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第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~
レイフィード叔父さんとお父さんの話~レイフィード視点~
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※ウォルヴァンシア王国、国王レイフィードの視点で進みます。
「アレクが面倒見の良い長男気質だっていうのは、まぁ、知ってましたけどね~……。それがまさか、こんな形で発揮されているとは……、兄上、気付いてました?」
「いや……。銀毛と蒼色の瞳の狼が遊びに来るとは聞いていたが……、はぁ、まさか夜毎潜り込んでいたとは、想像もしていなかったよ」
一応、ユキちゃんの部屋には悪意のある侵入者を跳ね除ける結界を施しておいたんだけど……、善意と過保護で居座るような存在までは、ねぇ?
国王執務室にて、政務用の書類を手に疲れきった顔をしているユーディス兄上と同様に、僕の方も朝から予想外の事態を目にしてしまったせいか、精神的にお疲れ気味だよ。
まさか……、あのアレクが、ユキちゃんの部屋に忍び込んだ挙句、添い寝役という大胆な行動にまで及んでいたとは……。いや~、もう、本当にね、吃驚、吃驚。
可愛い可愛い僕の姪御、ユーディス兄上の愛娘。
ずっと離れて暮らしていた彼女がこの世界に帰還してくれたのは、二週間ほど前の事だ。
生まれ持った魔力と、このウォルヴァンシアで過ごした、幼い頃の記憶……。
その両方を、ユキちゃんは七歳になる年に封じられた。
全ては……、別の世界で異端と見なされないように、上手く、同じ年頃の子供達の中に、馴染んでいけるように。その幼い心が、自分の生きるべき世界を間違う事のないように、と。
まぁ、七歳になる年まで僕達とユキちゃんの絆を断ち切らないでくれたのは、兄上なりの優しさと、僕への気遣いがあったから、なんだろうけどね……。
ともかく、ユキちゃんは問題なく別の世界で育ってくれた。僕達の事を忘れて、平穏に。
そんな彼女が再びこの地へと降り立つ事になったのは、その生まれが大きく関係している。
このエリュセードという世界で生まれたユーディス兄上と、別の世界で生まれた女性。
その間に生まれたユキちゃんは、他の誰とも異なる存在だ。
二つの世界の可能性を秘めた、未知なる力を宿して生まれた少女……。
一度は実母の世界で生きる道を定められたはずの少女は……、その世界から弾かれるかのように、それまでは元気に暮らせていたはずの日常が許されなくなってしまった。
今まで生きてきた世界を、大切な人々との絆を、ユキちゃんがどんな思いで振り切ってきたのか……。叔父として、そんな姪御を哀れに思わないわけがない。
あの子の抱えている傷を、辛さを、苦しみを、僕達が時間をかけて癒していければ……、と。
「まぁ、結局は……、僕達の立場では踏み込んでいけない、あの子の奥深い部分にある傷を、アレクが狼の姿を活かして慰めてくれていた、って事みたいなんですけど……。やるならやるで、人型には絶対戻らないくらいの徹底さを見せてほしかったものですよ……」
「悪気はない、下心もない、そうわかっては……、いるのだけどね。何故よりにもよって、人型に、いやそれよりも、上半身裸なんだ、アレク……! ユキのように嫁入り前の純粋な娘の前では、あまりに刺激的過ぎるだろう……っ」
「ですね~。、兄上の仰る通り、ユキちゃんてば顔を真ぁっ赤にして吃驚してましたし……。これでうっかりアレクに恋なんかしちゃったりしたら、本当にどうしようかと」
「恐ろしい事を言うんじゃない……!! 私の可愛い娘は、まだ、まだっ、まだまだまだっ、嫁にやる気はない!!」
あ~あぁ……、テーブルがユーディス兄上の拳で見事に真っ二つだ。
冗談で言っただけなんだけど、僕だってユキちゃんが帰還して早々彼氏なんか作っちゃったら、本気で泣くよ、まったく。むしろ、その可能性が限りなく低いからこそネタにしただけなのに、昔から兄上は何でもかんでも真面目に受け止めてしまう人だ。
まぁ、かくいう僕も、自分でポロッと言って地味にダメージを受けたクチなんだけど。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
「まぁまぁ、ユキちゃんはまだ『少女期』なんですから……、本気で怒る必要なんかないでしょう? 大体、アレクは本当に保護者的な情から彼女を見守って寄り添っていただけです。そこに、僕達の危惧するような他意はありません。どうかご安心を」
ユキちゃんは別の世界において成人しているが、僕達の世界では違う。
まだ少女と呼ばれる時期の、未開化の蕾。何の色もついていない、無垢なる子。
「わかっては……、いる。だが、父親としては難しいんだよ。可愛い娘の部屋に男が忍び込んだと聞いて、落ち着いていられるわけがない。それが、よく知っている信頼のおける相手であってもね」
「ユーディス兄上のお気持ちは、僕もよぉ~くわかってますよ。ですから、アレクへの罰は僕にお任せください。……とっておきの、面白いお仕置きをしておきますからねぇ」
ユーディス兄上と、僕と……、そして。
「……レイフィード、本当は……、私よりもお前の方がアレクのしでかした事に怒りを募らせているんじゃないか? 顔が……、フォロー出来ないくらいに、悪役仕様になっているよ」
「え~? 僕はいつだって温厚で優しい、ユキちゃん自慢の叔父さんですよ~。ほぉ~ら、ニッコニコ~! ……まぁ、ユキちゃんと連日添い寝をしていたという狼さんには羨ましさと苛立ちを覚えないでもないですけどね」
「怒っているんだな……、相当に」
「ふふ、とんでもな~い。王宮中を破壊して歩いたどこぞの誰かさんほどじゃぁ……、ありませんよ」
今朝の、ユキちゃんの部屋での一件から始まった騒動は、王宮中を巻き込んだと言ってもいいだろう。僕やユーディス兄上と同じようにユキちゃんを大切に想っている存在が、アレクを執拗に追い掛け回して王宮中に被害を出した。実際にその怒りを受けたのは王宮という建築物の一部だけで怪我人はいなかったわけだけど、それもまた、『あの子』の計算通りなんだろう。
まぁ、そのお陰で朝食の準備が遅れ、今も待たされてる最中なんだけど……。
「あれはあれで……、まだ堪えているつもりなんだろうが……、困りものだと思うよ。私は」
「ふふ、まぁ、基本的には自由でいいんじゃないですかね? あの子達が無茶をしたり、大変な事に巻き込まれたら、僕達が手を差し伸べればいい。その為の保護者じゃないですか」
「ふぅ……、では、アレクの方はお前に任せるが、もう一人の方は私が説教をしておくとするか」
「バッチリな役割分担ですね~。それと、ユキちゃんにはそろそろあの事に関して話しましょう。アレクの事も含めて。いいですよね?」
この二週間、ユキちゃんが最初に学び始めたのは、エリュセードで共通の文字として使われているそれと、物の名前や通貨の使い方など。生活において必要な事を先に学んで貰っている最中だ。
一度に沢山の事を詰め込んでも混乱するだけだから、この世界に住まう者達の『種族性』などに関しては、一切話していなかった。それが、結果的にはユキちゃんを吃驚させる事に繋がった、と。
ユーディス兄上は自己責任でテーブルを修復した後にまたソファーに腰を下ろすと、特に異論はないと賛同してくれた。
「はぁ……、きっと吃驚するだろうな、ユキは」
「あの事を知って、ユキちゃんがアレクの事をどう思うのかは横に置くとして……、まぁ、特に心配はないでしょうね。何せ、ユキちゃんは」
可愛い姪御がまだ幼かった頃……、どちらにとってもそれは普通の事だった。
瞼を閉じてあの頃の事を思い出すだけで、とてもあたたかな気持ちに包まれる。
ねぇ、ユキちゃん……、たとえ大人になっても、君の心は変わっていないよね?
記憶を封じられても、ありのままの僕達を、きっと君は……。
窓の向こうに広がる清々しい青に一日のはじまりを感じながら、僕はそっと希望を抱く笑みを浮かべていた。
「アレクが面倒見の良い長男気質だっていうのは、まぁ、知ってましたけどね~……。それがまさか、こんな形で発揮されているとは……、兄上、気付いてました?」
「いや……。銀毛と蒼色の瞳の狼が遊びに来るとは聞いていたが……、はぁ、まさか夜毎潜り込んでいたとは、想像もしていなかったよ」
一応、ユキちゃんの部屋には悪意のある侵入者を跳ね除ける結界を施しておいたんだけど……、善意と過保護で居座るような存在までは、ねぇ?
国王執務室にて、政務用の書類を手に疲れきった顔をしているユーディス兄上と同様に、僕の方も朝から予想外の事態を目にしてしまったせいか、精神的にお疲れ気味だよ。
まさか……、あのアレクが、ユキちゃんの部屋に忍び込んだ挙句、添い寝役という大胆な行動にまで及んでいたとは……。いや~、もう、本当にね、吃驚、吃驚。
可愛い可愛い僕の姪御、ユーディス兄上の愛娘。
ずっと離れて暮らしていた彼女がこの世界に帰還してくれたのは、二週間ほど前の事だ。
生まれ持った魔力と、このウォルヴァンシアで過ごした、幼い頃の記憶……。
その両方を、ユキちゃんは七歳になる年に封じられた。
全ては……、別の世界で異端と見なされないように、上手く、同じ年頃の子供達の中に、馴染んでいけるように。その幼い心が、自分の生きるべき世界を間違う事のないように、と。
まぁ、七歳になる年まで僕達とユキちゃんの絆を断ち切らないでくれたのは、兄上なりの優しさと、僕への気遣いがあったから、なんだろうけどね……。
ともかく、ユキちゃんは問題なく別の世界で育ってくれた。僕達の事を忘れて、平穏に。
そんな彼女が再びこの地へと降り立つ事になったのは、その生まれが大きく関係している。
このエリュセードという世界で生まれたユーディス兄上と、別の世界で生まれた女性。
その間に生まれたユキちゃんは、他の誰とも異なる存在だ。
二つの世界の可能性を秘めた、未知なる力を宿して生まれた少女……。
一度は実母の世界で生きる道を定められたはずの少女は……、その世界から弾かれるかのように、それまでは元気に暮らせていたはずの日常が許されなくなってしまった。
今まで生きてきた世界を、大切な人々との絆を、ユキちゃんがどんな思いで振り切ってきたのか……。叔父として、そんな姪御を哀れに思わないわけがない。
あの子の抱えている傷を、辛さを、苦しみを、僕達が時間をかけて癒していければ……、と。
「まぁ、結局は……、僕達の立場では踏み込んでいけない、あの子の奥深い部分にある傷を、アレクが狼の姿を活かして慰めてくれていた、って事みたいなんですけど……。やるならやるで、人型には絶対戻らないくらいの徹底さを見せてほしかったものですよ……」
「悪気はない、下心もない、そうわかっては……、いるのだけどね。何故よりにもよって、人型に、いやそれよりも、上半身裸なんだ、アレク……! ユキのように嫁入り前の純粋な娘の前では、あまりに刺激的過ぎるだろう……っ」
「ですね~。、兄上の仰る通り、ユキちゃんてば顔を真ぁっ赤にして吃驚してましたし……。これでうっかりアレクに恋なんかしちゃったりしたら、本当にどうしようかと」
「恐ろしい事を言うんじゃない……!! 私の可愛い娘は、まだ、まだっ、まだまだまだっ、嫁にやる気はない!!」
あ~あぁ……、テーブルがユーディス兄上の拳で見事に真っ二つだ。
冗談で言っただけなんだけど、僕だってユキちゃんが帰還して早々彼氏なんか作っちゃったら、本気で泣くよ、まったく。むしろ、その可能性が限りなく低いからこそネタにしただけなのに、昔から兄上は何でもかんでも真面目に受け止めてしまう人だ。
まぁ、かくいう僕も、自分でポロッと言って地味にダメージを受けたクチなんだけど。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
「まぁまぁ、ユキちゃんはまだ『少女期』なんですから……、本気で怒る必要なんかないでしょう? 大体、アレクは本当に保護者的な情から彼女を見守って寄り添っていただけです。そこに、僕達の危惧するような他意はありません。どうかご安心を」
ユキちゃんは別の世界において成人しているが、僕達の世界では違う。
まだ少女と呼ばれる時期の、未開化の蕾。何の色もついていない、無垢なる子。
「わかっては……、いる。だが、父親としては難しいんだよ。可愛い娘の部屋に男が忍び込んだと聞いて、落ち着いていられるわけがない。それが、よく知っている信頼のおける相手であってもね」
「ユーディス兄上のお気持ちは、僕もよぉ~くわかってますよ。ですから、アレクへの罰は僕にお任せください。……とっておきの、面白いお仕置きをしておきますからねぇ」
ユーディス兄上と、僕と……、そして。
「……レイフィード、本当は……、私よりもお前の方がアレクのしでかした事に怒りを募らせているんじゃないか? 顔が……、フォロー出来ないくらいに、悪役仕様になっているよ」
「え~? 僕はいつだって温厚で優しい、ユキちゃん自慢の叔父さんですよ~。ほぉ~ら、ニッコニコ~! ……まぁ、ユキちゃんと連日添い寝をしていたという狼さんには羨ましさと苛立ちを覚えないでもないですけどね」
「怒っているんだな……、相当に」
「ふふ、とんでもな~い。王宮中を破壊して歩いたどこぞの誰かさんほどじゃぁ……、ありませんよ」
今朝の、ユキちゃんの部屋での一件から始まった騒動は、王宮中を巻き込んだと言ってもいいだろう。僕やユーディス兄上と同じようにユキちゃんを大切に想っている存在が、アレクを執拗に追い掛け回して王宮中に被害を出した。実際にその怒りを受けたのは王宮という建築物の一部だけで怪我人はいなかったわけだけど、それもまた、『あの子』の計算通りなんだろう。
まぁ、そのお陰で朝食の準備が遅れ、今も待たされてる最中なんだけど……。
「あれはあれで……、まだ堪えているつもりなんだろうが……、困りものだと思うよ。私は」
「ふふ、まぁ、基本的には自由でいいんじゃないですかね? あの子達が無茶をしたり、大変な事に巻き込まれたら、僕達が手を差し伸べればいい。その為の保護者じゃないですか」
「ふぅ……、では、アレクの方はお前に任せるが、もう一人の方は私が説教をしておくとするか」
「バッチリな役割分担ですね~。それと、ユキちゃんにはそろそろあの事に関して話しましょう。アレクの事も含めて。いいですよね?」
この二週間、ユキちゃんが最初に学び始めたのは、エリュセードで共通の文字として使われているそれと、物の名前や通貨の使い方など。生活において必要な事を先に学んで貰っている最中だ。
一度に沢山の事を詰め込んでも混乱するだけだから、この世界に住まう者達の『種族性』などに関しては、一切話していなかった。それが、結果的にはユキちゃんを吃驚させる事に繋がった、と。
ユーディス兄上は自己責任でテーブルを修復した後にまたソファーに腰を下ろすと、特に異論はないと賛同してくれた。
「はぁ……、きっと吃驚するだろうな、ユキは」
「あの事を知って、ユキちゃんがアレクの事をどう思うのかは横に置くとして……、まぁ、特に心配はないでしょうね。何せ、ユキちゃんは」
可愛い姪御がまだ幼かった頃……、どちらにとってもそれは普通の事だった。
瞼を閉じてあの頃の事を思い出すだけで、とてもあたたかな気持ちに包まれる。
ねぇ、ユキちゃん……、たとえ大人になっても、君の心は変わっていないよね?
記憶を封じられても、ありのままの僕達を、きっと君は……。
窓の向こうに広がる清々しい青に一日のはじまりを感じながら、僕はそっと希望を抱く笑みを浮かべていた。
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