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~番外編・グラーゼス×アルディレーヌ~
【番外編】逃避恋愛事情12
しおりを挟む――Side アルディレーヌ
「ちょっ!! アルディレーヌっ、アルッ、ぐふっ!! あっあっ!! ふぎゃぁんっ!!」
「はぁ、はぁ……っ!! お、驚かせるんじゃない、ってのよ!!」
往復連打で強烈な平手をかまし、最後に右ストレートでグラーゼスの馬鹿を宙高くに殴り上げてやった私は、服の汚れを払いながら立ち上がった。
暴れた際に切り傷を結構負ったけど、まぁ、師匠の扱きに比べれば、このくらいどうって事はないわね。すぐ横にグシャッと落ちてきたグラーゼスを無視し、現状を把握しに視線を走らせる。
巨大な球体の前にいたガイアは……、俯せに倒れ込んでいて、動く気配がない。
私を人質にしてくれやがったカーティスは、ダリュシアンの剣戟を受けながら、互いに睨み合い攻防を始めてしまっている。……突然の闖入者へのツッコミはスルーなわけね。
「御無事で何よりです。……が、少々元気過ぎるようですね、このお嬢さんは」
「え? ――っ!!」
気配もなく背後を取られ、すぐに応戦の構えをとって繰り出した蹴りが、あっさりと躱されてしまう。挙句に、トンッ……、と、指先ひとつで後ろ側へと突き飛ばされ。
「よっと。無理はよくないぞ~、アルディレーヌ。すぐに終わらせるから、ちょっとだけ大人しくしていような~?」
「ぐ、グラーゼスっ! 何抱き着いてんのよ!! こらっ、離しなさいったらぁあっ!!」
驚異の回復力で復活を遂げた馬鹿王子に拘束され、勿論全力で抵抗したけれど……、生憎と、必要がある、と判断している時のこいつに、私の力が敵うわけもなく。
グラーゼスは無駄な抵抗をやめた私の頭を撫でると、黒づくめの男に真顔を向けた。
「胸、触ったな?」
「指で小突いただけです。心が狭すぎると愛想を尽かされますよ、殿下」
「うるさい。それよりも、『宝玉』は?」
口元までも黒い布で覆い隠している男がやれやれと肩を竦めた後に懐からそれを取り出した。
私をここに連れて来た男達が持っていた『宝玉』。
カーティスの手に渡り、それからガイアに託された……。
「ガイアをやったのは、アンタなのね?」
「殺してませんよ。……それと、やられた、というよりは、やられて下さった、が正解でしょうけど」
「は?」
「あのカーティスという男と、ガイアって奴は、知ってたんだよ。――こうなる事をな」
知っていた……?
幾つかの可能性を思い浮かべながら眉を顰める私に、グラーゼスが苦笑をしながら黒づくめの男に命じた。
「――長引いても意味はないから、止めて来い」
「ふぅ。簡単に仰いますねぇ……。百戦錬磨の猛者を相手に、俺一人で仲裁をしろと?」
「死ぬ気で止めて来い」
「なんと無慈悲な次期国王でしょうかね……。はぁ、明日から暫くの間、仕事の補佐はなしだと思って下さいよ」
「それとこれは別!」
わざとらしく嘆くふりをした黒づくめの男が表情を変えて飛び出して行く。
恐れ知らずな刃がダリュシアンとカーティスが打ち合おうとしたそのド真ん中に滑り込み、二つの刃を押し留めた。
一人を相手にするのだって大変でしょうに、あの黒づくめの男は勝つ道ではなく、場を断ち切る方法で刃を受け止め、そして。
「魔術陣……」
真ん中で二人分の殺意を受け止めていた黒づくめの男の足元を中心に大きく広がった、蒼の魔術陣。ダリュシアンとカーティスの争いを咎めるように陣から飛び出してきた無数の鎖が二人をそれぞれ左右の壁に追いやり、絡み合いながら壁を形成してゆく。
「あの男……、魔術師なの?」
「いや、正確には違う。生まれつきみたいなもんだって、本人が言ってた。まぁ、滅多に使わないから、アイツも存在を忘れがちなんだが」
「ふぅん……」
とりあえず、この場が収まるなら何でもいいわ。
壁となって立ちはだかった鎖の群れをダリュシアンが睨み付ける姿をちらりと確認し、今度はカーティスの方に視線を動かす。……何なのかしら、大人しく剣を仕舞ったわね。
「グラーゼス第一王子殿下、兵を呼んで頂けますか?」
「殊勝な事だな。……それで、いいのか?」
「はい。私達は賊です。主を裏切り、王家に刃を向けたも同然ですから」
「ふむ……。そんな物わかりの良い、……着地点を自分で用意していた奴の願いを聞いてやるのはなぁ……。ぶっちゃけ、嫌だ。断る」
「グラーゼス……?」
カーティスは私を賊を利用し、自分の主であるダリュシアンを裏切り、私まで巻き込んだ。
国の機密に手を出そうとした事は隠し様がないし……。
だけど、グラーゼスの言う通り、カーティスの望むままに事が進むってのは、私も気に入らないわ。だって、……違和感が、消えてないもの。
「慈悲を下さる、という事ですか? グラーゼス殿下」
「ん~にゃ、違う。お前達を兵に引き渡すと、十中八九、ヴァルグ伯爵家の、いや、ダリュシアンの失態が裏の議会でやり玉に上がる。そうなると、お前達の望み通り、ダリュシアン・ヴァルグは部下を管理しきれなかった責任で長の任を解かれるだろう」
「おや、グラーゼス殿下は、我が主を惜しんで下さる、という事ですか?」
「生憎となぁ、ちょっと違うんだよ。俺は、ダリュシアン・ヴァルグを脅迫したいんだ」
「はっ? ちょっ、グラーゼス、アンタ、何言って……」
「なぁ、ダリュシアン・ヴァルグ。俺の要求を呑めば、今回の件を全て見逃してやる。そう言ったら、どうする?」
一国の王子が、その目で見た臣下の失態を、脅しの材料に使うってどういう事なのよ!!
温情をかけるでもなく、弱味を握って脅迫って、最低最悪の悪役ポジじゃないの!!
ダリュシアンはカーティスと同じように剣を鞘に仕舞い、嫌そうな顔でグラーゼスを睨んだ。
一応……、未来の国王を前にしてるってのに、臣下の礼を取る気がないわね、これは。
まぁ、主失格の発言してんだから、当たり前だけど。
「断る」
「ふふ、まぁ、そうなりますよね。我が主は、たとえ王家に対しても媚を売りませんし」
「おや、それはこちらの台詞でもありますよ? カーティス殿。ウチの殿下も、ヴァルグ伯爵が断る事くらいお見通しですから」
「そうですか。ならば、グラーゼス殿下は、何の為に脅迫、などと口になさったのでしょうねぇ?」
「断られる事を見越し、その上で考えがあるからですよ。少しは先を読んでくれませんかね?」
裏切者のくせに何故か自分の主が見せている断固拒絶の姿にうっとりとしている部下と、冷ややかに笑みを浮かべ……、てるっぽい黒づくめの男が、水面下で睨み合っている。……何なの、こいつら。
「ねぇ、殿下?」
黒づくめの男が流してきた視線に、グラーゼスがニヤリと頷く。
「そりゃそうだろ。ダリュシアン・ヴァルグは、たとえ相手が主君である国王であろうとも、無条件に忠誠とその心を捧げる事はない。先代も同じ気性だったようだが、お前はそれ以上だと聞く」
「ならば、俺にどんな条件を持ち掛けても意味はないと、わかっているはずだろう? グラーゼス・グランティアラ」
「さっきのは冗談で言ってみただけだ。俺がお前に望むのは……、脅迫じゃなくて、挑戦だからな」
私の肩を抱いているグラーゼスの手にさらなる力が籠り、その青い瞳が不敵な光を宿した。
ダリュシアンの口元にも、面白いと言いたげな支配者の笑みが浮かぶ。
「ダリュシアン・ヴァルグ。――お前に決闘を申し込む」
「ぶっ!! ぐ、グラーゼス!? あ、アンタっ、急に何言い出してんのよ!!」
「おやおや……。ダリュシアン様に勝負を挑むとは、次期国王陛下も無謀ですね。――恐れ知らずにも程がある」
心からの哀れみをグラーゼスに向け、カーティスが苦笑を零す。
確かに無謀よ。恐れ知らずっていうか、王子じゃなかったら問答無用で斬り殺されに行くようなもの……。ダリュシアン・ヴァルグは騎士団在籍時に築き上げたものだけでなく、東の地の長として幼い頃から叩き込まれているだろう実力というものがある。
グラーゼスも次期国王として、王族として教育は受けているけど……。
実力差っていうか、経験の差がありすぎて、勝負にならないわよ……っ。
「グラーゼスっ!! 今なら取り消せるわ!! 絶対にやめといた方がいいわよ!!」
「勝った方が、このアルディレーヌ・シャルドレアと婚姻を結ぶ権利を得る。実力勝負だ、何も不服はないだろう?」
「ちょっと!! 勝手に進めんじゃないわよ!!」
「痛っ!! あ、アルディレーヌっ、一世一代の勝負前にダメージ与えるのやめっ、うぅぅ……」
心配してやってるっていうのに、何よ!! その空気読めてない子を見る目はっ!!
乱暴に足を踏んで睨みつけた私に、グラーゼスがいつものヘタレな笑顔から向けられる。
だけど、すぐにそれが真剣な面差しへと変化を遂げ……。
「任せる」
「御意」
ダリュシアン側に壁となって群れている鎖を引かせた黒づくめの男が私の傍に現れ、グラーゼスから引き剥がし、扉の近くへと下がった。……丁度、グラーゼスの背中が見える位置。
その腰に携えていた鞘から剣を慣れた手つきで引き抜き、グラーゼスがそれを構える。
やる気満々っていうか……、私の意思は!? 無視すんじゃないわよ!! あの馬鹿!!
グラーゼスの挑戦に、ダリュシアンも私と同じように呆れ気味のようで、鞘に剣を仕舞い、ふぅ、と息を吐いている始末。
「勝負を受けてやる義理がない」
「あるだろう? 俺に勝てば、今日この場でのお前の汚点は、俺の中でなかった事になる……。勿論、裏に手をまわしてやるって意味じゃないぞ? 俺とお前の間に、弱みが居座るか、消えるかという問題だ」
「……お前が勝てば、アルディレーヌ・シャルドレアを手に入れるだけでなく、俺を飼い慣らす為のカードをも得られる、と?」
「お前は誇り高い男だ。たとえそれが周知の事実となっても、飼い主に弱みを握られたままのわんこじゃいたくないだろう?」
「……ふっ、威勢の良い王子殿下だな」
本当にね……。グラーゼスが言っているのは、この件が裏において表沙汰になり、それによってダリュシアン・ヴァルグが屈辱を味わう事を意味しているのではなく……。
次期国王のグラーゼスが、ダリュシアンを今後どう扱っていくかでもなく……。
「ダリュシアンに対して、アイツが生涯どんな評価をつけていくか、って事ね……」
「そうですね。ヴァルグ次期伯爵は、誰に何を思われようと気にしない方ですが……。年下の、それも、あ~んな生意気極まりないヘタレ王子に蔑まれ、一生からかいのネタにされてしまうのは……、非常にストレスの溜まる人生となるでしょうね。他を無視出来ても、次期国王……、いえ、いずれは主となる者の存在というのは、無視できず厄介なものですから」
つまりは、ダリュシアンの心の問題って事ね。
別に無視してもいいけど、せっかくの機会が目の前に転がっているんですもの。
「徹底的に叩きのめしたくなるわよねぇ……。本人が許可出してるんだし、殺さない限りは手を出し放題……」
「プライドが高い故の弱みというところですねぇ。……ところで、貴女もそろそろ婚約者殿と同じく、いい加減に諦めては如何ですか?」
「何をよ?」
ボソボソと小声で互いの顔を見ずに黒づくめの男と話していた私は、その時になってようやく視線をそいつに定めた。……男の、深緑の瞳が、余裕満々に微笑む。
「もう、――囲われてますよ」
「……どういう、意味?」
「ふふ、それは目の前の勝負が着いてからのお楽しみ、でしょうかね」
うわぁぁぁ……っ、ものすっごく嫌な予感!!
グラーゼスとダリュシアンの勝負を邪魔出来ないように動きを封じてくる黒づくめの男の笑みんぞくりと悪寒を走らせながら、私は傍観者の立場を強いられる。
「……いいだろう。受けてやる。ただし、半殺しにされる覚悟はしておけ」
「そういう傲慢が、自分の足元を掬うと……、気付かせてやるよ。――ダリュシアン・ヴァルグ」
勝利の条件云々よりも、ダリュシアンはグラーゼスの事が心底気に入らないと言いたげに得物を引き抜き構えた。
誰も踏み込めない、誰も、声を発する事が出来ない……、嵐の前のなんとやら。
慎重に間合いを取り始め、――次の瞬間、両方から場を圧倒するような激しい殺気の気配が噴き上がった。
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