたような気がする。

「狼王族は耳が良いし、他の種族も遠く離れた場所の会話を盗み聞きする事なんて、幾らでもやりようがあるしね~」

「そ、そうなんですか……」

「ユキ姫様、あれでしたら……、あそこの三人だけでも解散させましょうか?」
 
 スッとセレスフィーナさんが席から立ち上がり、気を利かせてお店の方へと向かってくれた。
 ロゼリアさんも彼女に同行し……。あ、お店の中でお説教が始まり出した。
 真顔のロゼリアさんに何か言い含められているらしきアレクさんが、しょんぼりと肩を落としてお店を出始める。ルイヴェルさんの耳をグイッと引っ張ったセレスフィーナさんが、ついでのようにカインさんの腕をとり、同じくお店の外へ。
 大通りの只中で、女性二人からさらなるお説教を受け始める三人……。
 少し可哀想だけど、流石に会話を盗み聞きするのは遠慮してほしいところだ。
 やがて強制的に解散させられ、三人の男性陣はその場から消えて行ったのだった。
 ……セレインさんとヴェルガイアさんの姿も、あ、どこかに消えてしまった模様。

「ユキ姫様、任務完了いたしました」

「弟とあの二人がお騒がせをしてしまい、申し訳ありませんでした。さ、お話の続きを」

 スッキリとした笑顔の二人の手腕は本当に頼もしい。
 仕切り直しでまた賑やかになった私達の話題は、逃がさないとばかりに恋の話へと戻ってしまう。
 アレクさんとカインさん、私の中でどちらが有利に進んでいるのか、とか……。
 
「いっその事、お試しでどっちとも付き合っちゃうとかどうかな~? そうすれば、色々と相性とかもわかるんじゃない?」

 エルゼラさんの言葉に、それはちょっと……と、言葉濁す。
 主に、あの二人が仕掛けてくる心臓に悪い甘い台詞や行動で、私の心臓が危機に瀕してしまうから。たとえそうならなくても、私にはハードルが高いというか。
 とりあえず、今のところはご遠慮したいところなのだ。
 
「エルゼラ、あまり調子に乗らないの。ごめんなさいね、ユキ。人の恋愛話になると、色々好奇心が出ちゃって駄目ねぇ。この話題が嫌なら、もうやめるけど、大丈夫?」

「い、いえ、大丈夫です。……ただ、私自身、初恋も、その、まだ……、なんです。だから、自分にとってアレクさんとカインさんが大切でも、それが恋なのかどうかは、なかなか」

「ふふ、じゃあ、私と同じね」

「え?」

 飲み干してしまったオレンジジュースのお替りで運んで来て貰った二杯目のジュースを受け取りながら、リデリアさんが楽しそうに微笑んだ。
 今度はストローを使って、水色の炭酸ジュースのようなそれをしっとりとした唇を少しだけ動かして中身を吸い上げていく。

「最初は本当に認めたくなかったんだけど……、私、どうやらセレインが初恋の相手になっちゃったようなのよねぇ」

「セレインさんが、初恋の相手だったんですか?」

「不覚にもね。さっきも言ったけど、最初は大嫌いで報復してやろうって、そう思っていた相手なのよ。それなのに、……気づいた時には、私の心の中で、セレインの存在が大きくなって居座っていた、ってわけ」

「気づいた、時には……」

 大嫌いだった相手に恋心を抱く事自体がある意味奇跡のように思えるけれど、言葉の割には、リデリアさんの表情は穏やかで、なんだか幸せそうに見える。
 絶対に違うと何度も自分の中で否定して……、それでも、逃げられなかった自分の中で芽生えた想い。彼女は苦笑しながら私の胸のあたりをピタリとそのしなやかな指先で示す。

「な~んて、そんな風に話したところで、結局は本人がその時を待つしかないし、実感してみなければ、何もわからないわ。初恋の場合は特に。けど、これだけは覚えておいてね? 自分の素直な想いからだけは、人は逃げる事は出来ないの」

 それは至ってシンプルな、経験者からのアドバイスだった。
 確かに、色々と悩んだところで、結局はいつか出る答えなのだろう。
 リデリアさんは、「それに」と楽し気に言葉を付け加える。

「別にその二人だけの枠で考えなくたっていいじゃない? 世の中には沢山男性がいるんだし、他の恋の可能性だって現れるかもしれない。ユキは真面目そうだから不義理な真似は出来ないって言いそうだけど、何事も楽しんだもの勝ちよ。前向きに頑張りなさいな」

「うぅ……。は、はい」

「リデリアも大人になったよね~。陛下と恋仲になる前なんて、こんなの絶対ありえない!! とか、自分の気持ちに物凄く抵抗してたのに、ふふ、今じゃ人にアドバイスまで出来るようになって。友人として、その成長に拍手喝采だよ~」

「エルゼラ~……、余計な茶々はいらないのよ?」

 笑顔でぎろり。デザートのパフェを頼みながら面白そうにニヤニヤと口を挟んできたエルゼラさんを、リデリアさんがぽこりとその右手の拳で小突いた。
 私は引き寄せたグラスの中のオレンジを見つめながら、ストローへと口をつける。
 まだ知らない、初めて覚えた恋心に翻弄され、やがて、ひとつの愛を掴み取ったリデリアさん。
 彼女の笑顔を見ていると、不思議と恋愛に対する戸惑いが和らいでいく気がする。
 けれど……、その直後、胸の奥で不自然な痛みが生じた。

「……っ」

「ユキ姫様、どうかなさいましたか?」

「い、いえ……。大丈夫です」

 それは一瞬だけの事……。頭の中によくわからない何かがその像を把握する暇もなく駆け巡り、心臓の辺りが切ないような痛みを訴えてきた。
 俯いて胸を押さえた私の顔を、セレスフィーナさんが肩を支えて覗き込み、案じる声をかけてくれる。

(今のは……、何?)

 何故か、どうしようもなく不安の気配が倦怠感となって全身に残ったような……。
 鼓動は少しだけ早足に音を刻み、自分の存在が……、不安定なブレを覚えた気さえした。
 恋は……、誰かと想いを育み合える、素敵な、もの。
 幸せを手に入れたリデリアさんと同じように、いつか、私も……。
 特別な誰かと想いを交わせる日が来る。
 そう、心が軽くなったような気がしたのに、その先に……、意味のわからない不安を覚えた。
 
「ユキ、具合が悪いなら王宮に戻りましょう? 顔色が悪いわよ」

「大丈夫、……です」

 少し、身体が熱い気がする……。
 グラスを手に取り、ストローを外して一気にそれを喉の奥に流し込むと、少しだけ、気分が落ち着いた気がした。せっかくリデリアさん達と遊びに来ているのだ。
 私のせいで王宮に戻るのは申し訳ない。
 緩く頭を振り笑顔を浮かべ、何でもない、大丈夫だからと皆さんを安心させるように微笑む。
 そうやって誤魔化したお陰か、リデリアさん達は強制的に王宮へ戻るという選択肢は諦めてくれたようだった。その代わり、限界が来たらちゃんと口に出す事、と、約束を交わす事に。
 そのあと、また楽しい談笑の気配が戻り、今度はロゼリアさんが恋話(コイバナ)の標的に。
 その時のロゼリアさんは、今までに見た事もないくらいに動揺していて、一人の女性らしい可愛い面を見せてくれたのだった。
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