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プロローグ

たむたむ探偵事務所にようこそ

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 この話は、とあるビルの一室から始まる物語

「おはようごさいまーすっ!」    

 元気よく一階から駆け上がって来た女性は通称[吉田ちゃん]こと吉田唯花よしだゆいか
 二十五歳のフリーター。

 黒髪にボブカット、カジュアルすぎないパンツスタイルで、見た目通り明るい性格だ。

「あ、また開いてる。もうっ! ほんと不用心だな~」

 吉田ちゃんが鍵がかかっていない古びた木枠のドアを不機嫌そうに開けると、部屋の中は薄暗くガランとしてる。

 彼女の勤め先は元喫茶店だった事務所で、ドアを開いた左手にカウンターがあり、その手前にはスツールが5つ並んでいる。

 右手には4人掛けのテーブル席が3席。
 元の喫茶店のオーナーが住み込みだった為か、カウンターの左手奥のドアの向こうは6畳ほどの生活スペースになっている。
 そこにはシャワールームも完備されている。

 テーブル席の向こう側にはトイレと洗面所があり、事務所として使うには特に問題はない。
 それと ビルのオーナーが安く賃借りさせてくれているのも大きかった。  

 吉田ちゃんはぶつぶつと文句を言いながら荷物をカウンターに置くと、コーヒーメーカーに水とコーヒー豆をセットした。  

 それが彼女がまずやる仕事なのだ。

 その後、テーブル席側のカーテンを開けると、一気に事務所内に暖かい太陽の日差しが入りこんだ。

 「おはよう、吉田ちゃん今日も早いね」

 吉田ちゃんが窓際で伸びをしていると、一人の男性が入口のドアから軽快なステップで入って来て彼女に声を掛けた。

 「あ、いたろうさん、おはようございます」  

 [いたろう]と呼ばれた男性は『たむたむ探偵事務所』の副所長、板垣拓朗いたがきたくろうだ。
 最初の板と名前の最後の朗をくつけて誰かが[いたろう]と呼んだのが始まりだ。

 年齢は三十代後半、スポーティな服装にリュックスタイルで、足元のスニーカーはかなり拘ってる様子だ。
 小柄で少し童顔気味の為か年齢よりは若く見え、よく年下にタメ語で話しかけられて困る事もある。
 
 笑顔で挨拶を返した吉田ちゃんだが、ハッと思い出したようにジト目になると、ずずいっといたろうに詰め寄りテーブルを叩いた。

「もう、また鍵開けたままでしたよっ! いたろうさんからもたむたむさんに言っといて下さいよ! 不用心ですよ、不用心っ!」

「うんうん、分かった分かった、来たら言っておくよ!あわわ、その前にトイレ!」  

 いたろうは吉田ちゃんに毎回同じセリフを言われてるのか適当に返事を返すと、そそくさと朝食のサンドイッチとプリンをリュックからテーブルに置くと逃げるようにトイレに行ってしまった。

「もう!いたろうさん、すぐトイレに逃げるんだからっ」

 吉田ちゃんがやり場のない怒りにトイレに向かってパンチを繰り出した。
  
 すると、また一人の男性が事務所に入って来た。

「吉田ちゃんおはよう。ちょっといいかい?」

「あ、おはようございます。池間さん、朝早くからどうされたんですか?」

 吉田ちゃんは慌てて繰り出したパンチを引っ込め後ろを振り返り挨拶をした。

「ちょっと頼みたい事があってね、たむたむちゃんはいるかい?」    

[池間]と呼ばれた男性はこのビルのオーナーで、一階のテナントでラジコンショップを営んでいる池間銀太いけまぎんただ。
 五十代で髪はシルバーヘアだが、きっちり整えてられていて精悍な顔つきをしている。 
 
「まだ来てないと思いますが~、とりあえずコーヒをお入れしますねっ!」 

  そう言って吉田ちゃんはカウンターに入って出来たてのコーヒーをカップに注いでいると、カウンターの奥のドアから濡れた髪をタオルで拭きながらパタパタと歩いてくる女性が現れた。  

 「おはよ」  
 
 そっけない挨拶でカウンターの奥の左手にある生活スペースのドアから出て来たこの女性は[たむたむ]こと舞塚多夢まいづかたむ、この事務所の所長だ。  

 小柄で華奢な体型、そしてどこかのアイドルグループにいても問題ないレベルの容姿の持ち主。
 顔つきは可愛いというよりはクールビューティといったところだ。  

「たむたむさん、来てたんですか!?」  
 
 吉田ちゃんは鍵が空いてた理由が分かってちょっとムッとしてジト目でたむたむを見つめた。

 すると、たむたむは吉田ちゃんの視線を無視して一息溜めをつくと窓の外の景色を眺めながらぼそっと呟いた。
 
「1時間前に家から走って来て汗かいたからシャワー浴びてただけよ」

「ふーん、そうでしたか」

 吉田ちゃんが不服そうに口をとんがらせて返事をしてもたむたむは気にしない様子だった。

「それで、池間さん何か用事です?」
 
 たむたむは興味なさそうな声を出すと羽織っていたカーディガンを着ると椅子に座ってテーブルにあるノートパソコンを開いた。
 
「実はお願いがあってね」  

 池間は少し申し訳なさそうな顔で近くにあったスツールに腰掛けた。

 すると怪訝そうな顔した吉田ちゃんがカウンター越しに池間にコーヒーを渡して来た。

「お願いって、また猫探しとかじゃないですよね?」  

「いや、吉田ちゃん今度はちゃんとした案件だよ」  
 
「池間さーん、おはようございます。ちゃんとした案件ってほんとうでふか?」  
  
 いたろうがタイミングよくトイレから出て来くると、空気も読まずにリュックから出しておいた朝食のサンドイッチを手に取り『はむはむ』と食べ始めた。

 池間はというとコーヒーを一口啜り真面目な顔でいたろうの方を向いた。

「いたろうくん、おはよう!うむ、今回は君達
にぴったりの案件だよ、保証する」

 たむたむはその言葉に興味が出たのか、ノートパソコンから目を離し、カウンターの方に椅子をくるりと回した
 
「ふふ、聞かせて貰おうじゃないですか。池間さん」

 たむたむは口の端を少し上げてニヤリと笑った。

 つづく
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