67 / 68
壱 出会いの章
61話 小さな亀裂
しおりを挟む
(よし、このくらいあれば大丈夫かな?)
あらかた薬草を取り終えた緋夜は立ち上がって先に終えていたメディセインとピクリとも動かず木に寄りかかっていたガイのそばに戻ってきた。
「お待たせ~……って、アードはどこに行ったの?」
「そういえば見当たりませんね」
「あいつならお前らが素材集めているうちにどっか行ったぞ」
ガイの言葉に緋夜は顔をやや曇らせる。その様子を不思議に思ったメディセインが顔を覗き込んだ。
「どうされましたか?」
「うーん、アードって命を狙われていたから、一人になって大丈夫かなって思っただけ」
「いくらなんでも人の気配が残ってる場所で事を起こす馬鹿はいねえよ。そこまで遠くに行った気配はしてねえし」
「なら大丈夫……あ」
視線を向けた先にアードが歩いてくるのが見え、緋夜はほっと息をついた。それにめざとく気づいたアードが不思議そうに首を重ねる。
「ヒヨ? どうしたの」
「ううん……なんでもない」
「アードさんのことを心配していたのですよ。命を狙われていますからね」
「ああ、そうなんだね。君って結構心配性?」
「そういうわけでは」
「「あるだろ/ありますよ」」
「……なんでそこ重なるの?」
「本当に自覚がないのですね」
「面倒くせえな」
「……なんか貶されている気がするけど……まあ、いいや」
僅かな諦めを滲ませながら緋夜は砦の方角を向いた。先程まで微かな賑やかさがあった森の中はいつの間にか木々の擦れる音が響くだけになっている。
「そろそろ戻ろう。あとは私たちだけだよ」
「だろうな。戻ったらお前のそれもなんか進展あるだろ」
ガイは緋夜の腕を見下ろしながら気怠げに言った。不思議なことに腕まで広がっていた痛みは和らぎ、僅かだが跡も薄れている。
「魔属性は陽の光に弱いんだよ。ただ影響を受けただけだったら抑えることができる」
気休め程度だけど、とアードは少しばかり小声で続けた。しかし緋夜にはその情報だけでも僥倖だった。幾分か痛みが和らいだことで緋夜の心にゆとりができる。
「じゃあ行こうか」
そう言って先頭を歩き出す緋夜の足取りは先ほどよりも軽かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
緋夜たちが砦へ戻ってすぐファスから呼び出しを受けた。思っていたよりも早い呼び出しに緋夜たちは一瞬顔を見合わせ、頷くと伝令役の騎士の後を静かに追う。
建物に入り日光が当たらなくなった途端、再び腕に痛みが再発した。どうやら症状の緩和は陽に当たっている間だけで、アードの言う通り気休めにしかならないらしい。痛みといっても今のところは本当に浅く針で刺される程度のもので平常時であれば無視できるレベルのものだ。しかし原因が原因なのでどうしても気になってしまうのも事実。できればなんらかの進展があってほしいと願わずにはいられない。
「失礼します団長。統星の傍星の皆様をお連れしました」
すぐさま室内から声がかかり、緋夜たちは中へと通される。そこには切羽詰まった険しい表情で書類を握るファスの姿があった。嫌な予感しかせず視線で会話をする4人にファスは静かに座ってくださいとだけ言い、すぐに沈黙してしまう。
重苦しい雰囲気の中でファスが感情の伴わない声で告げる。
「厄介なことになりました」
まるで頭痛を抑えるように頭に手を添えながら吐かれた言葉に心臓が嫌な音を立てた。
「魔属性に汚染された可能性があるとすぐさま確認をとったところ、彼らから非常に濃い魔属性の反応がありました」
『!』
予想はしていた事態ではあるが、全く嬉しくない内容に4人の表情も一気に険しくなる。緋夜はモルドール父娘の隔離されてある部屋を思い出し、僅かに拳を握った。
(あそこには、窓がなかった)
窓がないということはすなわち太陽光での浄化ができないことを意味する。このままでは侵食が進む一方だ。そのことをファスも理解はしているだろうがあの場所以外に隔離できるところはない、といったところだろう。
「できれば他の場所へと移したいのですが、あそこ以上の隔離場所はこのネモフィラにはありません。特殊な結界も張られているため、まだ外に漏れてはいませんが時間の問題でしょう。既に結界自体にも侵食の形跡がありましたから」
「魔属性は結界も侵食できるですか?」
「はい。魔属性は生き物を壊すだけでなく、魔法さえも塗り替えてしまいます。ですから堕ちてしまった場合はどうにもならないのですよ」
その言葉で緋夜は納得した。実は少しばかり疑門を抱いていたのである。影響を受けただけならば光と聖の二属性で対処可能なのに対し、堕ちた場合は問答無用で討伐されるのか。
「では堕ちた存在には光も聖も意味をなさない、と?」
「ええ。ですがこちらの場合は少々意味合いが異なります」
「?」
緋夜は首をかしげる。魔属性は属性を侵食するということだったので、てっきり光も聖も染められるのかと思っていたのだが。続いたファスの説明は違っていた。
「光属性は魔属性に侵食されてしまいますが、聖属性の場合は相殺する、という言い方が正しいでしょう」
「相殺……」
「ええ。聖属性は他の属性とは違い、魔属性と対極なのです。ですから聖魔がぶつかると全てが無になります」
早い話がプラマイゼロ、ということだろう。しかし、と緋夜はまたもや疑問を抱いた。
「聖魔で相殺されるなら魔属性は対処できるのでは?」
「いいえ。聖属性と魔属性は互いを相殺できるほど影響が強い属性です。そんな属性の衝突で生まれる力に生き物はおろか魂も耐えきることができないと言われています」
緋夜は驚きのあまり目を見開く。ファスの話が本当であれば、その言葉が意味するものは。
「つまり堕ちた存在が塵となるというのは聖魔の衝突に耐えきれないから……?」
「ええ。魔属性に対抗できるのは聖属性のみです。その聖属性も浄化することは叶わず魔属性を相殺するだけ。よって堕ちた者が助かる術は存在しません」
「……聖属性は使える者が滅多にいないのですよね?」
「はい。何百年に一人いる程度の稀有な属性で、今のところ確認されているのは聖女として名を残している数名だけです」
「では聖属性が存在しなかった時に魔属性の影響が出た時はどう対処していたんですか?」
「それは……」
ファスは微かに目を泳がせ、口に出すことを躊躇っているかのように唇を動かし。
「魔属性による影響が確認されているのはいつの時代も聖属性を持つ者がいる時でした」
「えっ!?」
「は?」
「はい?」
思わずと言ったふうに緋夜は驚きの声を発し、これまであまり会話に加わらなかったガイとメディセインも驚愕を露わにした。ファスも神妙な顔で3人に同意する。
「お気持ちは判ります。そのようなことが偶然に起こりうるのか甚だ疑問ではありますが、記録ではそのようになっていますよ」
偶然ではないだろう、というのが4人の正直な感想だった。しかしこれは考えても仕方ないとすぐさま頭の片隅へと追いやり、話を続ける。
しかし、あまり希望にない話をしていたためなのか、室内の空気は葬式会場となっていた。物音を立てるのでさえ憚られるような永遠とも思える静寂が支配する。沈黙という支配を最初に解いたのはアードだった。
「一つ聞いておくけれど、まだ完全に堕ちきってはいないのかな?」
突然の質問に一瞬目を瞬かせたファスだがすぐに頷く。
「はい。完全には堕ちていません」
「だよね。堕ちきっていたらとっくに結界も侵食されて牢の外で暴れ出しているだろうし。時間の問題ではあるけど魔物暴走が終わるまで持ち堪えられればいい」
「その通りですね。魔属性の影響を受けてしまった場合、魔物の討伐の危険度は一気に跳ね上がりますから」
真剣な表情で会話をするアードに緋夜は違和感を抱いた。一瞬、アードの表情が曇ったように見えたのだ。あまりにも一瞬だったため緋夜の見間違いだと思うが、なぜか緋夜の頭から離れない。
(なんでだろう?)
「ひとまずの報告は以上です。みなさんお疲れでしょう。次の戦闘までゆっくりお休みください。特にヒヨさんはくれぐれも無茶をしないように」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「あれから腕の痛みはどうですか?」
「日光にあたったことで少しばかり良くなりました」
「それはよかったです。こちらも全力で対処にあたりますから今しばらく耐えてください」
「はい。耐えてみせますよ。思っていたよりも進行は遅いみたいですし」
「そうですか。……だいぶ長くなってしまいましたね。お話はこれにて終わりとしましょう」
「はい、それでは失礼します」
ファスに軽く頭を下げ、部屋を出たところで緋夜たちは詰めていた息を吐き出した。それぞれの顔にはわずかな疲労が滲んでいる。
「……内容が濃すぎてあまり頭に入っていない」
「なかなか笑っていられない事態になってきましたね」
「ひとまず部屋戻るぞ。ここじゃ誰かに聞かれる可能性が高い」
「……賛成」
余計な気疲れのせいであまり足の進まない緋夜たちは、度々立ち止まりながらもなんとか宿泊部屋まで戻ってきた。
「……はあ」
「緋夜さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……だったらいいんだけど」
「魔属性なんて関わることねえと思ってたんだけどな」
ガイの言葉に緋夜は目を合わせることもなく、深いため息を吐き出した。各々が脱力している中、アードだけは何故か難しい顔をしていた。
「? どうしたの?」
「いや、一つ気になってね」
「何がです?」
「あのさーー」
3人の視線を受けたアードが何かを口にしようとしたその時、室内にノックの音が響いた。
「? 誰か来た?」
「なんですか、間の悪い」
来客を告げるリズミカルな音に扉の一番そばにいたメディセインが文句を言いながら扉を開ける。そこに立っていたのは『煽動の鷹』の面々だった。ここに来てからもほぼ交流のなかった彼らの突然の訪問に疑念と警戒を募らせる。
「『煽動の鷹』の皆様ですね」
「ああ、今少し時間いいか?」
伺いを立ててはいるがしかしその言動は命令に近いもので、否ということを許さない響きがあった。彼らのその態度に緋夜はますます警戒を募らせる。面倒が増えている今、これ以上のトラブルは避けたい緋夜はさっさと済ませるため『煽動の鷹』を招き入れた。
「それで、一体どのようなご用件でしょう?」
前置きもなく直球で言葉を投げる緋夜にリーダーであるケレイブが険しい表情で言い放つ。
「長居をするつもりはないので単刀直入に言おう。君たちは先駆け人を舐めているのか?」
あらかた薬草を取り終えた緋夜は立ち上がって先に終えていたメディセインとピクリとも動かず木に寄りかかっていたガイのそばに戻ってきた。
「お待たせ~……って、アードはどこに行ったの?」
「そういえば見当たりませんね」
「あいつならお前らが素材集めているうちにどっか行ったぞ」
ガイの言葉に緋夜は顔をやや曇らせる。その様子を不思議に思ったメディセインが顔を覗き込んだ。
「どうされましたか?」
「うーん、アードって命を狙われていたから、一人になって大丈夫かなって思っただけ」
「いくらなんでも人の気配が残ってる場所で事を起こす馬鹿はいねえよ。そこまで遠くに行った気配はしてねえし」
「なら大丈夫……あ」
視線を向けた先にアードが歩いてくるのが見え、緋夜はほっと息をついた。それにめざとく気づいたアードが不思議そうに首を重ねる。
「ヒヨ? どうしたの」
「ううん……なんでもない」
「アードさんのことを心配していたのですよ。命を狙われていますからね」
「ああ、そうなんだね。君って結構心配性?」
「そういうわけでは」
「「あるだろ/ありますよ」」
「……なんでそこ重なるの?」
「本当に自覚がないのですね」
「面倒くせえな」
「……なんか貶されている気がするけど……まあ、いいや」
僅かな諦めを滲ませながら緋夜は砦の方角を向いた。先程まで微かな賑やかさがあった森の中はいつの間にか木々の擦れる音が響くだけになっている。
「そろそろ戻ろう。あとは私たちだけだよ」
「だろうな。戻ったらお前のそれもなんか進展あるだろ」
ガイは緋夜の腕を見下ろしながら気怠げに言った。不思議なことに腕まで広がっていた痛みは和らぎ、僅かだが跡も薄れている。
「魔属性は陽の光に弱いんだよ。ただ影響を受けただけだったら抑えることができる」
気休め程度だけど、とアードは少しばかり小声で続けた。しかし緋夜にはその情報だけでも僥倖だった。幾分か痛みが和らいだことで緋夜の心にゆとりができる。
「じゃあ行こうか」
そう言って先頭を歩き出す緋夜の足取りは先ほどよりも軽かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
緋夜たちが砦へ戻ってすぐファスから呼び出しを受けた。思っていたよりも早い呼び出しに緋夜たちは一瞬顔を見合わせ、頷くと伝令役の騎士の後を静かに追う。
建物に入り日光が当たらなくなった途端、再び腕に痛みが再発した。どうやら症状の緩和は陽に当たっている間だけで、アードの言う通り気休めにしかならないらしい。痛みといっても今のところは本当に浅く針で刺される程度のもので平常時であれば無視できるレベルのものだ。しかし原因が原因なのでどうしても気になってしまうのも事実。できればなんらかの進展があってほしいと願わずにはいられない。
「失礼します団長。統星の傍星の皆様をお連れしました」
すぐさま室内から声がかかり、緋夜たちは中へと通される。そこには切羽詰まった険しい表情で書類を握るファスの姿があった。嫌な予感しかせず視線で会話をする4人にファスは静かに座ってくださいとだけ言い、すぐに沈黙してしまう。
重苦しい雰囲気の中でファスが感情の伴わない声で告げる。
「厄介なことになりました」
まるで頭痛を抑えるように頭に手を添えながら吐かれた言葉に心臓が嫌な音を立てた。
「魔属性に汚染された可能性があるとすぐさま確認をとったところ、彼らから非常に濃い魔属性の反応がありました」
『!』
予想はしていた事態ではあるが、全く嬉しくない内容に4人の表情も一気に険しくなる。緋夜はモルドール父娘の隔離されてある部屋を思い出し、僅かに拳を握った。
(あそこには、窓がなかった)
窓がないということはすなわち太陽光での浄化ができないことを意味する。このままでは侵食が進む一方だ。そのことをファスも理解はしているだろうがあの場所以外に隔離できるところはない、といったところだろう。
「できれば他の場所へと移したいのですが、あそこ以上の隔離場所はこのネモフィラにはありません。特殊な結界も張られているため、まだ外に漏れてはいませんが時間の問題でしょう。既に結界自体にも侵食の形跡がありましたから」
「魔属性は結界も侵食できるですか?」
「はい。魔属性は生き物を壊すだけでなく、魔法さえも塗り替えてしまいます。ですから堕ちてしまった場合はどうにもならないのですよ」
その言葉で緋夜は納得した。実は少しばかり疑門を抱いていたのである。影響を受けただけならば光と聖の二属性で対処可能なのに対し、堕ちた場合は問答無用で討伐されるのか。
「では堕ちた存在には光も聖も意味をなさない、と?」
「ええ。ですがこちらの場合は少々意味合いが異なります」
「?」
緋夜は首をかしげる。魔属性は属性を侵食するということだったので、てっきり光も聖も染められるのかと思っていたのだが。続いたファスの説明は違っていた。
「光属性は魔属性に侵食されてしまいますが、聖属性の場合は相殺する、という言い方が正しいでしょう」
「相殺……」
「ええ。聖属性は他の属性とは違い、魔属性と対極なのです。ですから聖魔がぶつかると全てが無になります」
早い話がプラマイゼロ、ということだろう。しかし、と緋夜はまたもや疑問を抱いた。
「聖魔で相殺されるなら魔属性は対処できるのでは?」
「いいえ。聖属性と魔属性は互いを相殺できるほど影響が強い属性です。そんな属性の衝突で生まれる力に生き物はおろか魂も耐えきることができないと言われています」
緋夜は驚きのあまり目を見開く。ファスの話が本当であれば、その言葉が意味するものは。
「つまり堕ちた存在が塵となるというのは聖魔の衝突に耐えきれないから……?」
「ええ。魔属性に対抗できるのは聖属性のみです。その聖属性も浄化することは叶わず魔属性を相殺するだけ。よって堕ちた者が助かる術は存在しません」
「……聖属性は使える者が滅多にいないのですよね?」
「はい。何百年に一人いる程度の稀有な属性で、今のところ確認されているのは聖女として名を残している数名だけです」
「では聖属性が存在しなかった時に魔属性の影響が出た時はどう対処していたんですか?」
「それは……」
ファスは微かに目を泳がせ、口に出すことを躊躇っているかのように唇を動かし。
「魔属性による影響が確認されているのはいつの時代も聖属性を持つ者がいる時でした」
「えっ!?」
「は?」
「はい?」
思わずと言ったふうに緋夜は驚きの声を発し、これまであまり会話に加わらなかったガイとメディセインも驚愕を露わにした。ファスも神妙な顔で3人に同意する。
「お気持ちは判ります。そのようなことが偶然に起こりうるのか甚だ疑問ではありますが、記録ではそのようになっていますよ」
偶然ではないだろう、というのが4人の正直な感想だった。しかしこれは考えても仕方ないとすぐさま頭の片隅へと追いやり、話を続ける。
しかし、あまり希望にない話をしていたためなのか、室内の空気は葬式会場となっていた。物音を立てるのでさえ憚られるような永遠とも思える静寂が支配する。沈黙という支配を最初に解いたのはアードだった。
「一つ聞いておくけれど、まだ完全に堕ちきってはいないのかな?」
突然の質問に一瞬目を瞬かせたファスだがすぐに頷く。
「はい。完全には堕ちていません」
「だよね。堕ちきっていたらとっくに結界も侵食されて牢の外で暴れ出しているだろうし。時間の問題ではあるけど魔物暴走が終わるまで持ち堪えられればいい」
「その通りですね。魔属性の影響を受けてしまった場合、魔物の討伐の危険度は一気に跳ね上がりますから」
真剣な表情で会話をするアードに緋夜は違和感を抱いた。一瞬、アードの表情が曇ったように見えたのだ。あまりにも一瞬だったため緋夜の見間違いだと思うが、なぜか緋夜の頭から離れない。
(なんでだろう?)
「ひとまずの報告は以上です。みなさんお疲れでしょう。次の戦闘までゆっくりお休みください。特にヒヨさんはくれぐれも無茶をしないように」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「あれから腕の痛みはどうですか?」
「日光にあたったことで少しばかり良くなりました」
「それはよかったです。こちらも全力で対処にあたりますから今しばらく耐えてください」
「はい。耐えてみせますよ。思っていたよりも進行は遅いみたいですし」
「そうですか。……だいぶ長くなってしまいましたね。お話はこれにて終わりとしましょう」
「はい、それでは失礼します」
ファスに軽く頭を下げ、部屋を出たところで緋夜たちは詰めていた息を吐き出した。それぞれの顔にはわずかな疲労が滲んでいる。
「……内容が濃すぎてあまり頭に入っていない」
「なかなか笑っていられない事態になってきましたね」
「ひとまず部屋戻るぞ。ここじゃ誰かに聞かれる可能性が高い」
「……賛成」
余計な気疲れのせいであまり足の進まない緋夜たちは、度々立ち止まりながらもなんとか宿泊部屋まで戻ってきた。
「……はあ」
「緋夜さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……だったらいいんだけど」
「魔属性なんて関わることねえと思ってたんだけどな」
ガイの言葉に緋夜は目を合わせることもなく、深いため息を吐き出した。各々が脱力している中、アードだけは何故か難しい顔をしていた。
「? どうしたの?」
「いや、一つ気になってね」
「何がです?」
「あのさーー」
3人の視線を受けたアードが何かを口にしようとしたその時、室内にノックの音が響いた。
「? 誰か来た?」
「なんですか、間の悪い」
来客を告げるリズミカルな音に扉の一番そばにいたメディセインが文句を言いながら扉を開ける。そこに立っていたのは『煽動の鷹』の面々だった。ここに来てからもほぼ交流のなかった彼らの突然の訪問に疑念と警戒を募らせる。
「『煽動の鷹』の皆様ですね」
「ああ、今少し時間いいか?」
伺いを立ててはいるがしかしその言動は命令に近いもので、否ということを許さない響きがあった。彼らのその態度に緋夜はますます警戒を募らせる。面倒が増えている今、これ以上のトラブルは避けたい緋夜はさっさと済ませるため『煽動の鷹』を招き入れた。
「それで、一体どのようなご用件でしょう?」
前置きもなく直球で言葉を投げる緋夜にリーダーであるケレイブが険しい表情で言い放つ。
「長居をするつもりはないので単刀直入に言おう。君たちは先駆け人を舐めているのか?」
0
お気に入りに追加
580
あなたにおすすめの小説
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜
はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。
目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。
家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。
この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。
「人違いじゃないかー!」
……奏の叫びももう神には届かない。
家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。
戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。
植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。
とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~
こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。
召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。
美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。
そして美少女を懐柔しようとするが……
レベルカンストとユニークスキルで異世界満喫致します
風白春音
ファンタジー
俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》は新卒で入社した会社がブラック過ぎてある日自宅で意識を失い倒れてしまう。誰も見舞いなど来てくれずそのまま孤独死という悲惨な死を遂げる。
そんな悲惨な死に方に女神は同情したのか、頼んでもいないのに俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》を勝手に転生させる。転生後の世界はレベルという概念がある世界だった。
しかし女神の手違いか俺のレベルはカンスト状態であった。さらに唯一無二のユニークスキル視認強奪《ストック》というチートスキルを持って転生する。
これはレベルの概念を超越しさらにはユニークスキルを持って転生した少年の物語である。
※俺TUEEEEEEEE要素、ハーレム要素、チート要素、ロリ要素などテンプレ満載です。
※小説家になろうでも投稿しています。
楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉
ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。
生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。
………の予定。
見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。
気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです)
気が向いた時に書きます。
語彙不足です。
たまに訳わかんないこと言い出すかもです。
こんなんでも許せる人向けです。
R15は保険です。
語彙力崩壊中です
お手柔らかにお願いします。
魔法使いじゃなくて魔弓使いです
カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです
魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。
「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」
「ええっ!?」
いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。
「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」
攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
妻は従業員に含みません
夏菜しの
恋愛
フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。
ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。
彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。
だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。
取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。
しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。
鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。
置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。
「俺の妻にならないか」
「は?」
金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる