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第六章・アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~

過去との邂逅と……。

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 ──Side 幸希


 フェルお父様の大暴走としか言えない神の一撃!!
 あんなものをぶつけられてしまったら、ルイさんの神の器と魂である神花ごと木っ端微塵になってしまう!
 そう危惧して邪魔に入ったけれど、まさかアレクさんとルイヴェルさんに結果を覆えされてしまうなんて!!

「というかっ、なんでルイヴェルさんがここにいるんですか!?!? あ、あっちのルイさんは!?!?」

「はいはい、その話は後にしましょうね~、ユキさん。ほらっ、来ますよ!!」

「えっ、きゃあっ!!」
 
 強制的な拘束の感触と共に、目まぐるしく変わり始めた私の視界。
 フェルお父様の腕に腰を攫われた私は大神殿の上空高くへと舞い上がり、事態の急変を知る。
 アレクさんと、……何故か私達と一緒に襲い来る無数の魔の手から逃げ回っている白衣の某御人。

「原初の神の一撃すらも凌ぐか……。ふん、ふてぶてしい奴だ」

 今度は幾つもの氷の龍を模した姿で襲い掛かってくるそれらを拳で粉々に砕き、ボロボロの姿ながらも余裕を失わないルイヴェルさん。流石、大魔王様!!
 だけど、今私達に攻撃を仕掛けてきているのは、貴方様ご自身では!?!?
 ──なんてツッコミを入れていられるような余裕はない。
 災厄の力を得ている今のルイさんは、十二神の一人であるフェルお父様の力にも抗える術(すべ)を手に入れてしまっているようだ。
 ダメージを回避出来ずとも、即座に報復の手を無数に放てる程に……!!

「あの『妄執』を強制分離した事に関しては褒めてあげたいところですが……、はぁ、まだまだ甘いですねぇ」

「フェルお父様!! 囲まれます!!」

「ふふ、──心配ご無用ですよ!!」

 最早、庭園の名残さえ残っていないその場所から上空の私達へと向かって襲ってくるのは、どれも趣味の悪い、──捕獲者ばかり。
 大口を開けて私達を喰らおうとしてくる氷の龍だけでなく、べちょべちょぬるぬるとしていそうな触手もどき軍団が私とフェルお父様を取り囲み、一気に突っ込んでくる!!
 だけど、フェルお父様の放った炎の大渦が触手もどき軍団を呑み込み、消し炭に。お陰で視覚的嫌悪感はすぐに消え去った。

「ま、どれだけ消し去っても……、あの『妄執』と災厄の化身をどうにかしない限りは、──まだまだ運動が続くんでしょうけどね!!」

 追撃の手は全く緩まない!
 フェルお父様の腕の中で結界展開や、攻撃の補佐をしながら目の回るような、いや、現実的に景色はぐるぐる回ってるわけだから、本当に目の回る多忙さを味わい続ける。
 
「アレクさん……」

 正直、この状況下で一番心配してしまうのは、身体的にも神力的にも敵と差がありすぎるアレクさんの事だ。
 今は上手く敵の攻撃を回避出来ているみたいだけど……。

「フェルお父様!! アレクさんの所に行ってきます!!」

 むしろ、私がこの腕の中にいる方が邪魔だろう。
 私が離れる事で二つのメリットがあると見て、大声でそう宣言したのだけど……。

「えぇ~……。行っちゃうんですかぁ~? ……むぅ」

「はい、行きます。それでは!!」

 フェルお父様のお茶目に付き合っている暇はない。
 笑顔でもう一度同じ事を答えた私はフェルお父様の腕からするりと抜け出し、最悪級に危険地帯と言うしかない戦場の中を飛びながらアレクさんの許へと向かう。
 全員が散り散りになっているこの場で、アレクさんは宙へと巻き上げられた大小さまざまに砕けた柱や石床の一部を時に足場にし、時に隠れ蓑にしながらどうにか立ち回っている様子だ。
 
「アレクさん……!」

「ユキ!!」

 アレクさんの蒼の双眸が慌てたように私を認めた瞬間、鋭い刃の先を模した影がその頭上に!!
 私は瞬時にアレクさんと攻撃の間に飛び込み、強固な結界を以って、攻撃を跳ね返す。手に痺れが伝わるほどの酷い衝撃……っ、だけど、負けられない!!

「ユキ! 俺には構わなくていい!! お前はトワイ・リーフェル様の所に!!」

「アレクさんだったらっ、私を一人にして無事な場所にいますか!?」

「離れるわけがない!! どんなに不利な状況だろうと、俺はっ!!」

「はい!! その言葉、心、全部お揃いです!!」

「ユキ……」

 まだまだその手を休める事のない攻撃を防ぎながら、私はアレクさんを自分の結界内に引き入れ、笑顔で振り返る。

「私も同じなんです……!! 守りたい人を守りたい、守り抜きたいと、そう願うのは、そうするのは、本能です!!」

 さらに巨大な刃の切っ先を模した凶悪な攻撃の魔の手が一斉に私達を取り囲み、串刺しにしようと迫る!!
 私は自分達を守る結界を維持したまま、ディアーネスさんに貰った二振りの剣を構え、自分自身に高速回転を与えて神力を周囲に向かって放つ!!
 災厄に支配されたもう一人のルイヴェルさんの力が怯む気配を感じ取った直後、攻撃の手は素早く引いていった。
 一時的なものだろうけど、すぐに次の攻撃が襲い掛かってくるだろう。

「ユキ……!!」

「えっ、きゃあっ!!」

 周囲に注意を向けてはいても、こんな全方位どこからでも攻撃が仕掛けられるような場所じゃ、どんなに気を付けても、一瞬の小さな隙が出来てしまう。
 今度はアレクさんが私の見落とした隙を狙って放たれてきた黒紫銀の光を纏った攻撃の手を防ごうとしたけれど、その反動で私を腕に抱き締めたまま吹き飛ばされてしまう!!

「アレクさんっ!!」

「ぐっ……」

 結界を上回る攻撃。
 沢山の亀裂が入った結界の修復をすぐに始め、私はその中で苦痛に呻くアレクさんのダメージの具合を急いで確かめる。
 原初の災厄を浄化したとはいえ、彼はまだ病み上がりの状態だ。
 いや、万全の状態でも災厄に向かって行くにはあまりに……。

「ユ、キ……」

「アレクさんっ、背中に怪我をっ!! 今治療しますからっ」

「本能、……だから、な」

「アレクさん?」

 背中に切り裂かれたような傷を負っているその苦痛の表情が、穏やかな笑みを抱く。

「言った、だろう? 全部、同じ、だと……。愛する者を守りたいと願う、のは……、本能、だと」

「だけどっ」

「弱い者は黙って守られていろ……。そう、思うかも、しれ、ない。……だが、たとえどんなに弱く、小さな存在、でも、……守らずには、……いられ」

 そう弱々しく囁きながら私を強く抱き締めてくれるアレクさんの優しいぬくもり。強さも、弱さも関係ない。
 私達は、お互いを守りたくて、お互いの剣でありたいと、盾でありたいと、そう願ってしまうのだ。

「はい。お揃い、ですね」

 アレクさんの大きな手のひらを自分の頬に重ね、私は一筋の涙を零す。
 あたたかい……、大好きな人の感触。
 
「アレクさん……、ありがとう」

「ユ、キ?」

 決して彼が傷付けられないように、私はさらに強力な結界で彼の身体を包み込み、フェルお父様の方へと向かって飛ばした。

「ユキ!!」

 大丈夫。
 フェルお父様なら、絶対にアレクさんを、私の大好きな人を守ってくれる。もし、知らんふりなんかして何かあったら、親子の縁を切ろう、うん。
 なんて、そんな事は起こらないって、知ってる。
 私は一度閉じた瞼を押し上げ、『敵』のど真ん中へと向かって急降下へと入る。

「ユキさん!!」

 災厄の力に呑まれた、哀れな迷い人。
 あの神(ひと)が求めているのは、『私』。
 そして、災厄が求め、どうにかしたいと思っているのも、『私』。
 今起きている騒動の全ての原因が、『私』に直結している。
 なら、逃げ回るばかりでは意味がない。
『私』が、その中心へと向かわないと──。

『あら、もう追いかけっこは終わり? ふふ、お母様ったら、もう少し楽しんでもいいのに。そうねぇ、あの臆病な神が今度こそ滅ぶその瞬間まで』

「そうして私の心を壊して、災厄の女神として目覚めさせたいの?」

 黒紫銀の光と共に真っ黒な煙じみたそれが渦巻く中心へと降り立った私は、災厄の声に苛立ちを抑えながら問う。
 災厄はお母様の姿で私を挑発し、私の最愛の人であるアレクさんを傷つけ、その存在を玩具にして私の心を壊そうとしている。
 そして、今回はルイヴェルさんが標的になった。
 どんな角度からでもいいから、私の心を乱し、私の心が壊れるきっかけを作り、一刻も早く、──災厄の女神を誕生させようと。

『う~ん……。それはひとつの段階だけれど、そうね。お母様には早く目覚めてほしいわ。愛する者達を傷つけられ、その命を奪われ、壊され、絶望に堕ちてほしい』

 徐々に煙のようなそれが私達の周りだけ晴れていくと、災厄の化身が神の姿をしているルイヴェルさんの身体に絡みつき、ニヤリと気色の悪い笑みを浮かべていた。
 虚ろな目で私を見つめてくる……、『あの日』のルイさん。
 どんなに求められても、どんなに熱くその心を伝えられても、私がその手を取れる事はない。絶対に……。
 さっき、フェルお父様はルイヴェルさんがルイさんと分かたれたと、そう言っていた。私に対する激しい感情の奔流を抱く面、それがルイさん……。
 今、私の目の前にいるあの神(ひと)は、──在りし日の、私の罪そのもの。

「ユ、キ……、ユ、キ。俺の、……俺の、……愛しい、花」

「ルイさん……っ」

 ここでその想いを拒絶しても、感謝の言葉を口にしても、何も意味はないだろう。災厄の力が干渉している限り、彼は自分の心や理性を見失っているのだから……。
 双剣を一度手放し、私はそれを両手の真ん中で一振りの剣へと変化させる。

『あらぁ、もしかして……、殺しちゃうの? 貴女を愛し、その想いを必死に乞うている哀れな……、滑稽な男に。ふふ、ふふふふふふ!! 最低ねぇっ、情のない、身勝手な女神様の答えがそれなんて!!』

 うるさい……。
 人が必死に自分の心を、理性を総動員して考えを巡らせているというのに……、あぁ、うるさい!!
 剣を構え、ルイさん達に向けてその切っ先を向ける。
 身の内で神力を高め、私を、私達を嘲笑う災厄をきつく睨み据え、──地を蹴る!!

「ハァアアアアッ!!」

『ふふふっ、そうよねぇ~、まずは私をこの神から引き剥がそうとするわよねぇ~。だ・け・ど、この前お母様が浄化した私の同胞と一緒にしないで欲しいわぁ~』

「くっ!! ルイさんの身体を、心を、返して!!」

 狙いをルイさんに定めているように見せかけて放った最初の一撃は案の定というか、やはり躱されてしまった。
 ルイさんと同化するかのように纏わりついている災厄の化身。
 私の天上でのお母様の顔で嗤うそれにまた心がぶわりと苛立つ。
 だけど、心を乱す事が自分の不利になると悟りながら、私はルイさんと一緒に攻撃を躱す災厄の化身を攻めの姿勢で追いかけ、攻撃を繰り返す。
浄化の光を纏う自分の剣を一撃でもいいからこの災厄の化身に──。

「ユキ……、俺の、……愛、を」

「ルイさんっ」

 災厄の傀儡となっているルイさんが私に向かってその両手を伸ばしてくる。
 やめて……! その表情(かお)で、そんな、……辛そうに、私を求めないで!!
 ルイさんが両手を動かした事で私の攻撃の手に迷いが出る。
 出来る限り、ルイさんを傷付けずにこの災厄を仕留めたい。
 それなのに、彼は自分から私に向かって歩み出し、──攻撃が当たってしまう!!

「その器ごと災厄を貫け!! ユキ!!」

「え!?」

「これ以上、『ルイ』の心を蹂躙させるな!! やれっ!! ユキ!!」

 私とルイさん達の周囲だけが見えていた視界の煙じみたそれが一陣の清々しい風でも吹いたかのように晴れ渡り、廃墟となりかけている大神殿の庭園の全容を現した。
 ルイさんの両サイドに白衣姿のルイヴェルさんとアレクさんが降り立ち拘束の手を放つ!!
 同時に、両手を差し出してまだ歩んで来ようとするその真上に、天高くから飛来した強烈な雷(いかづち)の一撃!!

「ルイさん!!」

「ユキ!! 走れ!!」

「災厄の言葉に踊らされるな!! お前の知っている『俺』は図太い!! そうだろう!!」

「ルイヴェ……、──はいっ!!」

 恐らく、今の雷(いかづち)の一撃はフェルお父様の力。
 そして、災厄とルイさんの動きが完全に封じられている今のこの瞬間しか、チャンスがない。
 自分の中に在った、あの神(ひと)の器を壊してしまったらという不安は、もう一人のあの神(ひと)の一喝によって消し飛び、──覚悟が定まった。
 その胸に向かって剣を手に一直線に走り抜けてくる私に、ルイさんの顔が嬉しそうに綻ぶ。
 鼓動が不安を呼び起こすかのように乱れかけるけれど、自分を叱咤し続けながら私はその広い胸の中心に──。

「ぐっ……! ユ、キ……っ」

「哀れなる災厄の花よ……っ、浄化の光へと還れ!!」

「ぐぁあああああああああああああああっ!!!!!!!」

『ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!』

 ルイさんの絶叫と、災厄の断末魔の叫びが重なり、大きく響き渡る。
 これでルイさんの中から災厄の化身は消え去り、その花を私の中に一度封じ込めようとしたその瞬間、浄化の光が急速に弱まっていく気配を見せた!
 嘘っ、こんなところで──!!
 災厄とルイさんの分離は上手くいった。
 だけど、災厄の化身はその場に投げ出され、お母様の姿で呻きながらも、笑みを浮かべた。

『ふふ、ふふふふふ……。限界、ね、……? お母様、には、……もう、私達を浄化する、……力も、……制御の、……手綱、も』

 やっぱり……、『あの子』を連れ去ったのは、災厄達。
 浄化を為す為に必要な、『浄化制御の力を司る化身』たる『あの子』を奪っているからこそ、その言葉が出たのだ。
 だけど、今ここで怯むわけにはいかない。
 私は自分に大きな負荷がかかる事を承知で災厄の浄化を強行し、抗ってくる力に苦痛の表情を浮かべながらも、自分の中にそれを封じようと……。

『あはっ、あははははははっ!! これでもうっ、天秤は完全に私達の望む方へと傾いた。ははっ、あははははははははっ!!』

 その場に這いずりながら嗤う災厄の耳障りな甲高い声に眉を顰めながら、私は最後の力を振り絞ろうとした、──その時。

「最期の散り際は、潔くなくてはなりませんよ」

 視界いっぱいに広がった、荒風に舞い散る桜の花びらの群れ。
 優しい、ほのかに甘い香りを感じながら私が聴いたのは、災厄の化身の怨嗟の声。

『あはははははっ!! 消えるっ、消えてしまうっ!! だけど、終わらない!! 『私達』はっ、『私達はっ』 ──ァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!』

 激しく舞い上がる桜の花びらと、眩い光の奔流に瞼を閉じてしまう。

「──終わりましたよ、セレネちゃん」

「……だ、れ」

 前に倒れ込みかけた私を支える二つの腕の感触。
 そして、近づいてくる愛らしい少女の声。
 霞かけていた視界で目を凝らす。
 黒く長い、とても綺麗な髪の……、和と中華が上手く合わさったかのような服装をしている……、前にも、見た事のある、顔。
 和風チャイナメイドみたいな恰好をしたその少女が私の前に来ると、その笑みを深めた。

「お久しぶりですね、セレネちゃん。いいえ、今はユキさん、ですね」

「貴女は……」

「十二神が一、桜凛(おうりん)ですよ。いやぁ、貴女まで出てくるとはねぇ。ソルに言われて来たんですか?」

 アレクさんとルイヴェルさんに支えられながら横たわってしまった私は、美少女と形容するに相応しい彼女の隣に、フェルお父様が並ぶのを目にした。
 ばつが悪そうなフェルお父様の顔……。
 桜凛と呼ばれた少女は、桜の花びらが描かれた扇を開き口元を覆いながら、フェルお父様を睨む。

「ご自分のご子息に甘すぎる、どうしようもない御方を補佐せよと、ソル兄上様にお願いされたのです。案の定、彼女に負担を強いた上、私(わたくし)が手を下さねばならなくなりましたけど」

「相変わらず、可愛らしいお顔の下に毒を飼ってますねぇ、君は……。戦闘になると好戦的になっちゃうその性格、いつになったら治るんでしょうねぇ」

 やれやれと苦笑しているフェルお父様だけど、その手は優しく桜凛さんの頭に触れる。なでなでをしながら、フェルお父様が「ありがとう」と、素直にお礼を言うと、……あれ、桜凛さんのツンとした表情が徐々にやわらいで……。

「ふにゃぁぁぁ~……っ。わ、私っ、ま、またっ、ああああああっ!! ご、ごめんなさいっ、フェル兄上様ぁっ」

「いいんですよ。ちょっと色々やらないといけなかったとはいえ、行動が遅れていたのは事実ですからね。ふふ、桜凛に先を越されるとは、兄として不甲斐ないですねぇ」

「ふにゃっ、ふにゃぁあああ~~っ!! ふぇ、フェル兄上様はわ、悪くないのですっ!! そ、ソル兄上様はっ、全てお考えの上でっ、わ、私をサポートにっ。ああああああっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」

 大粒の涙をボロボロ零しながら、その場でフェルお父様に謝り倒している少女を前に……、私とアレクさんはぽかんとするしかない。
 ルイヴェルさんの方は慣れているようだけど……。

「あ、……桜凛様。思い出しました。よく、美味しい桜餅を作ってくれて……、レヴェリィ様とアイドルコンサートを」

 と、そこまで言って、私はなんだか急激な眠気を感じてしまって……。

「後の始末は俺達がしておく。お前は……、少しの間になるかもしれないが、休め」

「ルイ、おにい、ちゃん……。ルイ、さん、を……」

「あぁ、心配するな。今は何も、な」

「は、い……」

 心配な事も、どんどん胸の中で大きくなっていくこの不安も、今この時だけは……、全てが真っ白に溶け消えていくかのように、睡魔と共に小さくなっていった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ──Side アレクディース


「ユキ……」

 疲労を負った顔色で眠りに落ちたユキを自分の腕の中で支えながら、俺はまた役に立てなかったと、自分への怒りで奥歯を噛み締める。
 神として生まれても、俺はいつだって役立たずだ。
 姉神フェルシアナのように、光に溢れ、前だけを見据え全てを導く力強さもない。弟神であるイリュレイオスのように、情熱と何事をも諦めない根性の粘り強さもない。ただ……、真ん中にそっと静かに在るだけの存在だった。
 それは今も同じだ。
 御柱としての完全な力も持たず、いや、完全な状態であったとしても、俺はあまりに弱い。弱すぎる……。

「俺は……、どうすれ、ば……っ」

「アレク、ユキを部屋に運ぶぞ。表の軍勢に関してはソル様達が抑えていてくださる。まだ、猶予はある……」

「……ルイ、俺は……、ユキに愛されるべき資格があるのだろうか……」

 それはあまりに贅沢な問いだったのだと思う。
 一度大神殿内に戻ろうとしているトワイ・リーフェル様と桜凛様がこちらを振り返り、そして、俺の問いを受けたルイは……。

「──ふざけるなよ、このド阿呆がっ!!」

 何かが地に叩きつけられ、酷い音を立てて割れる音。
 そして、俺の胸倉を乱暴に掴み上げ、凶悪的に凄んでくる幼馴染の顔。
 怒りと、憎悪の炎が深緑の双眸に宿り、俺を心底嫌悪しているかのように睨み付けてくる。

「お前はいつもそうだ!! 自信をつけたかと思えば、すぐにその覚悟も、何もかも一瞬で地に落とす!! ユキに愛される資格があるかだと? それを俺に聞いてどうする!? 答えてやればいいのか!? お前のようなド阿呆でドヘタレの臆病者に惚れたユキは、それ以上のド阿呆だとな!!」

「ユキを愚弄するな!!」

「お前がしたんだろうが!! 誰よりも弱いくせに、力だけでなく、その心までも弱すぎる軟弱ドヘタレ野郎が!! お前に惚れるくらいなら、カインに惚れていたほうがまだマシだ!! アイツは自分が弱くとも、強くなることを、ユキを守る事を、愛することを諦めず、努力し続ける男だからな!! 今ここでユキの記憶を消してやろうか!? お前の事など忘れさせて、別の男を愛するように──!!」

 こんなルイを見るのはいつぶりだろうか……。
 普段は感情を器用にコントロールし、こんな風に激しく感情を露わにすることは滅多にないというのに……。
 だが、当然か。
 自分の不甲斐なさに打ちのめされ、身勝手な言葉を口にした……。
 ルイが、カインが、心から望んでも得られなかった想いを手にしてしまった俺が……、何をしてしまったのか。
 俺の胸倉から手を放し、ルイは有無を言わせぬ間に俺の腕からユキを奪い去ってしまう。
 ずっと俺のものにしたいと、愛し愛されたいと願っていた……、大切な人のぬくもりが離れていく。
 自分の腕の中にユキを抱えたルイはその場を歩き出し、少し進んだ先で立ち止まり、振り向いた。

「……頭を冷やせ。そして、……お前の望みがどうすれば叶うのか、一度よく考えてみろ。……ユキの事は俺が診ておく」

「ルイ……」

 最後に向けられたその視線は、さっきと変わらずに怒ったままだったが……、それでも、幼馴染である俺に対する情の深さを感じられるような、そんな、切なげなものだった。


 ……俺がユキを守れる為の力、……強くなる、方法。


 廃墟とかした庭園に落ちている大きな石の残骸を握り締め、俺は俯きながらもう一度呟きを落とした。

「強く、……なり、たいっ」

 神の世界に、今まで磨いてきた剣の腕など、あまり意味のないものなのかもしれない。そして、神である俺自身も、今のままでは何も為し得ない。
 愛する人を守り抜く力が足りない……。
 なら、選択肢はひとつだ。

 ──強くなる為の方法を、探さなくては。

 俺の血で赤く染まった石を地に転がし、ゆっくりと立ち上がる。
 
「ユキ……」

 よろりとしていた足取りは次第に力を取り戻し、大神殿内に入った頃には、俺の双眸は確かな光を宿し、前に進んでいた。
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