上 下
47 / 68
壱 出会いの章

42話 断罪の夜③

しおりを挟む
 一瞬のやり取りを終えた二人はモルドール侯爵へと視線を戻す。

「彼もつい最近『ビジネス』が成功してな。先程までその話をしていたのだよ」
「ほう……どのようなビジネスを? 是非参考にさせてもらいたいな」
「ええ、ようやく金が採掘されたんですよ。勿論王室との共同ではありますがね」
「ほう、金を。それは随分と大胆だな」
「ええ、とても大変でしたが非常に良い収穫がありまして。金と一緒に清らかな水が手に入ったのです」
「水が……? 確かゼス殿はアザレア王国に居を構えていただろう」
「はい。……実は少々問題が起こりましてね。アザレアにある銀鉱山周辺の村々の農民達からの税が減っていたのですが、原因を突き止めたところ、どうやら銀鉱山に駆り出させていたようで……」
「……なるほど」

メディセインの言葉の周囲は僅かにわざめく。当然だろう。普通は他国の事情をバラすことはあり得ないのだが、今回ばかりは話が違う。

「いくら親戚とはいえ、そのようなことを他国の人間にその話をするのはどうなのだ?」

(ごもっともです。ですが、それを指摘する資格は貴方にはない)

メディセインはモルドール侯爵の言葉に意味深な笑みを浮かべながら言葉を返す。

「仰る通りですが、その鉱山で採掘された銀の足取りを追ったところ……このシネラに密輸されていたのですよ」

途端にざわめきが広がる。銀は高級でどの国でも国家事業にしているほどの重要なものであり、王族や皇族の許可を得ずに行えば厳重処罰は免れないほどの重罪になる。それは金鉱山も同じだ。それを密輸しているとなれば、さらに罪は重くなる。

「それは一大事だな。そんなことに手を染めている者がいるのならば一刻も早く国王陛下にご報告し、罪人を捕らえなければ。アザレアと我が国の関係に亀裂が入ってしまう」
「ええ。ですからこの国に足を運んだのですよ。真相を明らかにするために。その時にちょうど伯爵から招待状をいただいたわけですが」

メディセインがゆっくりと視線を動かすとレイーブ伯爵は笑みを消し、低い声でモルドール侯爵へと言葉を向けた。

「ゼインの情報をもとに徹底的に洗った」
「アザレアで採掘され、密輸された銀は全て……モルドール侯爵、貴方の領地に運ばれていましたよ」

メディセインが投下した爆弾は周囲に大きな波紋を呼び、気がつけば会場中の視線を集めていた。

「……随分とお粗末な調査だな。この国に忠誠を尽くしてきた我がモルドールに叛逆の汚名を着せる気か?」
「着せるのではなく事実ですよ」
「……あまり図に乗るなよ若造が。カルノよ、これは一体何の茶番だ?」
「茶番だったらどんなによかっただろうか」

そう言うレイーブ伯爵の表情は険しい。だが、彼の言っていることは貴族たちの総意のようだった。銀の密輸という重罪を犯していることに加えて、それを行っていたのがよりによってモルドール侯爵だとは信じたくないのだろう。しかし事実であればアザレアとの外交問題になるのは必須。だからこそ他の貴族達は口を挟むことができない。

「呆れたな。そのような冤罪を信じるとは誇り高き貴族だとは思えない。少し合わない間に随分と落ちぶれたようだ」
「まあ認めるわけがありませんよね」
「当然だ。そもそも私が銀の密輸を行う動機がないだろう」
「お金が必要だったのでしょう? クリサンセマムを手に入れるための工作費用として。まあ自身の懐に入れる分も入っているでしょうけど」
「……くだらん。これ以上の話は無駄だな」
「シラを切るのは構わないがこちらには明確な証拠がある」
「……何?」

そんなものがあるわけないと思っているのか、モルドール侯爵はレイーブ伯爵とメディセインを馬鹿にしたように笑った。側から見ていると小物が踏ん反り返っているとしか思えない姿にメディセインは必死に笑いを堪えている。

「先程ゼインから受け取った書類だ。思う存分見るがいい」
「……ふん。でっち上げだな」

そう言いながら書類を手に取るとモルドール侯爵は忙しなく目を動かし、勝ち気でいた顔を青ざめさせていく。手は震え力が入ったことで書類に皺が刻まれる。

「こんなのは出鱈目だ。私は全く身に覚えがない! このようなもので私を侮辱するとは……!!!」
「あくまでも無実と仰るのですね」
「当たり前だろう! シネラの侯爵である私がこのようなものをするはずがない!」

(書類を見て青ざめていたくせに随分と元気ですね。耳障りですが)

目の前の中年をメディセインは呆れながら見つめていた。その時、不意に足音が聞こえそちらに目を動かすと、苦虫を噛み潰したような顔をしたがゼスがエルメスによって連行されてきた。連れてきた本人は実にいい笑顔を浮かべ、父であるレイーブ伯爵の側に立つ。

「それほどまでに無実を主張したいのなら好きにしろ。だが……」

レイーブ伯爵が言葉を紡いでいると会場の空気が変わり、別のざわめきが起こった。どうやら誰かが入ってきたらしい。会場中の貴族達が自然と左右に割れてその人物達の道を作り頭を下げる。

「なんだ?」
「この方の前でも同じことを主張できるか?」
「何?」

モルドール侯爵が動揺する中、レイーブ伯爵とメディセインも頭を下げる。動揺と興奮の混じる中、靴音を響かせながら姿を現したのはーー

「な!? 貴方は!?」
「シネラ王国の第三王子殿下にご挨拶申し上げます。王族の家臣レイーブの当主、殿下のご帰還を心よりお喜び申し上げます」
「久しいな。皆、息災のようで何よりだ」

艶やかな漆黒の髪に淡い緑の目の美しく整った顔立ちに細いフレームの眼鏡をかけたシネラ王国第三王子オニキス・イル・シネラとその側近、そしてクリフォード侯爵とその令嬢であるセレナだった。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 一方、震えるミラノと共にいた緋夜はその場を離れてガイと合流し、柱の影に隠れて会場に入ってきた団体を見つめていた。

「ガイ、彼らって……? 第三王子って聞こえたけど」
「ああ、この国の第三王子オニキス・イル・シネラ。その周りにいるのが側近連中」
「約二名誰かさん達と同じ色彩しているんだけど」
「モルドールの子どもじゃねえの?」
「四人だったんだね。それに……何でセレナが王子達と一緒に入場してるの」
「事前に決まっていたんだろう。確か第三王子は留学中だったはずだが、今回の件で戻ってきたんだろうな」
「まあ、国の一大事だしね」
「ああ、それに外国にいたんなら別ルートで今回の裏を掴んでいてもおかしくねえし」
「それはそうだね。というか、もしかしなくても特別ゲストって」
「……あいつらだろうな」

特別ゲストは本当に特別な人物だった。一貴族のパーティーに側近を引き連れてやってきた王子というなんとも言えない状況に緋夜とガイは思わず無言になる。

「……私達、必要だった?」
「……知らね」
「……はっきり言われるより虚しい回答をありがとう」
「まあでも王族まで現れたってことは最早モルドール侯爵家に弁明の余地はなさそうだね」
「ああ。だが、このまま大人しくしてるとも思えねえな」
「だよね。やばくなったらオニキス王子にも噛みつきそう」
「その前に側近連中が動くだろうがな」
「会場にいる無関係な貴族を巻き込む可能性も考えて、いつでも動けるようにしておいたほうがよさそう」
「……お前、大丈夫なのか?」
「魔法使う時は透明化するから大丈夫。視界に入りさえしなければ」
「……お前がいいならいいけどな。とりあえず俺の側から離れるなよ」
「わかった」

会話を終えた二人は再び柱の影からメディセイン達に視線を向けた。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 緋夜達が視線を向ける中、オニキス一行とクリフォード侯爵は揃ってモルドール侯爵とガゼスに視線を向けると、その目はとてつもなく冷たくなった。

「私が遊学をしている最中に随分な大罪に手を出した愚か者がいるとの情報を得て戻ってきてみれば、どういうことか説明してもらおうか。モルドール侯爵」












           
     
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

オフリミットⅠ~恋の僭主~

奏井れゆな
恋愛
実那都と航は同級生。付き合いが始まったのは中3の春。 実那都にとっては無理やりで、航には戸惑わされてばかりいる。 一見、航はがさつだけれど、干渉しすぎるくらい実那都をかまう。 嫌いじゃない。それどころかいつも不安。 だれにも話したことのない、その不安は航に気づかれている? 航にとって実那都を守るのは生き甲斐。 だれにも邪魔させない。無駄なほど愛を吐く。この恋はおれのもの。 ♂バンドドラマー×♀=真実一路の恋 *中3~高校までの物語 ■続編(大学生~メジャーバンド編)【オフリミットⅡ】は下記にリンクしています。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

処理中です...