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~ルイヴェル・フェリデロード編~

【結婚後】誤算~ルイヴェル×幸希~

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「――良いか? 愛する者を伴侶とする事が出来たとしても、そこで終わりではない」

「はぁ……」

「如何に己の生涯を懸け、男としての役目を全うするか……、それは、死ぬ間際まで続く」

 重々しい口調で自分に向けられている有難いご高説とやらを仕方なく聞きながら、ルイヴェルは冷めているティーカップの中身に口をつける。
 各国の魔術師団長が集まっているこの『エリュセード王族大会議場』。
 その建築物の中にある、『魔術師団長職専用会議室』で行われる会合に参加し、ようやく朝の部を終えたばかりだというのい、何故自分は昼食にも行けず、他国の魔術師団長の説教を聞かねばならないのだろうか。
 ルイヴェルに説教をしているのは、いずれも妻子持ちの年上団長ばかり……。
 若輩者のルイヴェルが素直に「昼食に行きたいです」などとは、到底言える立場にはない。
『伴侶を幸せにする秘訣』とやらを延々と説かれ、居眠りさえ許されない苦行の場と化している。

(そろそろ飽きてきたな……。自分達も腹が減っているだろうに)

 しかも、本来は二十代半ばの姿こそが彼らの真実の姿であるはずなのに、妻子持ち団長の何人かは、渋さを求めた結果か、その容姿を四十代ほどにまで引き上げている者の姿もある。
 そのせいか、やけに重厚感が漂うというか、室内がおっさんパラダイスと化しているような気がするのは、多分自分だけではない。

「――で、あるからして、特に気を付けねばならぬのは、妻や子供との記念日やイベント日だ!! それをすっぽかすような事があれば、我らの身は破滅する」

「はぁ……」

「他にも!! 伴侶への感謝の気持ちを伝える事はマメにやっておくべきだ!! でなければ、気付いた時には妻の愛情が冷めており、……り、離婚届けをテーブルに置かれて冷や飯を食う羽目になるっ」

 と、口々に結婚生活における注意点を語っている団長達だが、やはり無意味に重々しい。
 そんな事は言われずとも全てわかっている。だから、早く昼食に行かせてくれ。
 そう内心で文句を言いながらも、やっぱり何も言えないルイヴェルだ。
 普段の彼ならば平然とバッサリ空気を断ち切るような事もやってのけるというのに、変なところで年功序列を守る節がある。
 そして、彼らが最後に口を揃えて言った最重要注意点が、

「「「「とりあえず、妻の尻に敷かれておけば、大抵の事はどうにかなる」」」」

 ずしりと、室内に得も言われぬ重圧感を落とした。
 ルイヴェルとしては、妻の犬になどなる気はない。相手に媚びへつらう事など愚の骨頂だ。
 と、受け入れたくない部分は綺麗に流し、彼はようやく解放された。――しかし。

「ルイヴェル団長~、た、大変です……っ」

「どうした?」

 許可の声を貰い一室へと入って来たのは、ルイヴェルが伴に着けて来たウォルヴァンシア魔術師団の団員達だ。顔が赤くなったり青くなったりしているが、一体どうした?
 扉に近付きルイヴェルが問うと、腕を掴まれて数人がかりでどこかへと連れ出されてしまう。

「早く、早く……っ、早く行かないと手遅れになりますっ」

「だから、何があったかを報告したらどうなんだ?」

「現場に行くのが先です!! 早くしないと、ユキ姫様が、ユキ姫様がっ!!」

「ユキ? どういう事だ……、今日の会議にあれは連れて来ていないはずだぞ」

 最愛の伴侶の名を出され、流石にルイヴェルの表情に変化が起きた。
 ウォルヴァンシア王国から、このエリュセードの中心にある会議場はとても遠い。
 だが、転移の術を使えばすんなりと来れる場所だ。そして、ルイヴェルの妻である、ウォルヴァンシアの王兄姫殿下こと、ユキ・ウォルヴァンシアにも可能な事。
 いや、今は、ユキ・フェリデロードという言うべきか。
 成熟期を迎え、王からの許可を得て娶った幸希は、ルイヴェルがこの世界で最も大事にしている、大切な大切な宝物だ。
 ……しかし、来るとは一言も聞いていない。
 ルイヴェルは眉根を寄せ、団員達が伝えたい事をようやく把握し始めた。
 少女期を終え、成熟期と呼ばれる大人の姿になった幸希。
 愛らしさの目立つ少女だったが、今では出るとこも出ており、少女期とは比べ物にならない美姫へと花開いた。つまり……、害獣を寄せ付ける確率が何百倍にも跳ね上がったという事だ。
 内心で少々焦りの情を覚えたルイヴェルは速度を上げ、そして……。

「団長ぉおおおおっ!! 速っ!! 速すぎてもう見えない!! ちょっと待ってくださいよぉおおおおおおっ!!」

「凄いですね……、たとえ焦っていても、あくまで高速歩きの体(てい)で行ってしまうなんて……。しかも、かなりお怒りのご様子でしたね、あれは」

「ど、どうしようか……。俺達、言わない方が良かったんじゃ……」

「ユキ姫様、逃げてくださいぃいいいいいいいっ!! 魔王が、大魔王が向かってますぅううううっ!!」

 光の速さで廊下の向こうに消えて行った自分達の団長を追いかけながら、彼らもまた、焦っていた。幸希が来ている事を言わなければ、何故報告しなかった? と、胸倉を掴み上げられる事は確実。かといって、今回のように報告をしても、結局、こうなってしまう……。
 まぁ、後者の場合……、その被害を受けるのは王兄姫殿下と、彼女に手を出した者達だけになるのだが。

「ごめんなさい、ユキ姫様……!! 俺達、自分の身が可愛いんですっ」

「どっちかを選べたら、酷い事をされないだろうユキ姫様を犠牲にするルートを選びますよねぇ……」

「だよな……。とりあえず、今度お詫びのお菓子でも買って謝りに行くか」

「「賛成~」」

 どうにか回避出来た自分達の身に起こるかもしれなかった危険。
 しかし、安心するのはまだ早い。これから彼らには、過保護で溺愛気質な魔術師団長を全力で止めるという大仕事が待っているのだから……。
 あぁ、どちらにしても苦労するんじゃないか。数人の魔術師団員達の残念な溜息が駆け去った後の空間にぽとりと落ちて忘れ去られてゆくのであった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「やはり、こうなっていたか……」

 昼食時間になった事もあり、今日会議室を使っている魔術師団長や団員達だけでなく、他にも、各国の騎士団達の集まりもあったせいか、わんさかと男達が溢れ返ってしまっている。
 一応、女子の類もいるのだが……、圧倒的に男の数が多い。
 ルイヴェルは大会議場の一階にある庭に辿り着くと、そこに群れを成している集団を発見し、その向こうに愛する妻の存在をしっかりと感じ取った。
 恐らくは、自分の許に来る最中に囲まれてしまい、断り切れずに庭へと連れ出されてしまった、そんなところか……。
 基本的に、伴侶がいる者に手を出すのはルール違反なのだが、時に人妻キラーと呼ばれる猛者がいるのも事実。幸希(ユキ)がその被害に遭わないようにと足を急がせたルイヴェルが、面倒な群れを押しのけて前へと進んでゆく。
 ――そして、案の定、面倒な事態が目の前に広がった。

「おぉっ、麗しの王兄姫殿下。結婚式の時にそのお姿を拝謁した時よりも、またさらにお美しさが増したご様子。今日のこの場で出会えた事を、私はエリュセードの神々に感謝を」

「少女期の時にもお目にかかりましたが、いやはや、女性が花開くのは早いものですね。こんなにもお美しく、且つ、愛らしさを増されて……、お幸せなようで何よりです」

 何百歳も年下の娘相手に、お前らは何をほざいているんだ?
 自分よりも早く幸希の許に先回りしたらしき、某説教軍団の姿を彼女の傍に見たルイヴェルは、思わずその場で意識を飛ばしかけた。

「「「「神々の導きに感謝すると共に、是非我らとお茶でも」」」」

 妻子持ちのくせに、若い娘相手に尻尾を振るような真似をするんじゃない。
 まぁ、娘か孫を相手にするような気持ちで接しているのだろうが、ルイヴェルとしては許すまじ光景であった。
 しかも、今日の幸希が纏っている服装が、また最悪としか言い様がない。
 白いレース付きのボレロの下に広がる、彼女の蒼い髪よりも少し明るい青のロングスリットドレス。魅惑的な身体の線がしっかりとなぞられており、スリットから覗いている白いその足に、熱い視線が注がれている。……成長し過ぎた胸元にも、だ。
 迂闊にもほどがあるだろう……。ルイヴェルは周囲の者達を眺めまわすその際に威嚇を籠めた睨みを利かせ、まずは第一の軍勢を後ろに下がらせた。
 
「ユキ」

「あ、ルイヴェルさんっ」

 勇気ある猛者、もとい、魔術師団長や騎士団長達に囲まれていた妻が、自分へと振り向いた瞬間に、凄まじく愛らしい笑みを浮かべた。
 男の心を鷲掴む最強最悪の破壊力に、背後からハートをドスドスと射貫かれる腹立たしい声が聞こえてくる。この無自覚天然王兄姫め……。
 心の中で舌打ちをしたルイヴェルだったが、あくまで冷静に、自分は何も動じてはいない、そう繕いながら妻の許へと歩み寄って行く。

「何か用事でもあったのか?」

「はいっ。夕方まで会議が続くと言っていたので、差し入れを、と思って」

「そうか。お前の心遣いには頭が下がるな。礼を言おう」

 白い柱が円形に沿って立ち並ぶ東屋の中、両手の間に蓋付きのバスケットを置いて座っていた幸希が、それをニッコリと抱え上げる。
 彼女の趣味は料理全般で、夫であるルイヴェルだけでなく、ウォルヴァンシア王宮に勤めている者達への差し入れもよく行っており、とても気配り上手だ。
 男の胃袋を掴む事こそ、良き妻への一歩。どこに出しても恥ずかしくない、ルイヴェルの最愛の人だ。しかし……、他国の者が大勢集まるこの場所に来るとは誤算だった。
 
「どうしたんですか? ルイヴェルさん……。もしかして、ご迷惑、でしたか?」

「いや、迷惑ではない……。だが、良くも、ない」

「え?」

「ふむふむ、その気持ちはよぉおおおおくわかるぞ!! ルイヴェル・フェリデロードよ!! 恋人時代や新婚の時には、最愛の伴侶を他の男の目に触れさせたくないというのが当然の思いだ!!」

 わかっているのなら、何故先回りをかました挙句に、人の妻の傍を陣取っているのか……。
 真っ赤になりながら戸惑っている幸希の周囲で、年上の団長達がニヤニヤとルイヴェルの内心を見抜いているのか、心から楽しんでいるのが丸わかりだ。
 だが、ここで馬鹿正直に余裕のない言動などをしてやる気もない。

「別に、そこまで俺は狭量ではありません。たとえ結婚しても、俺には俺の、妻には妻の自由というものがあります。他の男の目に触れたからといって、怒りはしませんよ」

「ほぉ~……、あくまで冷静を装うか。フェリデロード家の当主であり、前任の魔術師団長であった男の息子だけあって、やはり似ておるな。自分の本音を外に出す事を嫌うところが」

「父と似ている、とは、一度も思った事はありませんが」

「る、ルイヴェルさん……っ。でも、顔とか性格とか、全体的にそっくりですよね?」

「似てない」

 それを世間では、同族嫌悪という。
 まぁ、お互いを嫌い合っているわけではないが、ルイヴェルが自分の父親と顔を合わせた場合、高確率で舌戦が繰り広げられ、それがヒートアップすると、周囲の迷惑を考えない破壊活動へと発展してしまう。
 
「ならば……、我らとユキ姫殿が昼を一緒にしても、問題はないな?」

「生憎と、我が妻は昼食を届けに来てくれただけですので。すぐにウォルヴァンシアへ戻します」

「そ、そんなっ。ルイヴェルさんと一緒に昼食を、って思ったのに……」

「ふむふむ、ウォルヴァンシア魔術師団長殿は変な事を言いますね~。さっき……、お互いの自由を尊重しあっている、的な事を言ってましたよねぇ? ならば、我らが王兄姫殿下をお誘いしても問題はないはず」

 あくまで、ルイヴェルの情けない本音を引き摺り出したいらしい……。
 いや、若い娘と一緒にティータイムを過ごしたいというのも本音なのだろうが、いつも澄ました顔で会議に参加しているルイヴェルを慌てさせたくて仕方がないようだ。
 ルイヴェルは銀フレームの眼鏡の奥で静かに佇む深緑の双眸に冷ややかな気配を浮かべ、彼らの魔の手から最愛の妻を奪還しに、一歩前に出た。
 
「団長方の邪魔になってはいけませんので。ユキ、行くぞ」

「え、えっと、あの……、このままウォルヴァンシアに戻る事になるのなら、団長さん達と是非お話させて頂きたいな~と、そう思ってるんですけど……、駄目ですか?」

「……何を話す事がある?」

 自分を怖がっているわけではない。けれど、幸希の瞳には団長達に付いて行きたいという思いが強く表れており、その反応が……、夫であるルイヴェルの機嫌を、さらに損ねた。
 
「ふ、ふ、ふっ。ルイちゃんてばー、そんな怖い顔してると、大好きな奥さんに離婚届突きつけられちゃうよー? ほぉーら、ニッコリニッコリ」

 と、ルイヴェルが何か言う前に、その背後へと近付いて来たのは、青い髪とアイスブルーの瞳が印象的な、ガデルフォーン皇国の騎士団長、サージェスティンだ。
 事もあろうに、いや、命知らずにもほどがある……。
 ルイヴェルの頬の肉を両サイドから摘み、ぐい~ん、と……、やらかしてしまっている。

「ぷっ……」

 幸希が堪え切れずに噴いた。周囲の者達や団長達も、同じように……。
 サージェスティンの左手首を、ルイヴェルが表情を変えずに無言で鷲掴む。

「痛っ、痛たたたたたっ。ルイちゃーん、場を和ませようとしてる俺のお茶目なんだから、そんな、ちょっ、本気だね? 本気で怒ってるんだね!?」

「サージェス……、このまま折るぞ」

「いやいや、折られちゃうと回復に時間がかかるから結構面倒なんだよー。あぁっ、ユキちゃん助けてー」

「ふふ、駄目ですよ、ルイヴェルさん。お医者様が患者さんを作ってどうするんですか?」

「え? そっち? ツッコミどころ間違ってない? ユキちゃんっ」

 ただじゃれ合っていると誤解されているのか、ルイヴェルの言った事を冗談だと解釈した幸希が、クスクスと微笑ましそうに笑いながら腰を上げた。
 バスケットをルイヴェルの手に渡し、「じゃあ、行きましょうか」と、団長達に。

(許可した覚えはないんだがな……)

 本当に一緒にお昼を食べたい。そんな本音を言えないのは、下らないプライドの為か。
 サージェスティンを適当にあしらうと、ルイヴェルはとうとう我慢出来ずに行動に出た。

「お前が団長達に失礼がないようフォローするのも、夫としての俺の役目だ。同行しよう」

「え? いいんですか?」

「あぁ……。昼食のついでだ」

「ルイちゃん……、さりげなく頑張ってるつもりなんだろうけど、なんか物凄く必死感が見えるよ……、背中に」

「黙れ」

 別に、自分の妻が団長達の誰かに変な真似をされると、そう思ったわけではない。
 ただ……、自分だけ一人寂しく昼食を過ごす必要性を感じなかっただけだ。
 あきらかに、自分が言い出した選択肢の間違いを修正する為の心中だが、夫が一緒に来ると聞いた幸希が嬉しそうに笑みを深めたその顔が、ルイヴェル・ホイホイ度を上げている。
 恐らく、どこかに幸希を置いて罠を仕掛けたら、千パーセント、ルイヴェルを捕獲出来るだろう。
 ――まぁ、こんなわけで、ルイヴェルは少々不満の残る昼食時間を過ごす事になったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふあぁぁ……。ルイヴェルさん、まだ帰って来ない。飲みにでも誘われたのかな?」

 愛する夫の為に差し入れを持って遠方に向かったその日、楽しい時間を過ごす事が出来た幸希は、一足早くウォルヴァンシア王国へと戻っていた。
 午後の残った時間は、可愛いペット兼友人のファニルとルチルを相手に遊び、その後は夕食を終え、次はお風呂。そして、そろそろ寝る時間になってきたので、寝台の上にいる。
 部屋の明かりは消し、寝台側にある小さな明かりだけを点けて読書中だ。
 けれど、文字を追っていても、思い出すのは昼間の出来事ばかり。
 ルイヴェルよりもずっと年上の団長達と一緒に昼食の時間を過ごし、愛する夫の昔の事を聞かせて貰えたのは本当に嬉しかった。
 本人は聞かなくていいと少しだけ不満そうだったが、幸希にはとても大切な話ばかりで……。
 自分の知らない彼の思い出が、またひとつ、ふたつ、みっつ。

「ふふ、行って良かったな~。ルイヴェルさんに聞いてもあまり教えてくれないし、たまには良い、よね」

 寝台から少し離れた大き目のカゴの中では、薄桃色のもふもふ動物ことファニルが心地良さそうに眠っている。黒豹によく似たルチルも、今頃はフェリデロード家の屋敷でぐっすりと眠っている頃だろう。そろそろ日付も変わる。

「ふあぁぁ……、先に寝ようかな」

 と、幸希が欠伸を漏らしてから一時間後……。
 ぐっすりと夢の住人となった美しい新妻は、ギシリ……と、微かに寝台が軋む音を捉えた。
 その重みが誰のものなのか、目を開けなくてもわかる。
 自分の傍にゆっくりと身体を横たえたその人は、優しい手つきで幸希をその腕に抱く。

「ん……、ルイヴェル、さん。おかえりなしゃい……」

「起こしたか?」

「いえ……、すぅ……、あの、今日の事、なんですけど……」

 頭を撫でてくれたルイヴェルの胸に擦り寄ると、まだ夢現の気配が残っているものの、幸希は昼間の事を口にし始めた。
 本当は気付いていたのだ。ルイヴェルが、自分があの場に現れた事で、その機嫌を損ねていた事を。それでも我儘を言って、団長達との昼食に向かおうと思ったのは……、少しでも愛する人の事を知りたかったから。
 年上の団長達の前で、ルイヴェルがどんな顔をするのか。
 どんな風に振る舞い、団長達の中に、彼に関するどんな思い出があるのか。
 それを知りたくて……。

「私の、我儘……、だったんです、けど。結局……、私だけ満足……、して、しまって、ごめんな、さい」

「気にするな。たまには大所帯での昼食というのも面白いものだ」

 嘘ばっかり……。幸希にはわかっている。
 ルイヴェルが自分と二人で昼食時間を過ごしたがっていた事を。
 だから、幸希は謝る。その想いを裏切って、団長達との時間を過ごしてしまった事を。

「なんとなく、そんな事だろうと、途中から気付いていたからな。まったく……、いくら愛する女が相手といえど、男には知られたくない事もあるんだぞ?」

 情けない部分や弱みを見せたくない。
 それは、男性としてのプライド故なのだろう。
 もう不機嫌の気配はないようだが、幸希としては……、そういう部分も、知りたいと思っている。
 小学校に上がる、あの年……。幼き日に、ルイヴェルと離れ離れになってからの、長い月日。
 それから、自分が生まれる前……。
 
「だって……、ルイヴェルさんは、私よりも、……ずっと、年上、だから。私の知っている事なんて、……少なすぎ、て」

「だから、俺の昔を知りたい、という事か?」

「はい。んにゃ……、すぅ。ルイヴェル、さん……」

 くすりと、頭の上で微かに笑う気配が落ちた。
 ぎゅっと……、幸希を自分の腕の中で強く抱き締め、ルイヴェルは頭に頬擦りをしてくる。
 
「欲張りな奴だ……」

「んっ……、だ、って」

「欲張りだ。……お前は、俺のこれからを全部見る事が出来る立場にあるんだぞ? 二人で幸せを深めてゆく、最高の一生を、な」

 欲張りだと、そう咎めても、声音には微笑ましさしか滲んでいない。
 狼王族の寿命は、千年以上……。そして、幸希とルイヴェルは、まだ百歳にもなっていない。
 本当に、長い。さらに言えば、地球における一年は十二ヶ月だが、エリュセードにおける一年は、――二十四ヵ月。
 普通の千年の倍、……途方もなく、長い、一緒に歩んでゆく幸せの道。
 けれど、そう言い含めてくる夫を見上げ、眠そうなその瞳に我儘の気配を浮かべて幸希は駄々を捏ねる。もう少女期ではない。成熟期を経て、大人の女性となったのに……。

「じゃあ、ルイヴェルさんの子供時代の話が、聞きたいですっ」

「ふぅ……。俺の過去を知りたいと駄々を捏ねるなら、俺の知らない、お前の記憶も、差し出して貰う事になるぞ?」

「ふにゃ……、うぅ、……それは、嫌です」

「卑怯だな?」

「だ、だって、……、は、恥ずかしい、からっ」

 その『恥ずかしい』を、お前は俺に望んでいるのだろう?
 大好きな旦那様が、意地悪く微笑みながら自分を見下ろしてくる。
 額に優しいキスを贈られ、「どうする?」と、追い詰められてしまう。

「す、少しずつ、なら……」

「ほぉ……。なら、俺も少しずつ、だな?」

「うぅ……、そ、それでも、いい、です。一気に知るより、時間をかけて、少しずつ。ふふ、……楽しみです」

 妥協と喜び。幸希は蕩けるような笑みを浮かべると、……それからすぐに寝入ってしまった。

「他人から知りたいと望まれるのは、あまり好きではないが……。お前にそれを望まれてしまうと、どうにも弱い」

 眠りに入った幸希の頭や背中を撫でながら、ルイヴェルは嬉しそうに微笑む。
 この最愛の妻を前にすると、弱くもあり、そして、どうしようもなく、共に在れる事が嬉しくて、情けない過去を知られてもいいか、と、そう思えてしまう。
 彼女になら、全てを受け入れて貰えると、そう、心が喜んでいるから……。
 最後の明かりを、手を触れずに闇へと落としたルイヴェルは、昼間とは違う、最高の気分で伴侶を抱き締め、夢の中へと落ちていったのだった。
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