名探偵レン太郎

レン太郎

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レン太郎よ永遠に

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 とある人物の家に、怪盗ギン次郎による、犯行の予告状が送り付けられた。その人物は、早速警察に通報し、警護の依頼をした。
 そして警察は、前回と同様に、一人の刑事を警護に向かわせることにしたのであった。
 その刑事の名は、黒川ヒデキ。

「ったく、なんで俺なんだ」

 黒川は渋りながらも、その人物の家へと向かおうとした。
 とその時、

「あたしも行っていいかしら?」

 ミホコが黒川に声をかけた。

「ミホコ、気は確かか?」

「実は、興味あるのよねー。その怪盗さんに」

 というわけで、黒川とミホコは、予告状が送り付けられた家へと向かったのであった。


 通報があった家の前──。
 その家は、見た目は普通の一軒家のようだが、なにか異様な雰囲気をかもし出していた。

「よし、とにかく入ってみよう」

 恐る恐ると黒川は、その家のインターホンを押した。
 すると、

「はい」

 インターホンごしに、低い男性の声が聞こえてきた。

「警察ですが」

「はい……どうぞ」

 かなりテンションが低めの声。というか、陰気臭い声だ。
 そして、その家の中から現れた人物は、長髪で小太り、眼鏡をかけて鼻息が荒い男だったのである。
 要するに、オタクっぽい男。というか、オタクそのものだったのだ。

「あなたが通報をくれた方で?」

 黒川は、オタクの男に聞いた。

「は、はい……とりあえず、中へどうぞ」

 あまり人と話すことが少ないのか、オタクの男はオドオドと、黒川とミホコを家に招き入れた。

(黒川くん、あたしやっぱパスしていいかしら?)

 ミホコは若干引いた感じで、黒川の後ろに隠れている。

(だから「気は確かか?」と聞いただろ?)

(だってぇ……)

 黒川とミホコは、オタクの男に聞こえないように会話している。
 とそこへ、

「あの、これ」

 家に入るとオタクの男は、一枚の封筒を黒川に手渡した。黒川はその封筒を開き、中を確認した。

「黒川くん、なにそれ?」

「予告状だな」

 どうやら、怪盗ギン次郎からの犯行予告状のようである。

 予告状の内容はこうだ。


【予告状】

 今夜9時に
 潮吹イク美のつけ乳首を
 いただきに参上します。

‐怪盗ギン次郎‐


「また、しょーもないものを盗もうとするもんだな」

 と、黒川が言ったその時、オタクの男の目つきが、ガラリと変わった。

「あなた今、しょーもないものって言いましたよね?」

「え、あ……いや」

 今度は逆に、黒川がアタフタしている。

「潮吹イク美のつけ乳首は、サイン会のジャンケンゲームで勝ち残って、やっと手に入れたものなんですよっ!」

 オタクは、一度キレたら歯止めがきかないようだ。さっきまで黙っていたのが嘘のように喋りだしたのである。

「こちらの言葉が悪かったです。本当にスミマセンでした」

 黒川は、オタクの男に頭を下げた。

(黒川くん、格好悪ーい)

(う、うるさいな)

「ええ、まあ……別にいいんですけど」

 不服なようだが、なんとか話は聞けそうだ。

「ところで質問ですが、潮吹イク美というのは?」

「最近、すごい人気のAV女優ですね」

「で、そのつけ乳首は、サイン会に行って手に入れたわけですね?」

「はい、すごい人数だったんですけど、頑張って最後まで勝ち残りました」

「その会場に、不審な人物はいませんでしたか?」

「そういえば、双子のオッサン達が、やたらと張り切って、ジャンケンゲームに参加していましたけど」

「双子のオッサン?」

 黒川は、ポケットからレン太郎の写真を出して、オタクの男に見せた。

「そのオッサンってのは、こいつじゃないですか?」

「あ、そうです! この人です!」

「やっぱりそうか」

 そこへミホコが、

「黒川くん、どういうこと?」

 と、聞いてきた。

「前にも言ったと思うが、レン太郎とギン次郎は双子の兄弟だ。だから、その会場にこいつらが居たって事は……」

「ジャンケンゲームで取り損なった、つけ乳首を奪い取りにきたってわけね?」

「そう考えて、間違いないだろうな」

「まさか、兄弟揃って登場なんてことないでしょうね?」

「恐ろしいこと言わないでくれ」

 と、黒川とミホコが話していると、

「あのー、もう8時回ってんですけど、大丈夫ですか?」

 オタクの男が、心配そうに話し掛けてきた。

「大丈夫です。ところで、そのつけ乳首とは、今どこに?」

「はい、ここにあります」

 と、オタクの男は着ていたシャツをめくり上げた。
 その胸にはなんと、しっかりとつけ乳首が装着されていたのであった。

「ど、どうりで、乳首の勃起がすごいと思ってましたが、まさか装着していたなんて……」

「ええ、盗られるくらいなら、いっそのこと、つけてしまえって思ったんです」

 肌身離さずとは、まさにこのことである。黒川は妙に感心してしまった。
 とその時、

「ごめんくださーい」

 聞き慣れた女性の声が、家の玄関口から聞こえてきた。

「まさか、あの声は……」

 ミホコは玄関口へと向かった。
 すると──、


 あなたの恥骨に
 スマッシュエルボー!
 ちょっと危ない
 ハートフル探偵!
 名探偵リンリン!


と、声が聞こえてきた。

「あら、リンリン。どうしたの?」

「ちょっと、ミホコさんと黒川さんにお話があるんですけど、いいですか?」

 どうやら、リンリンが訪ねてきたようだ。

「いいわよ、中に入ってらっしゃい」

 ミホコは、リンリンを家の中へ招き入れた。


「こんばんは、黒川さん」

「ああ、ところで今日はどうしたんだ?」

「実は、怪盗ギン次郎のことについてお話があるんですけど」

 リンリンは、いつになく神妙な面持ちで黒川に話している。

「なんだ? 言ってみろ」

「以前、黒川さんに、生き別れになった兄を捜していると言ったことがありますよね?」

「ああ、覚えている。それがどうかしたのか?」

「あたしの、義理の母から聞いた話なんですが……」

「義理の母?」

「あたしの本当の両親は、あたしが赤ん坊のころに交通事故で死んでしまって……だからあたしは養女なんです」

「そ、そうだったのか」

「はい、でも本当の子供のようにあたしを育ててくれました」

「で、その話というのは?」

「両親を亡くしたことにより、あたしと兄は、施設で暮らさなくてはならなくなりました。でも、幸いあたしは、養女に貰われることになったんですが、兄はそのまま施設に……」

「それから兄とは会ってないのか?」

「はい。でも、名前は聞かされていました」

「まさか、その名前が?」

「ギン次郎です」

 なんと、リンリンの行方不明になっていた兄の名前と、アホ怪盗の名前が一緒だったとは──。
 名前が同じだけなのか。それとも運命のイタズラか。
 とそこへ、

「でも、待って」

 ミホコが話に割り込んできた。

「リンリンのお兄さんって、一人なんでしょ?」

「はい、そうだと思いますが」

「じゃあ、怪盗ギン次郎は、お兄さんじゃないと思うわ」

「え、どうしてですか?」

「だって、あいつは……」

 と、ミホコが言いかけた時、

「待て、ミホコ!」

 黒川がミホコの話を遮った。

(どうしたの、黒川くん?)

(もし、怪盗ギン次郎が、リンリンの本当の兄貴だったらどうするんだ?)

(どうするって?)

(兄貴だということは、必然的に双子のレン太郎も兄貴だということになるだろ?)

(ま、まあ……そうなるわね)

(本当の兄貴が、あの変態兄弟だと知ったら、リンリンのショックは図り知れん)

(それも一理あるわね)

(だから、事がはっきりするまで、あの二人が双子だということは隠しておいた方がいいだろう)

(そうね、わかったわ)

 と、黒川とミホコが小声で話していると、

「あのー、そろそろ9時なんですけど、大丈夫ですか?」

 と、オタクの男の声。

「も、もちろんです」

 と、黒川が言ったその時、ピピピピ──と、黒川の腕時計から、9時を知らせるアラームが響いた。

 それと同時に、

「アーハッハッハッハッ!」

 何処からともなく、変態的な笑い声が聞こえてきたのである。

「ど、どこだ!」

「ここだ! ここだ!」

 どうやら、玄関口から聞こえてきてるようだ。黒川達は玄関口へ急いだ。
 見ると、前回と同様に、唐草マントにサングラスといった出で立ちで、一人のオッサンが立っていたのであった。


 キンタマ袋を叩いてみれば!
 今日も出る出るガマン汁!
 怪盗ギン次郎 参上!


 と、ギン次郎は普通に玄関から入ってきた。

「今回は、地味な登場だな?」

「あら、黒川さんでしたっけ? どもども、お久しぶりです。ていうか、今日はまた大人数ですね?」

 ギン次郎の目の前には、黒川を先頭にミホコがいて、その後ろを隠れるように、リンリンが顔を覗かせている。
 そしてオタクの男は、一番後ろで乳首を両手で押さえていた。

「そうだ、この人数の中盗むことができるか?」

「私は、怪盗ギン次郎。盗むと言ったら必ず盗みます……ですが」

「ですが?」

「今回は止めときます」

「なに?」

 なんと、ギン次郎は登場した直後に、盗みを放棄してしまったのだ。

「どうしてだ?」

「だって、潮吹イク美のつけ乳首、あの男が装着してるでしょ?」

 ギン次郎は、オタクの男を指差した。

「よくわかったな」

「だって、あんだけ乳首を必死で押さえてたら……最初っからバレバレでしたよ」

「だから止めるのか?」

「ええ、あの男が装着した時点で、あのつけ乳首の価値は無くなりました。だから、盗む必要もナッシングです。というわけで、失礼しまーす!」

 と、ギン次郎が帰ろうとしたその時、

「ちょっと待って下さい」

 リンリンがギン次郎を呼び止めた。

「ん、なにかご用かな、お嬢さん?」

「ちょっと、ギン次郎さんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「どうぞ」

「あなたが子供の頃、ご両親が事故に遭って亡くなったなんて事ありませんでしたか?」

「さあ? 僕って記憶があいまいだから、わからないな」

「じ、じゃあ……生き別れになった兄弟はいませんか?」

 リンリンは、必死でギン次郎に問いかけている。

「いるよ、兄貴が」

 兄貴とは、もちろんレン太郎のことである。

「そうですか……妹じゃないんですね」

 リンリンは、あてが外れたと思い、がっくりとうなだれてしまった。
 と、その時である。

「待て待て待てーい!」

 また玄関口から一人のオッサンが入ってきた。


 乳首コリコリ
 みコリコリ!
 あわせてコリコリ
 むコリーナ探偵!
 名探偵レン太郎!


「やっぱり、お出ましか」

 黒川は頭を抱えている。
 レン太郎はギン次郎に話しかけた。

「ところで、ギン次郎」

「なんだい、レン兄ちゃん」

「潮吹イク美のつけ乳首はどうした?」

「それが、大変なんだよ! レン兄ちゃん!」

「何があった?」

「あの、オタクくんが自分の乳首に、潮吹イク美のつけ乳首を装着しちゃたんだよ!」

「な、なんだって!」

 あまりのショックにレン太郎は、頭を押さえてフラフラしている。

「オ、オタクくん」

「な、なんだよ」

「君は、なんて事をしてくれたんだ!」

「……え?」

「あのジャンケンゲームで勝ち残り、せっかく手に入れた、潮吹イク美のつけ乳首を、装着するなんてありえないっ!」

「せっかく盗みに来たのに、これじゃあ盗む気も失せるよ」

「そうだ! 君は、せっかく盗みに入ったギン次郎の気持ちを、踏みにじったんだ!」

「さすがレン兄ちゃん! いいこと言った!」

 と、オタクの男を責め立てていると、

「おい、お前ら!」

 と、黒川の声。

「はい?」

「理不尽なことばっか言ってんじゃねーよ!」

「だって、せっかく勝ち取ったつけ乳首を、自分の乳首に装着するなんて考えられません」

「じゃあ、お前だったら、どうするんだ?」

「ガラスケースに入れて大事に保管します」

「それだけか?」

「ええ、んで、たまに眺めながら、ニヤニヤします」

「それくらい常識ですよ。知らないんですか? 黒川さん」

「知らん!」

 そこへミホコが黒川に、

「ていうかさ、もう、つけ乳首のことはどーでもいいじゃない?」

「そうだな、盗む気もないようだからな」

「え? じゃあ、ボクが体を張って装着したつけ乳首は、ほったらかしですか?」

 とオタクの声。

「スマンが、そういう事になる」

 そこへレン太郎が、

「じゃあ、今回はこれで終わりですかね?」

「ええー! 久しぶりに出てきたのに」 

 ギン次郎は残念がっている。
 と、今回の話が終わりかけた、その時、

「あのーあたしの件が、まだ終わってないんですけど」

 と、リンリンが話に割って入ってきた。

「あ、スマン。そうだった」

 と黒川。

 リンリンは神妙な面持ちでギン次郎に話しかけた。

「あのーギン次郎さん?」

「なんだい?」

「所長のことを、レン兄ちゃんって呼んでましたけど、どういうことですか?」

「だからさっき言ったじゃーん。生き別れになった兄貴がいるって」

「え、それって所長のことだったんですか?」

「そだよ、ほら」

 そう言うとギン次郎は、かけていたサングラスを外した。

「し、所長が二人……」

「話には聞いていたけど、本当にそっくりね」

 リンリンとミホコは、ア然としている。
 そこへ、

「ていうかな、お前、ギン次郎のことをリンリンに言ってなかったのか?」

 黒川は、呆れたようにレン太郎に言った。

「え、ええ……言うきっかけが、なかったもんで」

「黒川さん、どういうことなんですか?」

 とリンリン。

「レン太郎とギン次郎は双子の兄弟だ。だからもし、ギン次郎がリンリンの兄貴だったら……」

「し、所長があたしのお兄さん?」

「と、いうことになるな」

「いやーん、マジですかぁー」

 急にリンリンは、テンションがアゲアゲになった。

「リンリン、なんだか嬉しそうね?」

「だってー、兄を捜そうと思って、探偵事務所のアシスタントになったのに、その所長が実は兄だったなんて、なんだかドラマチック~」

 だがそこへ、黒川が残念そうにリンリンの肩を叩いた。

「でもな、リンリン」

「なんですか?」

「それを証明する手段がないんだよ」

 そうなのだ。レン太郎とギン次郎は、まともな方とアホな方の人格を持つ二重人格者なのだ。
 今現在はアホな方なので、両親がどうのとか、妹が居たかどうかなどの記憶があいまいなのである。そしてリンリンは、そのことをまだ知らない。

「お兄さんって、いったい何の話ですか?」

 と、レン太郎とギン次郎。

「ややこしいから、お前らは首を突っ込むなーっ!」

 アホな二人は、状況がまるで飲み込めていないようだ。
 だが、その時である。

「証明する方法ならあるわよ」

 見るとミホコは、拳銃を取り出し天井に向かって構えていた。

「バ、バカ! ミホコ! 止めるんだ!」

「警察クビになったら、面倒見てよね。黒川くん」

 しかし、


 バァーン!


 黒川の制止も空しく、ミホコは発砲してしまったのであった。

「……なぜだ、ミホコ」

「これでいいのよ、黒川くん」

「いいって、お前、下手すりゃクビになっちまうぞ」

「でも、ここで真実をはっきりさせないことには、またリンリンが苦しんでしまうわ。それにね……」

「それに?」

「拳銃は人を傷つけるだけの道具じゃないって、証明したかったの」

「……ミホコ」

 とそこへ、

「ふっふっふっふっふっ……」

 レン太郎とギン次郎が、不敵に笑い出した。

「久しぶりに元に戻ることができましたよ」

「僕もだよ、レン兄さん」

 どうやら二人とも、まともに戻ったらしい。

「え……これはいったい、何が起こっているんですか?」

 リンリンは状況が把握できずに、戸惑っているようだ。

「リンリン……いや、リン子。実は、かくかくしかじかというわけなんだよ」

 と、レン太郎。

「ええ! そうだったんですか?」

 面倒なので説明を省いてしまった、お茶目な作者なのであった。

「おい、その様子だとやっぱり」

「そうです、リン子は私の妹です」

 と、読者の期待に応えるかのように、レン太郎は言い放った。

「本当に……本当に兄さんなんですね?」

「そうだよリン子、今までアホな方が気付かないですまなかったな」

「リン子……こんなに大きくなっていたのか」

「……ギン兄さん」

 感動的な兄弟の再会。三人は肩を寄せ合い、お互いに抱き合っていた。

 とそこへ、

「あのーせっかくの再会で盛り上がりのはわかるんだけど、どういう経緯で生き別れになったのか、説明してくんない?」

 ミホコの言うことも、もっともだ。

「そうでしたね。それでは、説明しましょう」

 そう言うとレン太郎は、遠い目をしながら話し始めた。

「あれはそう……今から20年前。リン子が生まれて間もないころでした。私とギン次郎はまだ8歳」

「ちょっと待て!」

 と黒川。

「はい?」

「てことは、お前まだ28歳か?」

「そうですよ」

「なんか、スゲー老けて見えるぞ」

「一応、気にしてるんですから、ほっといて下さいっ!」

「で、話の続きは?」

「はい、そんなある日。リン子の面倒をみながら両親の帰りを待っていました。
 とその時、両親が交通事故に遭ったと電話があり、私はギン次郎とともに幼いリン子を抱えて病院へ……。
 しかし、私達が病院に着いた頃には、両親はもう息を引き取っていました」

「そうだったのか……」

「そして、両親を亡くした私達兄弟は、引き取り手もなく施設に送られることに。でも、そんな時、リン子を養女にもらいたいという話があったんです。そしてリン子は、時田家の養女となり、時田リン子として生きて行くことになったのです」

「だから、お前らは苗字が違ったのか?」

「まあ、そういうことです」


「それで、リンリンが妹だとわかった今、これからどうするつもりなんだ?」

「この街は物騒です。またいつ銃声を聞いてアホになるかわかりませんから、兄弟揃って静かな田舎にでも引っ越そうと思ってます」

「そうそう! 僕も怪盗なんか辞めて真面目に働くよ」

「え……そうなんですか?」

 リンリンは少し寂しそうだ。

「じゃあ、これでお別れってわけね?」

「ミホコさんにも、ご迷惑おかけしました。これからは、捜査の邪魔なんてしませんから安心して下さい」

「そ、そうね。せっかくまともになったんだから、その方がいいわよね……きっと。うん……そうだわ」

 いざ別れとなると、ミホコも寂しそうだ。
 だが、その時である。


バァーン!


 またしても銃声が家の中に響き渡った。
 見るとそこには、天井に向かって拳銃を発砲した、黒川の姿があったのだ。

「どうして? どうして撃ったのよ! 黒川くん!」

「…………」

「黙ってちゃわからないでしょ?」

 黒川を責め立てるミホコ。

 とそこへリンリンが、

「すみません、ミホコさん。あたしが、黒川さんにお願いしたんです」

「……え?」

「あたし、所長とギン次郎さんが兄だってわかって、本当に嬉しかったんです」

「じゃあ、どうして?」

「でもあたしは、所長に今までのように、この街で探偵をしていてほしいんです」

「でも、またアホになっちゃったから、あなたが妹だってことは、わからなくなってしまったのよ」

「それでもいいんです、あたしがちゃんとわかってますから」

「本当に? だってなんか、ますます変態度が増してる感じになってるわよ」

 と、ミホコは二人で機嫌良さそうに歌っている、レン太郎とギン次郎を指差した。


 あ、さて
 あ、さて
 さてはタマキン
 ナマスダレ
 ちょいとひねれば
 白いおツユがドッパドパ


「はい、大丈夫です」

 リンリンは満面の笑みで答えた。
 とそこへ、

「刑事さん! 僕ん家の天井に穴が二つも空いちゃったじゃないですか!」

 オタクの男は、天井を壊されたことに腹を立てているようだ。

「スマン。修理代は、あとで警察に請求してくれ」

 そこへミホコが、

「ていうかさ、黒川くん」

「なんだ、ミホコ?」

「二人して、発砲しちゃったからマジでクビかもね?」

「そうだな、課長に理由を説明しても、わかってもらえないだろうからな」

「クビになったらどうする?」

「二人で探偵事務所でもやるか?」

「あ、それ名案かも」


 そしてこの日は、オタクの男のつけ乳首をほったらかしのまま、みんなで現場を後にしたのであった。


 そして翌日──。
 黒川とミホコの処分は、始末書を書くだけにとどまった。
 なぜなら、リンリンが「ギン次郎が逃げる際に威嚇射撃をした」と、嘘の証言をしてくれたからである。

 「なあ、ミホコ」

「なに、黒川くん?」

「お前、最初に発砲した時、クビになったら面倒見てくれって言ったよな?」

「そ、そお? そ、そんなこと言ったかしら?」

「あれって、俺と結婚したいって意味じゃ……」

「あーいけない! あたし用事思い出しちゃったから、ちょっと出かけてくるわねー!」

「ま、待てよ! ミホコ!」


 黒川とミホコの仲はまずまずの様子だが、ゴールインまではまだ遠いようだ。

 そのころ、みかさがわ探偵事務所では──、

「なあ、リンリン」

「なんですか、所長?」

「昨日の事件でさ、途中から覚えてない所があるんだけど、リンリン知らないか?」

「え、えーと、よくわかりません」

「そお、なんか重大なことがあったような気がするんだよねー」

「いつも通りでしたよ。ギン次郎さんも来て面白かったですし」

「そんならいいんだけど……」

 リンリンは、レン太郎とギン次郎が本当の兄だということを黙ったままだった。

 なぜなら、
 今この時、
 レン太郎のアシスタントとして、この街で探偵をやっていることが、リンリンにとって、最高の幸せであるからだ。

 とその時、

「緊急連絡、緊急連絡! 湖で女性の水死体を発見したとの通報がありました。至急、現場に向かって下さい」

 無線機が警察無線を傍受した。

「所長、どうしますか?」

「もちろん!」

「もちろん?」

「遊びに行くに決まってるじゃないか!」

「はーい」


 この世に事件が起こる限り、レン太郎とリンリンは今日も行く。


 見た目はオッサン!
 頭脳はお子様!
 完全無欠な下ネタ探偵!
 名探偵レン太郎!




‐名探偵レン太郎‐【完】
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