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ハロウィン番外編~叔父と姪御の話~

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2022年、ハロウィン番外編です。
今回は、ウォルヴァンシアの国王レイフィードと、主人公である幸希の絆の物語となっております。
※幸希やレイフィード王などに関する重要なネタバレ(蒼銀のアレク・ルート参照)が多々入っております。ご注意ください。




 ──side 幸希


「ん~。今夜は少し……、寒いかな」

 現代日本のある世界へと、一時帰省の日を目前に控えたある夜の事。
 一年を通して過ごしやすい穏やかな気候のウォルヴァンシアにしては珍しく、この夜は少し肌寒かった。
 恐らく、この国にいる精霊のバランスに、少しだけ変化が生じた為だろう。
 こういう事が時折あるとわかってはいる。
 だけど、生憎と予告的なものを聞いていたわけではないので、今の夜着姿では少々心もとない。
 眠れぬ夜の散策を切り上げ、ウォルヴァンシア王宮の回廊を急ぎながら自室を目指す。
 ひんやりと冷たくなった空気と、静寂を湛えた、エトワールの鈴園。
 王宮の庭師さん達がいつも綺麗に整えてくれている美しい庭園に差し掛かった私は、その中に薄っすらと人影を見た。
 柔らかな月明かりに抱かれ、綺麗な横顔で夜空の星々を見上げている、一人の青年の姿。
 普段の愛嬌たっぷりの気配は彼の中に隠れ、代わりに物憂げな光がそのあたたかな濃いブラウンの瞳の中で揺れているように見えた。
 リン、リィン……と、庭園に吹いた風が愛らしい花々に触れて、鈴のような、耳に心地良い音色の中で……、その人がふと、小さな息を零す。
 声をかけるか迷う間もなく、私は一歩を踏み出す。

「……レイフィード叔父さん。こんばんは」
  
 庭園の真ん中に通る道を歩みながらその人に、私の叔父であり、この国の国王様であるレイフィード叔父さんに声を掛ける。
 すると、今まで見えていた憂いの気配が一瞬で消え去り、すぐに親愛と優しさに溢れた笑みが私へと向けられた。
 
「あぁ、ユキちゃん! こんばんは。どうしたんだい? 眠気が来るまでのお散歩、ってところかな?」
 
 そう言いながら私を促し、自分の羽織っている大きくて暖かそうな肩掛けの中に招き入れてくれる。
 ほんの少しだけ、甘い香りの中に交じって感じるアルコールの匂いがする。

「はい。そんな感じで、ちょっとお散歩したい気分になりまして……。レイフィード叔父さんはもしかして、お酒を飲んでからの酔い覚ましのお散歩だったりしますか?」

「ふふ。それもあるかな~。……まぁ、本当の理由は、先に奥さんが寝ちゃったからなんだけどね」

 私には聞こえないように呟いたのだろうけれど、……ごめんなさい、バッチリ聞こえてます!!
 なるほど。奥さんである王妃様とイチャイチャ出来なくて、それでお酒に走った、と。
 聞こえてしまった手前、それについてコメントするかどうか、──いや、やめておこう。返って傷口に塩を擦り込んでしまいそうだものっ。

「あ、そ、そうですっ。三日後の準備、進んでますか?」

 さりげなく、さりげな~くを心掛けて差し替えた話題は、目前に迫っている現代日本帰省に関しての事だ。
 今回は、私と両親。それから、アレクさんとロゼリアさんに、騎士団から隊長各のお三方。
 そして、レイフィード叔父さんが同行者となっている。
 丁度向こうでは、ハロウィンのイベント時期が近いから、皆で参加出来たらいいなと思っているのだけど……。

「うん。一応ね。ユキちゃんや皆と別の世界で過ごせるなんて、とても楽しみだよ。……けど、奥さんの機嫌がねぇ」

 笑顔なのに少々困った気配を醸し出しているのは、多分、アレが原因だろう。 
実は、レイフィード叔父さんの帰省参加には、一悶着あった。
 そのひとつが、奥さんである王妃様との何時間にも渡る大喧嘩。
 本当は夫婦で一緒に帰省参加をと当初は考えていたそうなのだけど、王妃様が大事な用事をうっかり忘れていたようで……。

「目上の在位歴が長い王妃陛下達からのお茶会のお誘い……。ウチの奥さん的には立場上、それを放り出してってのは難しい話で……、はぁ、可哀想だとは思うんだけど、……だけどっ!!」

「あっ」

「自分がユキちゃん達と旅行に行きたいからって、僕に自分の姿そっくりに変身してお茶会に参加して来いとかおかしいでしょ!! おかしいよね!! 僕は王妃陛下達やお姫様達が大量にいる場所で最後まで彼女のふりなんて出来ないよ!! バレたら、僕が八つ裂きだよ!!」

「猛者揃いの王妃様達からのお誘いですもんね……。それに、一度参加の意思を示している手前……、身代わりなんて送り込んだら、王室の関係性にヒビが入るような……」

「それよりも!! バレた時の僕を肴に愉しみまくるあの人達の容赦のないいじりを想像すると、あぁっ、あああああああっ!!」


「お、落ち着いてください!! レイフィード叔父さんっ!! 想像だけでダメージ受けちゃ駄目です!! 冷静にっ、冷静にっ!!」

 レイフィード叔父さんは国王様とは言っても、この世界で生きる地上の民としての年齢は、まだまだ大人になったばかりの若者同然。
 各国の歳を長く重ねている方々からすれば、子供扱い、若造扱い。
 顔を合わせていじられるのは最早、一種の儀式。
 そう……、以前にレイフィード叔父さんやイリューヴェル皇帝さん、ディアーネスさんから遠い目をされながら語られた思い出がある。
 だからこその、この過剰な精神ダメージと大げさな動揺になるのだろう。
 私はレイフィード叔父さんの背中を擦り、ぽんぽんと叩く。
 

「ここにその人達はいませんよ~。トラウマになりそうな未来もありません。はい、落ち着きましょうね~!」

「はぁ、……はぁ、……そ、そうだね。つい、過去のトラウマを思い出しちゃったよ。はは、ははは……」

 そんな、我を忘れて発狂するほどに……。
 とりあえず、レイフィード叔父さんの意識を元の路線に向けよう。

「で、準備は進んでるんですか? 今回は『向こう』に何日かお泊りしますけど、不安な事とか」

「う~ん、そうだね~……。あっちには何度か行ってるから、早々困る事はないかな~。あ。でも、今回は、え~と、なんだっけ。はろ、……ハロウィン? っていうイベントがあるんだよね?こっちでも仮装的な催し物はあるけど、あっちではどんな感じなのかな? 何か気を付ける事とかある?」

 落ち着きを取り戻し、レイフィード叔父さんが庭園内に設置されている休息所に入りながら首を傾げる。
 国が違えば、いや、世界が違えば、何もかもが違う。
 事前情報や、以前に行った何度かの現代日本体験を経たとはいえ、まだまだわからない事は多いだろう。
 私はレイフィード叔父さんと並ぶ形でふんわりと柔らかなソファーに腰を下ろし、今までに経験した現代日本でのハロウィンイベントに関して話し始める。
 
「基本的に、参加は自由なんです。街の中心にある大きな商業施設やその周辺の施設も含めて全部会場扱いで、仮装の衣装は自分で用意しても大丈夫ですし、商業施設の中にあるショップでレンタルすることも出来ます。勿論、これには少しお金がかかりますし、レンタルする人は自分の名前や住所を記入する必要もあります」

「なるほどね~。商業施設っていうと、前にユキちゃんが連れて行ってくれた、沢山のお店が入っていたあの大きな建物でいいのかな?」

「ふふ、正解です。あの時は凄く驚いてましたよね、レイフィード叔父さん。こんなにいっぱいのお店がひとつの建物の中にあるなんて!! って」

「あはは。ああいう感じの施設には滅多にお目にかかれないからね~。それに、使われていた技術もこっちとは大違いだったし、何もかもが興味深かったよ」

 レイフィード叔父さんはわくわくとした子供のように目を輝かせ、そのまま以前の事を軽快に話しながらクリスタルのテーブルへと手を伸ばす。
 その指先が触れたのは、白いティーポット。
 いつ誰が訪れても良いように、この休息所には予め、特別な魔術が施されたティーセットや飲食物が常時完備されている。
 
「う~ん。今夜はちょっと寒いから、ココアにしようか。え~と、マグカップはと」

「私が淹れますよ。はい、貸してください」

「あぁ、ありがとう。それ、熱くなってるから気を付けてね」

「はい」

 ティーセット一式の中から必要な物を引き寄せて、二人分のココアをマグカップに注いでいく。
 今夜はいつもより寒いから、確かにココアのほうが温まるだろう。
 私はレイフィード叔父さんのご希望通りにミルクを少しだけ注ぎ、それを差し出す。

「どうぞ」

「ありがとう。……うん、美味しいね。……ふぅ。そういえば、ハロウィンのイベントだけど……、何の仮装にするのかは、もう決めてあるのかな?」

「お店に入ってる衣装次第、ですね。毎年、衣装の種類や趣向が増えていくので、最初に決めてても迷っちゃうんですよ」

「あははは! それは楽しみだね。 じゃあ僕も当日までのお楽しみにしておこうかな。あ! でも、お祭り騒ぎだからって、派手で露出の高い衣装は選んじゃ駄目だよ!! 悪い狼が大量発生するからね!!」

 ほっとする温度のココアに口をつけていた私は、あまりに鬼気迫る叔父の注意にごほっと噎せてしまう。
 いやいやいやいや!! たとえ誰かに勧められたとしても、そんなの着ませんよ!!
 ついでに、悪い狼さんなんていないない。

「あのですね~。イベント会場には、毎年、ナイスバディーなお姉さま方が大勢いらっしゃるので、こんなお子様成人女子には誰も」

「ユキちゃん!!」

「ひゃ、ひゃいぃっ!!」

 お決まりのお小言に対して心配はないと言いたかったのだけど、今回もそれは通じなかった!!
 身を乗り出したレイフィード叔父さんがマグカップごと私の両手を掴み、真剣な顔で迫ってくる!!
 ああっ、叔父だとわかっているけれど、相変わらずお顔のレベルが高い!! 高すぎる!! 神レベル!!

「ユーディス兄上もご自分の美しさに自覚が滅茶苦茶薄いけど、娘の君も危機感がなさすぎるよ!! なんでそんなに自己評価が低いんだい!? 叔父さんの知らない時代に、何か嫌な事でもあってそんな事に!?!?」

「な・い・で・すっ!!!!!!!!!!!! もうっ、ほらっ、ちゃんとココア飲んでください!! で、身体が温まったらお部屋に戻りましょう? お送りしますから」

「それ、僕の役目だよね!?!? うぅっぅっ、……向こうの世界に行ったら、僕が仮装チェックするからね!! 絶対にぃいっ!!」

「はいはい。レイフィード叔父さんの言う通りにしますから、大人しく今夜は寝ましょうね~」

 だから、その神がかったご尊顔を適切な距離に引っ込めましょうね~。
 過保護で心配性な叔父さんはまだ不満そうだけど、私が選びそうな衣装に華美なものとか露出の激しいものがあるわけがない。
 なのに、本気で色々心配して……。
 困った叔父さんだなぁと苦笑しながら、ふと……、ここにいるレイフィード叔父さんを見つけた時の事を思い出した。
 元々、あの表情が気になってしまったから声をかけたというのに……。
 素直にココアをゆっくりと飲んでいる今の表情に、さっきの憂う面影はない。

「あの、レイフィード叔父さん」

「ん? 何だい?」

 おず、……と、窺うように声をかけた私に応えてくれたのは、心からの親愛が浮かぶ優しい笑顔。
 そのあたたかな微笑みが無理をしているものだとは思えない。
 けれど、あの憂いの気配が意味のないものであったとか、勘違いだったとか、そういう風にも思えなくて……。
 国政に関するものだったら、私にはハードルが高すぎるし、お話を聞いてもあまり力にはなれないだろう。
 他には……、それ以外の事だったら、少しは……。

「う~ん、……」

「ん? ユキちゃ~ん? あれ? 意識どっか行ってる? お~い、ユキちゃ~ん!!」

「はうっ!! あ、レイフィード叔父さん……。ごめんなさいっ、ちょっと、……その」

「ん?」

 あぁ、どうしよう~。
 今度は逆に、私が何か悩んでいる、みたいに思われてしまったのか、レイフィード叔父さんが困惑げに首を傾げ、私の頬に右手を添えてくる。
 私と同じ色の双眸が、悲しげな気配を抱く。

「もしかして……、何か悩み事かい? こんな深夜に部屋を出て来たわけだし……、何かあるなら僕に話してごらん? 全力で力になるから」

「え、え~っと、な、悩んでは、いるんです、けど……。原因は、……レイフィード叔父さんの事、というか」

「え!? 僕かい!?」

 予想外だと滅茶苦茶驚く様子を見せたレイフィード叔父さんだけど、さて、どうしようこの先。
 
「ぼ、僕がっ、な、何かユキちゃんを困らせるような事をしちゃったのかい!? いつ!? どこで!? なんで!?!?」

「ち、違うんです!! レイフィード叔父さんが悪いとかじゃなくてっ、あのっ、さっきの──」

 もう自分の中で悩んでいても仕方ないと覚悟を決めた私は、この鈴園に通りがかった時の事を打ち明けた。
 レイフィード叔父さんの表情がなんだか気になったこと。
 何か悩みがあるのでは、と、そう思って行動を選択出来ずにいた事。
 一気にそう説明した私の目の前で、レイフィード叔父さんがぽかんと口を小さく開けて、きょとんとした顔になった。

「あ~……、なるほど、ね。……はぁ、顔に出ちゃってたのかぁ~」

「レイフィード叔父さん。私に何か出来る事はありますか? 大人の気遣いとか、そんなのはいらないのでっ、何か、私に出来る事や話したい事があったら言ってください!! いつも、いつも、沢山お世話になってるから、私も、レイフィード叔父さんが笑顔になれるお手伝いがしたいんです!!」

「ユキちゃん……。そうか、……うん、ありがとう。じゃあ、──お言葉に甘えさせてもらうよ!!」

「はい!! え? きゃ、きゃああっ!!」

 何がどうなって、こうなるの!?!?
 私の思いを受け止めてくれたと思ったら、レイフィード叔父さんが物凄く真面目な顔をして私をひょいっとお姫様抱っこの状態で抱き上げた!!
 あれ、これっ、ウォルヴァンシアに移住した時の最初の時の光景に似てない!?!?
 レイフィード叔父さんの腕の中で意味がわからず挙動不審な声を連呼した私は、答えを貰えないままどこかへと連行される事になってしまった!!
 静かな静かな王宮内を、早足でレイフィード叔父さんがどこかを目指して突き進んで行く。
 
「あ、あのっ、レイフィード叔父さんっ!! ど、どこへっ」

「ふふ。僕の悩みもユキちゃんの悩みも、綺麗に昇華される場所だよ~。だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。この王宮内で一番安心出来る所だからね!」

 いやいやっ、おかしいですよね!?!?
 この道の先にあるのって──!!

「奥さ~ん!! 今夜はユキちゃんが一緒に寝てくれるよ~!! 三人で仲良く──」

「ユキちゃん!! ユキちゃんも一緒に寝てくれるの!?!? きゃあああっ!! 嬉しい!! すっごく嬉しい!! あ、レイはいらないから出てっていいわよ!! ユキちゃんは私がぎゅ~っと抱き締めて、二人だけで楽しい夢を見るんだから!!」

「理不尽だね!! 奥さん!! だけど、三人で寝るんだから、そこは譲らないよ!!」

「ちっ!!」

 …………本当に、どうして、何がどうなって、こうなったんだろう。
 上機嫌になったレイフィード叔父さんが私を連れて来たのは、ウォルヴァンシア王宮の頂点に君臨する国王様夫妻がお休みになるはずの寝所。
 つまり、国王であるレイフィード叔父さんと、王妃様であるルフェルディーナ様が一緒に寝る場所。
 豪華な豪華な天蓋付きのベッドの中にぽふんと優しく下ろされた私は、飛び起きて狂喜乱舞し始めたルフェルディーナ様の素晴らしいお胸に抱き込まれて、歓迎の抱擁を受け始めてしまう。
 ……いや、だから、……なんでこういう展開になったの!?!?

「お、王妃様っ、あ、あのっ」

「は~い。ユキちゃん、毛布の中に入ろうね~。ほら、奥さんはユキちゃんの横。独り占めは駄目だよ~」

「はいはい。ユキちゃん、こっちにいらっしゃい。女同士くっついて寝た方があったかいわよ!!」

「あ、は、はい……。──じゃなくて、なんで一緒にお休みする事になってるんですかああっ!!」

 最上級の寝具の感触に絆されかかっていた私の叫びに、レイフィード叔父さんがニコニコとご機嫌な笑顔で素早く寝る支度を整えていく。
 何故……、国王様夫妻と川の字で寝る事になってるんだろう。
 気が付いた時には寝室の明かりが消され、私はレイフィード叔父さんと王妃様に左右からがっちりと抱き締められる。

「あ、あの、レイフィード叔父さんっ、お、お悩みの件はっ」

「うん。ユキちゃんが僕達と一緒に寝てくれたら、ぜ~んぶ吹き飛んじゃうよ~。ついでに、奥さんの機嫌もバッチリ回復したし、朝になったら、皆ハッピーだね~」

「あの、もしかして……、レイフィード叔父さんのお悩みって」

 王妃様の機嫌をどうやって直すかどうかだったり?
 
「それじゃ、おやすみなさ~い」

「おやすみなさ~い。ユキちゃん、私と一緒に朝まで素敵な夢を見ましょうね~」

「お、おやすみ、なさい……」

 私は一体何を心配していたのか。
 ご機嫌状態な国王様と王妃様の間で目を点にしながら、私は徐々にふかふかのあたたかな毛布の温もりに負け始め、大人しく眠りに就いたのだった。
 それから暫くして──。

「…………心配させて、ごめんね、ユキちゃん」

「んっ、……むにゃぁ、……ん、……すぅ、すぅ」

 深い深い眠りの底にあったはずの意識が、どこか寂し気な低い声音に触れた気がした。
 肌に触れる自分のものとは違う、優しい熱。
 夢だったのか、……現実からの感触だったのか、……掴み取る前に、私の意識はまた深く沈んでいった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『ユキ……、行ってしまうのか?』

「アレクさん。お土産、いっぱい買ってきますから……、ね?」

『クゥゥゥン……』

 ハロウィン当日。
 もふもふの大きな狼さんの姿になったアレクさんを前に、私は玄関先でその最高の毛並みを撫でながら言葉を重ねていた。
 当初の予定通りにこの現代日本へとやってきた面々。
 勿論、ハロウィンのイベントにも、皆で行くはずだったのだけど……。

「副団長、急な仕事が入ってしまったのですから、そろそろ諦めてください。ユキ姫様にご迷惑がかかります」

 一応の同情の気配はあれど、容赦なくアレクさんを連行しようとしているのは、夕陽色の長い髪を後頭部高くでひとつに結んで、さらりと背中に流している、とても美人なウォルヴァンシア騎士団の副団長補佐官、ロゼリアさんだ。

「そうですよ~、副団長!! 大丈夫です!! ユキ姫様とレイフィード陛下は、俺とアイディアンヌ、それから、レオンザードがしっかりお守りします!!」

 しょぼんと項垂れるアレクさんの前に立ってそう宣言したのは、今回の同行者の一人である、ウォルヴァンシア騎士団の隊長さんの一人、笑顔が眩しいクレイスさんという青年。
 黄金色(こがねいろ)の金髪と、左目の黒い幅広の眼帯が特徴的な人。
 その背後には同意の頷きをしている、真っ赤な長い髪の美人さんと体格の大きな金髪の男性の姿がある。
 女性の方はアイディアンヌさん。男性の方はレオンザードさん。
 二人もクレイスさんと同じ、隊長職にある人達だ。
 三人とも、私と両親、というよりも、ウォルヴァンシアの国王であるレイフィード叔父さんを守る為にこちらへと同行している。
 アレクさんは嬉々とした声のクレイスさんをじっとりと睨み、また私の方を向いて寂しそうに鳴いた。

『すぐに終わらせて、後から必ず、必ず……、お前の許に飛んでいく。だから、待っていてくれ』

「はい。会場でちゃんと待ってます。間に合わなくても、帰ってから一緒にハロウィンのパーティーをしましょうね」

『あぁ、必ず』

 私がもう一度アレクさんの頭を撫でると、その体躯が光に包まれて人の姿に変化した。
 月明かりのように優しい、綺麗な銀色の髪の、蒼の双眸を抱く凛々しい男性の姿に。
 
「レイフィード陛下。騎士団の副団長として陛下をお守りする為に同行したにも関わらず、このような事になってしまい、誠に申し訳ありません。この償いは必ず」

「そこまで真面目に考えなくていいよ。だから自分の職務をしっかり果たしておいで。ふふ、ユキちゃんとの楽しい時間は、僕がお土産話をたっぷりと出来るように、い~っぱい過ごしてくるからね!!」

「ぐっ!!」

「陛下~、副団長のテンションがどんどん落ちていっちゃいますから、その辺にしといてくださ~い!!」

 やっと浮上したと思ったのに、通常状態に戻りかけていたはずのアレクさんの表情がまた青ざめてしまい、その場に敗北のポーズで這い蹲ってしまう。
 レイフィード叔父さん……、わざとやってますね?
 他の同行者の人達とは違い、私と同じように、蒼から綺麗な黒へと髪色を変えているレイフィード叔父さんが、嬉しそうな表情で打ちひしがれているアレクさんの頭をよしよしと撫でている。
 あぁ……、あれは絶対面白がってる。からかっていると言ってもいいだろう。
 
 
「それじゃあアレク、ロゼリア、お仕事頑張ってね」

「アレクさん!! また後で!! 行ってきます!!」

「ロゼリア様、副団長!! それじゃまた!! 行ってきま~す!!」

「ユキ……、ユキ……!! ユキぃいいいいいいいいい!!」

 追いすがってくるアレクさんの手をすり抜けて家を後にすると、私達は悲痛な狼の咆哮を背にイベント会場へと向かったのだった。
 ごめんなさい、アレクさん!! お土産、沢山買ってきますから!! 
 帰ってきたら、何時間でもブラッシングしますし、モフモフなでなでもしますからぁああああっ!!






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「凄い人だかりね……。文明も何もかも違うけど、こういうお祭り騒ぎのテンションはどこも一緒」

「陛、じゃなくて、レイ様、ユキ様。俺達がしっかりお守りしますからご安心くださいね!」

「どのような凶刃が迫ろうと、この腕でお守りします……」

 周囲の賑やかな様子とは違い、お仕事で来ている隊長組三人の表情は凛々しく緊張感を保っている。
 ウォルヴァンシア騎士団の隊長さんである三人にとって、初めての異世界。
 昨日までの二日間で大分馴染んできたとは思っていたけれど、今日は護衛本番と言ってもいい、ハロウィン・イベントの当日。
 クレイスさんもアイディアンヌさんも、レオンザードさんも、その顔に今までで一番強い緊張の気配を帯びている。
 なにせ、ウォルヴァンシア王国の騎士団長であるルディーさんから直々に任命され、大きな信頼と責任を託されているのだ。
 国王であるレイフィード叔父さんに何かあっては一大事! と、気合が入るのは当然だろう。
 ……だけど。

「わぁ~、話に聞いていた以上の盛り上がりだね~。あ、クレイス達も好きに見てまわっておいで。せっかくの異世界なんだし、楽しまなきゃ損だよ~」

 白いコートがよく似合う、文系の香りが漂う装いと眼鏡姿のレイフィード叔父さん。そして、その笑顔から放たれた、ほのぼのとしたお言葉。
 要人警護の皆さんにとっては存在否定もいいところの話だけど、クレイスさん達が何か動じる反応を見せることはない。
 並んで歩いている私とレイフィード叔父さんの左右にクレイスさんとアイディアンヌさんが、背後にはレオンザードさんがつく。
 
「レイ様、ユキ様。安心して祭りを楽しまれてくださいね!」

「ルディー団長から託された信頼と責任、何があろうと果たしてみせます」

「どのような輩が襲ってこようとも、この腕で締め上げてみせます……」

 心の騎士服を絶対に脱がない、勇ましきその魂。
 役目を決して忘れない三人は、不審な要素が周囲に潜んでいないか常に視線を走らせるつもりのようだ。

「ふふっ、有難いけれど、僕達だけが楽しんでしまうようで申し訳ないね。……これはどこかで、三人が楽しめる時間を作ってあげないと」

「ふふ、そうですね」

 こうやって他の人の事も考えてあげられるレイフィード叔父さんは本当に優しいし、臣下想いの良い国王様だ。
 私の耳元に顔を寄せ、悪戯を思いついたような楽し気な声音で囁くレイフィード叔父さんに同意し、私も隊長さん達が楽しめるひとときを作れないかと、今日の予定も含めて考え始める。
 お仕事に支障が出ない程度に、皆で楽しめる何か。
 まずはこのデパート内を少し周って、三人が何か興味を示すお店があったらそこに入って……、あぁ、そうだ。
 このデパート内でオススメの飲食店に入って、美味しいものを食べてもらうのもいい。それから、あとは仮装衣装のレンタルショップで三人にも着替えて貰って、それで。

「あとは、──きゃっ」

「おっと。考え事をしながらの歩きは危ないよ、ユキちゃん」

 カツ、と、何かに躓くような感触を覚えた瞬間に転びそうになった私を、レイフィード叔父さんが片腕に軽々と抱き留めて自分の懐に抱き寄せてくれる。行き交う人の数も平日以上に多いのに、つい油断してしまった。
 クレイスさん達も私の事を察して動きかけてくれていたようだけど、レイフィード叔父さんの腕の方が早かったようだ。

「三人とも。ユキちゃんの事は僕がフォローするから、そこまで気を張らなくていいよ。ここでは僕の立場も大きく変わるし、早々何も起きないからね」

「「「御、か、かしこまりました」」」

 私が怪我をしていない姿を確認し、三人はほっと胸を撫でおろしながら再び元の持ち場に戻る。
 一応、ウォルヴァンシア騎士団の代表的な立ち位置で来ているから、レイフィード叔父さんの言葉で少しだけ緊張が緩んでも、役割までは放り出せないのだろう。
 だけど、さっきよりは気配が柔らかくなっているから、これから色々と巻き込んで皆で楽しめるようにすればいいだろう。

「レイフィード叔父さん、ありがとうございました。つい、うっかりしてしま、──ん?」

 レイフィード叔父さんの胸元に抱き寄せられた状態でお礼を伝え離れようとしていると、あたたかな苦笑が頭上で聞こえた。
 不思議に思って顔を上げると、ぷにっとレイフィード叔父さんの人差し指が私の唇に触れた。

「今日は僕の事をなんて呼ぶんだったかな?」

「……あっ。……す、すみませんっ、……えっと、れ、れ」

「ふふっ。レイお従兄ちゃん、だろう? 今日の僕と君は、仲の良い従兄妹同士だ。それに、そんなに恥ずかしがる事はないだろう? 『昔』はよく同じような音で呼んでくれていたんだからね」

「うっ。で、でも」
 
 今ではもう呼び慣れて定着してしまった、『レイフィード叔父さん』という呼び名。
 だけど、『昔』……、今の、地上の民としての『器』で生まれてくる前は、異世界エリュセードを見守る天上の神々として、私達は生を受けていた。
 原初の十二神を率いる、一の神兄であるソリュ・フェイトという男神と、美しい女神、ファンドレアーラの息子と娘として。
 だから、その時代の関係性で言えば、私達は間違いなく兄妹。
 昔は、『レイシュお兄様』と、数えきれないくらいの親愛の響きでこの人を呼んでいた。
 だから、当時の呼び名であれば平気なのだけど……。

「お、お従兄ちゃん、というのは、ちょっと、子供ぽいような」

「えぇ~? こちらの世界での偽装設定とはいえ、間違いなく、僕と君は兄妹でもあるんだよ? なのに呼んでくれないなんて、……はぁ、お従兄ちゃん、って、……一度でもいいから、うぅっ」

「レイシュお兄っ──、……レイ、お、お従兄ちゃんっ、こんなところで立ち止まっていると皆さんのご迷惑になりますので、ふふ、ふふふふふ、は、早く、い、行きましょうかっ! レ・イ・お。従兄・ちゃんっ!!」

「はぁ~い! レイお従兄ちゃんっ、可愛い従妹(いもうと)ちゃんの言う事、何でも聞きま~す!!」

 もうっ。すぐ、あざとい手を使って自分の優位に運ぼうとするところは、天上時代も今も変わらないんだから!!
 通りすがりの人達も、クレイスさん達も小さく笑ってるじゃないですか!
 やっぱり、王妃様にも来て貰いたかった。
 そうすれば、私ばかりに構って貰おうとせずに、王妃様がクールにあしらって対応してくれていただろう。
 私がお相手をすると、王妃様とは違って押しに弱いし、あざとい企みにもなかなか逆らえないし、はぁ……、困った『お従兄ちゃん』だ。
 余裕と茶目っ気に溢れている『お従兄ちゃん」をむぅっとしながら見上げ、私はその腕をがしっと掴んだまま、最初のショップに向かってずんずん進んでいく。
 ──『従妹』を翻弄して面白がる『お従兄ちゃん』には、楽しい楽しい『悪戯』でお返しいたしますよ!!





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ん~~~~っ!! ひゃうっ」

「「「レイ様!?!?」」」

「うぅっ……! んっ、んっ!! はぁ、はぁ……、ゆ、ユキちゃんっ、これぇええっ!!」

「うふふふふふ。驚きました? そのパフェ、食べ進めるとパチパチしゅわしゅわの激しいゾーンが待ってるんですよね」

「わぁああっ!! ユキ様ぁあっ、へっ、ごほごほっ、れ、レイ様に何しちゃってるんですか~!!」

「う~ん、でも、別に害があるわけじゃないみたいだし、まぁ、いいのかしらね、多分」

「そんなに……、です、か。……俺も、……食べ」

「はい、どうぞ」

 カラフルな色合いと内装のファンシーさのコラボが可愛いアイスクリーム屋さんの店内の一角にあるテーブル席。
 仕掛け入りの面白パフェを前に悶絶しているレイフィード叔父さんを作り出すという悪戯行為に成功した私は、小さくガッツポーズを決めていた。
 美味しい、だけど口の中が激しい刺激感触でいっぱいになるこのパフェは、そういう味わいを楽しむ人達の他、罰ゲームや悪戯目的で注文する人が結構多い。
 かくいう私も、高校時代に友人達に連れられてこのお店を訪れ、……まんまと引っかかった過去の被害者の一人なのだけど!!
 私の隣の席でごほごほっと咳き込んでいたレイフィード叔父さんがどうにか落ち着きを取り戻し、ひょいっとパフェの一部をスプーンで掬って口の中に放り込まれたレオンザードさんが、ちょっとやそっとじゃ動じない大きな大きな肉体をぶるりと激しく震わせ、悶絶にも似た呻き声が響き渡る。

「んぐっうううっ!!」

「「レオンザードぉおおおっ!!」」

「ごほっ、ごほっ……!! ぐふっ」

「ね~。すごい刺激だろう? んんっ、……ふぅ、美味しいけど予想外すぎて精神的にダメージ受けちゃったよ~。……悪い子だねぇ、僕の従妹ちゃんは」
 
 じろり。
 口元を店のペーパーナプキンで拭い、むっとした様子で隣の私を恨みがましそうに睨んでくる『レイお従兄ちゃん』。
 私がこういう悪戯を仕掛ける事は滅多にないから……、あ、天上時代での幼少時にはよくやったかな~。ふふ。
 とにかく、今の私になってからは滅多にない行為だったので、レイフィード叔父さん的には、二重にしてやられたようなものなのだろう。

「ふふ、でも美味しいでしょう?」

「……はぁ。そんな可愛らしい笑顔で言わないでおくれ。ふふ、怒るに怒れないよ、従妹ちゃん」

「さっきのお返しです。それに、たまには『昔』を思い出して懐かしくなるでしょう? ……レイシュお兄様」

 レイフィード叔父さんの耳元に顔を寄せ、こそっと小さく『昔』呼んでいた懐かしい音を囁く。
 きょとんとしたレイフィード叔父さんの顔に、次第に浮かぶのは嬉しそうな懐かしさの気配。

「本当に……、悪い子だ」

「今日はハロウィンなんですよ。いつもの自分じゃなくて、ちょっと違う自分になって楽しむのがコツなんです」

「へぇ~。ふふ、じゃあ、僕もお返しをしないとね? いつ仕掛けるかは内緒だけど」

「ふふ、望むところです」

「わぁ~……、レイ様もユキ様も、浮かべてる笑顔がなんか黒ぉ~い! ううっ、アイディアンヌっ、俺達最後まで護衛任務こなせるかなぁ~!!」

「あ~、はいはい。何が起ころうと、別に世界が滅ぶわけでもないから安心してなさい。……にしても、ユキ様も意外と侮れないよわね~。そりゃ大人しいだけじゃ王族なんて務まらないんだろうけれど、……なんか、ルイヴェルさんぽい雰囲気を感じる気がするわ」

「ルイヴェル殿……、ユキ様の、お世話を、……よく、していた。だから……、似る」

「「ああ~、なるほどっ」」

 三人共~、小声で喋ってても聞えてますよ~?
 向かいの席で身を寄せ合い、ソフトクリームを食べていたクレイスさん達に笑顔を向けると、一瞬だけぶるっと震えられてしまう。
 大丈夫ですよ~? 私はお茶目な『レイお従兄ちゃん』のみをターゲットにしているだけで、クレイスさん達に何かしようとは思ってませんからね~? ……あ、でも、せっかくのハロウィンだし、何か仕掛けるのも面白そう、かな?
 な~んて、イベントの気分も手伝ってか、ちょっとだけ悪戯好きな子供みたいな気分なっている自分を自覚する。
 あぁ、そうだ。
 ハロウィンのお決まりのやり取りも、あとで皆と楽しみたいな~。

「さて、これを食べ終えたら次はどうしようか。仮装衣装のレンタルショップに行くまでは、まだ時間があるんだよね?」

「はい。次は皆さんへのお土産物のお買い物でもしましょうか。買った物はロッカーに預ければいいですし。クレイスさん達は他に見たい場所や、寄ってお買い物をしたい場所はありますか?」

 ここで休憩するまでに、隊長さん達の興味が向いた場所へは強制連行でレイフィード叔父さんと一緒にお買い物ルートに連れ込み、三人にも楽しんでもらえるようにお買い物をしてきたつもりだけど、まだまだ役割への責任感が強いサン人は、両手を自分の胸の前でブンブン振って、「だいじょうぶです!! 十分です!!」とご遠慮します状態だ。
 皆で一緒にお買い物をしていれば、護衛の役目も放棄にはならないと思うのだけど。
 でも、そこは流石のレイフィード叔父さん。
 
「国王命令だよ。次はいつ来られるかわからないんだから、好きなだけお買い物をしなさい。勿論、騎士団の皆へのお土産もね」

「「「は、はいっ!!」」」

 国王命令という絶対権力を前に、それをストレートに使われたら誰しも逆らえないものなのだろう。
 反射的に答えつつも、三人の表情には困惑の他に喜びの気配もある。
 
「まぁ、この世界のレイフィ、こほんっ、レイお従兄ちゃんはただの一般人ですし、何かあったとしても、迷子になるくらいですかね」

「え~と、そうなった場合は、迷子センターに行けばいいんだったかな?」

「子供さん達ならそうですけど、私達の場合は魔力や存在の気配で後を追えますから、それが出来ない場合のみ、サービスセンターの受付で呼び出しをしてもらう形になりますね」

 アイスを食べ終わり、談笑のひとときを過ごしてからアイスクリーム屋さんを後にし、私達はまた人混みの中へと進んで行くのだった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ああああああっ!! 駄目だよ、ユキちゃん!! それは駄目!! ああっ、背中の面が丸目立ちじゃないか~!! 露出が高すぎるよ~!!」

「レイ様~、これで何着目ですかぁ~……。ユキ様、困ってますよぉっ」

「確かに背面の露出はありますが、ユキ様の御髪は長いですし、隠れるのではないかと」

「だが……、スカートの部分も、普段のお召し物より、……丈が」

 私より先に仮装衣装に着替えた四人が、私が入っている試着室の前でお互いに意見を交わしながらまた駄目出しをしてくる……。
 いや、駄目出しをしてくるのはレイフィード叔父さんがメインだけど。
 う~ん、この小悪魔の衣装も可愛くて着てみたいな~と思ったのだけど、また駄目、か。
 アイディアンヌさんが言った通り、長い髪で隠れるからセーフだと思ったのに……、はぁ。
 あぁ、でも、ここにアレクさんがいたら、レイフィード叔父さんと同じ事を言いそう、かも?
 カインさんだったら、「そういうのも普段とは違う意外性があって嫌いじゃないぜ?」とか、一応は受け入れてくれそうだけど。

「でも、このくらいは皆着てますよ? たまには」

「駄目だよぉおおおっ!! 生足も出ちゃってるし、扇情的な効果もあるしっ、叔父さんはっ、叔父さんはっ」

「あ、レイ様っ、今はお従兄ちゃんですよ!」

「お、お従兄ちゃんはっ、お従兄ちゃんはっ、このイベントに潜む悪い狼にユキちゃんが食べられちゃわないか心配で、心配でっ!! それにそんな恰好じゃ風邪引いちゃうよぉおおおおおお!!」

「れ、レイ、……お、お従兄、ちゃんっ」

 試着室の中にいる私の腰に縋り付いてきたレイフィード叔父さんの大袈裟なその姿に、周囲の人達まで何事かと視線を向けてくる。
 誰もが早々に自分の好みの仮装に着替えたり、試着室に衣装を持って入ってきたりと、多忙な場所だというのにっ!!
 
「はぁ、……わかりました。じゃあ、レイお従兄ちゃんが私に安心して着せられると思うものを──」

「陛下、これなら問題なく外に出せる姿になるかと」

 クレイスさん達三人でもなく、レイフィード叔父さんでもない、物凄く耳に慣れ親しんでいる誰かさんの低い声。
 私の目の前に差し出された、露出度抑え目の可愛らしい魔女さん衣装。
 その手の先を辿って視線を上げていくと……。

「えう、ルイヴェルさん!? なんでこっちに!?!?」

「俺もいるよー。はい、オプションの髪飾りとかイヤリングはこれが良いんじゃないかなー。ユキちゃんによく似合うと思うよー」

「サージェスさんまで!?!?」

 当初の同行者予定に入っていなかった、今頃はお仕事で忙しいはずの、ウォルヴァンシア王国の王宮医師であるルイヴェルさんと、まさかのご一緒のガデルフォーン皇国騎士団長、サージェスさん。
 予想外の登場に驚いたのは私だけじゃない。
 クレイスさん達三人も、「なんで!?」と、目を何度も瞬いている。
 ルイヴェルさんとサージェスさんはこちらの世界の衣服に身を包み、バッチリお洒落が決まっている状態だ。
 ただでさえ美形率が高すぎる私の周囲……。
 二人が来た事でさらにその密度が大幅アップし、ショップ内にいる女性陣のみならず、男性陣までもが同じように歓喜の声を上げている!!

「あぁ、これなら大丈夫そうだね~。サージェス君が選んでくれたイヤリングや、あぁ、こっちも趣味が良い。ユキちゃん、はい。もう一回試着してくれるかな?」

「は、はぁ……」

 自分の思う好みとも合致したのか、レイフィード叔父さんはごく自然に二人の存在と衣装+オプションを受け入れ、私に笑いかけてくる。
 いや、途中からでも誰かが合流するのは良いんですよ?
 だけど、あまりに突然というか、私の衣装選びまで抜かりなしとは……。
 じとり、と、私にとって兄のような存在でもある王宮医師様を見上げてみると、ドヤァと言いたそうな自信満々の笑みを頂きました。

「一応、趣味は悪くないつもりだ。安心して着替えてみろ」

「お仕事、ちゃんと終わったんですか? もし、こっそり来たんだったら、セレスフィーナさんに怒られちゃいますよ?」

「セレス姉さんのことなら問題ない。正々堂々と、勝負に勝ってここに来る権利を手に入れたからな。仕事もさっき終わったところだ」

「俺は絶対そうなるだろうなーと思って、ルイちゃんがこっちに来るタイミングを狙って一緒に来たんだよー。ねー、ルイちゃん」

「あはは……、そうですか。後でセレスフィーナさんに追加でお土産いっぱい買いますね。じゃ」

 マイペース過ぎる二人を置き去りに試着室のカーテンを素早く閉める。
 可哀想に、セレスフィーナさん……!!
 最近のルイヴェルさんとセレスフィーナさんは、勝負事にじゃんけんを使っているから、多分、いや、絶対にイカサマで負けたのだろう……。
 ここぞという時には手段を選ばないルイヴェルさんだから、後でご機嫌を取ればいいとでも思ってるんだろうなぁ。

「んっ」

 着ていた小悪魔衣装を脱ぎ、渡された別の衣装に着替え始める。
 小悪魔テイストの衣装とは違って、こちらは防寒的には優れているようなデザインになっている。
 ハロウィンぽさと、どこかお嬢様的な清楚さも漂う魔女さん衣装。
 全体的に可愛くなりすぎず、フリルもリボンも抑えめで、あまり子供ぽくはない。子供っぽかったり、可愛くなりすぎる服装を私が内心ではあまり喜んでいないのをわかっていたり、……する、のかな?
 サージェスさんが持ってきてくれたイヤリングも、衣装とのバランスをきちんと考えて映えるように選んでくれていることがわかる。
 
「うん。これなら暖かいし、デザインも、とっても素敵……」

 最後に帽子を被り、くるりと回って鏡の前で頷く。

「ユキちゃん、試着は終わったかな?」

「はい、今出ますね」

 カーテンを開けると、そこにはもうルイヴェルさんとサージェスさん、それから、隊長さん達の姿はなかった。
 レイフィード叔父さんだけが、興味深そうに私の魔女さん姿をじっくりと眺めている。

「うん。いいね。これなら風邪を引く心配もないだろうし、あの二人、僕の好みもちゃんとわかった上で選んでるね~、これは」

「あははは……。叔父さんの好みも入ってましたか。ところで、皆さんは?」

「あぁ。ルイヴェル達が来た事でクレイス達もほっとしたみたいでね。今は向こうで何か話してるよ」

「そうですか」

 確かに、あの二人が来たら、少しはほっと出来るだろう。
 なにせ、王宮医師であると同時に魔術師団長であるルイヴェルさんと、他国の騎士団長様が一緒なのだから。
 
「ユキちゃん、ちょっといいかな」

「はい?」

 試着室を出ようとしていると、レイフィード叔父さんが何故か私の身体を試着室の中へとまた戻しながら一緒に入ってきた!!
 試着室の中に男女二人も入ってしまえば、かなり狭いのは当然のこと。
 吸血鬼をコンセプトにしている貴族風の装いに身を包んでいる大きな身体が密着し、お互いのぬくもりが伝わってくる。

「あ、あのっ、れ、レイフィード、叔父、さん?」

 つい、レイお従兄ちゃんという今日の呼び名を忘れてしまう。
 まぁ、別に叔父と姪御の関係で何が起きるという心配はないのだけど、一体何が目的なのか。
 あ、レイフィード叔父さんの優しいブラウンの瞳に、お茶目の気配が。

「ユキちゃん。今日は色んな仮装の人がいるから、少し遊んでも怒られないよね?」

「え? ま、まぁ、ほどほどであれ、ば?」

「じゃあ、こういうのはどうかな?」

 完全に悪戯小僧みたいな笑みを浮かべたレイフィード叔父さんの身体が淡い光によって包み込まれ、私にまでその光が及んでくる!!
 これはもしかしなくても、──変化の光!!
 レイフィード叔父さんの黒髪が蒼へと変わり、一気に鳥が大空へはばたくかの如く、その髪が長く広がっていく。
 両耳がゆらりと陽炎みたいに朧気になったかと思うと、その形は綺麗に消え去る。そして、代わりに表れたのは──。

「ふふ。どうかな? 今日だけは、これも偽物で通るよね?」

「な、なにやってるんですかっ、レイフィード叔父さんっ!!」

 耳の代わりに、その頭の上に生えたのは、正真正銘、本物の狼の耳!!
 ふさふさのふわふわしたケモミミと、ああっ、お尻には狼の尻尾まで!!

「えぇ~? だって今日はハロウィンの夜なんだから、多少の悪戯心は必要だと思うんだけどなぁ」

「ば、バレ……、ない、とは思いますけどっ、う~んっ」

「ユキちゃんも可愛い狼魔女さんになってるよ」

「へっ!?」

 ふにっと、レイフィード叔父さんの右手が私の頭の上で何かを掴む。
 まさかと思って私も頭に両手を伸ばしてみたら、──ケモミミ!!
 
「ああっ、お尻にも尻尾がっ!!」

 しかも、お互いのケモミミ&尻尾は器用に色が茶色に変えられているし!! 

「服も破れないように術をかけてあるし、どうせならとことん、ね?」

「はぁ。その為に試着室に入ったんですか? もうっ、困ったお従兄ちゃんですね」

「困った従妹(いもうと)ちゃんに、お返しの意味も込めて、かな?」

「ふふ」

 今日はハロウィン。
 だから、普段はしない悪戯をしても、大目に見てもらえる。
 そんな子供っぽい言い訳をするレイフィード叔父さんのケモミミを両手でもふっとさせて貰った後、レイフィード叔父さんの手が伸びてきて、私の尻尾に触れた。
 シャランっと涼やかな音が鳴る。
 鏡越しに振り返ってみると、私の尻尾の根元に銀色のリング状をした綺麗な装飾品が着けられていた。

「僕からのプレゼントだよ。ユキちゃん、こういうのは持っていなかっただろう? だから、僕と奥さんが話し合ってデザインして、向こうで職人さんに作ってもらったんだ。気に入ってもらえるかな?」

 贈られたプレゼントは、尻尾が消えると自動的にブレスレットとして左の手首におさまるらしい。
 レイフィード叔父さんと王妃様が二人で一生懸命考えてくれた……、女性らしい装飾や宝石のあしらわれた尻尾専用リング。
 ふりふりと尻尾が動いても、リングは抜け落ちたりする事なく、根元から尻尾に絡みつく形で装着状態を保っている。
 
「ありがとうございます! レイフィード叔父さんっ!! あ、王妃様にも帰ったらお礼を伝えに伺いますね!!」

「ふふ、彼女も喜ぶよ。……まぁ、ユキちゃんの喜ぶ貌を独り占めしたとか言ったら、絶対拗ねるんだろうけど」

「じゃあ、帰ったら王妃様にお礼を伝えて、今度は二人でどこかに出掛けませんかってお誘いしたら喜んでくれますかね?」

「ええええええっ!! 僕はのけ者なの!?  なんで!?!? 僕も一緒にデートしたいよぉ~!!」

「あははっ。じゃあ、一緒に王妃様にお願いしないと、ですね!」

 しょぼんと垂れ下がる悲しみの尻尾とは逆に、私の尻尾は上機嫌に揺れ続けるのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ──Side レイフィード


「ん~。今度はちゃんと安全に飲めるので良かった~」

 レンタルショップで衣装を借りて出てから三十分後。
 この大型商業施設の二階にある喫茶店で冷たいアップルジュースをストローで飲みながら、僕は一息ついていた。
 向かいの同じテーブル席には、護衛の三人が。
 僕の背後の別のテーブルには、ルイヴェルとサージェス君が寛いでいる。
 で、さっきまで僕の隣の席にいたはずの愛しい姪御ちゃんは……。

「ユキ姫様、どこまで行っちゃったんでしょうねぇ。俺、ちょっと心配になってきた~」

「買い忘れがあったとか仰っていたけど、……やっぱり、私が同行させて頂けば良かったわ。今からでも」

「アイディアンヌ……。ここは、ユキ姫様にとって庭のようなものだ……。それに、まだ十分ほどしか経っていない」

 砂糖をたっぷりと入れたミルクティーを飲むレオンザードの言葉に僕も頷くけれど……、やっぱり一人で行かせるんじゃなかったと思い始めているよ。
 過保護過ぎるのは良くないと思ってはいるよ?
 でも、今日のユキちゃんは可愛らしい魔女さんそのものだから、買い物の途中で変なナンパ集団とかに捕まって……っ!!

「ユキちゃん、今行くよぉおおおっ!!」

「陛下、周りへの迷惑となりますので、お座りください」

「ははっ。王様、相変わらずユキちゃんラブだねー。ルイちゃん、一緒に探しに行く?」

「この程度で探しに行ってどうする。あれもこちらの世界では大人だ。何かあれば連絡してくるだろう」

「そ、そうだよね~。ははっ、心配のしすぎは良くないよね~」

 ……と、席に座りなおしてから、さらに三十分。
 全員のグラスから飲み物がほぼ消えた頃、流石に全員の顔に青い色が浮かび始めた。
 いくらなんでも、……遅い、よね?
 僕の背後で……、ルイヴェルの苛立っている気配が炎のように立ち昇っていくのを感じるよ。

「クレイス、君達はここにいなさい。僕が探してくるから」

「いやっ、俺達、レイ様の護衛なんですよ!?!? お一人で行かせられるわけないじゃないですかああああっ!!」

「国王命令!! この場で待機!!」

「そんなっ!! 私達の仕事をっ、──え?」

 護衛組を押し留めてからの行動は本当に一瞬だっただろうね。
 僕とルイヴェルが同時に席から掻き消え、後に残って三人を説得してくれたのはサージェス君だった。
 大勢の人だかりで賑わう施設内を早足で歩きまわり、僕とルイヴェルはユキちゃんの気配を頼りにその姿を探し回る。

「陛下、お戻りください。ユキの事は俺が」

「ははっ! それは譲れないねぇっ!! 今日の僕はユキちゃんの従兄!! 探すのはお従兄ちゃんの役目だよ~!!」:

 もう、どこもかしこも、仮装をした人でいっぱいだ。
 その中を迷惑にならないように、ルイヴェルを牽制しつつ進み続ける。
 おかしい……。ユキちゃんは同じ階に用事があると言っていたはずなのに、気配が一階の方から感じられる。
 意識を集中させると、ユキちゃんの気配に戸惑いの色が感じられた。
 何か予想外の事態に遭っている、という事だろうか?

「もし、ナンパの類でユキちゃんが困っていたら……、タダじゃおかないよ、まったく」

 歩む速度がどんどん加速し、一階に向かって吹き抜けになっている空間に飛び込みたくなるけど、我慢我慢っ。
 
「お客さ~ん、イケメンですね~!! どうです? モデルとか」

「抜け駆けすんな~!! そのお兄さんは私達が目をつけていたのよ!! どきなさいよ!!」

「あんだとぉおおっ!!」

 はいっ、僕の視線の向こうでルイヴェルが何かスカウト的な人達に囲まれて、足止めを食らい始めたよ~!!
 エリュセードでだったらすぐに逃げられるだろうけど、こっちの世界での派手な動きはご法度だからね!! 
 悪いけど、先に行かせてもらうよ!!
 エスカレーターではなく階段を使って先を急ぐ。

「…………」

 こんな風に、君を探して必死になるのは……、いつ振りだろうか。
 まだ僕達が天上に在った頃。
 一人ですぐにいなくなってしまう君を大慌てで探して、見つけて、叱って……、一緒に、手を繋いで、家族の元に戻っていた、あの頃。
 地上の民として生まれてからは、やっぱり、君が小さい頃にそういう事が時々あって、……でも、君が大きくなってからは、あまりなかった、かな。
 
「ユキちゃん……っ」

 階段を降り、一階へと踏み出した僕は、周囲を見回す。
 視界に映る範囲に、追い求めるその姿はない。
 恐怖や危機に瀕している気配は伝わってこないから、多分大丈夫なんだろうけど……、どうにも気が焦ってしまう。
 久しぶりに君を探すという状況を味わっているからだろうか?
 大丈夫だってわかっているのに、なんだかあの頃に戻ったようで……。

「本当に……、困った妹だね」

 自然と零れた苦笑と、無性に感じて堪らないあの頃の懐かしさ。
 どこか泣きそうな気分さえ覚えながら、僕は必死に君の姿を探す。
 あぁ……、そういえば、この前の夜も……、昔を思い出して少しだけ……、こんな気分になったっけ。
 君がエリュセードに帰ってきてくれて、やっと君のいる幸せな日々を取り戻せたと思ったら、世界を巻き込んだ試練に翻弄されて……。
 本当は罰されるべき僕が、今はこうして涙が溢れてくるかのような幸せに在ることを許されている。
 心から愛しく思う、大切な人達と生き続ける事が出来るこの奇跡のような幸運。
 そして、もう一度……、僕は君の成長を見守り、時に手を差し伸べられる立場を取り戻した。・
 だけど、いつかきっと……、僕はお役御免になるんだろうね。
 今はまだ君に決まった相手はいないけれど、それも時間の問題だ。
 叔父として、兄として、僕の存在が必要でなくなる日は必ず訪れる。
 ……そう思うと、あの夜はがらにもなく、しんみりしちゃったんだよね。
 そんな時に、思い浮かべていた相手が現れたものだから、護摩化すのに内心ドキドキしていたんだよ?
 こんな、寂しがり屋の心の内を曝け出す事は、どうにも恥ずかしいからね。
 

「あ……、ユキちゃん!」

「レイフィ、レイ従兄ちゃん?」

 気が付けば、僕の足は『迷子センター』と書かれたドアの近くまで来ていた。
 施設内で迷子になった子供達を保護し、保護者を待つ場所だ。
 ドア横の長椅子には、ぽかんとした顔のユキちゃんと、その陰にいるのは……。

「すみません。二階で泣いているこの子を見つけたので、ここに」

 連絡を忘れていたから、叱られると思っているんだろう。
 申し訳なさそうに謝るユキちゃんに一度ため息を零し、僕は彼女の隣に腰を下ろした。

「その子が迷子ちゃんかな?」

「うっ……」

 まだ、……五歳、前後、かな?
 涙を浮かべ、見ず知らずの僕に怯えている様子で、ユキちゃんの服にしがみついている。
 自分の親か、兄弟か、安心できる存在が傍にいなくて不安なんだろう。
 だけど、ユキちゃんには心を許しているみたいだね。
 まるで母親を求めるかのように、女の子はユキちゃんにぎゅっとしがみついて震えている。

「優里ちゃんってお名前なんですけど、放送をかけてもなかなか親御さんがいらっしゃらなくて」

「迷子センターの人はなんて?」

「もう何回か放送をかけてくれると言っているんですけど、優里ちゃん……、中で待つのを嫌がってて……」

 あぁ、なるほどね。
 迷子センターの中に入ってしまえば、ユキちゃんとはお別れだ。
 せっかく心を許せる存在に出会えたのにそれでは、この子も不安だろう。
 僕はユキちゃんの陰からこちらを窺う女の子に笑みを向け、そっと右手を差し出した。

「うっ?」

「可愛らしいお嬢さんには、どんな花が似合うかな」

 右手の指をパチンと鳴らし、手のひらに呼び出したのは薄いピンク色の可愛らしい一輪の花だ。
 ウォルヴァンシア王宮の庭に咲く、僕が育てている品種のひとつだ。
 見る者、手にする者に幸福をもたらすという花言葉がある。
 
「君のお父さんやお母さんが、早く君を迎えに来ますように。抱き締めて、そのぬくもりを感じあって、共に笑い合えます様に」

「あ、……ぅ。……あり、がと」

 僕の手から花を受け取った女の子が、涙の代わりに、徐々に嬉しそうな笑みを浮かべていく。
 
「それと、これもサービスだよ」

 ころんと、女の子の手に落としたのは、ウォルヴァンシアで売られているチルフェートのお菓子だ。
 こっちの世界で言うと、チョコレート菓子、だね。
 
「んっ……。おいちぃっ」

「良かったね~、優里ちゃん。もうすぐお母さん来るから、一緒に頑張ろうね」

「うんっ。おねえちゃん、それと、……おにいちゃん、ありがとう」

「「どういたしまして!」」

 ふぅ。けど、迷子を保護して付き添っていたとはね~。
 きっと、この子の不安を取り除こうと一生懸命だったんだろう。
 だから、僕達への連絡も忘れちゃって、時が経ちすぎていた事にも気付かなかった、と。
 ユキちゃんらしいけど、やっぱり、この世界に戻ってくると……、強く出てしまうのかもしれない。
 異世界エリュセードで生きるユキ・ウォルヴァンシアではなく、この世界で生きてきた、月埜瀬幸希(つきのせゆき)としての、普通の女の子としての面が。
 でなければ、幾らでも僕達への連絡も、この子の親探しも、こんなに難航はしなかったはずだ。
 エリュセードでなら使っていたはずの力を、この子は一切使っていない。
 ……まぁ、極力、魔術などの類を使わないようにユーディス兄上から念を押されているから、当然と言えば、当然だけど……。

「駄目だなぁ、僕は……」

「レイお従兄ちゃん?」

「ん? あぁ、いやっ。……うん、なんでもないんだ」

「そう、ですか?」

「おにいちゃんは、おねえちゃんの、おにいちゃん、なの?」

 一人で勝手にセンチメンタルになっていると、チルフェート菓子を食べ終えた女の子がそう聞いてきた。
 音だけだから、従兄妹ではなく、本物の兄弟かと尋ねたのだろう。
 従兄妹同士なんだよ、と答えればいい。
 ……だけど。

「うん。私のお兄ちゃんなの」

「ユキちゃん?」

「少し、というか、かなり? 過保護なお兄ちゃんだけど、凄く頼りになる私のお兄ちゃん!」

 その音が、どの関係性を示しているのかは明確だった。
 従兄ではなく、彼女は自分の本当の兄と、女の子に言っている。

「いつも心配ばっかりかけちゃうんだけど、大きな心で許してくれるの。あっ、勿論、お説教はされちゃうんだけどね。ふふっ」

「ゆーりにもいるよ! いつもはいじわるだけどっ、ゆーりがこまってたり、いじめられたりしてると、ぜったいたすけてくれるおにいちゃん!!」

「そっか、優里ちゃんにもお兄ちゃんがいるんだね。ふふ、頼もしい素敵なお兄ちゃんなんだ?」

「うん!! ゆーり、おにいちゃんとけんかもするけど、おにいちゃんのこと、だいすき!!」

「うん。私も……、お兄ちゃんの事が大好き」

 それは反則だよ!! ユキちゃん!!
 こんなところで、思いもかけない予想外のデレが見られるなんて!!
 嬉しすぎて、うっかり魂が肉体を置いて昇天しかけちゃったけど、今のは本当に反則!! ごめん、奥さんっ、僕だけすっごく幸せになっちゃってるよ!!
 奥さんが僕の傍にいたら、確実にボコられるだろう!!
 だけど、自重する気はない!!
 たとえ奥さんにヘッドロックをかまされようと、僕は喜ぶ!!
 ユキちゃんの可愛らしい笑顔と兄である僕への最高のこの賛辞を!!

「優里~!」

「おぉ~い!!」

「あっ!! おにいちゃんっ、ママ!!」

 この迷子センターへと近づいてくる、二人の人影。
 僕は溢れる気持ちを落ち着け、ユキちゃんと頷き合う。
 おそらく、あの女性と十歳くらいの男の子が優里ちゃんの家族だろう。
 優里ちゃんが長椅子から下りて、男の子の腕に飛び込んでいく。、

「おにいちゃぁあああんっ!! どこいってたのぉおおっ!! ゆーりっ、ゆーりっ、うっ、ぅうううっ」

「どこ行ってたのは俺達の台詞だろうが……。はぁ、けど、見つかって良かった~っ!! もうっ、すぐに一人でどっか行く癖、なんとかしろよな!」

「うぅううっ、うんっ、うんっ!!」

 すっごく心配したんだろうね。
 怒りながら、優里ちゃんの頭を撫でて、ぎゅ~って一生懸命抱き締めてる。

「良いお兄ちゃんだね」

「私も……、昔は、よくああやって、お兄ちゃんに心配をかけていましたよね……。でも、必ず迎えに来てくれて……、あの時のぬくもり、ずっと……、忘れません」

「じゃあ、優里ちゃん達が行ったら、抱き締めてあげないとね? 勿論、お説教もしちゃうよ~」

「ふふ、はい。しっかりそれも受けさせてもらいます」

 そう答えて微笑むユキちゃんだけど、さっきの言葉で怒る気にもならないし、なんなら、今すぐ力いっぱい抱き締めたい心境だけどね。
 優里ちゃん家族が僕達にお礼を言って去っていくと、では早速! と、僕が両腕を左右に広げた瞬間──。

「陛下、お迎えに上がりました」

 ──はいっ、お邪魔虫のご登場だよ~!!
 ユキちゃんのぬくもりを抱き締めようとした僕の背後から聞こえた声に振り向けば、……あれ、ルイヴェル? なんだか、すごく、ズタボロ状態に……。

「それ、……さっきの人達にやられたのかい?」

「ルイヴェルさん……、髪、ぐしゃぐしゃですよ……。一体何がっ」

 ついでに、僕に対する苛立ちと恨みの念の気配がしつこく伝わってくるね~。まぁ、こちらでのルールを守ったんだから、あとでいっぱい褒めてあげよう~。

「サージェス達が待っています……。それと、ユキ姫様を少し休ませて差し上げなくては、疲れが取れないかと」

 って、臣下として最もな事を言いながら、ユキちゃんをむぎゅっと抱き締めちゃうズルイ子は何なのかな~!?!?
 
「ふぅ……。困った時は呼べと言っているだろう?」

「んっ。す、すみませんっ。ちょっと、色々ありまし、むぎゅぅっ」

「ルイヴェ~ル!! それっ、僕の役目だよね~!? ちょっとオイシイとこ総取り過ぎないかな~!?!? 僕、泣いちゃうよ~!!」

「あはっ、レイフィード叔父さん……っ。問題、そこですか?」

「僕にとっては重要事なんだよ~!! って、ルイヴェル!! いつまでユキちゃんを堪能してるのかな!?!? 代わって!! 代わってよぉっ!! 次は僕の番!!」

 こうやって、大切な人達とふざけ合うのも、今が在るからこそ……。
 ──その奇跡には感謝するけどもっ!!
 いつまで経ってもユキちゃんを解放しないルイヴェルにぎゃんぎゃん文句を言いながら、僕は大人気もなく抗議し続けるのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ──Side 幸希


「ハッピー! ハロウィィイイン!!」

 夜の時間を迎え、優しい月灯りを浴びながら、様々な衣装に身を包んだ人達が思い思いにそこかしこで盛り上がっている。
 デパートを中心とした周辺一帯が、全て妖しい雰囲気の漂うファンタジー一色の世界にどんどん濃く染まっていく。
 車道も閉鎖され、仮装をしている人達の楽しい舞台となっている。

「凄いよねー。俺達の世界とは全然違う。だけど、人が笑顔でお祭りを楽しむ心だけは、どこも一緒で安心するって感じかな」

「あ。サージェスさんは結局、仮装しないで良かったんですか? ルイヴェルさんもですけど……、せっかく来たのに」

「ああ、今回はね。俺達まで仮装しちゃうと、護衛の三人組があまり息抜き出来ないかなーと思うし、今日は観察ぐらいでいいかなって」

「なるほど。じゃあ、屋台で何か美味しい物でも買ってきましょうか?」

「うん。ありがとー。だけど、また迷子にならないようにね?」

 迷子になったのは私じゃないんだけど、サージェスさん達にとっては同じ事だったのかもしれない。
 何の連絡もせずに一時間近く、行方不明になっていたわけだし。
 ……そういえば、私を見つけた時のレイフィード叔父さんの顔。
 心配してくれていたのはわかっているけど、……どこか、それだけじゃない、……もっと、深い感情の気配が滲んでいたような。
 
「今にも、……泣きそうな」

 あぁ、そうだ。
 昔、天上に在った頃、レイフィード叔父さんは……、レイシュお兄様は、
 よく一人で遊びに行ってしまう私を必死に捜してくれて……。
 特に、少年の姿だった頃のレイシュお兄様は、私を見つけると、よくあんな表情をしていたように思う。
 
『なんですぐにいなくなっちゃうんだよ!! ユキの馬鹿!!』

 レイシュお兄様に怒られて、私も同じように泣きそうな顔になって、一緒に泣きながら家に帰った。
 何度も、何度も繰り返した……、天上での懐かしい日々。

「また……、悲しませちゃった」

 沢山の屋台が並ぶ通りを歩きながら、瞼を閉じて呟きを零す。
 あの頃よりは大人になった、成長出来たと思っていたけれど……、私は、いつまで経っても……。

「頼りない、子供のままの、困った妹なんだなぁ、私」

「だから僕がいるんだろう?」
 
 自分の思考に沈み込んでいた私の身体が、向かってくる人の一部にぶつかりそうになっていたその時、求めていた優しい声音と共に力強い腕によってそちら側に引き寄せられた。
 
「わぁ~、あの人達のケモミミ、滅茶苦茶本物ぽいね~!」

「ふふ。お揃いで、まるで、狼の兄妹みたいね!」

「ってか、尻尾も本物みてぇっ。すっげー動いてるっ! 最近の技術ってすげぇよなぁ~」

 通り過ぎて行く人達の話し声が遠くなっていくのを聴きながら、私は恐る恐る自分を支えてくれている人の顔を見上げる。

「おっちょこちょいが多いね~、今日は。この盛大な盛り上がりの中でぼんやりしちゃうのは危ないよ?」

「す、すみませんっ。ありがとう、……ござい、ますっ」

 向けられる気遣いの言葉も、視線も、腕も、このぬくもりも……。
 与えられて当然のものなんかじゃない。
 家族でも、叔父と姪御でも、兄と妹でも、互いに抱き、与えたいと思う感情は、いつだってその人自身が決めるもの。
 そこに、与えて当然、与えられて当然の義務なんて、存在しない。
 なのに……、この人はいつだって、私を支えようとしてくれる。
 私は規則正しく鼓動を打つその胸元に顔を寄せ、子供みたいな心地でほっと息を零す。

「昔から……、お兄様には甘えっぱなしですね、私は」

「ん? ふふ。目が離せないお転婆なところもあるしね。兄としても、叔父としても……、君から目を話せる日はなかなか来ないような気がするよ?」

「んん~……、それは、困りますね」

「おや? もしかしなくても、そういうのは鬱陶しい、かな?」

「違います。……強く、しっかりしなきゃな、と思いまして」

 このぬくもりに応えられるような、妹、姪御としても、この人を支えられるような、恩返しが出来る自分になりたい。
 守られるだけの自分のままでいるだけじゃ、それはただの雛鳥と同じ。
 だから、──強くなりたいと望む。

「お兄様、私、ウォルヴァンシアに戻ったら、もっといっぱいお勉強します!」

「え?」

「目標が出来ました! 私、将来はウォルヴァンシアの国政を、レイフィード叔父さんを助けられるような能力を手に入れて、傍で支えます!!」

 今までは、異世界エリュセードで暮らしていく為の勉強や、王族としての教養、立ち居振る舞い、そういうものに集中していたけれど、──今、新しい目標が出来た!!

「大好きなウォルヴァンシアの為に出来る事! 私、頑張ってお勉強して、立派な臣下になってみせます!!」

 となると、将来は文官あたりの試験を受けて、下積みから時をかけて確実に能力を磨いていくのが堅実な道だろう。
 そう力説していると、レレイシュお兄様の大きな身体の中にがばりと抱き込まれてしまった!! 何故!?!?

「れ、レイシュ、お兄様っ?」

「本当に……、困った妹だね」

「え!?!? あ、あのっ、い、今のっ、駄目でした!? 大きな事言いすぎましたか!?」

「ふふっ、……違うよ。嬉しかった。とてもね……。でも、……あまり立派に成長されちゃうと、……少し、寂しい、かなぁ」

「え?」

「嬉しいけど……、君は頑張り屋さんだからね。もし、自分で何でも出来るようになったとしても、……一人で抱え込む事もありそうで……、その時、頼って貰えなかったらって、そう、思うと……、うん、寂しいよ」

 私の前髪を優しいぬくもりの宿る指先で掻き上げ、レイシュお兄様がそっと額へと柔らかな唇を寄せてくる。

「たとえどんなに立派な大人になっても……、苦しい時、辛い時、君のすぐ傍には僕達の存在がある事を忘れないでほしい。君の心が絶望の底に在ったとしても、僕達は……、僕は、必ずこの手を掴むから」

 左手を掴まれると、それを持ち上げられ、レイシュお兄様の唇が額にしたのと同じように、そっとキスを手のひらに贈られる。
 その感触がくすぐったくて、でも、凄く、嬉しくて……。
 気が付けば、無意識に私は背伸びをして、その頬に親愛のキスを贈っていた。

「はい……、レイシュお兄様」

 涙の滲む笑顔で頷き、私も心に思う。
 レイシュお兄様が絶望の底に落ちる日が来たとしても、私は迷わずその闇の中へと飛び込んでいくだろう。
 頼りないこの手だとしても、必ず……、その手を掴む為に。

「──ユキちゃん、王様ー? 仲良しなのは良い事なんだけどねー、そろそろ場所、移動しようか? はい、周りを見ようねー」

「「え?」」

 ふと、お互いに周囲の事を忘れていた事に気付き、声をかけてくれたサージェスさんの言葉に誘導されながら辺りを見回してみると……。

「きゃ~!! あの二人、滅茶苦茶カッコ可愛い~!! 写メ写メっ!!」

「あの仮装やっぱり凄いよなぁ~。ってか、誰だよ、あんな美形と美少女連れて来たの! これもイベントの一環かなぁ。なんか見入っちまった!」

「あ、あああああっ……」

 まさか、知らない間にこんなに大勢の人達が私達二人を取り囲んで盛り上がっていたなんてっ!!
 いや、それよりも、ここっ、通りのど真ん中!! 通行の邪魔!!


「す、すみません!! れ、レイお従兄ちゃんっ、向こうに行きますよ!!」

「ふふ。従妹ちゃんの仰せのままに。あ、そうだ。落ち着ける所に行ったら、あれやろう? ハロウィンの定番のやり取りがあるって聞いたんだ~」

「無事に避難出来たら考えます! もうっ、目立つような事は控えなさいって、お父さんから言われてたのに~!!」

 手を繋ぎながら大急ぎでその場を離れた私達を見送りながら、イベント会場にいた人達は最後まで、私とレイシュお兄様がイベント側が手配したスタッフかゲストだと思っているようだった。
 まぁ、仕方ないのかもしれない。
 レイシュお兄様の美貌は、妹の私でもドキドキしてしまうし、至近距離になどなった日には、心臓に悪いほど。
 だから、ゲスト枠できっと見られていた確率はかなり高い。
 芸能人とか、有名人みたいな好奇の目。
 だけど、肝心の本人は最後まで全然気にしていなかったから、流石は大国の王様だなと感心したりもする。

「レイフィード、幸希。お前達が仲が良いのはわかっているけどね? 外であまり目立つような、『こういう』騒動を起こすのは控えるようにと言っておいただろう?」

 その夜。
 帰宅した私達は、両腕を組んで仁王立ちをし始めたお父さんを前に正座をさせられ、ネット上に拡散されてしまった大量の『最高の狼兄妹とハロウィン!』とタイトルをつけられた写真を前に、多大に反省を促される羽目になってしまった。
 項垂れ、「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」と繰り返す私とは真逆に、隣で正座をしながらニヨニヨとご満悦な様子でお説教を受けるレイシュお兄様に時折、呆れの視線を送りながら。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【おまけ】


 ──Side 幸希


「アレクさ~ん! はいっ、アレクさんの大好きなお店で買ってきた焼き菓子のお土産ですよ~!! だから、……だからっ、そろそろ元気を出してくださいよ~!!」

 後日。
 無事に日本での日程を終え、異世界エリュセードに帰還した私は、王妃様のお部屋にお邪魔していた。、
 そこにはソファーでお土産や写真を手に楽しんでいる王妃様と、窓側に置かれた一人用のソファーに背を預けながら私達の方を面白そうに観察しているレイフィード叔父さんの姿がある。
 まるでどこぞの動物園でタイヤにしがみついているパンダのように、大きな三日月のクッションにしがみついて、ごろんと転がっている大きな銀毛の狼さんこと、アレクさん。
 あのハロウィンの夜……。
 急なお仕事が終わらずじまいで身動きが取れなかったアレクさんは、結局……、イベントには参加出来ず。
 それから、なんとなく元気がなくなっていって……、ウォルヴァンシア王国に帰還した途端、王妃様のお部屋に引き籠ってしまったのだ。
 ちなみに、こんな事が許されているのは、王妃様とアレクさんが天上において、世界を存続させる為の核となっている『御柱』の長女神と長男神という、姉弟関係にあるからだ。
 お仕事自体にはちゃんと行っているみたいだけど……。
 のそりと上半身を起こしたアレクさんが、私の差し出した焼き菓子をかぷりと咥え、……もぐ、もぐ、もぐ。

「アレク~、そろそろ復活しなさいよ~。ユキちゃんの生仮装姿を見られなかったのは私も同じなんだし、いつまでもそれだと鬱陶しいわよ~」

「クゥゥゥン……。何故、俺は運に恵まれないんだ……っ」

「アレク~。この日常自体が運に恵まれる証拠だと思うよ~? ほら、早く起きて、お土産の焼き菓子でも食べながら、ユキちゃんの可愛い写真を前に身悶えるといいよ。休憩時間もの残り少ないからね」:

 レイフィード叔父さんが手にしていた紅茶に口をつけながら、アレクさんを促す。
 窓から室内へと差し込む日差しはあたたかく、お昼寝もいいけど、ごろごろしているのも勿体ないくらいに眩い。
 
「アレクさん、一緒にお茶をしましょう? ね? アレクさんに見せたいお土産やお話、いっぱいあるんですよ」

「ユキ……。……そうだな、こうしていても」

「おっ、この写真可愛いじゃん! もーらいっと!」

 いつの間に来ていたのか、王妃様の部屋に現れたカインさんが、私が持ってきていた写真を何枚か手に取って懐に仕舞おうとした。
 だけど、そこはカインさんを不埒竜とあだ名をつけて敵視しているアレクさんのこと、今までの落ち込んでいた姿から瞬時に闘犬のような動きへと変わり、カインさんへと襲い掛かっていく。
 
「はっ!! テメェの動きなんざ、とっくの昔に読み切ってるっつーの!!」

「がぶっ!!」

「痛ぇえええええええええええええええええ!!!!!!」

 ふぅ。日常に戻ってきたなぁ。
 二人が相変わらずの取っ組み合いで微笑ましく交流し始めたのを横目に、私は王妃様の向かい側のソファーに腰を下ろす。
 写真もいっぱい撮ったし、各所へのお土産もどっさりと持って帰ってきた。
 だけど、……やっぱり、あの魔女さん姿の写真を誰かにあげるのは、ちょっとだけ恥ずかしいかもしれない。
 レイフィード叔父さんとツーショットで撮った、狼兄妹テイストの写真も、照れ臭いというか何というか。

「ユキちゃん、ありがとね」

「はい? 何がですか? 王妃様」

 テーブルの上に並べられている写真から視線を外し、私に向き直った王妃様が、私をじっと見つめながら微笑む。

「あいつ、少しは悩みが解消したみたいだから、向こうでユキちゃんが何かしてくれたんだろうな、って」

「レイフィード叔父さんの、悩み……、ですか?」

 二人で窓側にいるレイフィード叔父さんを見ると、視線に気づいたレイフィード叔父さんが優しい笑みを浮かべて、小さく首を傾げる。
 そういえば、すっかり忘れていたけれど、日本に向かう前に有耶無耶で流されてしまったあの件……。
 結局、レイフィード叔父さんの憂いの表情の原因が何だったのか、わからずじまいで来てしまったけれど……。

「ん~、悩みってほどでもなかったのかもしれないわねぇ。あいつの場合、なんとなく、『昔』の事を思い出したりして、たまに意味のない事で落ち込んだり、不安に思ってたりするというか」

「昔の……」

 それはきっと、天上時代の事なのかもしれない。
 幸せな、けれど、……様々な悲劇にも見舞われた、複雑な思い出の眠る、あの時代。
 そういえば、ハロウィンの夜に私を捜してくれていたレイフィード叔父さんと合流した時。
 天上時代の懐かしい……、あの場所で過ごした幼い頃のワンシーンを思い出すような、あの頃に戻ったかのような表情をしていた。
 
「要は、昔を主出してセンチメンタルになってたって事ね。だけど、今は心配する必要もないくらいマイペースな顔してるでしょ? 本当現金よね~。可愛い姪御……、妹が相手だと、すぐに愛情補給して復活しちゃうんだから」

「う~ん、何かした覚えはないんですけど……。でも、……元気が出たなら、……レイフィード叔父さんが笑顔でいてくれるなら、……はい。良かったです」

「たまには厳しくしてやってもいいのよ? でないと、デレデレのぐだぐだで、一国の王として締まらないもの。ふふ」

「そうですね~。じゃあ、時々はそうしましょうか」

 貴方が私達の幸せを願ってくれるように、私や王妃様、皆も貴方の幸せを、いつだって願っているんですよ?
 貴方が私達を深く、心から愛してくれるから、私達もそれ以上に貴方を愛し、傍にいてくれることに大きな幸福を覚える。
 時に、遥か昔の事を思い出して、不安や心細さに苛まれる事もあるだろう。
 だけど、忘れないでほしい。

「レイフィード叔父さん」

「ん? なんだい? あっ、早速、僕に厳しい対応をっ!?」

 王妃様の背後に来ていたレイフィード叔父さんが、愛する奥さんの手にキスをしながら、こちらにも優しい視線を注いでくれる。

「ふふ。それはまた後日にします」

「やるのは決定なのかい!?!?」

「はい、決定です。ふふ、大好きですよ、レイフィード叔父さん」

「あぁ~……っ、可愛い姪御ちゃんが奥さんのせいで黒さを覚えていくよ~……、って、ん!?!? ユキちゃんっ!! 今なんかすっごく嬉しい言葉を聞いた気がするよぉっ!?!?」

 さらりと言ってしまった大好きの言葉を、脳内で巻き戻って拾ってくるところがまた凄いけど、レイフィード叔父さんは奇跡でも目にしたかのように大きく震え、一瞬で私の隣の席に移動してくる。

「言ったよね? 言ったよね!?!? 叔父さん、大好きって!!」

「はい。大好きです、レイフィード叔父さん。これからも、未熟な姪御を、末永くよろしくお願いします?」

「あら~……、ユキちゃんてば、小悪魔ちゃんね~。ふふ、良かったわね~? 叔・父・さん?」

「こ、これは夢かなっ!?!? なんかっ、ハロウィンの夜から、僕の可愛い姪御ちゃんがさらに可愛く、大天使級の可愛さで僕にトドメを刺しにかかってきてるんだけどぉおおおおおっ!!」

 大げさすぎるけど、こうやって親愛の情を時折伝える事は、とても大切なスキンシップの一環だな、と思えるようになってきた。
 大好きな人達と過ごせる時間は、きっと私が思うよりも遥かに長いだろう。
 だけど、感謝や好意を時に口にすることで、改めて自分が得ている幸運がどれほどの奇跡の上に成り立っているか、確認する事も出来る。
 そして、伝えた相手に、この心に溢れる大切な想いを贈る事も出来るから……。

「うぅっ、嬉しいっ、嬉しいよぉおお~っ!! 僕も大好きだよっ、ユキちゃん!!」

「ありがとうございます。じゃあ次は、百年後ぐらいにまたお伝えしますね」

「本当に奇跡級のレアなデレだった!!!!!!」

「あははははははっ!!! ユキちゃん、上手い!! 上手いわ!! そうよねぇ~、好きって言葉は、安売り状態じゃ面白くないものね。ふふ、次は百年後を楽しみに頑張ってね~? 叔・父・さん!」

 お土産のクッキーを一口齧って、悪戯っ子のように面白がる王妃様に、レイフィード叔父さんが嬉しいやら残念やらと、色々混ざった表情で地団太を踏む。
 その仕草が子供のように可愛くて、私も王妃様と一緒に笑い声を響かせる。

「失礼しま~す。おっ、陛下に姫ちゃん達、なんか面白そうだなぁ~! 何やってんだ~?」

「失礼いたします。──副団長、そろそろ執務室にお戻りください、カイン皇子、お尻の部分が破けているようですので、後でお縫いいたしましょう」

「ガルルッ!!」

「くっそぉおおおっ!! しつけぇんだよっ!! 番犬野郎ぉおおっ!!」

 ウォルヴァンシア騎士団の団長であるルディーさんと、副団長補佐官のロゼリアさんが入室後に別々の行動をとり始め、ひとしきり笑った私と王妃様も、賑やかになってきた室内の様子に顔を見合わせてまた微笑み合う。
 遥かな昔……。絶望から始まった物語は、様々な出会いと共に永い永い時を重ね……、誰もが自分の心と向き合いながら、誰かの心と触れ合い、傷付き、傷付けられ、それでも立ち向かい続け、やがて──。
 
「ようやく、辿り着いた……」

 賑やかすぎる室内で一人、誰にも聞こえない程の小さな声で呟き、笑みを深める。すると、

「そして、続いていくんだよ」

 ソファーの柔らかな感触の上で、私の手の甲を大きなぬくもりが覆い、優しく包み込んでくれた。

「そうですね。もっと、もっと、大きなものになっていく気がします」

「うん。また色々面倒事も起きちゃうんだろうけど、皆がいるから、どんと来い! だよね」

「ふふ、はい」

 二人で見上げた窓の向こうの真っ青な美しい空。
 その向こうへと羽ばたいていく白い鳥の群れを見送りながら、私とレイフィード叔父さんは同じ想いを抱き、心を重ね合わせ、──願う。


 どうか、これから訪れる未来に、沢山の幸せが溢れていますように。






 fin
 
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