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第三章『序章』~女帝からの誘い~

王達の会議

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※ウォルヴァンシア国王、レイフィードの視点で進みます。


 ――Side レイフィード


 エリュセードの命が眠りに誘われる闇の中、ふわりと淡い光が室内を照らし出した。
 人払いを済ませてある僕の執務室には、昨日の内にウォルヴァンシア王宮へと入ったラスヴェリートの若き国王セレインの姿がある。
 国王の正装ではないものの、動きやすい外出用の服を身に纏っているセレインの視線は、執務机の上に鎮座している水晶玉のすぐ上へと。
 そこに人の姿が浮かび上がると、セレインは他国の貴人に対する礼を取り、頭を下げた。

「今晩は、グラヴァード。もう仕事の方はいいのかな?」

 疲労が溜まっているのか、水晶球の向こうで寛いだ姿を見せている漆黒の長い髪の男、イリューヴェル皇国を治める友人は、小さな欠伸の後に頷きを寄越してきた。
 こっちと同じように、イリューヴェル皇帝グラヴァードのいる部屋も闇に支配されており、その真紅の双眸が僕と、次にセレインへと流される。

『ラスヴェリートの国王……、セレインか』

「ご無沙汰しております。イリューヴェル皇国皇帝、グラヴァード・イリューヴェル陛下」

『うむ……。息災のようで何よりだ』

 傍にあったワイングラスを揺らめかせ、グラヴァードは微かな笑みと共にそれを口に含む。
 うわぁ……、なんか悪の帝王みたいに壮絶な色香と一緒に威厳を醸し出してるつもりなんだろうけど、それが通用するのは君の中身を知らない人相手だけだと思うよ?
 エリュセード学院に通っていた頃の友人達は勿論その残念な中身を知っているし、セレインだって王族大会議が行われる場でグラヴァードが僕達に遊ばれている様を目撃しているはずだ。
 外見と中身のギャップが激しい竜皇族の皇帝様を前にして大笑いしたいだろうに、律儀な子だねぇ。

「セレイン、公式の場じゃないんだから楽にしていいんだよ」

 僕が用意したこの場は、あくまで非公式のそれだ。
 イリューヴェル皇帝グラヴァード、ラスヴェリート国王セレイン、ウォルヴァンシア国王である僕、そして……、今はまだ到着していない残りの一人。
 彼女も多忙な身の上だから、グラヴァードと同じように通信でもいいと言っておいたんだけど、ふと逸らした視線の先、部屋の片隅に黒い影が揺らめく様が見えた。
 淡い光の中に居場所を求める闇のシルエット。それは、小柄な少女を思わせる姿となっていく。

『急な仕事が入り、少々遅くなった……』

 その姿には不似合いな、感情がほとんど含まれていない冷めた音。
 黒い少女の影は、セレインの座っている方とは真向いの席へと腰を下ろした。
 その胸の中心から包み隠していたものを解き放つように、急速な勢いで闇が引き始める。
 室内を照らし出している微かな光が、彼女の薄紫の髪を縁取っていく。

「久しぶりだね~、ディアーネス。最近の調子はどうだい?」

「うむ。全ての問題が消え去る事はないが、日々やりがいのある仕事が多い」

 人の年齢で言えば、十歳程の少女の姿にしか見えない彼女に、相変わらずだねと微笑を零す。
 まさかこの少女が、このエリュセードと呼ばれる世界の裏に存在する皇国、ガデルフォーンの現女帝陛下だと、一目で見抜ける者はいないだろう。
 本当の年齢と姿は僕とグラヴァードに近いんだけど、動きやすい姿を選んだ結果がこの少女の姿らしく、大抵顔を合わせる時はこの姿だ。
 セレインが席を立ち挨拶をしようとすると、彼女はそれを片手で制し、無用と伝える。
 
「レイフィードよ、お前から頼まれていた報告書を持ってきた。受け取るが良い」

「有難う~。早速目を通させて貰うけど、君が全く動揺していないところを見ると、ガデルフォーンは特に問題なしって感じかな」

「いや、異変の大小に関わらないというのであれば、それらしき報告はあった」

 執務用の椅子に腰を下ろし、ガデルフォーン側で纏められた報告書に目を通すと、確かに小さな異変の報告はあがっている。『場』と呼ばれる魔力の溜まり場が何者かの手によって僅かに荒らされた形跡がある、と。ただ、それから特に何かが起こったわけでもなく、調査は最初の一回で打ち切られているようだった。他にも、色々と綴られてはあったけれど……。
 
「グラヴァード……、あの禁呪の事件以降気になる事は?」

 詳しく書類に目を通しながら、問いの音だけをグラヴァードに向ける。
僕が把握しているのは、カインを禁呪によって脅かしていたのが、第一皇子の伯父である事。
話に聞く限りでは、温厚で……、悪く言えば、気の弱い臆病な男。
 魔術師としての能力など並以下だったはずのその男が、何故……、禁呪などを行使する事が出来たのか。言葉には出来ないような無残な死を遂げた第一皇子の伯父は、表向きには病死という事で処理がなされた。結局……、彼がどういう経緯でカインを呪う事になったのか、一人では不可能だったはずの裏も不明のまま。
 ただ、その最期の死に様が……、第三者の存在を確かなものとして匂わせていた。

『幸いというべきか……、それとも、暗雲が立ち込める静かなりし予兆とでも言うべきか……。カインの件が片付いた後、驚くほどに……』

「平和そのものなわけだね」

『あぁ……。皇帝としての立場で言えば、国の平穏は喜ぶべき事だが』

 グラヴァードの声に喜びの気配はなく、むしろ、水面下で機会を窺っているだろう不穏に対する警戒の気配が伝わってくる。
 世界に横たわる平穏や幸福というものは、永遠不変のものではない。
 いつの時代も、不穏の芽は世界のどこかで産声を上げているものだ。
 まぁ、大抵はこの世界を揺るがす程の規模ではないわけだが……。
 自分の中で疼く不安の鼓動は、さて……、どちらに属するものなのか。
 僕が把握している近年の不安要素としては、最近のイリューヴェル絡みの禁呪事件。
その次に、数年前に防がれたラスヴェリート王国の不穏。
 さらに時を遡れば、ガデルフォーンにも消えない深い傷痕を残した事件がひとつ。
 そして、僕の治める国、ウォルヴァンシアにも……。
 関連性などないのかもしれない……。けれど、カインがその身を賭けて禁呪を封じようとした、――あの時。闇夜に現れた仮面の主……、あの人物が纏っていた気配を、僕は以前にも感じた事があった。
 忘れる事など出来ない、今も僕の心を苛んでいる爪痕。
 もしも、『あの時』の元凶がカインを脅かした禁呪に関わる者と同一であるならば……。

『レイフィード、どうした?』

「あ、いや、何でもないよ……。とりあえず、今のところ、大きな問題として見ていいのは、ラスヴェリートに現れた、過去の遺物、かな」

 各国の情報も集めてはいるけれど、表立って現れているものは、ラスヴェリートのそれだ。
 過去、とある魔術師により刻まれた不穏の陣……。
 その魔術師は、当時、ラスヴェリートの第一王子であったセレインの命を脅かし、国の至宝であるラスヴェリートの結晶にまで手を出した。
 結果的に、セレイン達の尽力により不穏の種を蒔いた魔術師は死亡。
 そう、……あの陣をラスヴェリートの地に刻み、騒動を起こした首謀者が息絶えたのだ。
 それなのに、再び過去の遺物が現れた、という事は……。

「セレイン、その陣もだけど……、国内で起きる全てに気を配っていておくれ。目に見える不穏の象徴だけが騒動を起こすとは限らないからね」

「はい……。陛下の命(めい)を受けてラスヴェリートの地に集ってくれたウォルヴァンシアの魔術師達と共に、これからも注意して事にあたりたいと思っています」

「うん。何かあれば、遠慮なく頼ってくれていいからね」

 書類を執務机に置き、頭を下げてくるセレインにウォルヴァンシアの全面的な助力を約束した僕は、記録(シャルフォニア)と呼ばれる、過去に記録しておいた映像を宙に映し出した。
 あの禁呪との件で一部だけ得られたもの……。
 不気味な道化の笑みを刻んだ仮面を着け、漆黒の外套に身を包んでいた存在。
 
「気配的に、僕達が耳にした少年の声とこの人物のそれは一緒だった……。けど、このエリュセードにおいて、姿も声も、実年齢を表しているとは限らない……。正体不明には違いないけど、それぞれの国でこの存在が現れたら、まず危険視するべきだね」

『気を付けておこう……。俺の国に、息子に仇名した存在だ。いずれ、相応の報いを』

「我の国では見た事のない者だが、闇に潜み生きる者は、その姿さえ移ろうものだ。レイフィードよ、その気配に関する情報を、後で共有しておけ」

 僕が覚えたあの存在の気配を共有すれば、姿に惑わされずに捉える事が出来る。
 禁呪の件は伏せ、他の国々にも警告を発しておくつもりだ。
 けれど、この広大なエリュセードにおいて、不審な人物など幾らでもいる事だろう。
 その全てに目を向ける事は難しく、どれほど重要視されるかも、その国次第。
 元々、自国で起きた不祥事や事件は内々に収められる事が多いのだ。
 僕の知らない所で何かが起きていたとしても、表沙汰になっていない限り、知る事も出来ない。
 本来なら、それでいいのだ。自分達で始末できるレベルの事なのだから……。
 けれど、あの存在は……、あの、道化の仮面を被った人物が、万が一、『あの時』の気配と同じであるのなら、事はウォルヴァンシアだけでは済まなくなるかもしれない。
 だから、今回は全ての国に警告を発する。これ以上、不穏な何かが起こらないように。
 それに加えて、グラヴァードに禁呪の件に関する詳しい調査を今後も続けるように頼むと、嘲笑の気配を纏った魔竜の女帝陛下に嫌な予感を感じた。

「自国を王の名に恥じぬ働きで治めていれば、自ずと対処も行き届くものだ……。どこぞの愚鈍な竜の皇帝とは違い、我が治めるガデルフォーンは問題ない」

『おい……、そこの魔竜女っ。それは、俺に対する嫌味か?』

「ほぉ……、そう聞こえたか。名君と謳われておきながら、見えていたのは国だけの、愚鈍なる竜よ」

 あ~あぁ……。また始まったよ。
 エリュセード学院時代からの友人である僕とグラヴァード、そしてディアーネス。
 その頃からの関係なんだけど、グラヴァードとディアーネスは顔を合わせる度に喧嘩ばかりの困った仲だったりする。今は言葉のやり取りだけで平和だけど、……昔は、時と場所を選ばずの大戦闘での大喧嘩だったからね。
 急に互いを罵り合い始めた二人の王を、セレインが気まずげに見守っている。
 僕は執務用の椅子から離れ、若き王の隣へと腰かけた。

「いつもの事だからね。気にしなくていいよ」

「は、はぁ……。ですが」

「基本的に相性が最悪なんだけど、別に憎み合ってるわけじゃないんだよ? ただ、じゃれ合いが過ぎるというか、まぁ、これでも平和な方なんだよね」

 主に、喧嘩を吹っかけるのはディアーネスの方なんだけど、多分……、学院時代にグラヴァードを起こす係を任され続けたせいと、もうひとつの過去のせいなんだろうなぁ。
 ディアーネスの方は感情を荒げる事が滅多になく、とにかく静かに嫌味をぶつけ続けているけど、グラヴァードの方は血管が切れそうになるぐらいに怒鳴りまくっている。

『はっ!! その可愛くない性格では、嫁の貰い手もないだろうな!! この毒舌冷徹女!!』

「馬鹿か、貴様は? 我はガデルフォーンの女帝だ。嫁に行ってどうする?」

『婿だって来る可能性ゼロだ!! 俺を見てみろ!! 皇妃と側室二人に、息子が三人!! イリューヴェルの未来は安泰だ!!』

「愚かなり。我らの寿命は人間のそれとは違い、遥かに長い。婚姻など、いつでも出来る」

 うん、グラヴァードが言いたい事はそこじゃないと思うよ? ディアーネス。
 まぁ、余計なお世話でしかないんだけど、確かに彼女は女性としての内面における可愛らしさは、あまり表に現れないタイプだ。唯一例外なのは、僕の兄上に対して、かな。

「貴様が残念過ぎるろくでなし竜だという事は周知の事実だが、息子にもそれが遺伝しておらぬ事を我は切に願っておる……。このウォルヴァンシアの地に留まっている、三番目の息子もな」

『ディアーネス……!! 絶対に近づくなよ? カインに近づきでもした日にはっ』

「ふっ……」

 家族愛に目覚めた竜の皇帝こと、グラヴァードが映像越しに怒鳴った直後、その姿が闇の中に掻き消えた。ディアーネスが通信用の術に干渉を仕掛けたせいだね。あ~あぁ……。

「愚かな父の二の舞にならぬよう、我が躾けてやるとしよう」

「お手柔らかに頼むよ? ディアーネス。カインは自分の道を歩き始めたばかりだし、結構繊細なところもあるから」

「ふむ。グラヴァードに似て、打たれ弱いというわけか……。軟弱な事だな」

 いやぁ、誰だって繊細で弱い部分はあるよ~?
 席から立ち上がったディアーネスに苦笑を向けると、再び闇の中に紛れて退出しようとしかけた彼女が、僕の方へと意味深な視線を向けてきた。あれ? 何だかまた嫌な予感……。

「レイフィードよ……。お前の姪御にも、我は興味を持っておる」

「え?」

「それでは、な……」

「えっ、ちょっ、ディアーネス!? 君、まさかユキちゃんにまで何かする気なんじゃ!!」

 カイン一人なら幾らでも弄べばいいよ!! グラヴァードが泣くだけだしね!!
 だけど、ウチのユキちゃんは駄目!! 駄目だから!!
 接触する気満々の意図を伝えてきた魔竜の女帝陛下は、僕の叫びなど意に介さず……、闇の中に溶け消えてしまったのだった……。

「レイフィード陛下……」

「セレイ~ン……、どうしよう……。僕の姪御ちゃんはピンチの予感だよ~……。ディアーネスはやるって決めたら、どんな手を使っても実力行使でやるタイプだから……。あ~、どうしようっ」

 このウォルヴァンシアに帰還した愛しい姪御。
 彼女が戻って来てから、まだ半年も経っていないのだ。
 出来る事なら、穏やかに、その心に余計な波紋が生じないように、見守っていきたい。
 そ・れ・な・の・に!! あの魔竜の女帝陛下は絶対何かやらかす気だよ!!
 ソファーに座り込み、悲壮感を漂わせながら項垂れる僕に、若き王はかける声すら見当たらなかったのか、退出するタイミングさえ掴めないようだった。
 あぁ……、また取り戻したはずの平穏が、崩れ去っていく足音が聞こえてくるよ……。
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