上 下
183 / 211
フィエル編

96

しおりを挟む


   「セオ?」

   ーーガラアァァアアン……。

   セオルが歩き出したと同時に、頭上で割れんばかりの音が鳴り響いた。

   「きゃあっ!」

   「なんだ!?」

   ーーガラアァァアアン……。

    何も聞こえない。両耳を塞いだリリーを見て、ナーラは召喚の魔方陣が開くと、旧エルローサの国民には聞こえるという鐘の音の事を思い出した。空を見上げていたエンヴィーは、祭壇に画かれた魔方陣から光が溢れ出し、そこにたどり着いたセオルに目を向ける。

   光る円の中、幾重にも呪文が画かれその一つ一つがバラバラに明滅していた。

   「この場に、入ればいいのですか?」

   ーーガラアァァアアン……。

   「おいお前、さっきから、何を聞いているのだ?」

   屈み込んだリリーを支えるが、フィエルには聞こえない。何かの音に耳を塞ぐリリーは、セオルを指差し「なんで、セオルが、あそこに、」と呟いた。祭壇ではエンヴィーとセオル、二人が何かを話している。

   そのセオルが、笑顔でリリーに振り返った。

   「……、……、…………」

   ーーガラアァァアアン……。

   「え、セオ、何? 聞こえないわ」

   それは鐘の音にかき消され、そしてエンヴィーが魔方陣を指差すと、そこから再び光が溢れ出し、辺りは徐々に、目を開けていられないほどに目映い光で満たされた。



   「…………」


   「……音が、止んだ」



   静まり返った森の中。薄く瞳を開いたリリーは、一変した風景に蒼の瞳を瞬いた。

   曇天から落ちてくる赤の破片は完全に消え、雲が去り青空が広がっている。遠く木漏れ日から、軽やかな鳥の囀りが聞こえてきた。

   「……セオ?」

   フィエルが抱え込むリリーの視線の先、数段の階段上に設置された崩れた祭壇には、誰一人居なかった。

   「セオが居ない」

   「…………」

   「セオルが居ないわ」

   「姫様…」

   フィエルを押し退けて祭壇に駆け寄った青いドレスは、魔方陣の周りをぐるぐる歩く。思い切って円に足を踏み入れても、周辺に散らばるくすんだ石の破片、霞んだ文字の画かれた石畳には何の反応もなかった。

   「ダナーの…」

   「聞こえなかった」

   振り返ったリリーは佇む者たちを見回す。

   「セオルは何て言っていたの?」

   「……」

   いつの間にか身体は軽く、動ける様になっている。だが無理をして傷付けた身体は疲弊し、顔を見合わせたナーラとエレクトは口ごもる。フィエルは、血反吐を石畳に吐き捨てただけで憮然と口を噤んだ。

   「教えて」

   真摯な蒼い瞳は騎士たちを見つめ、唇は不満に固く結ばれている。何も言わないフィエルの顔色を伺うヘイリエルを横目に、エリスエルは祭壇を見上げた。

   「僕はあなたに、どうしても、もう一度会いたかったんだ」
   
   「……」

   「セオル・ファル殿下は、そう言われました」

   「…………」

   祭壇の上、薄れた魔方陣、それを見つめると、居なくなったセオルの姿をリリーは探す。

   蒼い瞳からは涙がぽろぽろと零れ出し、鼻をすすって俯いたリリーにナーラが駆け寄り、優しく肩を包み込んだ。


   **


   因果律の暴走により、身動き出来ずにいた赤外套の者たち。為す術なく床に張り付いていたオーカンは、支配からの解放にようやく立ち上がった。

   「至急、祭司クラウンを呼べ。おそらく、魔方陣に不備があったのだ」

   湯浴みをし、少年たちに衣服を整えさせて主祭司室の豪華な椅子に深く腰かける。茶で寛ぐひと時、そこにバタバタと足音が響いた。

   「主祭司オーカン! 大変です!」

   飛び込んで来た灰色の外套の一人。老人は不機嫌にそれを見る。

   「三叉の矛が、魔法紋が完全に消失しました!」

   「何だと!?」

   驚き外に飛び出ると、空に浮かんでいるはずの赤色の矛が何処にも見当たらない。

   「馬鹿な! あれほど力を蓄えた矛があったからこそ、因果律の支配を行使出来るはずが…」

   真っ赤に染まった三叉の矛の魔法紋の力を、今回限定的にダナーの騎士で試してみるとクラウンが言っていた。

   しかもクラウンは、美しく力ある奴隷の少年を手土産にすると言っていたのだが、屈辱的に床に張り付けにされた後には魔法紋が消えてしまった。

   「領地戦が始まり、これからが本番であったのに」

   ステイ大公領に埋められた触媒が破壊され、右側領地を因果律の支配により操作出来なくなったが、それでも大公を更迭し、戦争を利用して徐々に左右の戦力を削っていくはずだった。

   聖堂の一室に入ったオーカンは、力を失った魔方陣を見る。それに舌打ちしたところで、おずおずと背後から声がした。

   「主祭司様、王宮より、遣いが来たのですが」

   歯切れの悪い報せに、それを苛立ちに見た。だが睨み付けた若い祭司の背後、通路の奥からやってくるのは武装した王警務部隊。

   「スペース卿、今は非常事態で忙しい」

   先頭の男が顎を上げると、二人がオーカンの真横に回り込む。そして捕まれた両腕に激昂したオーカンだが、それにアエルは無表情で告げた。

   「我ら王警務部隊、更には国王陛下をも行動不能にし国家に危機を与えた罪で、境会アンセーマ主祭司オーカン、お前を捕らえる」

   「何? 今、何と言った?」

   「甘言により国王陛下を欺き、左右の領地戦の有事に、王太子殿下と右側ダナー大公令嬢を暗殺しようとした罪、その他、余罪は数限りない」

   「何か誤解があるようだ。国の護り、三叉の矛の暴走は私の所為ではない。エンヴィーという祭司が取り扱いに失敗したのだ。暗殺も、全て其奴の仕業だ」

   悪びれる事はない。他の祭司の失敗だと言ってのけたオーカンを、アエルの涼しい目が見つめる。

   「天秤を支える支柱、それを手にしているものは自分だと考えていたのか?」

   アエルの言葉にオーカンは、自分の置かれた立場に気付いて青ざめた。

   「…………これは、全て、国王陛下のお考えだ! 国王陛下のお考えのもと、全ては行われている!!」

   「そもそも、天秤ですらない。秤に乗ることも出来ない者が玉座の隣に立つということは、こうなる事を予想くらいはしていただろう?」

   「馬鹿な、馬鹿な、放せ!!」

   「連行しろ」

   これ以上のやり取りはない。連れ去られた老人を見送ったアエルは窓の外、リリーが襲われたという森を眺めてみた。 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

処理中です...