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~ルイヴェル・フェリデロード編~

【恋人関係】花酔いの媚薬◆ ~ルイヴェル×幸希~

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 ――Side 幸希


「る、ルイヴェルさん……、『この中』に、何か……、けほっ」

 地面に転がった紙コップを視界の端に映しながら、私は喉を押さえて咳き込んだ。
 口内には瑞々しい果実から作られたジュースの味が残っている……。
 煌めく夜空の下、喉と身体の内部に生じた強い熱の気配に耐え切れず倒れ込んだ私は、薄らと開けた視界の先に、薄桃色の……、桜とはまた違った綺麗な花の大樹の織り成す、幻想的な世界を捉えた。
 ルイヴェルさんが出張の帰り道に見つけたという、春の時期、それも、夜にだけ咲く美しい花……。
 それを二人で一緒に見ようと誘われて、……疑いもせずついて来た結果が『これ』だ。
 ルイヴェルさんから手渡されたジュースを少し飲んだだけだというのに、何故こんな目に。
 大樹の幹に背中を預け、一人悠々と寛いでいる鬼……、もとい、私の恋人であるその人は、愉しげに私の姿を見下ろしながらコップの中身を口に含んだ。

「ルイ……ヴェル、さ、ん」

「安心しろ。命に害がある物じゃない」

 紙コップを横に置き、ルイヴェルさんが倒れ込んでいる私を抱えて自分の立てた片膝の上に誘った。
 私の背を宥めるように大きな手のひらで撫でおろし、空いている右手で私の頬を包み込む。

「以前手に入れた薬の存在を思い出してな。そのまま捨てるのも金が勿体ないだろう?」

「ま、まさか……、それを、……はぁ、私に、つか、んぁ、使った、ん、ですか」

「『素直になれる薬』だそうだ。普段恋人である俺に甘える事を遠慮しているお前にはぴったりだろう?」

「な、何、言って……っ」

 深緑の双眸に揺らめく熱情に見つめられているだけでも辛いというのに、ルイヴェルさんは喉の奥で笑いながら私の耳にキスを落とす。
『素直になれる薬』って……、一体何なのっ。
 私の身体を蝕む熱から逃れたいのに、徐々に思考は正常なそれから蕩けるように……。

「一応、誰もいない所で素直になれるように配慮してやったつもりなんだがな? ……ユキ、俺の事をどう想っているか、言葉に出来るか?」

「ん……、る、ルイヴェル、さん……の、こ、と」

「いつもは俺ばかりがお前に求愛しているようなものだからな。たまには不憫な男に褒美をくれてもいいだろう?」

 どこが不憫なのか、本当にいい加減自分というものを自覚して貰いたい。
 けれど、身体に力が入らず、甘やかな疼きに支配されてしまった私は、その胸にしがみついた。

「だ……」

「だ?」

「大……魔王」

 直後、ルイヴェルさんの気配が一瞬にして凍り付いた。
 多分、望んでいた答えが出なかった事に対する不満の意思表示なのだろう。
 だけど、ルイヴェルさんは自分の事をどう思うか? と聞いただけなので、この答えが出てくるのは仕方がない。
 幼い頃にお世話になっていた大好きなお兄さんは、同時に面倒な存在でもあったのだから……。
 私の事を自分の手のひらの上で転がせる玩具のように弄んだり、意地悪なからかいをしたり、ルイヴェルさんの気に入った対象に対する愛情の表し方は昔から屈折している。

「もう一度聞くぞ……。俺の事をどう想っている?」

「うぅ……、意地、……悪、です。私の事を……、からかって、ばっかり……で」

「ユキ……、お前、いい度胸をしているな」

 どんどん不機嫌になっていくルイヴェルさんの胸に頬を擦り付けながら、私は本音を紡ぎ続ける。
 意地悪でどうしようもなく屈折した愛情表現ばかりの人だけど……、最後に残るこの想いは。

「すごく……、困る、けど……、――大好きな人、です」

 ルイヴェルさんにとっては不本意な言葉の数々をぶつけた後、最後に残った本音は、自分を心から大切に愛してくれる男性への愛の言葉ばかりだった。
 好き、好き……、昔から……、この世界で一番大好きな……。

「愛してます……、今も……、これからも、……ずっと」

 昔、この人の事をそう呼んでいたように、顔を上げ「ルイおにいちゃん……」と熱に震える声で呼びかけると、最後の音を紡ぎ終わるその前に、ルイヴェルさんの吐息が私の想いを呑み込んだ。

「んっ……、ふぁ、ルイ、……ンンっ」

「お前の本音を手に入れるのは、……いつも手間がかかるな」

「ルイヴェル、さ、……ンゥッ、……はぁ、す、き」

「素直になったお前は、……昔以上に俺を困らせるわけか」

「ふぁっ、……だ、だって、ルイヴェルさんが、あんな、物、飲ませる、か、らっ」

 深く口付けられ、ルイヴェルさんの濡れた熱い舌の感触に翻弄されていく。
 私が酸欠にならないように、時折唇が離れては、また柔らかな唇の表面を舌先でなぞられて温もりが重なってくる。膝の上から逃れようと身を捩ってみるけれど、それを阻むように力強い腕の感触が私の背中を押さえ付けて……。

「お前が……、もう少し……、俺の事を思い遣ってくれれば……、はぁ、ユキ」

「ンゥッ……、だ、だって、は、恥ずかしい……、か、らっ。なかなか、言えない……だけ、で」

「本当は、俺にもっと好きだと言いたいという事か?」

「んっ……、そ、そう、です……っ。ルイヴェル……さん、に、もっと、いっぱい、好き、って」

 やめてぇえええええええええええええええ!!
 本当の事ではあるけれど、今の私は薬のせいで普段と全然違いすぎる醜態を晒してしまっている。
 ルイヴェルさんのキスに自分からも応えるように舌を絡ませ、一人の男性として求めてしまう。
 まさか……、素直になるのは言葉だけじゃなくて……。

「好き……、好きなんです、ルイヴェルさん……っ。離れたくないっ」

「良い子だな、ユキ……。欲しがるのは、俺の愛だけでいいのか? ん?」

「んっ……、いっぱい……、愛して……ほしい、です。キスだけじゃ……、いや、もっと、触って……くだ、さい」

 徐々に自分の意識が『本音』で埋め尽くされていくのがわかる。
 私の心も身体も、ルイヴェルさんを求める愛情で満ち溢れ、深い繋がりを欲してしまう。

「薬に『改良』を加えておいて正解だったな……。素直になったお前は、この世界で一番……」

「ルイ……、んぁっ」

「愛らしく……、俺の欲を煽る極上の蜜になる」

「あっ……、ルイヴェ……、んっ」

 改良って……!! やっぱり、薬の効果以上の何かが起こるように仕掛けておいたんですね!?
 抜かりがないというか何というか、私がこの世界で一番愛する男性であり、また、悪魔のようなこの人は、フリルレースのあしらわれてある、ふんわりロングのスカートの中へと魔の手を伸ばし始めた。
 その手は真っ直ぐに私の秘められた密蕾へと辿り着き、すでに蜜を零し始めていた柔らかで熱い中心へと……、くちゅりと指先を触れ合わせてくる。

「んぁ……、はぁ、ん、指が……、あっ、ルイヴェル、さんっ」

「指では掬いきれない程の洪水だな……。奥に……『欲しい』か?」

「ほ、しい……、あぁっ、……ルイヴェルさんの、……ンンッ、……で、愛して……くだ、さ、いっ」
 
 薬の効果に支配され、正常な判断能力を失ってしまった私は、淫核と蜜口を交互に弄られながら、普段では絶対に言わないようなお願いを口にしてしまう。
 愉しげに上げられた口端、もっと本音を口にしてみろと誘ってくる意地悪な深緑……。
 自分がどれだけ危険な男性の愛に囚われてしまったのか、今更ながらに思い知らされる。
 乱れる私を満足げに見つめると、ルイヴェルさんは下肢を寛げて自身を取り出した。

「ユキ……、良い子のお前なら言えるだろう?」

「あ……」

 私の左手を掴み、硬くそそり立った逞しい熱を包み込ませたルイヴェルさんが、さらなる『本音』を求めて、甘く……、低く、心臓に悪い囁きを耳元に注ぎ込む。

「どちらがいい? このまま下から愛されるか、それとも」

「あぁっ、……ルイヴェ、ル、さんっ」

「押し倒されて愛されるのがいいか……、好きなほうを選ばせてやる」

 どちらにしろ、私は意地悪な王宮医師様に最後まで食べられてしまうようだ。
 改良された薬で快楽に敏感な反応を示し、焦らすような熱に翻弄されている私の身体と心は、目の前にいる最愛の男性から深く愛される事を望んでいる。
 溢れ出る蜜を掬って淫核に塗り付けている硬い指先が、円を描くようにそれを弄りながら要求してくる。

「はぁ……、ぁっ、い、いつもの、ように……して、くださ、い」

「押し倒せという事でいいのか?」

「んぁっ……、は、はい」

「そうか……。――却下だ」

「え……、んぁああっ!!」

 ルイヴェルさんに抱き締められて愛される事を好む私の本音を、昂ぶった熱杭が容赦なく下から蜜口へと入り込み、退けた。蜜で蕩けた内部を……、大きすぎる太さと硬さを宿したそれが肉を押し広げるように奥へと突き進んでくる。

「んぁ……あぁ、ひど、いっ」

「人の事を『大魔王』などと評した罰だ……。意地悪な男には相応しい行動だろう?」

「あぁっ……、ぁんっ、ルイヴェ、ル、さんっ、こわ、いっ、下から、はっ」

「安心しろ。お前の中にいるのは『俺』だからな。傷つけたりはしない……」

「んぅっ……、あぁ、……あっ、はぁ……あぁああっ」

 私の中を埋め尽くした熱杭が、徐々に堪え切れなくなったように動き始める。
 ルイヴェルさんにお尻と背中をしっかりと支えられ、密着した下肢が淫らな蜜音を奏でながらぶつかりあう。
 何度受け入れても、この人の中に秘められた激情と愛の深さには、慣れる事も出来ずに、いつも翻弄されてしまう。私をどこにも行かせないように、誰の手にも触れさせないようにと、そんな強い想いが込められた愛戯の荒々しさ。ルイヴェルさんの視線に晒されながら、何度も奥まで突き上げられて甘い音が零れ落ちていく。
 舞い散る薄桃色の花びらが、二人の姿を淡く照らし出す星々の輝きが……、私達の愛が交わる様を見ている。

「あぁっ……、ルイヴェル、さんっ、ん、んっ……駄目っ」

「誰も見ていない。お前の素直な心を……、俺だけが、感じている」

「やぁあっ、……ンゥッ、……はぁ、意地悪っ……、だけど、ふぁっ……、好きっ」

「ンッ……、ユキ、意地悪だと批難するくせに、好き、なのか?」

「んぁあっ、……駄目っ、そんなに、揺さぶったら……っ、あぁあっ」

「先に果てるには、まだ早いだろう?」

 堪えきれず果てそうになっていると、ルイヴェルさんが一旦腰の動きをぴたりと止めた。
 残ったのは蜜口と内部を圧迫する昂ぶりの感触と、焦らされ始め疼く身体の熱だけ……。

「どう……し、て」

「いつも言っているだろう? 俺と繋がっている時に……」

「んぁっ、……ぁあ」

「俺の許しなく、勝手に果てる事は許さない……と」

 決して私の望む感触を与えようとはしないルイヴェルさんが、嗜虐的な気配をその深緑に揺らめかすと、無防備に晒されている私の首筋に歯を立てた。

「あぁっ……、痛っ」

 狼王族の人の歯には、一部だけ僅かに尖った犬歯のような部分がある。
 それが首筋の皮膚をゆっくりと浸食し、滲み出した紅の温もりをその濡れた舌腹で舐め上げていく。

「ぁ……、はぁ、ルイヴェ……、おね、が」

「どうした?」

「ふぅっ……、んんっ、もう、……焦らさない、で、くだ、さい」

「何をだ……?」

 わかっているくせに、ルイヴェルさんは私の肌に唇を這わせながら下肢の動きを止めたまま……。
 普段であれば、恥ずかしくて言えるわけもない『願い』を口にしながら、私は自分から腰を動かした。

「ルイヴェルさんが……、欲しい、ん、です。お願い……、だから、私の中に……ある、物で、……突い、て……くだ、さい」

「もうひと押し……、素直になってほしいところだがな?」

「意地……、悪っ。……だけど、……はぁ、好き、です。だから……、――ルイお兄ちゃんの、好きに、して、……いい、から、くだ、さいっ」

「――っ、凶悪なまでの色香だな、……ユキっ」

「ぁあああっ、ルイっ、やぁああっ、急に、ぁあっ」

「欲しがったのは、お前、だ……っ、当然、くっ……、覚悟は、ある、んだろう?」

 再び始まった激しい突き上げと揺さぶりの後、私はルイヴェルさんに強く掻き抱かれて高みへと登り詰めた。
 熱く蕩けた中で、ルイヴェルさんが下肢を震わせながら抑え込んでいた熱情を注ぎ込むその様を見つめながら、私はその肌蹴たシャツの胸元に、くたりと力を失って倒れこんだ。

「外でするなんて……、はぁ、酷い、ですよ」

「たまにはいいだろう? ……普段よりも俺を求めて締めつけていたしな?」

「そ、それは、薬の……せい、で」

「ふっ……、薬の効果は一時的なものだ。途中からは……、そうだな、挿れる前辺りにはもう効果は解けていたはずだぞ?」

「え……」

「お前の中に入っているこれを欲しがったのは……、薬の影響ではないという話だ」

 な、なななななな、何という羞恥なネタばらし!!
 呆けている私の唇に軽くキスをお見舞いしたルイヴェルさんが、大魔王に相応しい笑みでその眼鏡を外していく。
 中に埋まっている、果てたはずのそれが……、恐ろしい回復力でまたっ。

「ちょっ、ルイヴェルさんっ、や、やめましょうっ!! きゃああ」

 早技すぎる!! と抗議する間もなく、纏っていた自分の白衣を地面に敷いたルイヴェルさんが、そこに私の身体を押し倒し、ぐっと埋まっている熱杭を奥へと突き進めた。
 三つの月と、美しい花の大樹から私を隠すように覆い被さっているルイヴェルさんの深緑に、それを阻むレンズの存在はない。隠されていた本質が表に出て来たかのように、愛する人の双眸に浮かぶのは、さらなる捕食の気配……。

「ルイヴェルさん……、も、もう、無理」

「俺をこんな状態にしたのは他でもないお前だろう? ……責任は、最後まで、な?」

「ぁっ、……あぁ、ンンッ、やぁ、だ、駄目って、言ってるのに……、ぁんっ」

「お前の素直な本音は、……俺の欲を掻き立てる。ユキ……、逃げられると思うなよ? 俺は、こう見えて執念深いから、なっ」

「んぁあっ」

 こう見えてどころか、最初から執念深そうに見えましたけども!!
 気に入った存在にはとことん執着する気質は、私だけでなく、ルイヴェルさんのお姉さんも知っている事実だ。
 ただ気に入られているだけならまだ良かったかもしれない……。
 だけど、ルイヴェルさんにとって、この世界で唯一人の相手として選ばれてしまった私は、恐ろしい猛攻の数々を受け、捕獲されて知った……。

「俺の性格は知っているだろう? お前のせいで知ってしまった恋情と執着だ……。一度で済むなどという浅慮は、やめておくんだな」

「ルイヴェ、んんぅっ……、ふぁ、もう、本当に……、許し、てっ」

 もしかしたら、私はこの世界で一番危険極まりない人に愛されてしまったのではないか、と。
 私の服を器用な手つきで脱がせ抵抗を封じながら肌に所有の印を刻み付けていくルイヴェルさんに、涙目になって行為の中断を懇願したけれど、……答えは勿論。

「――却下だ」

 自分にとって唯一人の相手を得た深緑の王宮医師様は、決して愛する事に手加減を加えたりはしない。
 どれほどの愛をその心の内に秘めているのか、全身全霊を以て伝えなくてはいられない人……。
 汗で濡れた肌と温もりが交じり合い、塞がれた吐息越しに注ぎ込まれるのは、永遠に逃れる事の叶わない檻の情欲と、魂の底まで抱き締めてくるかのような、狂気にも似た、深愛。
 一度受け入れた以上、もう私には別の誰かを選ぶ事は出来ない……。
 この世で唯一人、心から愛してしまったこの人の愛に、応え続けていく事だけ……。
 途方もない苦労を背負ったなぁ……と、思わないでもないけれど、それでも……。

 ――好き……だから、最後には嬉しいと感じてしまう私も、ルイヴェルさんにしっかりと毒されてしまっているのかもしれない。
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