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第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~

荒ぶる美しき王宮医師と、弟の裏側~ルイヴェル視点~

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※ウォルヴァンシア王国、王宮医師、ルイヴェルの視点で進みます。

 ――Side ルイヴェル

 ひとつ、言っておく事がある……。
 俺の双子の姉セレスフィーナは、その優しげな女神の如き美しさと物腰穏やかな性格が常のものではあるが、決してそれだけの女ではない。
 フェリデロード家に生まれた者として、先祖代々受け継がれてきた魔術と医術への熱意は強く、魔術師としての矜持も高い。
 今日この日に至るまで、徹夜さえ厭わずカインを救うために尽力してきた日々……。
 それを、あの禁呪は全てが無意味だと言わんばかりに、姉の矜持を踏みつけた。
 いや、姉のセレスフィーナだけでなく、この俺の矜持にも、だな。

『グガァアアアアアアアアア!!』

 頭上で勇ましい咆哮を上げている怒りの化身を見上げながら思う。
 怒り心頭に達し、鬱憤が極限まで溜まっている姉を……、止められるはずがない、と。
 詠唱を紡いでいる途中で、姉が術を形として成す過程の詠唱を突然変えたのには当然気付いた。
 通常であれば、他者と術を共有する際には、勝手な詠唱と構成変更はルール違反なのだが……。
 俺もあの禁呪には、散々な目に遭わせられていたからな。
 睡眠も休息も惜しんで、解呪の為に労を尽した日々。奴はそれをことごとく台無しにしてくれた。
 
(カインには悪いが、俺も憂さ晴らしがしたかったところだ……)

 だから俺も、セレス姉さんの詠唱の続きを引き継ぎ、術の構成変更を承諾し即座に対応した。
 俺が同意しなければ、失敗に終わる詠唱変更だったからな。
 少々、こちらも詠唱に細工をし、セレス姉さんが期待する以上の効果を発揮出来るように応えてみたが……。

「予想以上、だな……」

 小さく漏らした呟きと共に、周囲へと視線を巡らせてみると、瘴気の獣達も動きを止め、レイフィード陛下やユーディス殿下も口の端を引き攣らせて、こちらを見ているのに気付いた。
 禁呪から飛び退いたルディーとロゼリアも、今から何が起きるのか察知しているはずだ。
 そして……、俺の背後にいるユキに至っては、当然の間抜け面と共に慌てふためいている。

(セレス姉さんのこんな姿は、滅多に見られないからな。当然か)

 ユキの意識を通して、カインにも場の異変が伝わっている事だろうが……。
 悪いな、カイン。お前を救う為に発動しなくてはならない術だが、俺とセレス姉さんの矜持を踏み躙った禁呪への八つ当たりも兼ねさせてもらう。

(あとで、カインには罵声を浴びせられるだろうが……、それも一興だな)

 俺とセレス姉さん、そして、ユキの血が術式に組み込まれた渾身の術だ。
 喰らう側にも相当の負担がいくはずだが、これも試練と思って耐えろ、カイン。
 セレス姉さんの合図と共に、頭上で荒れ狂っている巨大な狼の姿をした術が、顔を大きく後ろへのけぞらせた直後。
 ――禁呪を喰らう為の地響きを起こす程の咆哮と共に、口の中に溜め込まれた魔力の奔流が、カインの身体を支配している禁呪目がけて放たれた。
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