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第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~

異世界エリュセードに帰還しました!

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 不思議な声が頭の中で響いた直後、心地良い感覚に身を委ねていた私は、お母さんに肩を叩かれ、ようやく瞼を開ける事が出来た。
 どうやら顔を上に向けていたらしく、一番最初に視界へと映り込んだのは、爽やかな青の世界。
 気持ち良さそうに空を飛んで行く鳥の声を聞きながら、……顔を正面に向ける。
 薄桃色の、薔薇のような花々が咲き誇り、白い柱のような物が道筋を導くように幾つも立っていて、その向こうには、西洋のお城の写真や映像でよく見る、回廊?
 さらにその周囲を見回してみれば、現実ではお目にかかった事もない、巨大な建築物が回廊から繋がっており、荘厳な気配を醸し出していた。
 まるで、物語の世界にでも迷い込んでしまったかのような、西洋式のお城によく似たそれとのご対面。

(確か……、お父さんは、実家に繋げるとか、何とか、言っていたような気がするのだけど……)

 一体どれだけの広大な敷地を有しているのか、自分が立っているこの庭園らしき場所だけでも、かなりの広さを誇っている気がする。
 あ、もしかして……、実家の近くにある庭園とか、公共巨大施設とか、かな?
 
「ふぅ、さてと、中に入ろうか」

「中……? え? 実家に行く前に、何か手続きでもしていくの?」

 異世界への引っ越し届けとか、そういう諸々の事をする場所なのかな? と思ったのだけど……。

「ん? 手続きは必要ないよ。それと、実家はここだからね。さぁ、行こう」

 手続きが必要ない? 中に入る? 実家=ココ? ココ=西洋建築物+、美しい庭園。
 頭の中でぐるぐると考えて数秒、私はぽかんと口を開けた。

「実家!? 実家、ココ!? 実家=お城!?」

「そうだよ。お父さんが生まれ育った、ウォルヴァンシア城だ。綺麗な場所だろう?」

「ぜんっぜん、聞いてませんでしたが!? 何でお城住まい!? 異世界の人は皆、お城住まいが基本なの!?」

「ふふ、幸希ったら反応が素直ね~」

 私の隣で笑っているお母さんは、いつも通りのほほんとしている。
 けれど、お父さんの方は一瞬疑問符を浮かべた後、あぁ、と、その握り拳を軽く手のひらに打った。

「あぁ、お父さんが悪かった。もう少し詳しく説明しておくべきだったね……。お前に、この世界での記憶がない事を」

「え?」

 記憶がない? お父さんは戸惑う私に、丁寧に説明してくれた。
 どうやら、お父さんとお母さんが結婚して地球に移住した後、私が生まれてからも、時々家族揃って、このエリュセードに里帰りをしていたらしい。
 けれどそれは、私が小学校に上がるまでの事……。
異世界エリュセードの記憶をもったままでは、色々と地球の生活に支障が出るかもしれないという事で、幼い頃の記憶は王宮医師と呼ばれる人達によって封じられてしまったらしい。
 ちょっとだけ、別に封じなくてもいいんじゃなかったのかなという思いも湧いたけれど、
 地球の子供達と問題なく付き合っていく為に、親心からそうしてくれたのだろう。
 そう、……この世界に移住を決めたのも、全部、私の為。

「とりあえず、落ち着いたら幸希の記憶を戻して貰う事にしよう。さて……、ん?」

「どうしたの? アナタ……。あら」

 荷物を手に、回廊への道を歩もうとした、――その時。
 地鳴りのような音が聞こえたかと思うと、目指す先の方から砂煙を上げ、蒼色の綺麗な髪色をした男性らしき影が、私達の方へと向かって爆走してきた。
 
「ユーディス兄上~!!」

「うわあっ!!」

「お、お父さん!?」

 嬉々とした溢れんばかりの笑顔を全開にした男性が、勢いよくお父さんの胸へと飛び込み、その場に押し倒してしまった。
 まるで、飼い主に再会した大型犬のように、全力でお父さんに抱き着いている、見知らぬ男性……。

「~~痛ぅ! いきなり何をするんだ、何を!!」

「お帰りなさいませ! ユーディス兄上!!」

 バッと顔を上げた男性は、嬉しそうに『ユーディス』とお父さんの事を呼んだ。
確かその名前は、お父さんの本名だと、引っ越し前に聞いたような気がする。
異世界での名前、ユーディス・ウォルヴァンシア。それが、お父さんの名前。
という事は……、お父さんを『兄上』と呼んでいる、この男性は。

(もしかして……)

じゃれ合っているように見えるお父さん達を眺めているお母さんの隣で、私はじーっと見知らぬ男性の様子を観察してみる事にした。
 よくファンタジーの世界を描いた漫画や小説の挿絵に出てくる、古い時代の西洋世界の貴族の人達が着るような服装に似た、高貴な人を思わせる装い。
 ただ、コテコテのそういう感じではなく、もっとスッキリしているというか……、うん、機能的なデザインに見える。改良に改良を重ねて、こうなりました、的な。
 上手く説明出来ない自分を歯がゆく思いながら、私はじっくりと目の前の男性を観察し続ける。
 中指には高そうな青い宝石が嵌め込まれた指輪が着いていて、そこから手の甲から手首を覆い隠すように、白い手袋に似た物を身に着けているようだ。

(うん、これもファンタジー特有の装備的な物に似てる……)

 そして、お父さんにじゃれついている男性の歳の頃は、多分、二十代半ばから三十代にかけての若さで、見惚れる程に容姿が整っている美形さんだった。
 全身で嬉しい嬉しいと叫んでいるかのように、男性のテンションはかなり、高い。

「はぁ……、お前の歓迎は、いつも全力だね……、レイフィード」

「それは当然でしょう! 兄上達がついに、ついにぃいいっ!! ウォルヴァンシアに帰還したんですよ!! 朝から今か今かと待っていたら、玉座の間じゃなくて、こっちの庭園に到着しちゃってますし、大急ぎでここまで走って来たんですよ!!」

「そうか。それはすまない事をしたね。適当にイメージしたのが、ここだったんだよ。……あと、出来れば、もう少し落ち着いた歓迎で頼めないかい?」

「無理です。これも兄弟愛と思って、諦めてください!!」

 あのお父さんが、弟さん……、レイフィード……、叔父さん、でいいのかな?
 私の叔父と思われるその人は、離れてほしいと溜息を吐いているお父さんの疲れ気味の様子にも構わず、喜びの言葉を連呼している。
 落ち着いた性格のお父さんが兄で、このテンションの高すぎる人が、弟……。

(ま、真逆過ぎる兄弟、だなぁ……。でも、良い人そうでは、ある、かも?)

「ふふ、僕がこの日をどんなに待ち侘びたか……。兄上、わかってますよね~?」

 きらーん!! と光った、ように見えた、レイフィード叔父さんのブラウンの瞳。
 この二人の間には一体どんな兄弟関係が築かれているのか……、引き続き傍観者に徹する。
 
「わかった、わかったから、あとで幾らでも話なりお茶なりしてあげるから、どきなさい、レイフィード」

「は~い!!」

 今度は素直にお父さんから離れると、レイフィード叔父さんは一緒に立ち上がった。
 やっぱり……、飼い主と、犬。実の叔父かもしれない人に対して、私は物凄く失礼な事を頭の中で連呼してしまう。

「レイフィード、お前は一体今年でいくつになるんだい? 『国王』として、もう少し落ちついた物腰をだね……」

「大丈夫ですよ、公の場とプライベートはしっかり区別をつけていますから!!」

「そういう問題じゃないんだが……、はぁ」

 ……あれ? 今、お父さんが、何かおかしな事を言ったような気がするのだけど。
私の聞き間違いだろうかと思ったけれど、また会話の中に聞こえた、『国王』という響き。
 国王=国の責任者、トップ、王族、偉い人……。
 レイフィード叔父さんが国王様だとしたら、私のお父さんは、あれ?

「え、……え、ええええええええええええええええ!?」

「あらあら、幸希ったら元気ね~」

 それまで黙って成り行きを見守っていた私の口から驚愕の大声が飛び出し、お母さんが楽しそうな笑みをこちらに向けてきた。
 間違いない、お母さんは知っている!! 自分の旦那様が、元・王族だという事を!!
 ……ってまぁ、この異世界で出会っているのだから、そりゃあ正体を知っていて当然。
 だ・け・ど、何も知らない娘に、必要最低限の情報くらいは教えておいてほしかった!!
 自分の父親が異世界の王族で、国王様のお兄さんとか、物凄く重要な情報でしょう!!
 あぁ、もしここに近所のお世話になっているお姉さん、凛子さんがいたら……。

『え? 幸希ちゃんのパパさんが王族だったら? それすっごく似合うと思うよ!! だって、凄い美形さんだし品も良いし、むしろ納得しちゃう!!』

 ふふ、私の頭の中でも、凛子さんはいつも元気だなぁ……。
 イメージ映像つきで現れたご近所のお姉さんの姿に癒されながら、私は自分の父親の衝撃的な事実から現実逃避でもするかのように、微かな笑みと共に、遠い目をするのだった。
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