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壱 出会いの章

45話 新たな仲間

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 クリサンセマムに戻った緋夜達はクリフォード侯爵邸に滞在していた。

「まさか泊めてもらえるとは思ってなかった」
「落ち着かねえ」
「……まあそうだよね。間違っても一冒険者がいていい場所じゃないもの」
「そっちじゃねえよ」
「え?」
「使用人に世話される謂れはねえぞ」
「ああ……」

緋夜はここ数日間の生活を思い出す。風呂も着替えも全て使用人がやってくれるのだ。一声かけるだけでお茶が勝手に出てくることも冒険者の日常ではあり得ないため、至れり尽くせりの生活には緋夜もガイも気疲れしている。

「まあ、ここに滞在している間だけだよ」
「もうすぐ王都に戻るんだろ」
「そうだね。三日以内にはクリサンセマムを出ようかなと」
「そうかよ」
「うん、分滞在期間がだいぶ伸びたしね。ゼノンから何か言われそう」
「ああ……遅かったがどうした、くらいは言ってきそうだな」
「クリサンセマムは楽しいところだけど、長期滞在したいわけでもないし」
「だな。……ところで、なんでお前がいる?」

ガイが視線を向けた先にはメディセインが本来の色彩の姿で座っている。

「おや、私がいることに何か問題でも?」
「そうじゃねえ、なんでここにいるんだって聞いてんだよ」
「ただの気紛れです」
「別にいたら困るっていうわけでもないし、いるだけなら問題ないよ」
「貴女ならそう言ってくれると思っていましたよ」
「うぜえ……」
「それほどまでに私のことがお嫌いですか?」
「あ゛?」
「……そんなに睨まないでください」
「ただでさえ柄悪いのに凄んだらもっと悪くなるよ」
「うっせ」

ガイは舌打ちをしながら顔を背け、緋夜はクスリと笑う。そんな中、メディセインが真剣な表情になった。

「実はおり言ってお二人に頼みたいことがあるのですが」
「頼み?」
「はい……私をお二人のパーティに入れてもらいたいのですよ」
「「は?」」

メディセインの突然の申し出に緋夜とガイは同時に返した。メディセインはモルドール侯爵の件で共闘しただけであり、お互いただの協力者という関係でしかなかった。言ってしまえば、メディセインがパーティに入る理由がない。

「……理由は?」
「私は掃除屋であることはお話ししましたよね」
「うん」
「ですがそろそろ裏の方に飽きてきまして、今回の仕事が終わったら足を洗おうと思っていたんです。ですが、お二人と共闘してガラにもなく楽しかったんです。お二人といれば退屈とは無縁で過ごせそうだと」
「……なるほど」

緋夜はティーカップを置き、ガイに視線を向ける。

「ガイはどう思う?」
「……まあ、メンバーが増えることに文句はねえよ。だが、掃除屋を入れるのは問題だろ」
「実は掃除屋を引退し私の痕跡も全て消してきました」
「無駄に行動早えな」
「当然ですよ」
「…………どうすんだ」

ガイは溜息を吐きながら、緋夜に視線を向ける。

「私もメンバーが増えること自体は問題ないよ。足を洗って痕跡も消したのであれば尚更」
「では」
「だけど、それなりに戦えなければパーティには入れない。信用できなければ余計にね」
「まあ当然だな」
「……どうすれば入れてくださいますか?」
「そうだね……今日、このあとダンジョンに潜ってみようか。そこで判断する。ガイもそれでいいかな」
「ああ」
「決まりだね。早速行こうか」

使用人に伝言を頼み、緋夜達はダンジョンへ向かった。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

「湿気がすごいですね」
「これは予想以上だね。前がほとんど見えない」

 緋夜達はクリフォード侯爵邸からしばらく歩く距離にあるダンジョンにやってきた。あたりは濃い霧で覆われ視界がほとんどとれない。

「これが『霧の神殿』だ。ここはとにかく霧が立ち込めている」
「霧に隠れて不意打ちされる、ってこともよくありそうだね」
「実際多いらしいぞ」
「ここの魔物ってどんなの?」
「忘れた」
「……来たことあるって言ってたよね」
「来たことはあるが魔物なんかいちいち覚えてねえよ」
「……まあいいや。ここは小さなダンジョンみたいだからそんなに時間はかからないだろうし、さっさと先に進もうか」
「ああ、こんな湿気の多い場所なんざさっさと出るに限る」
「とても心地良いのですが」
「お前はそうだろうな」

などと会話しながら進んでいるとガイが立ち止まった。

「ガイ?」
「……さっそく戦闘のようですね。私にいかせてくれませんか?」
「……好きにしろよ」
「ありがとうございます」

言い終わる前に飛び出し、霧の向こうに姿を消した瞬間にドサっという音が聞こえた。

「終わったみてえだな」
「そうみたいだね」

緋夜達はメディセインのいる方に歩き出し、血を流して転がっている魔物に視線を向ける。

「喉を掻っ切ってる。しかも一撃で。どうりで魔物の声が聞こえないわけだ」
「切り口もきれいだな。暗殺者みてえな殺し方だ」
「さすが掃除屋」
「とりあえずこんなものですが、いかがです?」

メディセインが血を被りながら笑顔で訊ねてきた。色彩が白いため、赤い血が映えていた。

「まあ、とりあえず戦いに関しては問題ないみたいだね」
「以前も手合わせを行ったというのに疑り深いですね」
「念の為だよ。でも折角の白い服に血がかなりついちゃってるけど大丈夫?」
「大丈夫? 何がです。とても美しいではありませんか」
「え?」
「とても綺麗だと思いませんか? 血というものは生き物にとって生命を象徴するひとつです。それを浴びるというのは命を浴びることに等しい」

笑顔でそう言うメディセインからは思惑などは一切感じられず、本心からの言葉のようで、ガイは眉を顰め、緋夜は意味深な笑みを浮かべた。

「狂ってんのかコイツ」
「でも悪意とかは全く感じない。今までもずっと感じなかったから思ったことを素直に言葉にしてるみたい」
「てことは、全部本心か。やっぱ狂ってんじゃねえか」
「確かにそうかもしれないけど、ある意味では核心をついてると思うよ」
「……なんでだよ」
「まあでもメディセインが戦えるってことがわかったからいいじゃない。目的の一つは達成したし、先に進もう」
「……そうだな」

緋夜達はそのまま奥へ進んでいき、その間も飛び出してくる魔物はほとんどメディセインが片付けていた。



 そして『霧の神殿』最下層へ辿り着いた。

「うわ……なにここ、濃霧ってレベルじゃないよ」
「もはや雲だな」
「ここにいるボスとはどんなものでしょう」

 キュアアァァァッッッッッ!!!!!

「出てきたみてえだな」
「鳴き声おかしくありません?」
「そこは突っ込んじゃだめでしょ」
「どうやったらこんな鳴き声になるんでしょう?」
「さあ? 声帯が特殊、とか?」
「それだけであんな声出るのか?」
「知らない。壊れたスピーカーみたいな声だよね。すっごい耳障りなやつ」
「スピーカーとは?」
「なんでもないよ」

ラスボスが出てきたにも関わらず、大変気の抜ける会話を続ける三人に苛立ったのか魔物が霧の中から飛び出してきた。

「あ、三叉のキツネだ。顔かわいい~♡」
「なに言ってやがる」
「女性はかわいいものがお好きですよね」

それぞれが感想を言い合っている姿が気に食わなかったのか、三叉のキツネ・通称「ネーベルフォックス』と呼ばれる、その名の通り霧の中に棲むネーベルフォックスは緋夜達目掛けて突進した。緋夜達は別の方向に飛び退き、キツネの突進を躱す。

「随分と気性の荒いキツネさんだね」
「どうすんだ」
「できれば丸ごと持って帰りたいけど……」
「では、あまり傷つけない方が良いですか?」
「うん、それが理想かな」
「了解です」

緋夜の言葉を聞くや否やさっさと霧の中に飛び込んだメディセインに苦笑しながらも内心でそっとほくそ笑んだ緋夜にガイは視線を向ける。

「お前……なに考えてやがる?」
「あれ? なんとなく解ってると思ってたけど」
「……念の為だ」
「そう……さあ、どう出るかな? 白蛇さん」

緋夜はそのままネーベルフォックスとセンが戦っているあたりに歩いていく。そしてーー

 キンッ

氷の刃でネーベルフォックスを掠めた。視線を向けたネーベルフォックスは緋夜を睨み、尻尾の攻撃を仕掛ける。三叉の尻尾がそれぞれ別々に動き、緋夜を目掛けて大きく振り下ろしーー

「あぶない……」

間一髪のところをメディセインに抱えられて事なきを得た。

「なにをやっているんです貴女は」
「へえ? ちゃんと庇ってくれるんだね」
「なにを言って…………あ~、そういうことですか。性の悪い……」
「褒め言葉として受け取っておく」
「あ、そうですか……。どうりでガイさんが動かないわけです」
「なんだよ」
「なんでもありません。 倒していいですかあれ」
「尻尾邪魔なんじゃない? そっちは抑えとくからトドメよろしく」
「おまかせを」

メディセインはそのまま飛び出していき、緋夜は周囲の霧を利用してネーベルフォックスの自在に動く尻尾を拘束する。

 キュアアアアアァァァッッッッッ!!!

「……魔物でもやっぱり動物の尻尾は掴んじゃダメっぽいね」
「まあ動物にとっちゃ重要部分だからな」
「なんかごめんね。キツネさん」
「魔物に謝ってどうする」
「いや、なんとなく」

そんな会話をしているうち、ネーベルフォックスはメディセインによって倒された。

「お疲れ様」
「……貴女さっきわざと動きませんでしたね」
「うん。だってここに来た理由を考えたら……理解できるよね」
「まあ…………理解はできますが」
「人は想定外の出来事に直面した時が一番本人の性格が出るものだよ。だからああするのが効率的だった。ただそれだけ。試したのは悪かったと思ってるけど、ね。君は私を助けた。それがすべてだよ」
「ということは」
「私の本名はヒヨ・セリハラ。人前ではヒヨって呼んでよ。ファミリーネームがあるといろいろ厄介なことになりそうだから」
「わかりました。ガイさんもよろしくお願いしますね」

ガイは嫌そうな顔をしながらも、メディセインに視線を向け無言で頷いた。そんなガイを見ながら緋夜はメディセインへと向き直る。

「メディセイン、ようこそ我がパーティへ。これからよろしくね」

和やかな空気になりかけたところでガイが緋夜とメディセインを現実に引き戻す。

「おい、これ持ってくんだろ」
「「あ」」
「忘れてんじゃねえよ」
「思えばこんなところで自己紹介し合うのもおかしな話だよね。攻略は済んだし、さっさとここを出て改めてパーティ更新の話をしようか」

という、締まらない空気の中、魔物を回収しダンジョンを出たのだった。



 二日後、緋夜達はクリサンセマムの入り口にいた。

「久しぶりに楽しかった。礼を言う」
「いいよお礼なんて。こっちもいろいろしてもらったし、それにあんなにたくさん食料貰っちゃったしお礼言いたいのはこっちだよ」
「ハハッそうか。だがこっちは本当に世話になったからな。これくらいはさせてくれ」
「ありがとうセレナ。侯爵様もありがとうございました」
「いや、君達のおかげで本当に助かったからね。レイーブ伯爵共々楽しませてもらったし」
「そうだ。あんなに愉快だったのは久しぶりだ。いや~モルドールのあの無様さと言ったら……ククッ。あの場では笑いを堪えるのが精一杯だったよ」
「本当に。あれらのあの姿は胸がすく思いでしたわ」
「エメリナなんかこっちに戻ってき途端に大笑いだったからね」
「いやですわ。お兄様とて笑い過ぎて涙をこぼしていたではありませんの」

口々に言い合うセレナ達はとても楽しそうで晴々とした顔をしていた。クリフォード家とレイーブ家は特にモルドールの被害を多く受けていたため、ようやく解放されたということなのだろう。

「ああ、そういえばモルドールの息子三人はこれからもオニキス殿下にお仕えすることになった」
「それは……」
「殿下がそれを望んだんだよ。三人は本当に忠臣であり非常に優秀だ。だからこんなことで有能な人材を潰すには惜しい、とね」
「それは何よりです」
「殿下達もお礼を伝えておいてほしいと言っていた」
「謹んでお受け取り致しますとお伝えください」
「わかった。伝えておこう」
「ガイ、メディセイン。男が二人もいてヒヨを危ない目に遭わせる、なんてことはないようにしろよ」
「わかっている」
「言われなくても」
「別にそこまで深刻になる必要もないけど……まあ、ありがとう」
「またいつでも遊びに来るといい。歓迎する」
「今度来た際はゆっくり語り合おう」
「それは楽しみです。それでは私達はこれで」

緋夜達はクリフォード侯爵家の用意した馬車に乗り込み、王都へと出発した。

「楽しい人達だったね」
「ちゃっかり貴族にパイプつくるんだからな」
「何かあった時楽でしょ? それにあの人達は私達のことを容易く他所に話したりはしないよ。それよりも」

緋夜はメディセインに視線を向けると手を差し出した。

「王都に行ったらパーティ登録することになる。改めてこれからよろしくね。メディセイン」

メディセインは緋夜を手を見つめ、勢いよく握り返した。

「こちらこそよろしくお願いします」
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