上 下
58 / 68
壱 出会いの章

52話 ネモフィラ皇国入国

しおりを挟む
 出発前、今後についての説明に驚くほどあっさり理解と承諾をしたアードとともに緋夜たちはネモフィラへと馬車を進めていた。早ければ明日にはネモフィラの国境へと辿り着くことができるだろう。先駆け人の合流日は明後日だが、早く着く分にはなんの問題もない。

「ネモフィラ皇国は五百年前に建国された割と新しい国なんだ。戦争に巻き込まれたエルフが逃げた先で同族を保護したことから始まって今のネモフィラ皇国へと発展していった」
「へえ……エルフは長寿の種族だから建国時のことを体験していていてもおかしくなさそうですね」

あまり他国について詳しくは知らないと言った緋夜に、アードはお礼という名目でそれぞれの国について説明をしていた。

「ああ、経験しているだろうね。何せネモフィラの現皇帝がネモフィラ皇国初代女帝その人だから」
「……は?」

思わずと言った様子で発した声にメディセインが面白そうに反応する。

「おや、ご存じなかったのですか?」
「うん。知らなかった。経験どころか当事者じゃん。なにそれ」
「エルフにとって五百年は人間として考えると二十年かそこらの感覚なんです」
「……すごいね。と言うことはエルフより長寿の種になると五百年は」
「五年くらいだと思いますよ?」
「うわ……想像つかない」
「それには同感です。明日のことすら想像つかないのにそれほど途方もない時間を考える気にはなれませんよ」
「考えたところで死ぬ時は死ぬだろ」
「うわ、正論言われた」
「ガイさん、空気読んでください」
「お前らがくだらねえこと話しているからだろうが」
「だからと言ってほかに言うことあるでしょうに」

やや呆れながらガイへと抗議するメディセインだが、ガイにあっさりと無視された。そんなやり取りをアードは実に楽しそうに眺める。

「君たち本当に面白いね」
「そうですか? 別にこのくらい……」
「さすが同族なだけはある」
「同族ではありませんよ」
「同族だよ。余計な面倒事が嫌いで、他者に命令されることを好まず、自分たちに利益もしくは不利益がなければその他のことはどうでもいい。三人とも多少の差はあれどその思考は同じだ。どこか違うかな」
『……』

三人は黙った。アードの言ったことは間違っていないからだ。昨日の今日で緋夜たちの特性を見抜いて見せたアードに緋夜は苦笑し、メディセインは笑みを深め、ガイは目を細めた。

「間違ってはいないかな」
「私たちも隠しているわけではないですし」
「……ふん」
「不快だった?」
「いいえ? むしろ感心しましたよ」
「ならよかった」

馬車は和やかな空気に包まれ、ゆったりと時間が過ぎていくと思ったその時。ガイが唐突に馬車を止めた。

「わっ……!?」

突然停止したことで馬車が揺れ、耐えきれなかった緋夜が前に倒れ込む。

「っと。大丈夫?」

アードは緋夜を抱き止める格好で支え、静かに座らせた。

「あ、ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
「緋夜さん大丈夫ですか? すみません助けられなくて」
「気にしないで。それよりも、ガイ。突然どうしたの?」
「……あ~なるほど。魔物がこちらへ向かっているようですね」
「うん。数は……十体。この感じは、たぶんドラウトベアかな」
「正解だ」

ガイの言葉に緋夜はアードに驚愕の視線を、メディセインは興味深そうな眼差しをそれぞれ向けた。

「よく分かりましたね」
「素晴らしいですよ。アードさん」
「なんとなくなんだけど、ありがとう。まあでもガイはすごいね。いくら外にいるからと言ってもはっきり見えるんだから。それでどうする?」
「対処するしかねえだろ。じゃねえと面倒になる」
「うん、じゃあ……」
「待って」

外へ出ようとした緋夜をアードが制止し、困惑する緋夜に微笑んだ。

「君はここにいて。折角男が三人もいるんだから。自分が前線に出るのもいいけど、たまには任せて」
「だけど……」
「男としては女性にいいところ見せたいからね」
「……は?」
「なるほど。確かにそうですね。男とは格好をつけたい生き物ですから」
「……よくわからないけど、わかった。気をつけて」
「はい/うん」

拍子抜けするような理由で居残りになった緋夜は、大人しく席に座り、男三人がドラウトベアを狩りに行く後ろ姿を見送った。そして間もなく激しい喧音が響き渡る。

「あれがドラウトベアね。ドラウトベアが踏みつけたところが干上がっているんだけど。怖っ! 確かにあれは水魔法効かないか。そんな灼熱で硬い毛に覆われている魔物をなんとまあいとも簡単に切断していくな。あの三人は」

緋夜の視線の先では男三人が思い思いに暴れていた。ガイはいつものように一刀両断し、メディセインとアードは最小限の動きで急所を的確に突いている。だが、メディセインとアードでもやはり違いは出るもので。メディセインは蛇特有の軟体を活かした動きを、アードは四足歩行の獣の動きによく似ている。

「アードさんもあの二人に遅れを取らないほどに強い……」

緋夜が馬車の中から観察している間に倒し終えた三人が馬車へと戻ってきた。

「お疲れ様」
「ああ」
「あれは回収しないのですか?」
「うん、いらない。あ、でもアードさんは持って行った方がいいのでは? 逃げているのなら売ればいくらか路銀になりますよ」
「気遣いありがとう。でも大丈夫だよ」
「そうですか。ならいいのですが」
「あ、そうだ。ガイ、メディセイン。ちょっといい?」
「「???」」

それぞれ御者台と馬車に乗り込もうとしたガイとメディセインを呼び止めたアードは二人が振り返ると同時に魔法を使った。

「あ、洗浄魔法?」
「うん。ドラウトベアの汚れが付いていたから。このまま馬車に乗るわけにはいかないからね」
「別にこの程度なんともねえだろ」
「女性もいるのだから綺麗であることに越したことはないだろう」
「……など言ってアードさんが綺麗好きなだけでは?」
「それもあるけど」
「そっちがメインだろうが」
「君たち何気に酷くない?」
「「「気のせい」」」
「……どうして重なるのかな」

賑やかな会話をしながらも馬車は再び、緑の絨毯の間を縫うように走って行った。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 遥か上空から、緋夜たちを見下ろす影が一つ、無機質な声で告げた。

「……。できればあのまま無視できたならばよかった。運命とは……悲惨なものだな」

悲しげにそう呟くのはかつての友であった存在。いや、今でも友だと思っている彼にとってこの仕事は非常に酷なものだった。しかしどれほど酷であろうともこれは仕事なのだ。完遂する義務がある。どれほど嫌なものだったとしても。それに何より『彼』に逆らうことはできない。

男は密かにため息を吐いたその時。

ーーやあ、首尾はどう? 上手くいっている?

今、一番聞きたくない存在の声が頭に響く。

「はい、一度は取り逃しましたが、あの怪我ではそう遠くまで行けませんので次は仕留めます」

ーーそう、頼んだよ。俺の可愛い子。しっかり終えられたらご褒美をあげる。だから早く俺の元に戻っておいで

「……仰せのままに」

ーーそうだ。今いるところってネモフィラ皇国の近くじゃない?

「左様でございますが……如何致しましたか?」

ーー俺の協力者お人形が面白いものを作ったらしいんだけどそのお披露目を近々ネモフィラ皇国の国境近くでやるらしいんだ。ちょっと見物してみる?

「いえ、そういったことには興味がないので

ーーそう。まあ俺も興味はないんだけど。じゃあ、あとは頼んだよ。待ってるからさ

言いたいことだけを言って『彼』はさっさと連絡を切った。声が聞こえなくなると同時に男は無意識に詰めていた息をゆっくりと吐き出した。

「……悪く思わないでくれ。アード」

友を想うその悲痛な声は誰の耳にも届くことはなく、晴天広がる彼方へと消えていった。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「見えましたよ。ネモフィラ皇国の国境です」

雑談をしながら馬車を走らせていたメディセインの言葉に緋夜は窓を覗き込むと、花がネモフィラの花があしらわれた巨大な壁が見えた。

「あれがネモフィラ皇国の盾と呼ばれているメタセコイヤ砦だよ」
「じゃあ、あれが今回の集合場所……」
「そうなるな」
「それにしても……国境警備の要とはいえ流石に警備が厳しいですね」
「私たちの場合は先駆け人の証明札を見せれば問題なく入れるらしいけど……」
「こんなところでくどくど考えていても埒があかねえだろ」
「それもそうだね。じゃあとりあえず行こうか。……アードはどうするの?」
「君たちにはいろいろ助けてもらったからね。少しの間だったら手伝うよ。路銀の足しになる材料は欲しい」
「分かった」


 入国待ちの列へ並び、自分たちの番がやってきた。メディセインはあらかじめ緋夜に手渡されていた証明札を門番に見せると、馬車を降りるように指示された。素直に馬車から降りると、門番とは別のエルフがやってきた。

「ついて来い」

そのエルフは一言だけそう言ってさっさと踵を返す。緋夜たちは一瞬だけ目を合わせたあと、歩いていくエルフの後を追った。


















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

レベルカンストとユニークスキルで異世界満喫致します

風白春音
ファンタジー
俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》は新卒で入社した会社がブラック過ぎてある日自宅で意識を失い倒れてしまう。誰も見舞いなど来てくれずそのまま孤独死という悲惨な死を遂げる。 そんな悲惨な死に方に女神は同情したのか、頼んでもいないのに俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》を勝手に転生させる。転生後の世界はレベルという概念がある世界だった。 しかし女神の手違いか俺のレベルはカンスト状態であった。さらに唯一無二のユニークスキル視認強奪《ストック》というチートスキルを持って転生する。 これはレベルの概念を超越しさらにはユニークスキルを持って転生した少年の物語である。 ※俺TUEEEEEEEE要素、ハーレム要素、チート要素、ロリ要素などテンプレ満載です。 ※小説家になろうでも投稿しています。

楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉

ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。 生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。 ………の予定。 見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。 気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです) 気が向いた時に書きます。 語彙不足です。 たまに訳わかんないこと言い出すかもです。 こんなんでも許せる人向けです。 R15は保険です。 語彙力崩壊中です お手柔らかにお願いします。

魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです 魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。 「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」 「ええっ!?」 いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。 「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」 攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

妻は従業員に含みません

夏菜しの
恋愛
 フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。  ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。  彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。  だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。  取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。  しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。  鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。  置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。 「俺の妻にならないか」 「は?」  金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。

処理中です...