207 / 211
グランディア編
97 (重複のみ)
しおりを挟む境会を発信源に、王都の住民が謎の異変に包まれた。何かの力により動けなくなった人々だったが、空の魔法紋の消滅と共に立ち上がる。
不審に思った人々が、一人二人と王城の門前に集う中、人波を駆け抜けた左右の伝令が戦況報告を手に入城した。
**
いつもの様に戸口に立っていた護衛騎士、椅子に腰かけていたダナーの大公は、軽くなった身体に気付いて杯を置くと窓の外に目をやる。
すると瓦解してバラバラと森に崩れ落ちていた魔法紋が、綺麗に消えて無くなっていた。
因果律の支配から解放された王城内は、慌ただしく動き始める。各地の伝達が行き交い城内が落ち着きを取り戻した頃、左の棟と右の棟の貴賓室からそれぞれ玉座の間に向かった二人の大公は、大扉の前で鉢合わせると目を合わせた。
互いに言葉は無い。開かれた大扉の直線上、二人は玉座に座る壮年の男の前に立った。
控える廷臣が伝令書を広げると、それを高らかに読み上げる。
「西、バックス国、東、トイ国、両軍の撤退の確認をご報告致します! ステイ、ハーツ、両大公閣下にお祝いを申し上げます!」
力強くそれは玉座の間に響いたが続く沈黙のまま、読み上げた廷臣は気まずく数歩後ろに下がった。冷たい蒼の瞳は玉座を見つめ、間を空けて、ようやく薄い唇が開かれる。
「陛下、何をされたか分かっているのですか? 王太子殿下の機転がなければ、この場は無かった」
ダナーの大公の問いかけに、国王は軽く目を伏せた。
「左側に来た国王軍エルドラード侯爵家、これが駆け付けなければ、我が軍は、今頃王都に向かっていたかもしれません」
グランディアが左右に向かわせたエルドラード家とメーベルライト家の国王軍の援軍。それは戦況に大きく貢献はしなかったが、向かったという事実が重要だった。
閉じられたままの瞳。重い沈黙に時が経つと、王警務隊の隊長の入室が告げられる。二人の大公に責められた国王は、それに目を開けた。
「首謀者、境会主祭司オーカン、その他数名の関係者を捕らえました」
「「!?」」
報告の内容に大公二人は眉をひそめ、国王は軽く頷く。
「よくやった」
長い年月、空に突き刺さる魔法紋は国を護る結界とされるが、その実は境会が使用する魔法を増幅維持させるものだった。
境会は未知なる知識を持つ聖女を使い、貴族、庶民、国全体に少しずつ信仰心を植え付ける。
人々の小さな不安につけこみ、少しだけ解決し、気づけば境会を崇高なものと位置付けて、祭司を崇め、言葉に従う事を疑わない様になっていく。
この歪な干渉は国全体を薄く広く包み込み、旧王国や幻獣から無理矢理引き出した魔力は、自然災害の兆しを見せ始めた。
「見えないところから、じわじわと侵食して全身に行き渡り、もう切り離せない事になる。それが境会のやり方なのだ」
まずは貴族に、そして王族に取り付き、最後に王家を侵食した。
「国を危機に陥れた彼らの罪は、白日の下に晒される。……多少の誤算はあったが、左右の均衡が保たれて何よりだ」
全ては境会を排除する作戦だったと国王は説明したが、アトワの大公は厳しく玉座を見上げた。
「多少の誤算?」
王の真意、境会を捕らえることは出来たが、左右の戦力を削ぎ落とす事は出来なかった。それを知っているダナーの大公は目を眇め、アトワの大公は国王を赤い瞳で怒りを顕に睨み付ける。
「国難を乗り越えた。両大公領地には、望む報奨を与えよう」
追及から逃れる様に話を逸らし、朗らかに笑う玉座の王。それを見つめていた蒼の瞳は「ならば」と口を開いた。
「我が娘リリエルの罪の取り消しを」
「それはもちろん。それにそなたたちの更迭も、境会に対する策によるもの。それは望みの内には入らない」
「では、グランディア王太子殿下と、リリエルとの婚約を、正式に破棄させて頂きます」
「右大臣!?」
思ってもいなかった内容に国王は腰を浮かせたが、蒼の瞳はそれを封殺した。
**
あれから一月が経ち国内が落ち着きを取り戻すと、王都のダナーの屋敷に報せが届いた。
「学院の再開か」
執務室でそれを受け取ったメルヴィウスはルールを振り返る。
「リリーは、少し落ち着いたようだけど。俺としては、あんな所行かせなくてもいいけどな」
「…ですが、気は紛れるかもしれません」
「ふむ」
護衛の中でエレクトとナーラは特に重症で療養していたが、最近ようやく活動出来るようになってきた。そしてリリーは、セオルが居なくなってから元気をなくした。
「セオルか……。あいつ、一体何者だったんだろうな…」
呟いたメルヴィウスに、ルールは手元の報告書から顔を上げた。
「気になる事は、あの場で、エンヴィーも居なくなっていたということです」
光が満ちた祭壇の上。目を開くと二人の姿が消えていたと、その場に居た者は口を揃えて言った。
「ファン殿に確認して頂いたのですが、異界と繋がっていたという祭壇の魔方陣、その横に、別の魔方陣があったそうなのです」
「別の?」
「それはファン殿も使用する、転移魔方陣と似ているのだとか」
「それって……」
眼鏡を押し上げたルールは、メルヴィウスの疑問にこくりと頷いた。
「考えられる事としては、セオル、エンヴィー両方が異界に行ったか、セオルだけ異界に行きエンヴィーが転移魔方陣を使用したか、もしくは…」
「二人とも異界へは行かずに転移したか」
「……フレビア卿とアストラ卿の報告を聞く限り、二人の消失と共に因果律の支配が解かれていることから、それは無いとは思いますが……。あくまでも可能性の一つとしてですね」
「……ふむ」
腕を組んだメルヴィウスは窓の外、ファンと庭を歩くリリーを目にする。
「今のリリーに、その曖昧な観測を言ってもいいものか、悩むな」
「……はい」
周囲を気遣い無理やり笑ってはいるが、リリーは、以前とは比べようもなく精彩を欠きやつれてしまった。
「晴れて王太子との婚約という枷も無くなったし、学院に行くか行かないかは、リリー本人の希望に任せよう。それにそろそろ、ステイ領から兄上も戻って来る頃だからな」
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる