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第六章・アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~

イリュレイオスの私室にて

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 ――Side アレクディース


「うわぁぁぁぁぁ……っ!!」

 堪え切れない感嘆の声。
 御柱の一人、イリュレイオスの神殿内奥にて……。
 まだ本調子とは言えない弟神が胸の前で両手を組み合わせ、室内にいる三人の存在を羨望と歓喜の表情で見つめている。
 十二神が長兄、ソリュ・フェイト。そして、彼の両隣に立っている、レヴェリィ神とトワイ・リーフェル神。時空に存在する全世界の神々にとって、大きな畏敬と畏怖の対象だ。
 イリュレイオスに仕えている神々も、その存在を目にした途端……、大半が驚きと喜びのあまり意識を失って倒れた。

「アヴェル兄さ~ん!! 本物っ、本物の十二神の方々だよ~!! ソル様の他に二人も!! あぁぁぁっ、どうしよう!! 嬉し過ぎて鼻血を狂喜乱舞しちゃいそうだ~!!」

「根性で耐えろ、愚弟。……申し訳ありません、弟が無礼を」

「きゃははっ、別にいいよ~!! 僕、面白い子大好きだから~!!」

「ふふ、鼻血を噴くのは構いませんが、俺の肌や服に一滴でも飛ばそうものなら容赦はしませんよ?」

「イリュレイオス……、お前は相変わらず珍しいものが好きだな。前にも言ったが、十二神は力が強いというだけで、中身はイロモノばかりだと教えておいただろう? 力以外、崇められる要素はない」

「そ、ソル様……」

 記録用の術を発動させ、ソル様達の姿を収めようとハイテンションで撮影に勤しむ弟神。
 ソル様の発言は、その耳を素通りしているようだ。イリュレイオス……、お前、無礼にも程があるだろう。俺はみっともなくはしゃぐ弟神の頭に拳骨を入れ寝台に戻すと、大きな猫の頭部を模したテーブルへとソル様達を促した。……イリュレイオス、頼むから普通のテーブルにしておいてくれないか。変わらない趣味に若干涙が頬を伝いそうになる。

「アヴェル兄さん、ボクも一緒に座」

「お前は本調子じゃないだろう。大人しく寝台で寝ていろ」

「でも~」

「そうしておけ。後で俺達が力を分けてやる。そうすれば、すぐに回復するだろう」

 保護者の顔でソル様が宥めれば、イリュレイオスは昔のように少し甘えた様子で首を縦に振ったのだった。弟神の私室。外部に何の気配も漏れないように特別製の結界が張られ、イリュレイオスに今までの説明がソル様の口から語られてゆく。
 表向きに起きた事だけではない、裏側の真実も……。
 嬉しそうな色に染まっていたイリュレイオスの表情が徐々に歪み……、最後には悲しみの涙が抑えきれずに頬を伝っていった。

「ファンドレアーラ様……っ」

 母のように慕っていた女神。イリュレイオスはその心を知り、俺達の甘さが最悪の結果を招いた事を改めて悔いた。
 ユキ達家族に敵意を向ける眷属達を言い含めるだけに留めてしまった俺達の、罪。
 だが、ソル様は咎める言葉を発する事はなく、席を立ち、イリュレイオスの頭を撫でてくれた。
 父のような、優しい、優しい手つきで。

「力で制したとしても、どこかでまた歪(ひずみ)が生じる。その時出来る事をして、後(のち)に何が起きようと、それもまた、運命のひとつだ。御柱であろうとも、全ての神々の心を思い通りに動かす事は出来ん」

「ソル様……っ」

「それよりも、よく、このエリュセードを守ってくれたな。末弟であるお前が尽力したからこそ、今に希望を繋ぐ事が出来た。イリュレイオス、よく頑張ったな」

「うぅっ……、そ、ソル様~っ!!」

 本来、三人の御柱で支えるべき世界。
 それを、イリュレイオスは一人で支え続けてきた……。
 ディオノアードの鏡が解き放たれ、天上を焼き尽くした災厄の力。
 地上に向かった長兄(俺)を失い、災厄の暴走を鎮めた姉神を失い、一人……、力弱き者達と共に残されてしまった弟神。本当に……、よく、今まで世界を支える事が出来たと、俺もイリュレイオスの努力と耐え忍んでくれた年月に感じ入ってしまう。
 
「ふふ……。俺としては、セレネへの心無い仕打ちをした人達への報復は必要だと思うんですけどね~。あぁ、セレネの腹に風穴を開けてくれた、どこぞの未熟な阿呆神にも」

「トワイ・リーフェル様……、それは、俺のこ」

「はいは~い!! 物騒な私怨は一旦お腹の中に収めとこうね~!! 今は大事な時で、エリュセードを守る為に皆頑張らなきゃいけないんだし!! ねっ!!」

 真向いの席から、眼鏡越しに不気味な笑いと殺意を向けてくるトワイ・リーフェル様から俺を守るように、レヴェリィ様が身振り手振りをしながら声を上げ、恐ろしい気配を強制的に断ち切って下さった。セレネ……、セレネフィオーラ。ユキの、もうひとつの名前。
 はじまりの世界において、巨大な紅の石から生まれた女神。
 地上に生じた災厄の種に寄生され、母胎となった者。
 それがユキだと聞かされ、彼女が背負っているものの大きさに、その重みに、悔しさを抱いた。
 ファンドレアーラ様の件もだが、何故こうもユキの肩には背負いきれない荷物ばかりがのしかかる? 彼女はただ、家族と平穏に過ごしたかった。誰かを不幸にしたいなんて、考えた事もない、心の温かな娘なのに……。
 トワイ・リーフェル様がユキと、いや、セレネフィオーラと、どんな関係を築いていたのかは不明だが、その怒りを俺に向けるのは当然だ。俺も、ユキが不幸になるきっかけを作った一人なのだから……。
 だが、彼(か)の神と話をしようにも、今度はソル様が話の主導権を握ってしまい、俺は口を開けずにいる。

「大神殿の災厄は、全て十二神が責任を持って、時が来るまで管理しておく。そして、エリュセードを守る為の策は後で話すが、その前に、アヴェルオード」

「はい」

「ディオノアードの鏡を解き放ったのはレイシュの眷属だが、その責をユキが負うと誓った事は、ちゃんと胸にとめているな?」

「……はい」

「無事に事が終わった後、天上には多くの神々が集まる事になるだろう。その時、お前は御柱として、ユキを裁く立場にある」

 騒動の元凶となった、レイシュ・ルーフェの眷属。元世話係の、シルフィール。
 天上の神々を憎み、愛する者達が笑顔で生きられる世界を用意する為に、罪に手を染めた者。
 だが、その罪はユキが背負うと誓いを交わしてしまった。
 神器を破壊されても、魂を砕かれても、永久に、孤独の牢獄に繋がれる事になっても、迷いはないと言い切った少女。
 俺は御柱として……、フェルシアナ、イリュレイオスと共に、彼女に罰を与えなければならない。
 俺が、この手で……、彼女を。
 ソル様達の厳しい視線に晒され、俺は全身を微かに震わせながら俯いてしまった。

「エリュセードの神々は、ユキの神器と地上の器を破壊し、神花を捕らえ、永久に封じてしまえと、そう言う者が多いだろうな」

「災厄に対して物凄くびびってる子が多いもんねぇ~……。天上を焼き尽くされてる経験もあるし、全部の責任を取るってユキが自分を差し出しちゃったら、八つ当たり全開でやらかすと思うよ~、君達のとこの眷属ちゃん達」

「ははっ、もし、ウチの可愛いセレネをそんな目に遭わせたりなんてしたら……。とりあえず、俺がそいつら全員八つ裂きにしますけど、いいですよね? 俺も喜んで八つ当たりします。――全力でね」

「フェル……。本気で実行する気満々の脅しをかけるな。あくまで、今俺が聞きたいのは、アヴェルオードが御柱として、ユキを裁く覚悟があるのかという、その真意だけだ」

 御柱としてであれば、罪神(つみびと)には罰を。
 神々へのけじめとして、私情を優先するわけにはいかない……。
 だが、……出来るわけがない。俺に、ユキを裁き、その身を引き裂き、魂を閉じ込める事などっ。
 そう叫びたかった。俺には無理だと、彼女を傷付けるくらいなら、自分自身を八つ裂きにした方がマシだと……!!
 不快な息苦しさを感じながら、俺はどうにか口を開こうと……。

「無理だよ」

「イリュ、レイオス……?」

「アヴェル兄さんには無理。っていうか、エリュセードの記憶を読んだのなら、知っているはずですよね? そこの愚兄、姫の事が好きすぎて、御柱の身代わりを創っちゃったんですから……。もう、とっくの昔に、御柱の立場なんか捨ててるんですよ。なのに、何だい、何だい? 思ってる事を正直に言わないなんて、男らしくないよっ。ボクの大好きな兄上殿は、いつだって……、姫命じゃないかっ」

「……俺は」

「エリュセード神族は、姫達家族に心無い事をし続けた。その結果、大きなツケを払う事になった。なら、ボク達だってその責任を取るべきなんだっ。誰が文句を言ったって、御柱失格だとか石を投げてきたって、そんなもの屁でもないよ……っ。フェル姉さんも、ボクだって図太さには定評があるんだ。いざとなったら力押しでも何でもいい。姫を守る為に出来る事があるなら、無茶無謀万歳で貫けばいいよっ。……そうしたいんだろう? ボクの愚兄殿は」

 その通りだ。俺は、ユキを守りたい。
 だが……、解き放たれた災厄が引き起こした悲劇は、天上だけでなく、地上にも及んでいた。
 旅立つ事を余儀なくされた、数多の魂。眠りに就いた神々……。
 俺は御柱として、死を司る者として……、情を捨てなければならない。
 個人的な感情でユキを守れば、……彼女自身をも、苦しませてしまう事になる。
 俺はイリュレイオスの怒っている顔を見つめ、十秒ほど経ってから心を決めた。


「御柱としての俺の答えは、罪神(つみびと)を裁き、然るべき罰を与える道です」

「アヴェル兄さん!?」

「ユキを引き裂く覚悟がある、という事だな?」

「いいえ。ありません」

「……続けろ」

 御柱としての責務は果たす。だが、ユキの身を引き裂き、孤独の中に追いやる事はしない。
 たとえ、天上の神々に罵られようと、俺は、『正しい裁き』を下す。
 犯した罪を償わせる為の、恨みに塗れたそれではなく、冷静な心と判断力でその罰を決める。
 
「天上の神々……、ユキ達家族に対する敵意を抱いていた者達の目で見た罪ではなく、あるがままの真実を元に、俺はフェルシアナ神、そして、イリュレイオス神と共に裁きます。それが、俺の覚悟です」

「…………」

「いいんじゃないかな~? 僕は合格点あげてもいいと思うよ~。どう? ソル兄様」

「…………」

 この答えでは、やはり逃げだと思われるだろうか……。
 俺としては、冷静に考えても、眷属の罪を被って彼女が重罪に処される義務はないと思った。
 あくまで、罪を犯したのはシルフィールだ。ユシィールも計画段階では加担しており、改心したとは言っても、洗脳を受けて罪を犯している。
 それを知ってしまったからこそ、俺はユキに全ての責任を負わせる事は意味がないと思った。
 何故なら、それで満足するのは、――ユキだけだからだ。
 彼女は家族を守りたい一心だけだとわかっている。だが、他の事が見えていない。
 裁く側にいる、俺達御柱の気持ちも、ソル様達の事も……。
 自己満足だけで罰を受けて貰っては、こちらに悔いが残るだけだ。
 だから、俺はきちんとした形で罰を与えたい。その者が背負うべき、適した重みのある罰を。
 ソル様が瞼を閉じ、何も答えず黙っている時間が辛い……。
 何の答えにもなっていないと、お叱りを受けるのだろうか。

「……お前の理想論で結果を出すとするならば、シルフィールの拘束が必要不可欠となってくる」

「……はい」

「だが、ユキはあれを生き延びさせる為に、覚悟を決めた。その辺りはどうする気だ?」

「……ユキが悲しむとしても、俺は、シルフィールを拘束します」

 今は優先しなければならない事が多い為、シルフィールだけを追いかける、という事は無理だが……。俺には、確証があった。

「シルフィールは、ユキを捨てて生き恥を晒すような眷属ではありません。俺が拘束に動かなくても、ユキが裁かれようとしているならば、必ず、出てきます」

 眷属としても、家族としても縁を切られて生きるくらいなら……。
 あの男は、愛する者の幸せを願いながら罰を受ける道を選ぶ。そう信じる事が出来る。
 
「だろうな……。だが、ユキの心には深い傷が刻まれる事だろう。恨まれる覚悟はあるか?」

「どんな感情であろうと、俺は彼女の心を受け止めます」

「ほぉ~……、言いますねぇ。セレネに嫌われたら生きていけない系、メンタル激弱のわんこちゃん? その場凌ぎの強がりで、いざという時乗り越えられるんでしょうかねぇ」

「うわぁ~……、フェル兄様、最悪の小姑オーラ発揮中だね!! えげつなっ!!」

「はぁ……、姫には過保護で手強い保護者が多いっていうのに、トワイ・リーフェル様に疎まれるなんて……、あぁっ、愚兄の事よりも、エリュセードに被害が出ないか心配になっちゃうよっ、うぅっ。八つ裂きにするなら、アヴェル兄さんだけでお願いしますっ」

 俺は真面目な話を本気でしているんだが……。
 ソル様以外は茶化す様子で俺の事を好き放題に言ってくれている。
 ユキに嫌われるのは辛いが、それでも、シルフィールの件を見逃して、彼女だけを裁く事はしたくない。外野の声から逃れ、俺はソル様だけに意識を集中させる。
 
「御柱としての答え、受け取らせて貰った」

「ソル様……」

「まぁ、ユキを連れてエリュセードの外に駆け落ちしてやる! という回答でも、俺は良かったんだがな? だが、決めたのならいい。ユキが裁かれる時は、俺も父親として共に裁かれよう」

「「え?」」

 ニッコリと頼り甲斐のある笑みで言ったソル様に、俺と弟神の声が重なる。
 はじまりの世界、全ての神々にとって、原初の父たるソル様を……。

「一の神兄殿、俺よりも意地悪じゃないんですかねぇ? 十二神を裁いたりなんかしたら」

「きゃははっ! 全世界の神々から大ブーイングだろうね~!! エリュセード、余裕ではぶられちゃうよ~」

「「…………」」

 当たり前だ……。ソル様をどうこうしようなど、俺達如きレベルの神に出来る事じゃない。
 だが、ソル様は頬杖を着いてニヤリと笑っている。
 ――やれるものならやってみろ。後の責任は取らんがな?
 冷ややかな気配と共に伝わってくる恐ろしい圧迫感。
 あぁ、俺に覚悟を問いておいて、この神(ひと)は……!!
 もしかしたら、大切な者を守る為に手段を選ばない最強の猛者は……。

「ん? どうした? アヴェルオード。その時が来たら、遠慮せずに俺も裁くといい。あぁ、だが、そうだな……。その際はついでに……、なぁ? アヴェルオード」

「…………」

 十二神の長兄、原初の父……、ソリュ・フェイト神。
 その笑みと言葉が意味するところを正確に受け止めた俺は、青ざめた顔で弟神の寝台に逃げ込んで行った。レヴェリィ様とトワイ・リーフェル様の楽し気な笑い声を耳にしながら。
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