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主人公が転生者?

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――数日後――

 【研究棟】の一件は、学園内ではマノンの魅了に強くかかった男性教授が関り、“何もなかった”こととなっていた。しかも、マノンが研究棟に居た物証がなかったのもある。
 学園の男性講師、教師、教授がマノンの魅了によりどんどんと離れられなくなっていった。

 「マノン様の言い付け通りに致しました……ほ、褒美を……」
 「あの女とハロルド様が親密じゃないの!!」
 「も、申し訳ありません!!」
 「まぁ、いいわ。褒美はあげないとね? わたしがあげるんだから、感謝なさい」
 「ありがとうございます!! これからもマノン様の為に尽くします!!」

 学園の敷地の奥にある【教育棟】で、マノンは目の前で息を荒くし我慢し続けた褒美を欲しがる教授に与えた。魅了の魔法を掛けながら、更に、禁忌の媚薬を与えながら……【ゲームの裏技】として、女主人公のマノンが攻略対象者と魔力値向上のために使用した媚薬。
 王都の街の裏通り近くの雑貨屋に売っている。彼女は、裏アイテムを駆使して魅了の魔力値を開花させた上に、力の向上を確認するのにありとあらゆる手段を講じた。それも、楽しみながら……どうせゲームだから、楽しんだら良いし。と。
 教授は最初、「魔力値以外に魔法学をしっかり学ぶよう」ときつく言っていたが今やマノンが主導権を握っている。彼にミニテストの問題と解答を教えさせたり、学園内にいる子息を連れてこさせて下僕を増やす助力をさせた。

 「はぁ、はぁ、マノン様!! こんなにも、あぁ、素晴らしいのはマノン様だけです!!」
 「んぅ、そぉよぉ……この“世界”で素晴らしいのは“わたし”なんだから!! “シナリオ”がうまくいかなかったら、赦さない!!」
 「はっ、はい……っ、はぁ、はぁ、い、イキたいです!! あぁ、我慢がっ!!」
 「あら? もう、イキたいの? そうねぇ、コレをもうひと瓶飲みなさいよ? そしたら……もっともっと気持ちいいわよぉ」
 「は、はぁい」

 息も絶え絶え眼も虚ろ、激しい行為を続けながらもマノンから渡された瓶。薄く透き通るように薄紫に紅の模様が入り交じる瓶。ガラス瓶の栓を開け、一気に飲み干す。
 飲み干した瞬間、男の身体は全身が一瞬にして熱く火照り悦楽の地獄を求め動く。あがたたえる目の前のマノンを『聖女様ぁ!!』と叫び始めた。
 学園教授の1人がマノンを聖女を崇め称えたその日。魔災の神託が教会に出た。魔法士長も、魔力の異様な乱れの渦と流れを感じ取った。


――王宮・シェノンの執務室――

 「そうか、それで魔法士長と司祭長は?」
 「はい。メイ嬢がやはり……聖女であると……」
 「……はぁ、リゲルが暴れるだろうね。フォンもだけど……君も、気が気がないだろう? ハル?」
 「教会の神託と魔法士長のご意見です。陛下も……」
 「ハルは、メイ嬢のこと好いていないのか?」
 「そ、それとこれとは……俺は、魔法剣士として……魔力の未熟な俺を手助けしてくれている彼女に……」
 「そのうち自覚してくれればいいけど……今は、あの魅了をばら撒いているマノンっていう女を何とかするのが俺の役目だから手伝ってくれ」
 「はっ、仰せのままに」

 執務室で護衛騎士へと成長してきているハロルドは、相変わらずの恐い顔で侍女メイドたちを怖がらせている。数少ない物怖じせずに接するメイ嬢と、バカ呼ばわりしているフォンテーヌくらいが、ハロルドと接している身近な女性。彼には妹がいるが、兄に「あの可愛いお姉さまと婚約しなかったら、赦さないんだから!!」と最近言われているらしいが……。
 少しぬるくなった紅茶を口に運び、書類に目を通す。学業と剣の鍛錬、王宮での王子としての執務。激務だとは思うが、嫌だと思ったことはない。フォンテーヌも色々と王宮で妃教育も受けており、シェノンの執務の手伝いもするようになった。
 ラドスは慣れた手つきで、書類を分けていきハロルドとシェノンとの先ほどの会話に耳を傾けつつも口出しはしない。供に学園に通う宰相の息子、バードは父の仕事を入学以来手伝いで王宮に出入りしている。シェノンの弟のティアノは……来年は学園に入学する。
 色々と重なる中で、これ以上の煩わしい事、研究棟の事件のようなことは起きないで欲しいとばかり願う。

 ふと、執務室の窓辺から外を見るともう既に陽はなくなり月が真上近くへと昇っていた。



 研究棟でのイベントも上手くいかなかった。次は、【生徒会】がある。そう、意気込んでいた。
 教授のはからいで、入学して半年近くになって生徒会メンバーとして迎えられた。本当なら、入学して一カ月でシェノンから声をかけられて生徒会に入れるはずだった。

 「こんにちは!! 今日から生徒会メンバーになった、マノンです!!」
 「「あぁ、よろしく」」
 「えっとぉ、分からないこと多いんで。シェノン様、教えてくださぁい」
 「俺の補佐はフォンがやっている。あぁ、それと、バードは婚約者のアイリス嬢が片時も離れられない状態だ。君は、そこの資料をまずは読んでいてくれ」
 「えっ?! あのぉ、シェノン様? マノンは……」
 「後からメイ嬢が教えてくれる。彼女は遅れてくるから、それまで資料を読むよう」
 「……はぁい……」

 パラパラと資料を見ていると、小刻みにノックをして「メイ・ドライモスです」と控えめで心地よい声が響いた。一緒にシェノンの護衛騎士・ハロルドがメイをエスコートして入って来た。
 マノンは、その二人を見て“シナリオ”がどんどん崩れていっているのを目の前で見た。ただでさえ、訳わからない資料を読まされて辟易へきえきしていたのに……その間、生徒会メンバー。攻略対象者たちは、自身の婚約者とせっせと生徒会の仕事している。シナリオが、自分のゲームの世界が壊れている……。
 マノンは、放置されていた。と、考えていた。それは、マノン自身だけで、彼女は生徒会という箱の中で彼女の動向をシェノン達から監視されていた。
 生徒会の箱という監視下に置けば、より彼女が次に何か行動を起こすか? を見極めやすくなる。学園内の網を強固にしていくためにも……魔災を防ぎ、聖女を護るためにも。

 教室でシェノンと仲良くなれないマノンは、生徒会で親密度を挙げられると思っていたが……婚約者、悪役令嬢のフォンテーヌは設定と違い柔らかい物腰に、学園での学力も上位。他の令嬢へも優しく、その上、パシリにしていたメイ・ドライモスを溺愛し『あなたはわたくしが守ります!!』と訳わからない発言を時折していた。
 何かが違う……それに、なによ、あのメイとかって。裏攻略のハロルドと親密度高いじゃないの!! あのイベントかっさらったのって、やっぱり……。

 「絶対に赦さない」

 小さな闇を含む声は、メイの足元から這いずりあがって足首にと巻き付いた。護りの力が及ばない程の、強い強い力に育ったソレは、メイの過去の記憶の何かを想い起こしはじめた。
 授業中、講師たちからの執拗な質問にも回答できるようになっていたが、小さな揚げ足取りは一向に収まらない。シェノンやフォンテーヌが、男性講師や先生たちに『授業が進みません』と言うと、やっとおさまるのが毎時間繰り返される。
 小さな指の爪を歯でギリギリ噛み、『赦さない、赦さない』と呟く声。スルスルと足首に枷が生まれ、メイは重たく感じた。
 移動授業で立ち上がった瞬間に、うまく力が入らず眩暈を起こした。



 『えぇ? わたしはやっぱりぃ。逆ハーレムじゃないと!! 断罪しまくってぇ、王子も宰相の息子もぉ……あっ、あと、あの騎士も!!』
 『わたしの推しは、リゲル兄さまかな?』
 『えぇ、訳わかんない? 逆ハーしないで推しって、あんたチャットでも変って思ったけど。実際に会うと、地味過ぎるし頭もバカっぽいし。ブスだし。わたしみたいな美人で可愛くてぇ、金持ちでぇ、リアルもモテないとダメでしょ? それに、何? 出身校〇@×高って、あり得ない!!』
 『……うーん、推しは推しでいていいと思うんだけど』
 『なに? わたしに意見していいって誰が言ったの?』
 『……あの、わたし帰るね……今日は割り勘の約束だから、お金ここに置いておくね』
 『……マジ、ムカつくんだけど……』


 目を覚ました時、医務室の天井が見えた。薄紫のもやが自分を取り巻いている。
 声が、でない。身体が、動かない。
 移動教室に……眩暈がして、記憶が……あの日の、オフ会でお店出た後に。確か一緒に事故に……。
 瞳はなんとか周りの視界を確認できた。確認しなければ良かった。薄笑いを浮かべた男性講師たち5人が、取り囲んでいた。
 喉奥がひゅっと、鳴り、冷や汗がでた。この間は目隠しされていたが、今度は視えるようにされている。

 「ねぇ、マジでムカついてんのよ、わたし!! なに勝手にシナリオ変えてんのよ!!」
 「マノン様、この女に裁きを与えるのですね?」
 「えぇ、そう。このわたしを散々バカにしてきて、わたしが手に入れておかないといけないものを奪った女だから……そぉねぇ……」
 「いい考えがあります!!」
 「あら? 何かしら?」

 男たちがポケットから出したのは、薄紫に紅の渦が禍々しいガラス瓶。彼らは、両手に2本、3本と持っている。
 小刻みに良い瓶の蓋を開けると、男は、メイの口を無理やりこじ開け呑み込ませる。一本、また一本……呑んだ本数は、10本はいったであろう瓶。
 マノンが「あの最高レベルの改良媚薬の実験体にしてあげる」と、飲まされ続ける間中、ほくそ笑んでいた。今までで怖い笑み。恨みと卑下と、怖いまでの美しさの笑みを浮かべて。
 呑まされ続けたメイの身体は、異常な火照りと疼き。今すぐに沈めて欲しい疼きの熱が止まらない。小さな唇からは、渇いた甘い吐息が漏れ、講師たちをより興奮させ始めた。
 薄い掛けブランケットを引き剥がされると、メイの身体はブランケットの振動で胸の頂きが激しく感じてしまい甘い声が出ていた。出したくもなくても、出てしまった。
 今まで、ハロルド様にしか聞かせていない自分の甘い声を、他の男に……羞恥と苦しさ、怖さでいっぱいになる。涙を浮かべるも、声が叫んで助けを呼べない。

 男たちが荒い息でメイの服を引き剥がし始めた。彼の顔を浮かべ、助けて欲しいと願った。
 優しく大きく温かな手で、抱き上げるときも、壊れないかと優しく抱き上げてくれる彼。その時、ハロルドが付けてくれた護りの紋様が温かく感じ……眩しい光を放った瞬間に大きな身体の騎士が現れた。メイは、ハロルドだと分かった。彼が、居る。
 鋭い眼差しの恐い瞳は、メイの姿を見やり怒りが一瞬にして沸き上がった。どうにも止められないほどまでに。

 「きっ、さっ、まっ……らぁぁぁぁぁ!!」
 「「うわぁぁぁぁっ!!」」

 ドォーン!!

 「メイ!! 大丈夫? さっ、こっちよ!!」
 「後は……うん、多分しばらく暴走するから逃げるよ、メイ嬢」
 「メイは2人に、俺はこっちもかたさないといけないから……後で」

 ハロルドの怒号と爆発音と供に、フォンテーヌ嬢とシェノン殿下も現れた。リゲルも現れ、兄はハロルドの暴走の片付けをする……みたいな表情だった。
 両手の護りの力の紋様が、あの時、ハロルドに付けて貰った方だけが反応し彼が現れた。
 医務室のあった学園の場所は、壁が半壊している……駆け付けた王宮の騎士団によって、男性講師たちは取り押さえられて護送された。
 そしてまた、マノンは居なかった。

 メイは、マノンと過去の記憶でオフ会で会っていた。そして、“あや”という名前だった。
 地味で乙女ゲームが大好きで、同じゲームが好きだという子と初めてオフ会で会ったら、周りの参加メンバーも驚く程の自分への攻撃が凄まじかった。
 ひとり、また一人とオフ会の席から帰り、最後に残った自分が帰る道で事故にあった。
 すべての記憶が戻っても、メイ自身は魔力の波動は乱れることがなかった。多分、ハロルドの魔力値向上の補講がメイ自身の魔力制御にも繋がっていたらしい。
 そこで、メイはハタと気が付いた。触れ合いが魔力値向上と制御に繋がっていたとしたら……兄・リゲルとは相当前から触れ合いをしていたので、魔力値が魔法剣士レベルに到達していたのが納得できた。
 しかし、なぜ、ハロルドは一度伸びた魔力値が制御できなくなったのかが不思議だった。

 屋敷に戻ってから、魔法士長と司祭長も駆けつけてドワーノ先生と供に治療に当たってくれた後。メイは疑問ばかりだった。

 「リゲル兄さま……もしかして、触れ合いが魔力値向上と知ってましたか?」
 「んっ? あぁ、知ったのは学園入学前だが。俺は制御とか向上とか関係なしに、メイに触れたかっただけだ」
 「えっと……ハロルド様は、その、ありがとうございます。助けてくださって」
 「いや……君の貞操が護れたなら……」
 「ハロルド様は魔力がなぜ乱れたのですか? たしか、制御は大丈夫だったかと……」
 「お、俺は、その……君が、リゲルと……」
 「兄さまと? 」

 ふと、兄の顔を見ると兄は兄で複雑な表情をしている。ハロルドは嫉妬を含んだ瞳でリゲルを見て、優しい瞳をメイに向ける。

 「君が……メイがリゲルにばかり助けを頼むからだ!! 俺だって、できる!! 俺は君のために魔法剣士を目指した!!」
 「えっ?!」
 「誓わせてくれ!!」
 「えっ?! えっ?!」

 左手を引き寄せられ、手の甲に口づけされた。そして、愛の忠誠を捧げられた。

 「メイ!! あなたの好きなハーブティーと……ちょっと、このバカ剣士、何を勝手に!! メイに愛の忠誠を捧げる許可をしまして!!」
 「あぁ……俺に護衛騎士としての忠誠もしてないのに……」

 メイに心を渡しても、本当の意味で愛を捧げて誓えない。それが出来る彼を羨ましく……苦しくて、辛くて、リゲルはそのまま見ることが出来ず部屋を立ち去った。
 その後ろ姿を、メイは見る事しかできなかった。今のリゲルに声をかけるのは酷でしかないから……。
 ハロルドは、やっと自分の想いを告げる事が出来たがリゲルのメイに対しての想いを知っている。彼は、妹のメイを本当に愛している。心の底から……そして、何かを、メイに関しての何かを隠してきていたのも。それは、シェノンからも訊いても答えて貰えない。自分だけが知らされていない事を、ハロルドは彼女から知りたかった。
 自分の魔力の制御が乱れた一因を、メイの事を原因にはしたくは、なかった。だから言うのも怖かった。メイをリゲルに……いつも「兄さま助けて」と助ける彼女を責める気はない。彼女のために自分が強くあろうとしたかった。心がこんなにも脆く、弱かったとは思わなかった。もう、迷わない。彼女の傍に、彼女が自分を選ばなかったとしても魔法剣士として彼女を護る道を選ぶだけだから……。

 自室に戻ったリゲルは椅子に腰を掛けると、大きなため息を吐いた。
 あの時のメイの表情は、ハロルドの瞳を視ていた。俺を、視ていない。いつもなら、俺に助けを、俺だけを……越えられない壁。分かっていて、こんなにも苦しいとは思わなかった。胸の苦しさが、彼女の部屋を出た後から増している。何か、声が聴こえそうなほどに……。

 『兄さま? 愛してるのは、リゲル兄さまだけなの……わたしが好きなのは、兄さまだけなの』

 幻聴だろうか? リゲルには、目の前のぼんやりとした女性が手招きしているのがメイに視えた。

 「メイ? お前、たしか……ははっ、俺はお前の幻聴や幻覚が視えるまでに……もう、どちらでも構わない。俺は、お前しか愛せないのだから……」

 ふらふらと女性の方へと足を運び、足元に跪きすがる。メイの名前を呼び、ひたすら乞う。『俺を……傍に置いてくれ……愛してるんだ』と。
 女は頭に手をやり、薄紫の靄を作り上げ男の願望を願わせた。薄っすらとした意識の中、薄ら笑いを浮かべた女が『アンタ、墜ちるだけ墜ちてあの女を壊してよ』と。

 部屋に訪れた侍女が、床に倒れこんでいるリゲルを見ると叫んだ。禍々しい鎖が彼を取り巻いていた。ソレを知ったメイは、兄の部屋に行こうとしたが体が回復しきっておらず行くことが出来なかった。ただ、リゲルの無事を部屋のベッドの上で願う。

 「兄さま……お願い……目を、醒まして……いつもの様に、わたしに笑ってください。わたしを……お願い、リゲル、わたしの所に還ってきて……」

 月を見上げ、メイはひたすら願った。リエル国を魔災から救った聖女様は、月がお好きだった。今晩のような、満月で……足元すらも照らす月夜が。
 願いは、あやの願いでもあった。メイとして、あやとして、2人の人格が1つになりれていない自分を受け入れ愛してくれているリゲル。だけど、メイはこの世界で1つの人格としてなり始めて彼の想いに応えられない事を告げていない。兄妹としては親しすぎて、妹にもなれていない。だけど、彼はメイの大事な兄だから。

 「お兄ちゃん……まだ、言えてないよ。大好きだった、って。だから……還ってきて、また一緒にお茶したいの。わたしが、わたしでいられたのはお兄ちゃんがいたからって……」

 メイは大粒の涙を流し、月夜に願った。
 まだ部屋で、禍々しい鎖がリゲルの身体が取り巻き、繭のようになっている彼を。 
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