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第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
捕われた幸希・禁呪の嘲笑
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それは、有り得ない、……と、そう叫びたくなるような出来事だった。
私の首許に添えられている怪物の手のような物体。振り返った先に見えたその嘲笑。
カインさんの姿を形作るそれは、真紅の双眸に狂笑とも呼べる恐ろしい気配を湛え、私の背後をとっていた。
「ユキっ!!」
「ユキ姫様!!」
円陣の外から聞こえる、アレクさんやロゼリアさん達の叫び声。
瘴気と呼ばれる黒い靄が私の身体に絡み付き、カインさんの姿を纏った男、――禁呪がそれを嘲笑いながら、私の首を腕の力で締め上げてくる。
「うぅっ……くっ」
どうして、……どうして、レイフィード叔父さんやセレスフィーナさん達が捕えた禁呪が、今ここにいるの?
さらにわからない事は、実体化した禁呪の瞳は、禍々しい黒で染め上げられていたはずなのに、私を拘束しているこの男の瞳の色は、間違いなく真紅。
姿だけ見れば、カインさんだと思えただろう。
だけど、その身に纏う瘴気や禍々しい気配は、彼がカインさんではない事を物語っている。
意味がわからない……。困惑し動揺する私やレイフィード叔父さんを流し見た禁呪は、また低く喉奥で笑った。
「あれだけ厳重にしておいたのに、してやられちまったんだもんなぁ? そりゃあ悔しいだろ、何でこうなっちまったかなんて全然わかんねぇよな」
「……おかしいわ。禁呪の実体化した肉体は、まだあそこにあるはず。私やレイフィード陛下、それに、ルイヴェルの施した結界もあるのよ。そう簡単に破れるはず……っ」
「結界や封じに何かあれば、すぐに俺達へとそれが伝わるはずだ。それなのに……、何の片鱗も知らせず、出て来られたとはな」
レイフィード叔父さん達を守るように前へと出たセレスフィーナさんとルイヴェルさんが、禁呪を見据える。
何故自分達の檻から抜け出せたのか、その理由を求めるような気配と、人質になっている私をどうやって救い出すかを思案しているようだ。
「そうだなぁ。お前らのせいで、何度暴れ出そうとしても内側に押しやるように痛めつけられるし、『幸運』が傍に寄って来なかったから、あのままだったろうな」
「……陛下、あの場所に配した魔獣の視界と繋げましたが、申し訳ありません。魔獣の意識はなく、……どうやら、眠らされている模様です」
「ルイヴェルの方は?」
「あの場所に張り巡らした結界の様子を探ったところ、 ……申し訳ありません。こちらに動きを感じさせずに、一部、干渉を許してしまったようです」
セレスフィーナさんとルイヴェルさんに悟られず、あの場所に干渉が成された。
儀式を阻む為に、この場所へと潜り込んだ禁呪。
禁呪は、『幸運』が傍に寄って来た、と……、そう口にした。
その『幸運』が、何を意味し、何を指すのか、普通に考えれば……、禁呪を外に出す為に、『協力者』が現れたと考えるべきなのだろう。
けれど、一体誰が……、何の為に。禁呪などという恐ろしい存在に手を貸そうなどと考えるのだろうか。
「ククッ……、安心しろよ。俺の本体は、まだあそこでおねんねしてるからな。一部で良かったんだよ。……こいつの身体を乗っ取る為に必要な分だけをな」
「たとえルイヴェルの結界を突破出来ても、禁呪を捕えているのは、レイフィード陛下の魔力なのよ……。それを一部とはいえ、ここへ誘うなんて……!!」
「だから言ったろ? 『幸運』が俺の傍に来たってなぁ。お前達が腕に覚えのある術者だろうが、一国の王の力が檻となってようが、俺を救ってくれた『幸運』は、それ以上だったって事だろうなぁ」
私の顎を怪物のような手でグイッと上に向かせるように動かした禁呪が、王宮医師のお二人とレイフィード叔父さん達を馬鹿にするかのように、首筋へと舌を這わせてくる。
ねっとりと、悪寒を感じさせるような舐め方に、小さく「ひっ」と声が漏れた。
「どこのどいつが禁呪を手助けしたのかはわかんねぇけど、アレク、ロゼリア、いつでも姫ちゃんを助けに飛び込めるように構えとけよ」
「あぁ、わかっている」
「了解しています」
剣を構え、アレクさんとロゼリアさんに視線と指示を送ったルディーさんが、レイフィード叔父さんへと視線を送り頷き合う。
「まさか、儀式の最中にも面倒事を起こしてくれるとはね……。しかも今度は、カインの身体を自分の支配下においての報復か。儀式は失敗したし、さぞかし……、満足なんだろうね?」
私の血を使い、この禁呪の戒めからカインさんを解き放てると思っていたのに、あと少しで、全てが無事に終わるはずだったのに……っ!!
王宮医師のお二人の努力も、私やレイフィード叔父さん達の想いも、この禁呪はその全てを踏み躙って、儀式をぶち壊した。
許せない……っ。これでもう、カインさんを救える可能性が消えてしまったのだろうかと、悔しくて涙が零れ落ちていく。
「だけど、このまま好きにさせてあげる必要もないからね。僕の姪御を……、今すぐに解放しろ」
円陣の中へと、レイフィード叔父さんが静かに歩み寄って行く。
それをセレスフィーナさんとルイヴェルさんが押し留めるように制止の声をかける。
だけど、レイフィード叔父さんの視線は禁呪を捉えたまま、その歩みを止めようとはしない。
「レイフィード……、叔父、さんっ」
「ユキちゃん、今助けてあげるからね。もう少しだけ、我慢していておくれ」
円陣の中に入るには、ルイヴェルさんとセレスフィーナさんをはじき飛ばした力をどうにかしなくてはならない。
予想通り、レイフィード叔父さんの侵入を拒むように、その歩みがぴたりと止まった瞬間、今度は瘴気の靄が足下から噴き出した。
「陛下、お下がりください!! ユキ姫様は私達がお救いいたします!!」
「レイフィード!!」
レイフィード叔父さんに襲いかかろうとした瘴気の靄を、王宮医師のお二人が放った術が浄化し、さらに他の場所から生じた瘴気の第二破を、今度はお父さんの足下から飛び出した鎖の群れが絡みつきながら戒め、同じように浄化していく。
「全く……、瘴気、瘴気、瘴気、飽きずにこればかり使ってくるね。自分がどれほど穢れた存在か主張したいのはわかるけど、――いい加減にしてくれないかな」
瞬間、レイフィード叔父さんの足下から、また昨夜の時と同じ、蒼色の光が水面の波紋を描くように広がり、叔父さんの瞳が……、黄金のそれに変わっていった。
「はっ、またそれか……。おっかねぇなぁ。でもな、生憎と、今は殺り合う気はねぇんだよ」
私を強く抱き寄せ、また喉奥で笑った禁呪に応えるかのように……。
円陣の中、それだけではなく、神殿中に瘴気から生まれた獣達が現れる。
「お姫さんは俺が貰っていくぜ。瘴気の獣相手にせいぜい頑張れよ、それじゃあなぁ」
逃がすものかと、レイフィード叔父さんの足下から飛び出した蔦が私達へと届く寸前、小鳥の甲高い声が再び場の中へと響き渡り、蔦の干渉を阻んでしまった。
それどころか、瘴気の獣が恐ろしいほどに増え、その牙を剥き出しにし、襲い掛かっていく。
私は発狂しそうな思いで叫ぼうとしたけれど、禁呪に口を塞がれた直後、視界を埋め尽くすほどの瘴気に包み込まれ、――闇へと堕ちた。
私の首許に添えられている怪物の手のような物体。振り返った先に見えたその嘲笑。
カインさんの姿を形作るそれは、真紅の双眸に狂笑とも呼べる恐ろしい気配を湛え、私の背後をとっていた。
「ユキっ!!」
「ユキ姫様!!」
円陣の外から聞こえる、アレクさんやロゼリアさん達の叫び声。
瘴気と呼ばれる黒い靄が私の身体に絡み付き、カインさんの姿を纏った男、――禁呪がそれを嘲笑いながら、私の首を腕の力で締め上げてくる。
「うぅっ……くっ」
どうして、……どうして、レイフィード叔父さんやセレスフィーナさん達が捕えた禁呪が、今ここにいるの?
さらにわからない事は、実体化した禁呪の瞳は、禍々しい黒で染め上げられていたはずなのに、私を拘束しているこの男の瞳の色は、間違いなく真紅。
姿だけ見れば、カインさんだと思えただろう。
だけど、その身に纏う瘴気や禍々しい気配は、彼がカインさんではない事を物語っている。
意味がわからない……。困惑し動揺する私やレイフィード叔父さんを流し見た禁呪は、また低く喉奥で笑った。
「あれだけ厳重にしておいたのに、してやられちまったんだもんなぁ? そりゃあ悔しいだろ、何でこうなっちまったかなんて全然わかんねぇよな」
「……おかしいわ。禁呪の実体化した肉体は、まだあそこにあるはず。私やレイフィード陛下、それに、ルイヴェルの施した結界もあるのよ。そう簡単に破れるはず……っ」
「結界や封じに何かあれば、すぐに俺達へとそれが伝わるはずだ。それなのに……、何の片鱗も知らせず、出て来られたとはな」
レイフィード叔父さん達を守るように前へと出たセレスフィーナさんとルイヴェルさんが、禁呪を見据える。
何故自分達の檻から抜け出せたのか、その理由を求めるような気配と、人質になっている私をどうやって救い出すかを思案しているようだ。
「そうだなぁ。お前らのせいで、何度暴れ出そうとしても内側に押しやるように痛めつけられるし、『幸運』が傍に寄って来なかったから、あのままだったろうな」
「……陛下、あの場所に配した魔獣の視界と繋げましたが、申し訳ありません。魔獣の意識はなく、……どうやら、眠らされている模様です」
「ルイヴェルの方は?」
「あの場所に張り巡らした結界の様子を探ったところ、 ……申し訳ありません。こちらに動きを感じさせずに、一部、干渉を許してしまったようです」
セレスフィーナさんとルイヴェルさんに悟られず、あの場所に干渉が成された。
儀式を阻む為に、この場所へと潜り込んだ禁呪。
禁呪は、『幸運』が傍に寄って来た、と……、そう口にした。
その『幸運』が、何を意味し、何を指すのか、普通に考えれば……、禁呪を外に出す為に、『協力者』が現れたと考えるべきなのだろう。
けれど、一体誰が……、何の為に。禁呪などという恐ろしい存在に手を貸そうなどと考えるのだろうか。
「ククッ……、安心しろよ。俺の本体は、まだあそこでおねんねしてるからな。一部で良かったんだよ。……こいつの身体を乗っ取る為に必要な分だけをな」
「たとえルイヴェルの結界を突破出来ても、禁呪を捕えているのは、レイフィード陛下の魔力なのよ……。それを一部とはいえ、ここへ誘うなんて……!!」
「だから言ったろ? 『幸運』が俺の傍に来たってなぁ。お前達が腕に覚えのある術者だろうが、一国の王の力が檻となってようが、俺を救ってくれた『幸運』は、それ以上だったって事だろうなぁ」
私の顎を怪物のような手でグイッと上に向かせるように動かした禁呪が、王宮医師のお二人とレイフィード叔父さん達を馬鹿にするかのように、首筋へと舌を這わせてくる。
ねっとりと、悪寒を感じさせるような舐め方に、小さく「ひっ」と声が漏れた。
「どこのどいつが禁呪を手助けしたのかはわかんねぇけど、アレク、ロゼリア、いつでも姫ちゃんを助けに飛び込めるように構えとけよ」
「あぁ、わかっている」
「了解しています」
剣を構え、アレクさんとロゼリアさんに視線と指示を送ったルディーさんが、レイフィード叔父さんへと視線を送り頷き合う。
「まさか、儀式の最中にも面倒事を起こしてくれるとはね……。しかも今度は、カインの身体を自分の支配下においての報復か。儀式は失敗したし、さぞかし……、満足なんだろうね?」
私の血を使い、この禁呪の戒めからカインさんを解き放てると思っていたのに、あと少しで、全てが無事に終わるはずだったのに……っ!!
王宮医師のお二人の努力も、私やレイフィード叔父さん達の想いも、この禁呪はその全てを踏み躙って、儀式をぶち壊した。
許せない……っ。これでもう、カインさんを救える可能性が消えてしまったのだろうかと、悔しくて涙が零れ落ちていく。
「だけど、このまま好きにさせてあげる必要もないからね。僕の姪御を……、今すぐに解放しろ」
円陣の中へと、レイフィード叔父さんが静かに歩み寄って行く。
それをセレスフィーナさんとルイヴェルさんが押し留めるように制止の声をかける。
だけど、レイフィード叔父さんの視線は禁呪を捉えたまま、その歩みを止めようとはしない。
「レイフィード……、叔父、さんっ」
「ユキちゃん、今助けてあげるからね。もう少しだけ、我慢していておくれ」
円陣の中に入るには、ルイヴェルさんとセレスフィーナさんをはじき飛ばした力をどうにかしなくてはならない。
予想通り、レイフィード叔父さんの侵入を拒むように、その歩みがぴたりと止まった瞬間、今度は瘴気の靄が足下から噴き出した。
「陛下、お下がりください!! ユキ姫様は私達がお救いいたします!!」
「レイフィード!!」
レイフィード叔父さんに襲いかかろうとした瘴気の靄を、王宮医師のお二人が放った術が浄化し、さらに他の場所から生じた瘴気の第二破を、今度はお父さんの足下から飛び出した鎖の群れが絡みつきながら戒め、同じように浄化していく。
「全く……、瘴気、瘴気、瘴気、飽きずにこればかり使ってくるね。自分がどれほど穢れた存在か主張したいのはわかるけど、――いい加減にしてくれないかな」
瞬間、レイフィード叔父さんの足下から、また昨夜の時と同じ、蒼色の光が水面の波紋を描くように広がり、叔父さんの瞳が……、黄金のそれに変わっていった。
「はっ、またそれか……。おっかねぇなぁ。でもな、生憎と、今は殺り合う気はねぇんだよ」
私を強く抱き寄せ、また喉奥で笑った禁呪に応えるかのように……。
円陣の中、それだけではなく、神殿中に瘴気から生まれた獣達が現れる。
「お姫さんは俺が貰っていくぜ。瘴気の獣相手にせいぜい頑張れよ、それじゃあなぁ」
逃がすものかと、レイフィード叔父さんの足下から飛び出した蔦が私達へと届く寸前、小鳥の甲高い声が再び場の中へと響き渡り、蔦の干渉を阻んでしまった。
それどころか、瘴気の獣が恐ろしいほどに増え、その牙を剥き出しにし、襲い掛かっていく。
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