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壱 出会いの章

60話 夜明けの光の下で

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 爆音の変化に緋夜たちは即座に武器を構えた。

「やっぱりちょっと複雑だな……」
「今更何言ってやがる」
「そんなこと言われたって」
「諦めた方が楽だと思いますよ」
「そうだね。そんなに嫌なら提案しなければよかっただけだよ」
「正論やめて」

 仲間にバッサリ切られた緋夜はガックリと項垂れながら迫り来る魔物の軍勢を見やる。
 一見ゲーム画面の光景と大差ないように感じる。しかし肌にひりつくような圧と鼻につく血と魔物の臭い、そして肉の切れる生々しい感覚はこの光景が本物であるという何よりの証明だった。
 顔には出さないが、緋夜は今だこの感覚に慣れていなかった。そもそも動物を殺すという行為自体、緋夜には馴染みがなかったのだから。
 そんな緋夜の目の前ではガイたちが好き放題に暴れていた。というよりは、魔物が弱すぎて退屈極まりないことへの八つ当たりのように見えなくもないのだが。

「雑魚が多いですね……」
「仕方ないよ、僕らが楽しめるような相手なんてそうそう現れないんだから」
「……チッ」

 本音を隠そうともしない男三人にやや呆れながら、緋夜も自身の仕事をこなしていく。確かに今は低ランクの魔物が多いが、上位種が出てこないという保証はない。たとえ規模は小さくともAランク冒険者が数人でかかっても苦戦するような魔物も出てくる場合があるのだ。どんな場合でも油断は命取りになる……本来ならば。

(お三方文句を言いつつも大変楽しそうで何よりですよ)

 そんなことを思いながら緋夜は自分の腕にそっと視線を向けた。ごくごく僅かに、しかし確実に痛みが強まってきているのを感じながらも一度目を閉じて前を向く。
 視線の先では空の魔物が縦横無尽に飛びながら地上に攻撃をしていた。

「空の魔物が出てきましたから、ヒヨさんの作戦が始まりますね」
「私の作戦って言わないでよ」
「提案者は君だもの、仕方ないよ」
「作戦始まるぞ」
「アンタたち面白がっているよね確実に!」

 抗議の声を上げた緋夜を揃ってシカトし、魔物を見据えた三人に心の中で悔しがりがりながらも、緋夜は空中目掛けて魔法を放った。しかし空を飛べる魔物は少し上空へと羽ばたくことであっさりと攻撃を回避する。飛行系の魔物に苦戦する人が多いのは空を飛ぶという特性ゆえだ。

「おい、当てる必要はないんだろ?」
「……うん。挑発するだけで大丈夫」

(本当に大丈夫か正直不安しかないけど)

 緋夜が伝えた作戦はひどく単純かつ馬鹿馬鹿しいものだった。
 曰く、『挑発して怒らせて、物理攻撃にはしらせる』というものである。
 
 最初こそ当たらない攻撃に余裕面をするだろうが、それが何度も続けば雑魚ゆえに鬱陶しいと感じ攻撃をしてくる。しかし、魔法使いがいる以上は特殊攻撃は防がれる。何度か繰り返していればすぐに決着をつけるために物理攻撃を仕掛けようと高度を低くする。そこを狙って集中攻撃を仕掛ける。

 これが作戦の全容だ。
 馬鹿馬鹿しいというよりは少々間抜けな作戦に伝えた時の空気は非常に微妙になったのだ。

 緋夜は主に氷魔法を使いながら徐々に魔物を追い詰めていく。今相対している魔物にはそこまでの知能がないため単純な挑発作戦でも十分に通用するようで、2、3回ほど挑発するだけですぐに物理攻撃の態勢に入った。

「高度が低くなれば、前衛職も攻撃が届くからそこまで実際にやってみるとそこまで悪い作戦でもなさそうだよ?」

 戯けた口調でアードが言うと、周りも同調するように頷いた。

「ささやかな慰めをありがとう。でも魔物はまだまだ湧いてきているみたいだけど」
「雑魚ばかりだがな」
「他の皆様も特に怪我はしていないようですね」
「わかるの?」
「私は蛇ですよ? 肌に伝わる感覚とにおいで大抵のことはわかります」
「うわ、便利」

 今回は森林という特性ゆえにどうしても気が障害となって周囲の状況が掴みにくいなかでも戦闘だが、森を制する獣人族にはなんの制約にもならないらしい。
 
「そんなことよりも、この様子ならば聖女様方が到着する前に片づきそうですね」
「楽観視は危険だよ」
「楽観視ているわけではありませんよ。この後、とんでもない大物が出てくる可能性もありますし」
「面倒くせえのじゃなければなんでもいい」
「ガイ……既に飽きてきてるよね?」
「……」
「ガイさんは今、お酒が飲みたくなっているんだと思いますよ」
「それはメディセインが飲みたいだけじゃないの?」
「まあ、それもありますが」
「あるんだ」
「けど、どちらにせよ今日はもう終わると思うよ」
「え?」
「ほら」

 アードは徐に東の方を指差す。満点の星空はいつの間にか色褪せて、代わりに赤みを帯びながら白く染まり始めていた。

「あ、日の出」
「夜に始まった魔物暴走スタンピードは夜明けと共に終わるんだよ」
「じゃあ、戦いはこれで終わり?」
「いや、何日か続く」
「ああ、活動できる時間が短い分は日数で補うってことね」
「ああ」
魔物暴走スタンピードは本当に不思議な現象ですよね」
「……そう、だね」

 歯切れ悪く言葉を返した緋夜にメディセインが首を傾げた。

「どうしましたか?」
「ううん……なんでもない」

 一瞬の思案を即座に切り捨てた緋夜はいつもの笑顔を浮かべた。その様子に疑問を感じたメディセインだが、なんでもないという緋夜に自らも思考を中断する。お互い踏み込みすぎないのはこのパーティの暗黙の了解になっていた。

 空が明るくなるに従い、魔物の数も急激に減少し始めていた。

「すごい。小規模とはいえ結構数がいたのに、日が昇り出しただけで随分減った」
「本当に不思議ですよね、魔物暴走スタンピードは。まるで誰かの意図で起こっているかのような規則性がありますし」
「……へえ? 面白いことを言うなぁ、メディセインは」
「褒めていただけて嬉しいですよ」

 数の減った低ランクの魔物を片付けているうち、ついに日が完全に昇りきった。同時に魔物達も地面に溶けるように姿を消す。

「……太陽出ただけでこんな綺麗にいなくなるもの?」
「いなくなったんじゃなくて『眠り』に入ったんだよ」
「眠りって?」
「通常時の魔物は他の生き物と変わらないが、魔物暴走スタンピードの魔物は少し違う」
魔物暴走スタンピードは数日間続くって話はしたよね? そして、時間も決まっている。で、時間になるまで魔物達は今みたいに消えるんだけど、その消えて戦闘が収まっている時間帯を『眠り』って呼ぶんだよ」

 誰が言い出したかはわからないけどね、と付け足したアードは周りに転がった死骸を見渡す。

「ちなみに『眠り』につくのは生きている魔物だけ。死んだ魔物は通常時と変わらない対応になる」
「じゃあ、解体して素材を採ったり放置するってことでいいの?」
「うん。魔物暴走スタンピードは厄介だけど、素材の大量ゲットのチャンスでもあるんだ。お金に困っていたり、いい装備を揃えたい人達にとってはありがたい現象なんだ」
「へえ……」

 魔物が消えた森林からは先程までの喧騒は止み、風に揺れる木々と地面を踏み締める音だけが聞こえる。
 いつの間にか視界に入る範囲まで戻っていた騎士や『煽動の鷹』の冒険者達の前にファスが一歩踏み出した。
 
「皆さん、お疲れ様でした。魔物暴走スタンピードはまだ始まったばかりですが、次の戦闘に備えてお休みください」

 一礼して背を向けたファスに続く形で各々が動き出す。『煽動の鷹』と一部のネモフィラの騎士達は魔物の回収を、その他の騎士は森林の状況確認に向かう者と砦に戻る者にそれぞれ別れた。

「僕らはどうする?」

 アードの問いかけにガイとメディセインも緋夜に顔を向けた。
 緋夜が周囲に視線を向けた先には魔物の死骸が無数に転がっている。全てを回収するわけではないにせよ数はあるので素材集めには困らない。

「お金にはなりそうだし必要な部位だけ採っていこう。……まあ、ガイがためているであろう素材に比べたら値段は格段に落ちるだろうけど」
「それはそうですね。安価なものでも数があればそこそこお金にはなりますし」
「ついでに食糧の確保もできるから一石二鳥だよ」
「じゃあそれぞれ欲しい分だけ採れたら戻ろうか」

 緋夜の言葉を皮切りに四人は思い思いに動く。緋夜は食糧となる魔物と近くに生えている薬草を、メディセインは素材となる魔物の部位を、採り始めた。ガイは必要ないのか、近くの木に寄りかかって目を閉じる。そして、アードは……緋夜達からそっと離れて人気のしない場所までやってきた。

(ここまでくれば大丈夫かな)

 アードは半円状になっている宝石を取り出し、そっと息を吹きかける。すると宝石が光り出し、それはやがて人の姿を形取った。

ーーくると思ったよ。
「すまないね、でももう時間がないからさ」
ーーだろうな。わたしにも伝わってきた。
「はは、さすがだね。だけど、君の贈り物はまだ機能していたみたいだ」
ーーあれは特別だろう。
「……そうだね。でも」
ーー言いたいことはわかるが、こればかりはどうにもできないだろう。
「……わかってるよ」
ーーまさかこのままやられてやるわけではないだろう。
「そうだね。もうちょっと粘ってみようと思うよ」
ーーそれでいい。では作戦会議といこうか。
「ああ、始めようか。僕のアード片割れ


…………

……










 

 
 

 



 






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