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第六章・アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~

災厄とは……。

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 ――Side 幸希



 お母様を介して孵化した災厄とは比べ物にもならない、はじまりの存在(もの)。
 お父様達が予想していたよりもさらに早く、それはエリュセードへと到達しようとしている……。
 その恐ろしき滅びの腕(かいな)と共に、膨れ上がった嘲笑の気配を響かせながら……。
 
「そん、な……っ」

 お母様が災厄の女神となったあの瞬間にも、私はその凄まじい恐ろしさを前に何も出来ず、レイシュお兄様達に守られながら、全てを見ている事しかできなかった。
 封じるのが精一杯で、到底討ち倒せる存在(もの)ではない存在だったというのに、その何倍、何千、何千万倍以上の敵が、さらなる力を手に入れてしまった? 恐怖を覚えるとかいう問題じゃなくて、もう私の頭では処理きりれないほどに、現実をどう受け止めていいのかわからない。
 すると、急に息苦しくなった喉を押さえ、小さく震えだした私の手ともう片方の手を自分の両手に引き寄せ、お父様がぎゅっと力づけるように握り締めてくれた。

「お、父……、様?」

「怯える事はない。こういう予想外の事態とやらも、俺達の想定内だからな。災厄が力を増そうと、俺達十二神もまた、イリューヴェル皇家の中で眠りながら己の力を高めてきた」

「そうだよ~!! 飽きる、っていうか、もう退屈過ぎて死ぬほど~っ!! ってぐらいの時を寝まくってそれだけに集中してきたからね!! ――今だったら、容赦なく完全勝利でフルボッコにしてやれる自信があるよ。ふふふふふふふ」

「れ、レヴェリィ様……っ」

 白銀の長い髪を肩口で結んで垂らしている男性の隣で、不気味な笑いを響かせているレヴェリィ様。その姿はとっても可愛らしいのに、……うぅっ、ドス黒濃厚暗黒オーラがダダ漏れまくりで、怖い事になってしまっている!!
 
「ごめんね。ウチのレヴェリィ、怒るとヤッバイ上に、……恨みつらみは億倍返しだから」

「億倍返し……」

まるで、レヴェリィ様の中に恐ろしい怪物でも住んでいるかのような物言いだ。
 億倍返し……、って。確かに十二神の方々は、全世界の神々にとって恐れ多き存在で、強大な力の持ち主だけど……。この場合は、そういうのとはまた別の意味で怖い、という意味なのかもしれない。あの愛らしい御姿を裏切る何かが……。
 触れてはいけない禁忌から逃げるように、私は頭を振って無理やりに笑みを作る。

「お、お気になさらずに……。えっと」

 まだその名を知る事の出来ていない十二神の御一人である白銀髪の男性が、私の戸惑いを察して柔らかな笑みを見せてくれた。

「オレはフォルメリィ。レヴェリィの弟。……レヴェリィ、アイドルイメージ崩れるよ」

「弟!?」

「あははっ、ごめんね~。でもぉ~、僕ってばすっごく可愛いから、怒ってもこのキュートさは消えな」

「「「「一度、キレてる時の自分の顔を鏡で見てみろ」」」」

 大事な話の最中にブラックな一面を見せ、きゃはっ! と態度を変えながら自分の可愛さをアピールするレヴェリィ様に、十二神の皆様はお父様を筆頭に冷ややかだった。
 その中で、こっそりとお父様達の声に混じって同じ事を小さく放っていたルイヴェルさんが挙手をし、場の空気を締め直すかのように発言する。

「ユキが不安にならぬ様、皆様が気を使って下さっている事は重々承知しておりますが、そろそろ必要事項の伝達に入って頂けないでしょうか? はじまりの世界と共に侵攻している災厄の到達日、その際の対処諸々と、我々に申し付けられる役割などを」

「こほんっ……。ルイヴェルの言う通りだ。全員、ここからは一切の脱線を禁じる」

「そうですね。万が一、茶化した場合は……、俺がとっても楽しいお仕置きを後でプレゼントする事にいたしましょう。勿論……、ふふ、一の神兄殿も例外ではありませんので、お気をつけて」

 トワイ・リーフェル様からの笑顔にブルッと震えたお父様が、冷や汗をたらりと流しながら居住まいを正す。……これは、お仕置きされた経験がある人の気まずい表情だ。

「……だ、そうだ。さて、伝えるべき事は幾つかあるが、まず……、はじまりの世界と共にやって来る災厄の到達日だが、およそ……、二週間後だ。時があるように見えるが、突然の事態を考慮し、今夜にでも、エリュセード中の生命(いのち)を保護する為、全員を眠りに就かせる」

「だから、私が前に各国の王様に事情を話さないでいいのかと尋ねた時に、その話には触れなかったんですね。神以外の戦力は必要ないから」

「正確には、十二神と一部の神々以外、だな」

「え?」

 今、ディオノアードの鏡の欠片を取り込んで浄化の為に眠りへと就いているエリュセード神族の大半は地上の民と同じように保護する予定だと、お父様は淡々と補足を入れていく。
 
「必要なのは、俺達十二神。そして、この空間に災厄を、はじまりの世界を受け入れた後、その外側でエリュセードへの被害を抑える神々の存在だ」

「お父様、エリュセードへの被害を心配しているのなら、どうして世界の外を使わないのですか?」

 わざわざエリュセードの内側に別の空間を創り、災厄の脅威をひとつの世界に集中させなくても、……そう思ったけれど、すぐに気付いた。

「エリュセードは、第二の『檻』、なんですね? 世界の外で事を成そうとすれば、災厄がお父様達の創られたこの空間を万が一突破してしまった時に、被害が大きくなってしまうから……」

「それもある。だが、一番の理由は別だ。このエリュセードを御柱たる三人の神が創造した際、俺はそれに手を貸している。その時に、俺はフェルシアナ達には告げず、自分にとって、いや、俺達十二神にとって都合の良い細工を幾つか施した」

 自分達の魂と神器が万が一、滅ばされた場合の、修復と強化を行う為の、『神殻』の血筋。
 竜皇族は十二神が明確な意図をもって生み出した特別な種族。
 お父様が、ソリュ・フェイト神がイリューヴェル皇族の血筋に、何故何度も転生を果たすのか、その真の理由までは、誰も知る事が出来なかった。
 この細工は、他の各世界にも施されており、お父様がいつ、どこで滅びてもそのシステムが使えるように用意されていたのだという。
 けれど、お父様達が施した細工は、ひとつではなかった。

「俺が滅びを迎えるとすれば、それは、はじまりの世界を蝕み滅ぼした災厄相手以外には滅多にない。そう予想していたからな。だが、俺が滅びた後にまた面倒を起こされても敵わん」

「ソル兄(にぃ)が滅んだ場合、各世界と、時空に仕掛けておいた術式が発動するようにしておいたんだ……。幾つかパターンがあるんだけど……、そのどれを発動させるかは、ソル兄が滅ぶ瞬間に選択するようになっていたから」

「俺が発動させたのは、災厄に巣の如き扱いを受けている故郷を『迷い』の中に転移させる術式だった。軍勢を寄越した際に、正確な位置を掴む事が出来たからな……」

 私や、エリュセード神族が知らなかった事実。
 お父様は自分の神器と魂を粉々に砕かれ、用意しておいた『神殻』の血筋に巡る直前……。
 軍勢を介して故郷の位置を掴み、その存在を十二神の力によって創り上げた『迷路』のような空間に飛ばす為の術式を発動させていた。
 容易には抜け出せず、その脅威が再び目指していた進路へ戻るには、永い永い時がかかるように……。

「ちなみに、その『迷いの空間』構造を考案したのは俺です」

 と、小さく挙手をしてニッコリ笑いかけてくれたトワイ・リーフェル様。
 その左隣でグルル……、と低く唸っていた男性が、真っ赤な髪色をしたもっふもふの逞しい獣人体をしている御方が、私の方を向いて楽しそうに破顔した。か、可愛い!!

「フェルはなぁ、すっごく頭が良いんだ! ついでに、性格がドス黒くて捻くれてるから、嫌がらせの部類は大得、――ぐはぁああああっ!!」

 表情と言ってる事が酷く矛盾しているなぁと思っていたら、トワイ・リーフェル様がもっふもふの御方の頭に生えている狼のような獣耳を引っ掴み、乱暴に捻り上げた! 

「ガルヴァ……、茶化したらお仕置きをすると言ったでしょう? ねぇ? お前の大っ嫌いな数字のお勉強でもしてあげましょうか?」

「痛だだだっ!! な、なんで耳を引っ張るんだっ!! お、俺っ、褒めた!! フェルの事、褒めたんだぞぉ~~!! ベタ褒めしたんだぁあああああああ!!」

「ふぅ……。昔から何の進歩もないな。フェル、仕置きをしたければ別室に連れて行ってからやれ。それと、ユキ以外は退室しろ」

「え?」

 まだ大事な話の途中のはず……。
 きょとんとしながら戸惑う私が理由を尋ねるより先に、十二神の皆様の姿はその場から一瞬で掻き消えていた。……どうして?
 残されたのは、私とお父様。……それから、揺り篭の中で眠っているカインさん。
 淡く輝いていた光のテーブルと椅子が消え去り、闇が満ちていく。
 真っ暗な世界に飲み込まれた私達の姿。
 何も聞こえなくなった、居心地の悪い静寂の世界。
  
「お父、様……?」

 見えない。お父様の声が聞こえない。
 小刻みに駆ける不快な鼓動を胸に感じながら、どこに歩み出していいかわからずに戸惑っていると、足元から炎が螺旋を描いて立ち昇ってきた。
 激しくはなく、ゆっくりとした動きで私を包み込む揺らめき。
 まるで、この炎を生み出した神(ひと)のあたたかな気質を宿しているかのよう……。
不安を覚え始めていた私の心に安心感を与えてくれる、優しいぬくもり。
 
「――お父様、皆さんを退室させたのは、私を気遣っての事なんですよね? 何か、私が動揺するような、傷付くようなお話だから」

「……セレネフィオーラの件といい、察しが良い娘にどう言葉を返すべきか。父親として悩ましいものだな」

「ふふ。私も、……平気、というわけじゃないんですよ? ただ、もう逃げる事をしたくないだけです。だから、聞かせてください」

 長い間、ずっと、ずっと、私は逃げてばかりの臆病者だった。
 誰かを傷つける事が怖いと言いながら、結局は、自分の心を守っていただけ……。
 お母様の事、天上の神々の事、恋愛の事、……なにひとつ、私は挑もうとしてこなかった。
 楽な道を選んでいただけの、臆病者であり、卑怯者。
 そんな愚かな自分と、私は決別したい。勇気を出して、一歩踏み出せる存在になりたい。
 だから、私は選ぶ。自分にとって良い事も、悪い事も、全部受け入れて進む道を。
 迷いなく告げた私に、お父様が少し寂しそうな、けれど穏やかな微笑を浮かべて右手を緩く払った。私達の足元に、今度は炎ではなく、別の場所を映し出しているらしき光景が広がる。

「これは……。世界と世界を結ぶ、星の……、時空の、海?」

 エリュセードの外に飛び出せば、誰の目にも映る場所だ。
 本当に大海が広がっているわけじゃない。
 それぞれの世界の輝きが星のように見える、沢山の煌めきが舞い踊っている空間。
 星海(せいかい)、時空の海(じくうのうみ)、など、呼び名は様々だ。
 私も、昔、何度かお父様に連れられて遊びに出た事があるけれど、その時と大きく違っていたのは、――各世界の厳重な守りの気配だった。
 最大強度の守りの結界が、それぞれの世界の御柱達を象徴する紋章を浮かび上がらせ、何かを警戒しているかのように息を潜めている。
 そして、そのどれもに、――原初の神である、十二神の紋章が一部組み込まれているようだ。

「災厄が狙っているのは、セレネフィオーラだからな。他に目を向けず、一心不乱にこのエリュセードを目指している事から考えて、滅多に他の世界を意識下に入れる余裕などない、とは思っているが、一応の念の為に俺の合図で発動するよう指示を出しておいた」

 美しい静寂の海のあちらこちらで光っている世界の様子を眺めていた私は、お父様の説明を聞きながら、……あるものを発見した。
 他の世界と同じように、その存在を象徴する紋章を纏いながら……、あきらかに異常な速度で時空の海を駆けてくる、禍々しい何か。
 清らかな印象とは無縁の、真逆の、恐ろしい気配に包まれている存在。
 
「うっ……」

 こんな事、決して口に出したくはないのだけど……。
 綺麗な輝きとの対比が激しいせいか、あのドス黒い何かが爆走しているのを見ていると……。

「……じ、じぃ」

「ん? 『じー』とは何だ?」

「うぅっ、ま、まったく同じ、じゃないんですけどっ……。あぁっ、なんかっ、なんかっ、微妙に形がっ、移動の仕方がっ!! G!!!!!!!!!」

 つまり、簡単に簡潔に言うと、ゴ〇ブリ!!
 紋章の中から溢れ出しているドス黒い煙のような何かが、アレと同じ形を微妙に演出しているような気がして!! 女性として、直視出来ない!!
 
「ふむ……。今、お前の記憶を読んだが、――これか?」

 ポンッ! と、お父様が私達の間に何かを生み出した。
 仄かに光っている……、こ・れ・は!!
 ――カサカサ、カサカサ!!

「いぃやああああああああああああああああああ!! Gぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!」

「どこの世界にもいる虫の一種だが……。そういえば、ファーラもこれは苦手だっ、――ぐはぁあああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

「へ?」

 色は違っても、真っ白にキラキラしているゴ〇ブリそっくりのそれを目にした瞬間、私は全身に嫌な鳥肌を感じながらその場を駆け回り……、結果、お父様を全力の体(てい)でぶっ飛ばしてしまった。……あ、ぁぁあ、ぁああああああっ!!
 
「だ、大丈夫ですかっ? お父様っ」

「こ、この、二次被害、も、……ファーラ、そっくり、だな。ぐふっ」

「お父様ぁあああああああああああああああああああっ!!」

 自分がどれだけの力でお父様をぶっ飛ばしてしまったのかはわからない。
 だけど、お父様は口の端からたらりと血を流していて……。
 私が助け起こし、必死になって安否を確認しながら揺すぶっていると、恐怖に慄いているような声が小さく響いてきた。

「ゆ、ユキ……っ」

「ふ、不可抗力ですよ!! わざとやったわけじゃっ」

「うぅ……っ。……はぁ、我が娘ながら、相変わらずやんちゃモードに入ると、最強だな」

 揺り篭の中から、こそっと顔だけを出して私に怯えながら青ざめているカインさん。
そっちにブンブン!! と首を振り必死に弁明する私の頭をひと撫でし、お父様が立ち上がる。
結構なダメージを受けたみたいな顔をしていたけれど、今はもうケロッとしているところがお父様らしい。……絶対、わざと私にぶっ飛ばされたふりをして、反応を見て楽しんだのだろう。
 私がじろ~りと、恨みの籠った目で睨み上げると、お父様は朗らかに笑って流してしまう。
まったく、ずるい神(ひと)だ。

「丁度良いタイミングだ。カイン、お前もこっちに来い」

「はぁ……、結局起こすんじゃねぇか。……よっと。で? 俺達以外追い出して、またどんな面倒話に付き合わせる気なんだ?」

「面倒は面倒だが、――お前達の生まれと、果たすべき役割にも関係する話だ。そして、ユキ……、お前が疑問に思っている、災厄の正体に関しても、だ」

「お父様……」

「何故、災厄が母胎を必要とするのか、何故、孵化を果たし、用済みとなったセレネフィオーラを、お前を求め、今も追いかけてくるのか……」

 はじまりの世界を滅ぼし、一度はその存在を隠した災厄。
 数多の世界が放つ生命の輝きには微塵たりとも興味の目を向けず、私だけを求めて必死に手を伸ばしてくる存在。お父様の前にカインさんと並んで立つ事になった私は、彼の真紅の瞳と一度だけ視線を交わし、前に向き直った。

「まず、全ての元凶とも言うべき、滅びたはじまりの世界に寄生している災厄が急激に力を増した件についてだが……。ユキ」

「は、はいっ」

「……原因は、お前だ」

「――っ」

 私に伝える事を、お父様は少しだけど迷っていたのかもしれない。
 悲哀を帯びた声音と、私に向けられる……、申し訳なさの籠った眼差し。
 少し距離を空けて立っていたカインさんが私の隣に来ると、心の支えとなってくれるかのように手を握り締めてくれた。

「アレクディースを、その、子である者が害したあの時、お前は愛しき者の喪失に耐え切れず、自分自身の力を制御する事さえ忘れ、憎悪と嘆きに染まった。その時に生じた負の力が、災厄と共鳴し、力を与えた」

「……母胎だったセレネフィオーラとこの災厄が、今も強く結びついている、という証明になってしまったんですね。私が、状況を正しく見抜けなかったから」

 アレクさんの、アヴェルオード様の魂を粉々に砕かれ、彼の死を信じ込んでしまったから……。
 直後の記憶を失ってしまっている私に、レイフィード叔父さん達は大まかにしかその出来事を教えてくれていない。感情と力を制御出来なくなり、少々暴走しかけてしまっていた、と……。

「誰だって、お前と同じ目に遭えば、……ああなるだろ」

「カインさん……」

 強く手を握ったまま、カインさんは私の顔から目を背けて俯いてしまう。
 私が暴走した時の事を見ていたのか、それとも、お父様からその顛末を全て詳しく聞かされたのか……。アレクさんを自分の唯一人として愛してしまった私を、この人はそれでも支えようとしてくれている。あたたかく頼もしい、優しくて涙が零れ落ちてしまいそうなぬくもりをぎゅっと強く、私からも握り返し、お父様に向けて口を開く。

「続きをお願いします。お父様」

「お前にも想像がついているだろうが、アレクディース、いや、アヴェルオードの魂をお前の目の前で砕いたように見せ、暴走を引き起こさせたこと。それこそが、災厄の狙いだ。セレネフィオーラの魂を抱く、災厄の母胎となった女神……。アイツらは、お前にまだ何か大きな事をさせようと企んでいるはずだ」

 これ以上の何を、災厄は望んでいるのだろうか……。
 十二神の創り出した世界だけでなく、全ての世界の生命を喰らい尽くしたいの?
 それとも、他に何かやりたい事が……、あるの?
 災厄とは何なのか、私が持ってきた疑問と同じように、その目的にも謎が多い気がする。

「ユキ、お前が放った負の力は、唯一人を除き、類似する事のない波動を宿していた」

「お父様、類似する事がない、って……」

「俺とお前、セレネフィオーラとレガフィオールだけが持つ、別種の負の力だよ」

「カインさん……?」

 足元に広がっていた災厄の映像が消え、今度はお父様の両側に、二人の男女の姿が浮かび上がった。
左側には、青と黒の色彩を抱く髪色をした、高校生くらいの男の子。
 右側には、ふわふわとした長い黒髪の、男の子と同じ年頃の女の子。
 男の子はカインさんに、女の子は私によく似ている……。

「セレネフィオーラとレガフィオールだ。ユキ、お前にも話してあるが、この二人は石から生まれ、少々面倒な影響を民にもたらした」

「俺は生まれる前に瘴気を生み出し、民の心を狂気に落とした。そのせいで、大勢の民が争いを起こし、傷付いた奴も、死んだ奴もいる……」

「カインさん……」

「そして、ユキ。お前の場合は、民の記憶に混乱や誤った情報を植え付け、同じく、原因は違えど、争いを引き起こした」

「はい……」

 強大な力を抱いて生まれた神になるほど、世界や生命に及ぼす影響は大きい。
 ましてや、生まれる前の、石の中で眠っていた赤子のような神に自身の力を制御出来るわけもなく、セレネフィオーラとレガフィオールは無意識に犯した自分達の罪を償う為に、心を尽くしたと聞いている。

「一番際立っていたのは、レガフィオールの瘴気を生む力だったが……、それとは別に、お前達二人の中には、俺達とは違うタイプの負の力が確認されている。とても小さなものだが、暴走時にその力が規格外に膨れ上がり、強大な力を表に表す事は……、過去に三度、把握している」

「一度目は、セレネフィオーラが災厄を孵化させた時。二度目は、俺が孵化した災厄に憑りつかれた時。そして、三度目は……」

「ユキ、お前が暴走を引き起こした、つい先日の事だ」

 他の神を、私のお母様である女神ファンドレアーラを母胎にした時とは比べ物にならない共鳴力と、力の増大……。セレネフィオーラとレガフィオールがはじまりの世界にいたからこそ、……十二神の愛した世界は、簡単に滅びてしまった。
 二人が、他の神々とは違う要素を抱いて生まれてきたが為に……。
お父様が言いかけて噤んだその続きを、私は察してしまった。
 災厄にとって都合の良い、まるで運命の相手のような二人の神。
 その出会いは偶然か、必然か、……誰かの指先によって結ばれた縁(えにし)のように、災厄と私達は巡り合ってしまった。

「……『この女神は私の為に在る。出会う時をずっと待っていた』。この言葉は、セレネフィオーラから孵化した災厄から聞いたものだが、これを真実と仮定するならば」

「俺達は、世界を滅ぼす為に生み出された道具、そう言いたいわけか? ソル」

「馬鹿者。誰が愛しい我が子同然のお前と、実の娘をそんな風に例えるものか。あくまで、お前達と災厄には生まれながらに何らかの動かせぬ縁(えにし)があるならば、その全容をあきらかにする必要がある、と、俺はそう言いたいだけだ」

 縁(えにし)……。
 災厄とは違うけれど、時空のどこかには、魔物や魔獣を生み出す母胎のような神がいる、と、そんな話を聞いたような記憶がある。
 エリュセードに存在しているような魔物や魔獣のように、わかりやすい形で生息していることもあれば、地球のある世界では別の形を持って現れる事もある、と。
 その全てが悪い存在(もの)とは限らず、人にとって共存出来る存在であったり、挑むべき試練であったり……。お母様から聞いた話を独り言で漏らしていると、お父様が「良いところに気付いたな」と、僅かに微笑んで頭を撫でてくれた。

「魔物、魔獣、世界に害を成す数多の存在は、見方を変えれば、善と悪、二つの面を兼ね備えている場合もある、と、それらを生み出している神々が話をしてくれた事がある。それ自体がそうであったり、扱う者によって効果が変わる存在であったりとな」

「災厄も同じだって言いてぇのか?」

「その神々の話によれば、可能性はある、という事だ。ただ……、災厄の種を目にした彼(か)の神々がひとつ気になる事を言っていてな……」

「気になる事、ですか?」

 両腕を胸の下で組んだお父様が、小さく唸りながら瞼を閉じる。
 出口の見えない、掴めそうで掴めない光を探しているかのような気配が感じられる、険しい表情。
 多分、お父様は今までずっと何かを悩んでいて、いまだに答えを得ていないのではないのだろうか。

「――この時空の匂いがしない、と」

「「え?」」

「俺達が生まれたこの世界、いや、この時空には数多の世界がある。だが、世界の外に出る事は出来ても、時空の外に出た者は誰一人として存在していない。俺が知る限りはな」

「んなの当たり前だろうが。世界が何百何千あろうが、それを纏めてんのが時空っつー、ひとつの箱みてぇなもんで、……その外なんか、ある、わけ、が……」

 何を馬鹿な事を、と、そう言いたげにカインさんが鼻で嗤ったけれど、だんだんと表情から自信がなくなっていく。今までに考えた事もなかった、そんな気配だ。
 
「ない、と、誰が決めた?」

「……お父様は、災厄が時空の外から来たものだと、そう考えているんですか?」

 沢山の世界を集めた箱庭。
 そんな存在が幾つもあるのだとすれば、もし、互いに干渉出来る方法があるのだとすれば……。
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