狼さんのごはん

中村湊

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食卓は一緒に

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 彼女と、絵里と一緒に暮らしていることが日常になってきていた雅和にとっては、最近の食卓に不安のようなものがあった。
 会社での昼食は、彼女の手製弁当を楽しみにしているのだが……一緒に食べることができない。優歌と絵里が中心に進めている新企画のため、ランチミーティングというのを行うようになったからだ。
 企画のサポートにしたのだが、ほぼ企画の中心になっている状態。彼にとっては、彼女の仕事での成長を願うものの、彼女への強い独占欲が日に日に増していて企画から外すことすら考え始めてしまっている。
 本格的な梅雨入りになり、公園のベンチでは昼食ができず自席で弁当を食べている。

 「課長が弁当……まさか……」
 「最近多いよね? 自分で手作りって感じでもないし」
 「だよな? 恋人?」
 「「……まさか、ねぇ……」」

 じろりと課長に睨まれた商品開発課の面々は、「昼に行ってきまーす」と逃げだした。
 小さく嘆息たんそくすると、ちょうど絵里が戻ってきた。
 課には、雅和と絵里だけになっていた。

 「雅和さん……あの、企画が忙しくて。一緒にご飯できなくてごめんなさい」
 「いや……大丈夫。弁当、美味しかった」
 「雅和さん、ねぇーーーー」
 「?! ゆ、優歌?!」
 「絵里がそわそわして行くもんだから、誰かと待ち合わせって思ったけど……まぁ、挨拶した時に、あんなんだったしぃ」

 優歌は少し遠い目で、明後日の方向を見ている。今日も企画詰めに行きそうで行かない状態だった2人は、少し疲れた表情になっている。「少し外すね」と、優歌は課から離れた。
 2人の時間を、と気を遣ってくれたようで、さりげない言い方の優歌に絵里は嬉しくなった。2人分のお茶を淹れて持ってきて、雅和と一緒に飲む。
 お弁当を2人で食べる時間は減ったが、こうして一緒にお茶を飲む時間はとるようにしている。
 
 「企画は楽しいか?」
 「はい!! 新しいことばかりで、大変ですけど……優歌も一緒にいるので」
 「アイツがいるから?」
 「優歌ですか?」
 「その……君は、絵里はサポートのはずでは……」
 「企画部の方で、サポート位置だと中途半端だからと優歌と一緒に……聞いてませんか? 企画課からは?」
 
 記憶の糸を手繰たぐる雅和の脳裏に、「あっ、サポートじゃなくなったから!! 沢さん!!」という言葉を思い出す。その時は、特に気にせず聞き返しはしなかったが……企画の中心に、という意味だったのを今分かり眉間に皺が……ぐぅぅぅっと寄って、うなる。
 ガタンと席を立つと、「外してもらう!!」と言い出した。
 驚いた絵里が、彼の手を握る。

 「君を企画から外して貰うようにする!!」

 厳しい瞳で絵里に向けて、ハッキリと言ってきた。突然、企画から外して貰うと言い出し。その前は、サポートにと言ってきたり……彼の中で、何が起こっているのか? 絵里は検討が着かなくなり始める。
 企画は順調とは言い難いが、テーマは決まって固まり始めていて、メニューを考え始めてきている。優歌も、「絵里と一緒に新しいことに挑戦できて嬉しい」と言ってくれている。
 雅和の提案で、企画メンバーに入れてくれたはずだったのだが……今や、メンバーから外すと言い出している。

 「雅和さん? あの、高井課長!! 待ってください!!」
 「雅和!!」
 「課長!! どうして、ですか? 私、企画メンバーに入れて貰えて嬉しかったですし……サポートって言われても……今度は、企画から外すって?」
 「雅和!!」
 「今は、課長とお話ししていて……」
 「課長と呼ばない!!」

 絵里が必死に問おうとしても、彼は「雅和」と呼ぶようにと何度も言い返して話しが段々成り立たなくなってきている。
 泣きそうになってきたのを、必死に堪えて、自分の手をぎゅぅっと握り締める。爪が食い込んで、痛み始めていても、それも分からないくらいに……。

 「どうしてか、理由が知りたいです。高井課長」
 「………………」

 もう、課長はだんまりの状態になり眉間にひどい皺を寄せている。彼女が必死に堪えて言っているのは分かっているが……なんて言ったら良いかが分からない。
 彼女の頬に、触れようとしたら顔をそむけられてしまい立ち去ってしまった。
 昼休みが終えても、彼女は席に戻っては来なかった。不機嫌なサイボーグに、不機嫌な優歌。商品開発課の中では、ブリザードと嵐が同時に起きていた。
 他の社員は、身震いを起こしながら、その日は仕事をするはめになった。絵里が戻ってきても、その雰囲気は……壊れることがなかった。
 いつもなら、彼女が溶かしてくれる氷や、とめてくれる嵐も……吹きすさんで荒れに荒れていた。

 企画課に就業終了前に寄った雅和は、企画課課長に直談判した。彼女を企画から外せ、と。直談判というよりも、圧力。
 坂口家の縁戚関係の、遠い遠い縁戚の課長は……「外して企画がどうなる?」と問う。その答えに、雅和はきゅうしてしまった。
 とにかく、彼女を企画から外すことしか考えないでいて。企画のことは全く考えていない状態で言ったからだ。

 「高井課長? 彼女を企画に入れたいと言ったのは、あなたです。それが、サポートにしろ? 今度は、企画から外せ? 何様です?! アンタは!!」
 「ぐっ……と、とにかく……」
 「お断りします。彼女の意思を確認し、他の企画メンバーと話し合う必要もあります。それに、企画に必要かどうかは、企画リーダーを務める、企画課で判断します」
 「し、しかし!!」
 「以上です」

 企画課課長は、言うなり席を外し就業終了のメロディーが鳴るとカバンを持って席を外した。
 うなだれ、企画課から会社の外に出た雅和は途方に暮れた。昼間、彼女にあのような言い方をした。彼女は戻ってきたが……目は腫れていた。

 泣かせてしまった。自分が……彼女を泣かせてしまった。
 
 「俺は、ただ……一緒に……一緒に、居たいだけなのに……」

 ポツポツと小雨だった雨は、だんだんと強くなり始めた。傘を広げて、歩き出したが……一緒に居るマンションに戻ろうにも、脚が重くなかなか辿りつけない。
 マンションの灯りがともっている。彼女の部屋を見上げ、途方に暮れた。
 
 「一緒に、ご飯食べたい」
 「一緒に、居たい」
 「それだけ、なんだ……ただ、俺は……絵里を好きだから……」

 そこまで言って、初めて気がついた。彼女に好意を寄せていることを。好きという、女性として、一緒に居たいくらいに好きで好きで堪らないということ。
 もう、好きを通り越している……のかも知れないことも。

 【ごはん。一緒がいい】

 マンションに既に戻っていた絵里のスマホに届いたメッセージ。その中に、今の雅和の、彼の気持ちが全て詰まっているように感じた。

 「……一緒……」

 【ご飯、食べましょう。一緒に】

 絵里は、返事をし彼を部屋で待った。すると、ガチャッと勢い良く帰ってきた彼の姿。相変わらず、息はきらしていないが。尻尾が大きくふりふりしているように見え、大きな耳はへにゃっと垂れ下がっている。
 自分よりも身長があって、体格も良いけれど。瞳も鋭いけれど、どこかに恐怖感や寂しさをもっている彼を抱き締めて迎える。
 ふるふると震えていた彼の手が、絵里を優しく抱き包み、「ご飯は一緒がいい」とこぼす。
 今にも泣き出しそうなオオカミさんは、大好きな赤ずきんちゃんの家に帰れて嬉しそうにはにかんだ。
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