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壱 出会いの章

35話 雨声の密談と遭遇

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 翌日、普段ならばとっくに起きている時刻を大幅に過ぎた頃、ようやく目覚めた緋夜は欠伸をしながら窓の外に視線を向けた。やけに暗いと思ったら雨が降っている。

「……雨か。今日はどこにも行かない方がいいかな。雨具はあるけど……あんまり向こうの世界の物は人目につかない方がいいだろうし」

そう結論付けて着替えを済ませるとタイミング良くノックが鳴った。

「俺だ」
「あ、今開ける」

扉を開けるとそこには案の定ガイがいて、その手にはトレイにのった朝食がある。

「あれ? ご飯持ってきてくれたの?」
「ぐーすか寝てたからな。何度起こしても起きねえから、寝かせといたんだよ。宿の奴に話したらこれ持って行っていいとよ」
「ああ……なんか申し訳ない。持ってきてくれてありがとう」
「ああ」

ガイは机の上にトレイを置くと緋夜の向かいの椅子に腰を下ろした。

「それにしても私そんなに寝てた?」
「今は十時過ぎてるぞ」
「え!? そんなに?」
「ああ。よっぽど疲れてたんだなお前」
「まあ、それは否定しないけど……ってそれよりも昨日のこと」
「ああ、明日話すっつったやつか」
「うん。情報聞けたって言っていたから」

緋夜がいつも宿の人に頼んでは用意してもらっている茶器で手際よくお茶を用意(水は魔法で茶葉はティーパック)すると、ガイは出されたお茶を一口飲んだ後に話し出した。

「アイツらは闇の浪人と言われている奴らで、どこの組織にも属さない野良のなんでも屋だ。お前の世界に存在しているかは知らねえがな」
「ふうん……その闇の浪人が誰かに雇われてあそこを見張っていたってこと?」
「ああ。特に詳しい説明もなくただあの屋敷にいる女子供を見張ってろっつーことだったらしい。訝しんではいたが仕事は仕事だって特に深掘りすることなく、言われるままに受けていたんだと」
「へえ……」
「んで、定期的に様子を見にくる奴がいるらしくてな。今回の仕事の話も全部そいつとやっていたらしい」
「なるほど。ていうことはその人物が黒幕の手下ってことかな」
「まあそうだろう。こんなことやらかすのにわざわざ黒幕自ら出てくることはねえだろうし。だが……」
「だが?」
「いや、ちょっと変でな。どうにも……」
「変って?」
「ああ。俺が話を聞いた連中はそいつに自分が持ってきた香水の瓶と銀細工の指輪を持つように強要されていたらしい」
「……は?」

少々信じがたい内容に緋夜は思わず、自分の耳を疑った。香水はともかく銀細工は高級品で庶民では絶対に手が出せない。それを全員にという。どう考えても異常事態である。しかし、ガイの話はそこで終わらなかった。

「それとそいつらを束ねていた奴がこんなものを持っていた」

そう言ってガイは一枚の紙切れを取り出し、机の上に置いた。その紙に視線を向けた緋夜はその口元に微笑を浮かべた。

〔黒は空に紫紺は地に銀は鎖に
       それが求める欲望の正体〕

「随分と面白いこと書いているんだね」
「まあ、お前ならそうだろうよ」
「ちなみにガイの感想は?」
「謎かけにもならねえ」
「まあ、シネラに長くいる人間ならそうだろうね」
「そう言うお前はなんでわかった?」
「レオンハルト……セフィロスで私の護衛をしてくれていた騎士から聞いたんだよ。セフィロスとその周辺国の有力な貴族や特産品とかを知っている範囲で教えてほしいって」
「……なんでそんなこと聞いたんだよ」
「知っていた方が便利かなって。異世界の人間だって隠すためにはそれなりにこの世界のことを知っておく必要があるからね。いつ帰れるかわからないし」
「……それもそうか」

会話をしながらも二人は頭の中でパズルのピースを埋めていく。ほぼ完成したとはいえ決定打がない。そこが悩みどころだった。

「まあそれは今は置いておいて。多分考えは合っていると思うけど……憶測に過ぎないからな……」
「証拠が欲しい……か」
「そうだね。問題はどうやって手に入れるか、なんだよね」
「……闇の浪人とやり取りしていた奴に接触するってのはどうだ?」
「まあ、それが手っ取り早いよね。もし私達の考えている通りなら手を組むことは可能だとは思うけど……どうやって接触するの?」
「ん」
「?」

ガイが無言で示した場所をよく見ると小さい文字が並んでいた。

〔星霞む夜 闇に溶け込む館 陰らぬ光の泉にて〕

「なにこのおまけにつけられたようなちっさな字は」
「いや、俺に言うなよ」
「よく見つけたねこんなの」
「逆にお前が見つけられなかったことにびっくりなんだが」
「ちょっとショック」
「なんでだよ」
「……まあいいや。これ要約すると満月の夜にあのボロ屋敷近くの泉で待っているってことだよね」
「だろうな」
「でもあの近くに泉なんてあった?」
「あるんじゃねえの? 俺達は昨日初めて行ったが奴は何度も足運んでいるだろうからな」
「じゃあ行ってみようか。罠かもしれないけどほんの少しでも情報が得られればいいって事で」
「だな」
「次の満月っていつ?」
「三日後」
「時間はあるね。とりあえず三日後の夜に会いに行くって事でいいかな」
「ああ、それでいい」
「じゃあそういうことでよろしく」
「わかった」

 密談と食事を終えた緋夜は食器類を返しに行って来るとガイは部屋で武器の手入れをしていた。

(今日はどうやって過ごそうかな。あまり雨で出歩く人って本当にいないよね)

緋夜はしばらく悩んだ後、転移と水魔法を使えば濡れずに済むだろうと思い結局外に出ることに。

「ガイ、私少し外に行ってくるね」
「この雨でか?」
「うん。私なら大丈夫だから」
「そうかよ。なら気をつけて行けよ」
「ありがとう。それじゃあね」
「ああ」

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 軽く挨拶を交わした緋夜は転移で昨日の廃館にやってきた。古びた館は雨漏りをしているのがよくわかる。随分と長いこと放置されていたようだ。

(さて、例の泉とやらを探しますか……上から見たほうが絶対早いよね。周りに人の気配はないし、それじゃあーー)

周囲に気配がないことを確認すると緋夜は浮遊魔法を使い、上空へと昇った。雨のせいで視界が悪いが見えないわけではないので下の方に目を向ける。

(えーっと……泉は……あれか)

お目当てのものがすぐに見つかり、近くに降り立った緋夜は泉に近づこうとして足を止め、木の影に隠れるように覗き込んだ緋夜の視線の先には外套を着た人物が佇んでいた。

(どうしてこんな天気の中あんなところに……って人のこと言えないか)

なにをやっているのかと様子を伺っていると、突如魔物が姿を現した。

(! ……あれは、レーゲンフロッグ)

すかさず戦闘体制に入った緋夜だが、肝心の人物は特に逃げる様子もなく、静かに佇んでいる。そして次の瞬間にはーー

「……な」

レーゲンフロッグは派手に血を噴き出しながら地に伏し、周囲に鮮血の雨が降り注いだ。


(レーゲンフロッグ十体が一瞬で全滅した……アイツ一体何者?)

警戒を強めながら再び観察しているとその人物は特になにをするわけでもなく歩き出した。衣服についた大量の血は雨水によって流され、先ほどの出来事などなかったかのような錯覚を起こさせる。

(……ここから離れたほうが良さそう。鉢合わせると面倒なことになりそうだし、目的は果たしたからさっさと帰ろう)

そう思い、泉に背を向けると、背中に悍ましい寒気が走った時には羽交締めにされ首筋には鋭利な刃物が当てられていた。

(! ……マジか。早すぎ)

「こそこそ覗き見とは良い趣味をお持ちですね。私の何か御用でしょうか?」

中性的な声が緋夜の冷たい毒のように入り込んでくる。下手なことをした瞬間に殺される可能性が高いため、迂闊には動くことができない。

(でも、で恐怖を覚えているようじゃこの先やっていけないからね)

緋夜は挑発的な笑みを浮かべながら、冷静に言葉を発する。

「用があるって言ったらどうするの?」
「おや、この状況でそんな言葉が出てくるとはあなた相当度胸があるようですね。それとも状況判断もまともにできないようなお馬鹿さんなのでしょうか?」
「この場合は前者だと、言っておこうか」
「なるほど……この状況下においてあなたに打開策でもあるのですか? 随分と余裕が伺えますが」
「そう見えるのなら光栄だよ」
「ふふ、この局面に置いて震えのひとつもしないとは……ですが、あなたになにができると? この細腕で、私を殴るおつもりで? その前にあなたの首が斬れますが」

その人物(おそらく男)は力を入れ、緋夜の腕を更に捻り上げる。自分も線が細い割にその腕から伝わる力は強く、ほんの少し動いただけで骨が折れるだろう。そんな緊迫した状況の中で緋夜は笑みを深め、

「だったらその前に……」
「! ……っ!」
「あなたの動きを封じるだけだよっ!」

言うと同時に氷の剣を自分と外套の男の間に出現させ、一瞬の動揺の隙をついて蹴りを入れて拘束から逃れると、素早く距離をとる。

「! ……なるほど魔法使いでしたか。どうりで余裕なわけだ」
「残念だったね。細腕でもこの程度はできるよ」
「本当に気の強い女性ですね。ですが簡単に狩れる獲物ほどつまらないものはありませんから、この私の不意をついたことに免じて今日は見逃してあげましょう」
「あら、敵前逃亡?」
「ご冗談を。私が見逃してあげるのですよ。それではまた、星の霞む夜にお会いしましょう」
「! ……くっ……!」

泉が水飛沫を上げて緋夜の視界を遮り、気がつくと外套の男は姿を消していた。

「逃げられたか……でも、さっきの言葉……」

思わぬ収穫に緋夜は楽しげな笑みを浮かべながら泉に視線を向ける。

「素敵な贈り物をありがとう……真白の君」

そう言い残し、緋夜は今度こそ泉に背を向け振り返ることなく宿へと戻っていった。
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