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第六章・アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~

足掻くその手の先……。

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※今回は、三人称視点となります。


 時は進む。
 時は止まらない、……留まらない。
 秒針は今と未来を求めながら歩みを続け……、やがて、『変化』をもたらす。
 どれほど留めておきたいと願う瞬間があったとしても、……時は、無情に流れゆき、この手に掴んでおきたいものは全て、波のように攫われていく。


 ──唯、ひとつ。……この心だけを、置き去りにして。


 原初の神、ソリュ・フェイトと共に幸希達が出て行った後。
 ルイヴェルは命じられた通りにアレクディースの経過を観察し続け、その片手間にエリュセードで起こっている戦いの様子を眺めてはまた、アレクディースの様子を……と、そればかりを繰り返していた。

「ふぅ……」

 このエリュセードに次々と送り込まれてくる、異形の醜き軍勢。
 本来であれば、ソリュ・フェイト神の意によって覚醒させられたエリュセードの神々が、この世界の御柱達が、あの軍勢の相手をすべきなのだろうが……。
 それは不可能な話だ。
 なにせ、エリュセードの神々はこの時空の中においてまだ若く、そして……、未熟で、弱い。
 御柱の三人や一部の神は例外とするが、エリュセードの神々の大半は始まりからして、あまりに頼りない存在であった。
 原初の神であるソリュ・フェイトの加護の許、安穏と過ごしてきたゆりかごの子供達。
 自分達の世界は原初の神によって守護され、どの世界よりも祝福されている。
 そう、思い上がっていた愚か者共の集まりだ。
 大いなる力に守られていたからこその、当然の思い違いだったのかもしれないが……、あまりにその依存は度を越していた。
 エリュセードを守り、愛する女神を守り、……果てた原初の神への侮辱。
 悲しみのあまり……、いや、正確には、災厄の種に寄生された事により悲劇を辿った女神(ファンドレアーラ)に対しても、エリュセードの神々はそれまでの恩を忘れ去り、災厄の化身だと罵り、語り継いできた。
 そして……、原初の神とその女神の愛する子供達もまた、その被害者となり……。

「ソル様も難儀な方だ……。何があろうと、見捨てないのだからな」

 ルイヴェルからすれば、十二神は根がお人好しの世話焼き集団のように見える。
 昔から、空を、大地を、海を、その世界に生きる全ての命を愛おしみ、守り続けてきた原初の光。
 神としてのルイヴェルを生み出した、あのトワイ・リーフェル神でさえ、どんなに毒を吐いていようとも、最後には守る道を選ぶのだから。
 
「神の性(さが)、というよりも……、誰もが情深き者、と言うべきか」

 最早、当事者達以外にあの日々を知る者はいない。
 この時空に初めて生まれた、第一の産声。
 偉大なる十二の神々に見守られ、幸福に満ちていた……、はじまりの場所。
 ルイヴェルもかつてはそのぬくもりの中に在った。
 十二神の一人、トワイ・リーフェルが生み出した、三人の息子神の末として。
 
「あの頃は、……そういう対象ではなかったはずなんだがな」

 ふと、瞼を閉じていたルイヴェルの唇から微かな自嘲が零れ出た。
 語り切れないほどの、遥か昔の想い出に浮かぶ少女神の姿……。
 その少女神の名は、──セレネフィオーラ。
 はじまりの世界に突如として現れた、二つの巨大な卵の片方から生まれ出でた存在。
 ルイヴェルの父神に見守られ、先に外へと出ていた片割れの男神に遅れる事、五年。
 セレネフィオーラは時が来たかのように目覚めの時を迎えた。
 自身を守り続けるように共に在った卵の殻を破り、ルイヴェル達の許へと。
 妹のように思い、必ず守るようにと命じられた。
 ルイヴェルも、当時は一緒に生活していた兄神達も特に異論なくそれを受け入れ、セレネフィオーラを家族として扱い、特に何の問題もなく日々は過ぎて……。

「好ましい娘だとは思っていたが……、それ以外は、な」

 庇護対象である少女神。
 彼女を妹のように思い、親しみを持ちはしても、女として見た事など一度もなかった。
 そう、嘘偽りなく、あの頃のルイヴェルにとってセレネフィオーラは家族であり、ただの妹でしかなかった。
 だが、はじまりの世界が滅び、長い長い時が過ぎ去った後(のち)……、訪れたのだ。
 ──予想外の『奇跡(出会い)』が。
 それは、ただの気まぐれな思いつきからだった。
 ふと、ソリュ・フェイト神がその身を挺して守ったという世界に足を運んでみるかと、気が向いたのだ。
 ソリュ・フェイト神によって守護されていたと言ってもおかしくはない、まだ幼き世界、──エリュセード。
 異界の軍勢により襲撃されながらも原初の神によって救われ、平穏を取り戻したというその世界は確かに、発展と繁栄の中に在った。

「…………」

 遥か遠い日々の、……ひとときの、幸福と、……『罪』の記憶。
 ルイヴェルはそれを脳裏に思い浮かべながら……、ある瞬間に差し掛かる手前で打ち切った。
 柔らかなソファーの感触から腰を上げ、一度だけ、アレクディースの穏やかな眠りを確認してから扉へと向かい始める。

「……騒ぐな」

 先程まで保たれていた胸の内の平穏が、……また、不快な感覚に苛まれ、『問答』が始まってしまう。
 今のルイヴェルにとって、今を生きている『自分』にとって、……不要な存在(もの)。
 否定はしないが、永遠に抗い続けねばならない存在。
 その『声』に悩まされる事には慣れているつもりだったが、やはり厄介なものである事に変わりはない。
 
「──っ」

 頭の芯に響くような強い痛みを覚える。
 苦痛の音が意外にも大きく室内に響き、ルイヴェルは微かな焦りを感じながらアレクディースを振り返る。
 ……大丈夫だ。起きる気配は、ない。
 よろめきかけた身体を支え直し、足早に部屋の外へと出る。
 大神殿の広い廊下は室内に満ちるあたたかと違い、心に隙を抱える者なら誰しもが心細さと冷たさを覚えてしまう事だろう。
 
(つまり……、いや、らしくもないな)

 薄暗く、最低限の灯りしかない廊下。
 苦痛と、自嘲の笑みを刻みながら長い長い廊下を進んで行く。
 ソリュ・フェイト神にはアレクディースの世話を頼むと言われているが、少しの間であれば問題ないだろう。
 アレクディースの容体は安定しており、後は回復を待つだけの状態だ。
 万が一、を考えたのかもしれないが、……恐らく、ソリュ・フェイト神の意図は。
 この非常時に何を考えているのだか、と思うところだが、……自業自得、か。
 面倒な頭痛と、何度も何度もしつこく響く『声』に辟易としながら辿り着いた大神殿の中心部。
 大きな大きな……、底なしの闇を思わせるような風穴だと、天空へと続く螺旋階段の底を見下ろしながら思う。まるで、自分の中に在り続けている『本音』、そのものだ、と。
 それに身を委ねるか、抗い、光を目指すか……。
 瞼を閉じたルイヴェルはすぐに視界を取り戻し、その顔に浮かべたのは自嘲の気配だった。

「遥か昔に己で決めた事だろう? なぁ、……『ルイヴェル』」

 靴音を響かせていた床から宙に浮きあがり、ルイヴェルの身体は深い闇穴へ……ではなく、真っすぐに迷いなき飛翔で大神殿の最上階を目指していく。
 この先に在るのは、かつて故郷だった世界の名残を反映させたと思われる、美しい花園だ。
 十二の神々が戯れに訪れ、満天の星空の下で花々と、愛しき世界の存在を愛でながら寛いでいた、憩いの場。
 螺旋階段が続く大穴を抜け、ルイヴェルは懐かしき記憶を感じながら大庭園に辿り着く。
 もしかしたら、と来てみたが、予想は当たっていたようだ。
 仄かに甘く香る花々、穏やかに流れ続ける大噴水、大庭園を巡る微かな風の気配。
 そのどれもが、十二神の力によって特別な効果を付加されているものだと、すぐに気づいた。
 訪れる者の心を宥め、何に煩わされる事もないようにと配慮されている場。
 ルイヴェルの中で騒いでいた『声』も、一時的にではあるが小さくなったように感じられる。
 不意に覚えたのは……、遥か昔の、ただ、平穏で幸せな時が在った頃の光景。
 はじまりの世界に現れた、新しき神。
 女神セレネフィオーラ、男神レガフィオール……。
 二人を囲み、笑い合う神々と、世界に生きる存在(もの)達の歓びの声。
 ルイヴェルは大きな両翼を抱く像を中心に据えた大噴水へと向かい、くっきりと水面に映る自分の姿を見た。
 僅かに焦燥を抱く……、未練がましい男の顔。
 ルイヴェルは隠しきる事の出来ないそれを認める。
 自分の、ルイヴェル・フェリデロードの中に垣間見える……、もう一人の、愚かな男の足掻きを。

「諦めろ……。あれはもう、他の男のものだ」

 哀れな情を込めながら言い含めようとするルイヴェルの声に、水面の中の面(おもて)が激しい抵抗を示す。

「ぐっ……」

 まるで地の底までも堕ちきった異形の化け物のようだ。
 醜く歪んだ自身の表情と、強引に食い破ってきそうな胸の強い痛みを感じながら……、ルイヴェルは嗤う。
 その昔、心から愛した女神の眠りと共に封じた、もう一人の自分。
 己が力を過信し、悲劇を作り出した罪深き男……。

「切り離すだけでは……、足りない、か」

 あの時、『ルイヴェル』は愛する者を失った悲しみ、自身が犯した罪への苦悩、そして……、恋敵である男への憎悪と殺意に翻弄され、その葛藤の果てに選んだ。──切り捨てること。それが、自分への罰だと。
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