197 / 211
グランディア編
89
しおりを挟む「ぐぁ!」「がっ!」
「!?」
命じたはずの矢は放たれず、異様な声を出してドサリドサリと地に伏せる。異変に振り返ったクラウンは、灰色の祭司が次々と倒れた事に、その場から一歩下がった。
「なんだ、これは」
倒れた者達の首や急所に、弓矢が突き刺さっている。祭司達は慌てて瓦礫に身を隠すと、周囲の森を警戒に見回した。
「クラウン、私が、何の手もなくこの場に来たと思ったのか?」
グランディアの部下、密偵として暗躍する者は先行して既にこの場に潜んでいる。
間に合わず、リリーへ放たれた矢の一部が衣服を掠めた失態を見て、グランディアは苛立ちを隠さなかった。
「くそ!」
だが狙う的は三つ。まだ武器を手にする祭司は残っている。クラウンは、「急げ、早く、殺れ!!」と大声で叫んだ。
発射するが、横合いからそれを別の弓矢が弾き飛ばす。その間に、物陰の無い泉から離れようと三人は森へ向かって動き出した。
ボーガンでは当たらないと思った祭司の数人は、腰の剣を抜き身に石像の影に隠れ、次に泉周辺の茂みに移り忍び寄る。
「こうなったら、絶対に、グランディアと、令嬢だけは、確実に仕留めろ!」
クラウンに言われて、捨て身に走り出した灰色の外套祭司たち。木陰から援護していた女兵士も気付いて走り向かうが、それを別の者に阻まれる。
六人の祭司が一斉に剣を振り上げ襲いかかり、グランディアがそれに応戦するが手が足りず、一人は足を引きずるエンヴィーと、それを押すリリーの背後に追い付いた。
「アイの不幸を!」
「!!」
頭上に振り上げられた長い刃を、振り向き見上げたリリーは咄嗟に、護るようにエンヴィーに抱き付き押し倒した。
ーーカァン!!
軽い音に弾かれ舞い上がった剣と共に、倒れた灰色の祭司の背後にはエレクトが立っている。そしてグサリと剣が地に突き刺さると、リリーの真上から女騎士の声がした。
「遅くなり、申し訳ありません」
「ナーラ様! エレクトくん!」
現れた護衛騎士たちに安堵し全身の力が抜ける。地面に強かに身体を打ち付け、痛みに顔を歪めて半身を起こしたエンヴィーは、自分に覆い被さる温かい体温が、ナーラによって剥がされたのを見た。
「ご無事で」
「ナーラ様、エレクトくんも、良かった…」
グランディアの援護に回ったエレクトと、再びナーラを見つめたリリーは、しっかりと立っている二人に涙ぐむ。その背に、エンヴィーが問いかけた。
「なぜ庇った」
振り返ると、出血に真白い顔が蒼白となったエンヴィーがゆっくりと立ち上がる。言われたリリーは小首を傾げたがほどなく軽く頷いた。
「そこに貴方が居たからよ」
「私は境会の祭司だ」
何の事かと黒の瞳を見つめた蒼の瞳。それは数回瞬くと、結ばれていた唇が開かれた。
「境会と怪我は別なのよ」
言われたエンヴィーは意味が分からずその場に立ち竦む。少し離れた泉の岸辺では、グランディアとエレクトが灰色の祭司と切り結び、教会跡地の瓦礫の中ではクラウンが短外套の少年に「主祭司様に連絡を!」と叫んでいた。
「……」
エンヴィーを置き去りナーラの元へ歩き出したリリーの背に、すがるような声がかけられた。
「思い当たる節がある、貴女はそう言った」
「?」
振り返った蒼の瞳は少し何かを考えた後、思い出したと頷いた。リリーは、エンヴィーに自分の謎を与えたままだった。
「そうね、まだ答えを言っていなかった」
背後でナーラが眉をひそめるが、リリーはエンヴィーに向き合うと、何故か両手を腰に胸を張る。
「貴方と私の共通点、それはね、悪役だからなのよ」
「??」
「間抜けにやられる事が仕事なの。だからそんなに怪我をした」
「???」
リリーの答えに間の抜けた表情をしたエンヴィーの、心中を理解できたのはナーラだけ。言った本人は満足ににっこり笑ったが、それをエンヴィーは不満に呟いた。
「私の考えとは違う」
握ったままの胸元から、握りしめた手の平を前に出した。それにナーラは身を固めたが、リリーは疑問に首を傾げる。
「どうぞ、これが私の答えです」
「?」
「姫様!」
嫌な予感にナーラは叫んだが、「どうぞ」と言われたリリーは素直に手の平を差し出した。
真白い手が重ねられ、エンヴィーが手を引くと緑の石が残された。リリーの手の平の半分ほどの大きさ。何処かで見たことのある美しい緑色は、破片の縁に光を宿し、見つめていると、光は石の中央に急速に集積された。
「?」
ーーカッ!!!
「キャア!!」
真白い光が辺りを包み込み、石から光が迸る。叫んだが、手から石は離れない。リリーの持つ石の光は二ヵ所に分かれると、教会跡地の瓦礫の地中、聖女が座る穴に吸い込まれていく。
「なんだ!?」
異変に光を目で追う者達は、二つの穴から空に伸ばされた光の柱が、赤く光る魔法紋に突き刺さるのを見た。
「矛が、三叉に、」
触媒の破壊により一つ失われていた刃先が、再び三つとなり空に浮かんでいる。魔法紋の力が漲るそれにクラウンは笑ったが、誇らしく見上げた境会を護る矛は、ビシッとひび割れに瓦解した。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる