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壱 出会いの章

41話 断罪の夜②

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ーー side ガイ

 緋夜がミラノの相手をしている頃、ガイもまたモルドール侯爵子息であるガゼス・モルドールと対峙していた。

「失礼、職務中なのは承知しているが少し話相手になってはもらえないだろうか?」

突然目の前にやってきたガゼスは爽やかな笑みでガイに声をかけた。そんなガゼスにガイは会場入りする前にメディセインから言われていたことを思い出す。

ーーモルドール侯爵とガゼスは『表向き善良』です。うまくやらねば周囲が彼らを援護しますのでお気をつけてーー

(まだ判断には早いな……つーか、視線が増えたんだが)

増えた視線はガイというよりもガゼスへと向いているように思える。女性からの視線が大半だが、男性からの視線も受けていた。

(男色っつー話、マジだったのか? いやまだそうとは限らねえ……と思いたいが)

メディセイン曰く、ガゼスに視線を向ける男はガゼスの愛人らしくやたら見目の良い者達だ、とのことだったのでガイは密かにため息をついた。そんなガイに気づくことなく、ガゼスが伺いを立ててくる。

「聴こえているのか?」
「……少しなら」
「それはよかった。初めて見る顔だけど、新人かな? それとも誰か他の人の護衛?」
「……ベス卿の護衛」
「ベス……ああ先程レイーブ伯爵の親戚だと紹介されていた男性か。なるほど彼らの護衛だったのか。主従揃って見目の良いことだ」
「……どうも」
「随分と素っ気ないな。任務の邪魔をしたからか」
「生憎とこれは生まれてからなんでね」
「君は敬語の使い方もまともにできないのか?」
「孤児なもので」
「なるほど、まあいいさ。下手に謙られたらそれはそれで気持ちが悪い」

(随分とはっきり言うんだなこいつは)

き族らしからぬ態度に僅かばかり警戒を高めるとガゼスは徐にガイと視線を合わせる。無理矢理視線を合わされたガイはその目の奥に漂うものに気づいて若干眉を顰めた。

(こいつ……!)

「どうした。そんなに警戒して。別に取って食うつもりはないんだが」

わざとらしく首を振って見せるガゼスにうっかり蹴り飛ばしてしまいそうになるのを全力で抑え込み、努めて冷静になりながら思考を巡らす。

(これ以上余計なことで相手していたくねえな。さっさと終わらせるために少し揺さぶってみるか)

「……クリサンセマム」
「……」
「最近クリサンセマムで変なことが続いているらしいから気をつけた方がいいじゃねえの? 確かモルドール侯爵領とクリフォード侯爵領は隣だった気がするが」
「……何故いきなりそんな話をする?」
「いや別に。ただ今偶然思い出しただけだ。クリサンセマムには知人がいるもので。迷惑してるって手紙が届いたから、おたくの領地でもおかしなことが起こらないようにって思った。以上」
「……本当にそれだけか? 何か引っかかるんだが」
「気のせいじゃねえの? やましいことがなければ、な」
「「……」」

しばらく互いに沈黙しているとガゼスが冷えた低い声で耳打ちをしてきた。

「……お前、何を知っている?」
「さあな。あんたこそ、何知ってやがるんです?」
「……少し、別室で話したいのだが、かまわないか?」
「俺を尋問でもする気か?」
「……まさか」
「断る」
「何?」
「断るっつったんだよ。そうことはアンタが囲っている相手とどうぞ」
「……随分と生意気だな。折角だ俺が直々に礼儀を教えてやろう」
「それも結構。付き合ってやるほど暇じゃねえし、そんな時間も、ないしな」
「何を言っ」

余裕の表情で言ったガイにガゼスは訝しげに問いかけると同時に靴音が響く。

「失礼、ガゼス公子」
 
背後からの声にガゼスが振り返ると、そこにはレイーブ伯爵子息エルメスが立っていた。

「お久しぶりですね、ガゼス公子。ご健勝そうで何よりです」
「……ああ、エルメス公子か。そちらこそお変わりないようで」

二人は挨拶を交わすものの空気は非常に冷ややかで、周囲は自ずと距離をとり始める。

「モルドール侯爵様が探しておられましたよ」
「何? 何故貴方がそれを知らせに?」
「ただ偶然耳に入っただけですよ。それよりもお早く行かれては? まあもっともーー」

エルメスが意味深な笑みを浮かべながらある方向に視線を向け、つられるようにガイとガゼスもそちらに目を向けると、

「! 一体、何が……」

人だかりの中央にモルドール侯爵がレイーブ伯爵とメディセインの二人と向かい合っており、モルドールの表情は遠目でもわかるほどに歪んでいた。

「ほら、ね? お早くお側に行って差し上げては?」
「……何を企んでいる?」
「さあ、そんなことよりもご自分で行けないのでしたら、恐れ多くもこのエルメスがお連れ致しましょう」

言うや否や笑顔でガゼスをガイから引き剥がし、人だかりの中央へと引き摺っていった。

残されたガイは密かに受け取ったアイコンタクトにため息をつきながらも、ゆっくりと緋夜も元へと歩みを進めたその時。

「え!? 何故ここに!?」
「留学していらしたのでは!?」
「お戻りになられていたのですね……!」

会場にざわめきが起こり、現れた人物のための道が自然と開かれる。

(あ? なんだ、一体何がーー)

疑問を抱きながら視線を向けるとガイは思わず言葉を失った。

 この後に待ち受けるのはある者達の逆鱗に触れた愚かな貴族の没落。断罪の夜はまだまだ終わらないーー


ーー side メディセイン

 レイーブ伯爵と穏やかに会話をしていると、一人の貴族が近づいてきた。

(おや、思ったよりも早いですね。緋夜さんとガイさんは……それぞれお相手中のようですし、こちらも始めましょうか」

「失礼、レイーブ伯爵。今お時間いただけるだろうか?」
「構いませんよモルドール侯爵。なかなかお会いになる機会が巡ってきませんので、嬉しい限りです」

(本当に貴族は芸達者な方達ですね。まあ日常で磨かれているのでしょう。素敵なことです)

メディセインは一歩後ろに下がり目の前で(表面的)和やかに言葉を交わす二人をしばし観察することに。しばらくしていればあとはなるようになる。

「一応親族だろう。もう少し砕けてくれてもいいのだが」
「はは、そうであったな。ところで最近は随分と好調だと聞いたが?」
「相変わらず耳が早いな。領地で手掛けている事業が軌道に乗っているんだよ」
「それはよかった。優秀な親戚達に囲まれて私は果報者だ」
「……ああ、よく口にするゼス殿か。一度も顔を見たことはなかったが、なかなか良い青年のようで」
「ありがとうございます。モルドール侯爵閣下」
「いやいや、固くなる必要はない。君もカルノの親戚になのだろう? ならば我がモルドールにとっても親戚だよ」
「そう言っていただけるなど光景ですね」

メディセインの予想よりも早い段階で話に組み込んできたモルドール侯爵にメディセインは気づかれない程度に目を細める。

(あの人達がいらっしゃるまであと少し……これ以上無駄話をしている時間はなさそうです)

そう思いながらメディセインがレイーブ伯爵に視線を向けるとどうやら伯爵も同じ思いだったらしく、目で頷いてきた。

(仕掛けるおつもりですね。では……私も適度に援護させていただきますよ)

伯爵が用意した特別ゲストがまもなくやってくる。その前にある程度は仕込んでおく必要があったのだ。

(さて、すべてが晒された時、あなた方は一体どのような姿を見せてくれるのでしょうねモルドール侯爵家の御三方……?)

メディセインはひっそりと笑みを浮かべた。

 満月を過ぎた月が見守る中、人々の思惑が交わる断罪の時はすぐそこにーー
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