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楽夢錠
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彼は夢を見ている。会社へ出勤し、片思いの女性である、受付嬢の真奈美に朝の挨拶をすると、真奈美は真っすぐに彼の顔を見つめ、手をにぎり、
「前からずっと好きでした」
と告白する。彼は、意中の彼女からの告白をこころよく受け入れ、真奈美を抱きしめ、キスをしようとした。
と、いったところで目を覚ます。彼は、現実に引き戻された悔しさに、唇を噛み、夢の続きを見ようと、もう一度布団を被った。しかし、夢というのは、そう簡単に続きを見せてくれるものではない。
次に、彼は戦場にいた。草木が枯れ果てた荒れ地。無数の銃弾が飛び交う中、彼は走り、機関銃を構え、向かってくる敵兵にぶっ放す。だが、敵兵は倒れずに、彼に銃弾を浴びせた。
と、いったところで目を覚ます。彼は、現実に戻ってきた安堵感に包まれ、ホッと胸を撫で下ろす。
ふと時計を見る。会社に行く時間だという、さらなる現実に、頭を抱えながらも、彼はスーツに着替え、けだるそうに会社へ向かう。彼の毎日はこんなもの。
彼は、いい夢だけを見たい。夢の中なら、彼女もできたことがあるし、結婚したこともあるし、億万長者になって豪邸に住んだことだってある。しかし、目が覚めてしまえば、それらのすべてが、まかやしであることに落胆する。
その反面、目が覚めて良かったと思うことは、自分がフラれたり、虐められたり、それに、殺されたりしたこと。
まあ、そんな、良いことや悪いことを選べないのが、夢であるのだが──。
そんなある日、彼は、読んでいた新聞の広告に目が止まる。
【良い夢を見せます・楽夢錠】
また、新聞のエセ広告だろう。こんなものに騙されてなるものか。と、彼は思ったが、
「今なら無料サンプルを進呈します」
というコピーに惹かれ、気が付けば、無料サンプルの申し込みの電話をしていた。
そして一週間後、サンプルが届いた。彼は小包の封を乱雑に破り、楽夢錠の瓶を取り出し、説明書を読んだ。
・一錠で六時間の安眠
・一度に服用するのは一錠まで
・水または白湯で服用してください
「これだけ……か」
彼は、疑いの念を持ちはじめた。これでは、普通の睡眠薬と変わらない。いや、もしかしたら、単なるビタミン薬かもしれない。
そう思い、がっくりとうなだれつつも、楽夢錠を一錠、口にほうり込み、深夜零時に眠りについた。
彼は夢を見ている。憧れていた、秘書課の朱美と、海岸線をオープンカーでドライブ。ベイブリッジの夜景が見える場所へ車を止め、朱美が彼に擦り寄ってくる。
彼は、朱美の厚い唇を指でなぞり、リクライニングを倒し、朱美に覆いかぶさった。
と、いったところで目が覚ます。またもや惜しいところで、夢から覚めてしまったと、悔しがりながらも時計を見る。
きっかり、午前六時を刺す針に驚き、まさかと彼は、楽夢錠の瓶を見た。
彼はその夜も、楽夢錠を飲んで眠りについた。昨日の続きが見れますようにと、願を込めて。
彼は夢を見ている。その夜の夢は、昨夜、朱美に覆いかぶさった場面からはじまった。そして、彼は夢の中で、たっぷりと朱美との熱い夜を堪能し目を覚ます。
楽夢錠、これは本物じゃないかと確信し、それは、次の夜も次の夜も続いた。そう、楽夢錠とは見たい夢を、自分の意思で自在コントロールできる代物だったのだ。
しかし、当然のことながら、サンプルの楽夢錠は、わずか十日で底をつき、彼はまた、夢をコントロールできなくなっていた。
そして彼は、再び受話器をにぎった。楽夢錠を購入するために。
そして一週間後、楽夢錠が届いた。三十錠入りの楽夢錠が十瓶。彼は再び、楽夢錠を飲み眠りにつく。これはもう、彼にとって、まさに病み付きだった。
彼は夢を見ている。正恵に小枝子に智美。会社で気になってる女性を、夢の中で何回も抱いた。それに飽きたら、好きな芸能人も夢に登場させ、彼は、夢中心の生活を満喫していた。
しかし、彼の行動や思考に異変をきたす事態が起きる。彼はだんだんと、夢と現実の区別がつかなくなってきていたのだ。
会社でも、夢の中だけの恋人を、まるで本当の恋人のように扱い、女性からは嫌われ、男性からはひんしゅくを買うようになっていた。それに気付いて、慌てて体裁を取りつくろうも、時はすでに遅し。会社では、彼を差別視する声が高まっていた。
しだいに彼は追い詰められ、やがては、無断休暇で家に引きこもりがちになり、ついには、残りの楽夢錠を数瓶、飲み干してしまい眠りにつく。
彼は夢を見ている。深く長い眠り。そして、彼が本当に目を覚ました時、この一連の流れがすべて夢だったことに気付くだろう。
「前からずっと好きでした」
と告白する。彼は、意中の彼女からの告白をこころよく受け入れ、真奈美を抱きしめ、キスをしようとした。
と、いったところで目を覚ます。彼は、現実に引き戻された悔しさに、唇を噛み、夢の続きを見ようと、もう一度布団を被った。しかし、夢というのは、そう簡単に続きを見せてくれるものではない。
次に、彼は戦場にいた。草木が枯れ果てた荒れ地。無数の銃弾が飛び交う中、彼は走り、機関銃を構え、向かってくる敵兵にぶっ放す。だが、敵兵は倒れずに、彼に銃弾を浴びせた。
と、いったところで目を覚ます。彼は、現実に戻ってきた安堵感に包まれ、ホッと胸を撫で下ろす。
ふと時計を見る。会社に行く時間だという、さらなる現実に、頭を抱えながらも、彼はスーツに着替え、けだるそうに会社へ向かう。彼の毎日はこんなもの。
彼は、いい夢だけを見たい。夢の中なら、彼女もできたことがあるし、結婚したこともあるし、億万長者になって豪邸に住んだことだってある。しかし、目が覚めてしまえば、それらのすべてが、まかやしであることに落胆する。
その反面、目が覚めて良かったと思うことは、自分がフラれたり、虐められたり、それに、殺されたりしたこと。
まあ、そんな、良いことや悪いことを選べないのが、夢であるのだが──。
そんなある日、彼は、読んでいた新聞の広告に目が止まる。
【良い夢を見せます・楽夢錠】
また、新聞のエセ広告だろう。こんなものに騙されてなるものか。と、彼は思ったが、
「今なら無料サンプルを進呈します」
というコピーに惹かれ、気が付けば、無料サンプルの申し込みの電話をしていた。
そして一週間後、サンプルが届いた。彼は小包の封を乱雑に破り、楽夢錠の瓶を取り出し、説明書を読んだ。
・一錠で六時間の安眠
・一度に服用するのは一錠まで
・水または白湯で服用してください
「これだけ……か」
彼は、疑いの念を持ちはじめた。これでは、普通の睡眠薬と変わらない。いや、もしかしたら、単なるビタミン薬かもしれない。
そう思い、がっくりとうなだれつつも、楽夢錠を一錠、口にほうり込み、深夜零時に眠りについた。
彼は夢を見ている。憧れていた、秘書課の朱美と、海岸線をオープンカーでドライブ。ベイブリッジの夜景が見える場所へ車を止め、朱美が彼に擦り寄ってくる。
彼は、朱美の厚い唇を指でなぞり、リクライニングを倒し、朱美に覆いかぶさった。
と、いったところで目が覚ます。またもや惜しいところで、夢から覚めてしまったと、悔しがりながらも時計を見る。
きっかり、午前六時を刺す針に驚き、まさかと彼は、楽夢錠の瓶を見た。
彼はその夜も、楽夢錠を飲んで眠りについた。昨日の続きが見れますようにと、願を込めて。
彼は夢を見ている。その夜の夢は、昨夜、朱美に覆いかぶさった場面からはじまった。そして、彼は夢の中で、たっぷりと朱美との熱い夜を堪能し目を覚ます。
楽夢錠、これは本物じゃないかと確信し、それは、次の夜も次の夜も続いた。そう、楽夢錠とは見たい夢を、自分の意思で自在コントロールできる代物だったのだ。
しかし、当然のことながら、サンプルの楽夢錠は、わずか十日で底をつき、彼はまた、夢をコントロールできなくなっていた。
そして彼は、再び受話器をにぎった。楽夢錠を購入するために。
そして一週間後、楽夢錠が届いた。三十錠入りの楽夢錠が十瓶。彼は再び、楽夢錠を飲み眠りにつく。これはもう、彼にとって、まさに病み付きだった。
彼は夢を見ている。正恵に小枝子に智美。会社で気になってる女性を、夢の中で何回も抱いた。それに飽きたら、好きな芸能人も夢に登場させ、彼は、夢中心の生活を満喫していた。
しかし、彼の行動や思考に異変をきたす事態が起きる。彼はだんだんと、夢と現実の区別がつかなくなってきていたのだ。
会社でも、夢の中だけの恋人を、まるで本当の恋人のように扱い、女性からは嫌われ、男性からはひんしゅくを買うようになっていた。それに気付いて、慌てて体裁を取りつくろうも、時はすでに遅し。会社では、彼を差別視する声が高まっていた。
しだいに彼は追い詰められ、やがては、無断休暇で家に引きこもりがちになり、ついには、残りの楽夢錠を数瓶、飲み干してしまい眠りにつく。
彼は夢を見ている。深く長い眠り。そして、彼が本当に目を覚ました時、この一連の流れがすべて夢だったことに気付くだろう。
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