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グランディア編

94(重複のみ)

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   「赤色、薄くなった気がする!」

   一つ目の穴から出てきたセオルを見て、空を確認したリリーが叫んだ。

   「!?」

   身体の異変に、ナーラとエレクトは目を合わせる。

   (確かに、ほんの微かだが、楽になった気がする)

   だがそう思って進んでも足は重く、えも言われぬ圧力が掛かり嘔吐した。

   膝をつくダナーの護衛騎士を横目に、次の穴に向かって歩く。領地戦の宣言前後から右側ダナーの者達に執拗に追われ街中に身を隠し潜んでいたセオルは、見るからに負傷する彼らに声をかける事もなく先を急いだ。

   (次は、この穴か)

   飛び込んだ狭い穴。俯く女の後頭部に留められた紐を外すと、口から核が転がり落ちる。同じ様に石を壊すと、流れ出た汗を袖で拭いホッと息を吐き出した。

   「……?」

   俯く女のがくりと下がった項に、見覚えのある痣を見た。

   「……」

   そして座り込む髪の長い細身の女の、全身を隈無く見つめる。

   「…………」

   一度穴の縁に手を掛けて、底から出ようと力を入れたが、考えた一時、足下に力なく崩れている女の肩に手を掛けて、少しだけ押した。

   「セオ!! 見て!!」

   二つ目の穴から出てきたセオルを待っていたリリーは空を指差した。曇天に浮かぶ壊れた魔法紋。その破片は赤色い光を失い、明らかに薄くなっている。

   だがリリーの呼び掛けを無視したセオルは、近くに倒れる灰外套の祭司の傍に屈み込む。

   「セオ?」

   疑問に呟いたリリーに、ナーラは気怠い身体で振り返る。そこには、ボーガンを手にしたセオルが立っていた。 

   「あいつ、」

   未だに身体が動かないが、何とか手にした剣をセオルに向けた。だがそのセオルはナーラとエレクトには見向きもせずに、再び穴へと移動する。

   そして手にしたそれを、倒れる死体に構えた。

   「………」

   「セオ? どうしたの?」

   「なりません、姫様」

   「大丈夫よ」とエレクトに声をかけ、セオルの背後に走り寄るリリー。フェアリープと呼ばれた聖女に向けられたボーガンは、発射されずに下ろされた。

   ーードォーン…。

   「まだ!?」

   色は薄くはなったが、破片は消えずに落下を続けている。そして因果律に支配された三人も、未だ苦しげに肩で息を吐いていた。

   「速度は遅くなった気がするけど、まだ落ちてくるわ」

   「ネルは壊したのですか?」

   リリーの後についてきた、穴を覗き込んだエンヴィーは砕けた核を確認すると、未だ完全に消えない空の魔法紋を見上げる。

   「……これで駄目なら、もしかすると異物本体と引き寄せられた異界が、まだ繋がっているかもしれない」

   「左側アトワと王都に埋められた、結界の触媒ですか?」

   「いや、あれらはもう、魔法紋の形を維持する残滓のようなもの。異界を引き寄せたのは、ここにある異物とネルの力です」

   「ここにある……ということは、聖女の身体をへ還せば良いのでは?」

   即座に思い付いたセオルに、エンヴィーは黒の瞳を見開いた。

   「成る程、そうですね」

   「還すって、簡単に出来るものなの?」

   「離れて下さい」

   いつになく厳しいセオルの言葉に、リリーは素直に従い数歩だけ後ろに下がった。

   躊躇なく穴に飛び込んだセオルは、倒れる女の身体を穴から地上に抱え上げ、それをエンヴィーが掴み引っ張り上げる。

   後ろでおろおろと見守るだけのリリーは、「動かないで」と穴から出たセオルに再び命じられ、それにしっかり頷くと、エンヴィーによって祭壇に引きずられるフェアリープを不安げに見つめていた。

   次にセオルは反対側に位置した穴に飛び込み、フェアリオの身体を抱え上げると肩に担ぎ、それを一人でエンヴィーの元に運ぶ。

   壊れた祭壇裏に画かれるのは、さほど大きくない魔方陣。その中央に二人の身体を並べるとエンヴィーは、セオルの言い付けを守り動かず祭壇を見つめていたリリーの元へと向かう。

   「これだけで向こう側に送る事が出来るのですか?」

   エンヴィーの後を追うセオルは、泉近くの瓦礫の傍、少しずつ教会内に移動する護衛騎士二人の位置を確認した。

   「あれらを召喚したのは私です。送還も可能でしょう。過去の文献には、異界に引き戻された異物が何体か記されていましたし」

   「引き戻された?」
   
   「魔法紋が綻んだのか、この世の理がよほど異物を拒んだのか、原因は分かりません。ですがアイという異物だけは、境会アンセーマが還したと明確に記されていた」

   「アイ…!?」

   「右側ダナーの娘に呪いをかけた、フェアリーアイです」

   祭壇の魔方陣が光を放ち始めた。

   「光が…」

   振り返ったセオルに構わずエンヴィーが向かった先、そこには口を開いて祭壇を見つめるリリーが一人で立っている。光は徐々に魔方陣に横たわる二人の身体を包み込むと、目映い柱が空に向かった。

   「あ!」

   同時に、軽い悲鳴に耳を塞いだリリーは身を竦ませる。同じ様に祭壇の光を見ていたナーラとエレクトは、突然のリリーの叫びに何事かとそれを見た。

   「リリー様! どうしましたか?」

   「何この、音、」

   「音?」

   「多分これ、あの、訓練よ、びっくりした…」

   空を見上げるが、まだ次の破片は地上に落ちてはいない。両耳を塞ぎ身を縮めるリリーをセオルは支えるが、それを見つめていた黒の瞳は躊躇うように目を伏せた。
   
   「最後は貴女です」

   「……え?」

   「リリエル・ダナー。貴女を、異界へ送ります」
   
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