上 下
32 / 68
壱 出会いの章

29話 懐かしいもの

しおりを挟む
 陽の光が窓から差し込み、眩しさで緋夜は目を覚ました。のっそりと体を起こし、半ば夢の中のような状態でなんとか着替えを済ませると魔法を解除した。

「起きたか」
「……ガイ……おはよ……」
「ああ。眠そうだな」
「ねむい……」
「ったく。寝ぼけて階段でこけんなよ」
「……それは大丈夫」

緋夜は微妙にふらつきながらも宿の食堂へと歩きだし、ガイがその後ろに続いた。寝ぼけて転ばないための配慮だろう。単純に面倒なだけかもしれないが。

朝食を食べているといきなり宿の扉が開き警吏の服を着た男が入ってきた。

「警吏? なんでここに」
「さあな」

そんな疑問を抱いている間も警吏の男は女将の方へ歩いて行った。何やら険しい顔つきで話している。不思議に思いつつも食事を進めた。

「今日はどうするつもりだ。なんか依頼でも受けんのか?」
「どうしようね……今日は観光でもしようかな。折角だから見て回りたい。なんか面白いものあるかもしれないから」
「まあ確かにな。折角ここにきたんだ。見てかねえと損だろ」
「ガイはどうすんの?」
「なんか適当に依頼でも受けるわ」
「分かった」
「なんかあったら呼べよ」
「そんなしょっちゅう起こんないでしょ」
「一応用心しとけ。変な連中に目つけられても知らねえぞ」
「大丈夫。その時は楽しく遊ぶから」
「……やり過ぎんなよ」
「大丈夫! ギルドカード剥奪されるような真似はしないから」
「そうじゃね……いやお前に言うだけ無駄か。とりあえず気をつけとけよ」
「はーい」

緋夜には意味がないと分かりつつもガイは忠告を促した。本日は久しぶりの別行動だ。心配になるのも無理はないだろう。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 支度を終え、宿を出た緋夜はクリサンセマムの町を散策している。雰囲気は渋谷や原宿に近くほんの少しばかり懐かしく思う。
特になんのあたりもなく歩いていると一軒のお店に緋夜は目を見張った。

「嘘…………」

緋夜は惹かれるままに店に入って行くとそこには、多くのガラス細工が売られていた。

「……どうしてガラス細工のお店なんてあるんでしょう? しかも……」

緋夜はガラス細工の並んである棚の一角に近づく。

「江戸切子や薩摩切子まである……何故?」

頭の中にハテナマークを浮かべていると、店主が近づいてきた。

「お客さん、それは遠い東の国から入ってきたものだよ」
「遠い東の国、ですか?」
「おう! 確か……オウカ国っていう国だったかな」
「オウカ国?」
「サクラが紋章になっている国だよ。その国は島国ゆえの独特な文化が栄えてるって話だぜ」

その言葉に緋夜は心が踊った。サクラが紋章の島国で独特の文化が栄えている切子のある国、というのは緋夜からすれば非常に馴染み深いものがある。

(なんか日本みたいな印象のある国だな。この世界に召喚された人間が関わっている可能性はあるよね。日本でガラス細工が本格的に発展したのって確か江戸時代だったはずだから)

この世界にも故郷と同じ文化があるかもしれないという期待に緋夜の心は震えて行く。

(いつか絶対にオウカ国に行く! 絶対行く! 何がなんでも行く!)

決意に燃える瞳で目の前の薩摩切子を眺めていると、それを見た店主が静かに声をかけた。

「あー……お客さん? その、そんなに気に入ったんなら一個持ってくか?」
「はい、買います! いくらですか!?」
「…………えーっと、どれを持っていく?」
「とりあえずこれを。いくらです?」
「銀貨三十枚」
「はい」

緋夜はなんの躊躇いもなくお金を払い、ひどく上機嫌でガラス細工の店を後にした。そのあまりのウキウキ顔に店主がやや引いていたことを緋夜は知らない。

(まさかこの世界で切子を買えるとは思わなかった~探せばもっと見つかるかもしれない。こけしとか織物とか人形とか、他にも何か……)

ガラス細工を見つけたことで思考がすっかりハイになった緋夜。こうなってしまうと何か衝撃があるまで一切周りが見えなくなる。緋夜のこの悪癖は家族や友人からよく咎められていた。この悪癖のせいでうっかり事故に遭いかけたこともある。にも関わらずこの癖は今だ直ることはなくそのまま定着してしまっているのだ。

ドンッ!

「! うわっ」

 誰かと正面からぶつかりようやく戻った緋夜は倒れる寸前で止まり、転ぶことはなかった。

「あっぶな……っと、すみません。考え事をしていたために。お怪我はありませんか?」

完全に緋夜が悪いのでぶつかった相手に謝罪をした。一礼してから顔を上げるととても冷たい雰囲気の男性が立っていた。四十路前半といったくらいだろうが、顔立ちは整っている。明るい茶髪にピンク色の目だがどことなく誰かに似ている。

(……あ、もしかしてこの人)

「問題ない。気をつけろ」
「はい。大変失礼しました」

特にこれといった反応を示すこともなくさっさと歩き出して人混みに消えた男性を見ながら緋夜も歩き出した。

(あの人、セレナのお父さんだよね絶対。今度セレナに会ったら聞いてみよう)

 楽しみが増えたことに更に喜びが増し緋夜は上機嫌で懐かしいもの探しを再開させた。

「まあ、いくらなんでもそんな簡単に見つかるわけはないか。色々なところ回って地道に見つけて行くのも楽しそ……う……?」

それとなく歩いていると、髪飾りを売っている露店を見つけ、陳列されているものに目を輝かせた。

「すみません」
「あら、いらっしゃいませ」
「あの、この髪飾りって……」
「あ、興味ありますか? これはカンザシというオウカ国の髪飾りなんですよ。綺麗でしょう?」
「はい」

(うわ~い! まさかの簪発見! 切子が売っていたからもしやと思っていたけど……意外とあるもんだな~)

一つ一つ見ていくと、一際目を惹く簪があった。

「その簪気に入りました?」
「はい、その……見たことのない花ですね」
「これはトコシエという花で、神を愛した人間の女性が亡くなった時、その女性が神と初めて出会った場所に咲いていた、という伝説があるそうで、オウカ国では恋人と永遠の愛を誓う花として扱われているそうですよ」
「へえ……」

(トコシエ……ねえ)

「この簪ください」
「はい、お買い上げありがとうございます」

緋夜はトコシエの花があしらわれた簪を購入し、露店を後にした。

「トコシエって確か永遠って意味だったよね。神に恋した女性……か。引っかかるのはなんでだろう」

そう言って緋夜はほんの少しのトゲを感じながら宿へと続く道を歩き出した。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 宿に戻ると、ガイが既に部屋に居り剣の手入れをしていた。

「ただいま」
「おう、……なんかツヤツヤしてんな……お前。なんかあったのか?」

「そうそう。町を歩いていた元いた世界と同じ物があってさ。つい嬉しくなった」
「元の世界と同じもんだと」
「うん。薩摩切子」
「サツマキリコ?」
「えっと私の故郷のある地域で作られているガラス細工だよ」
「へえ、そんなんあんのか」
「見つけた時はびっくりしたけどね。折角だし元の世界と同じ物がないか探してたんだ。これからも探すつもりではあるけど」
「それはよかったな」
「うん。来てよかった~ガイの方はどうだった?」
「俺は……ん?」
「……?」

二人は会話をやめ、窓の外に視線を向けた。何やらひどく騒がしくなっている。

「何?」
「喧嘩……じゃねえな」

 緋夜が窓を開けると騒動の中心人物であろう人間と目が合った。そして……

「伏せろっ!!!」
「……クッ!」

 ガイの叫びと同時に窓の前で何かが破裂したーー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生の次は召喚ですか? 私は聖女なんかじゃありません。いい加減にして下さい!

金峯蓮華
恋愛
「聖女だ! 聖女様だ!」 「成功だ! 召喚は成功したぞ!」 聖女? 召喚? 何のことだ。私はスーパーで閉店時間の寸前に値引きした食料品を買おうとしていたのよ。 あっ、そうか、あの魔法陣……。 まさか私、召喚されたの? 突然、召喚され、見知らぬ世界に連れて行かれたようだ。 まったく。転生の次は召喚? 私には前世の記憶があった。どこかの国の公爵令嬢だった記憶だ。 また、同じような世界に来たとは。 聖女として召喚されたからには、何か仕事があるのだろう。さっさと済ませ早く元の世界に戻りたい。 こんな理不尽許してなるものか。 私は元の世界に帰るぞ!! さて、愛梨は元の世界に戻れるのでしょうか? 作者独自のファンタジーの世界が舞台です。 緩いご都合主義なお話です。 誤字脱字多いです。 大きな気持ちで教えてもらえると助かります。 R15は保険です。

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

桐生桜月姫
ファンタジー
 愛良と晶は仲良しで有名な双子だった。  いつも一緒で、いつも同じ行動をしていた。  好き好みもとても似ていて、常に仲良しだった。  そして、一緒に事故で亡くなった。  そんな2人は転生して目が覚めても、またしても双子でしかも王族だった!?  アイリスとアキレスそれが転生後の双子の名前だ。  相変わらずそっくりで仲良しなハイエルフと人間族とのハーフの双子は異世界知識を使って楽しくチートする!! 「わたしたち、」「ぼくたち、」 「「転生しても〜超仲良し!!」」  最強な天然双子は今日もとっても仲良しです!!

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

転移想像 ~理想郷を再現するために頑張ります~

すなる
ファンタジー
ゼネコン勤務のサラリーマンが祖父の遺品を整理している中で突如異世界に転移してしまう。 若き日の祖父が言い残した言葉に導かれ、未知の世界で奮闘する物語。 魔法が存在する異世界で常識にとらわれず想像力を武器に無双する。 人間はもちろん、獣人や亜人、エルフ、神、魔族など10以上の種族と魔物も存在する世界で 出会った仲間達とともにどんな種族でも平和に暮らせる街づくりを目指し奮闘する。 その中で図らずも世界の真実を解き明かしていく。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

初恋の幼馴染に再会しましたが、嫌われてしまったようなので、恋心を魔法で封印しようと思います【完結】

皇 翼
恋愛
「昔からそうだ。……お前を見ているとイライラする。俺はそんなお前が……嫌いだ」 幼馴染で私の初恋の彼――ゼルク=ディートヘルムから放たれたその言葉。元々彼から好かれているなんていう希望は捨てていたはずなのに、自分は彼の隣に居続けることが出来ないと分かっていた筈なのに、その言葉にこれ以上ない程の衝撃を受けている自分がいることに驚いた。 「な、によ……それ」 声が自然と震えるのが分かる。目頭も火が出そうなくらいに熱くて、今にも泣き出してしまいそうだ。でも絶対に泣きたくなんてない。それは私の意地もあるし、なによりもここで泣いたら、自分が今まで貫いてきたものが崩れてしまいそうで……。だから言ってしまった。 「私だって貴方なんて、――――嫌いよ。大っ嫌い」 ****** 以前この作品を書いていましたが、更新しない内に展開が自分で納得できなくなったため、大幅に内容を変えています。 タイトルの回収までは時間がかかります。

わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝
ファンタジー
「てめぇらに、最低のファンタジーをお見舞いしてやるから、覚悟しな」 異世界ノットガルドを魔王の脅威から救うためにと送り込まれた若者たち。 その数八十名。 のはずが、フタを開けてみれば三千人ってどういうこと? 女神からの恩恵であるギフトと、世界の壁を越えた際に発現するスキル。 二つの異能を武器に全員が勇者として戦うことに。 しかし実際に行ってみたら、なにやら雲行きが……。 混迷する異世界の地に、諸事情につき一番最後に降り立った天野凛音。 残り物のギフトとしょぼいスキルが合わさる時、最凶ヒロインが爆誕する! うっかりヤバい女を迎え入れてしまったノットガルドに、明日はあるのか。 「とりあえず殺る。そして漁る。だってモノに罪はないもの」 それが天野凛音のポリシー。 ないない尽くしの渇いた大地。 わりとヘビーな戦いの荒野をザクザク突き進む。 ハチャメチャ、むちゃくちゃ、ヒロイックファンタジー。 ここに開幕。

前世で医学生だった私が転生したら殺される直前でした。絶対に生きてみんなで幸せになります 2

mica
ファンタジー
続編となりますので、前作をお手数ですがお読みください。 アーサーと再会し、王都バースで侯爵令嬢として生活を始めたシャーロット。幸せな婚約生活が始まるはずだったが、ドルミカ王国との外交問題は解決しておらず、悪化の一途をたどる。 ちょうど、科学が進み、戦い方も変わっていく時代、自分がそれに関わるには抵抗があるシャーロット、しかし時代は動いていく。 そして、ドルミカとの諍いには、実はシャーロットとギルバートの両親の時代から続く怨恨も影響していた。 そして、シャーロットとギルバートの母親アデリーナには実は秘密があった。 ローヌ王国だけでなく、ドルミカ王国、そしてスコール王国、周囲の国も巻き込み、逆に巻き込まれながら、シャーロットは自分の信じる道を進んでいくが….. 主人公の恋愛要素がちょっと少ないかもしれません。色んな人の恋愛模様が描かれます。 また、ギルバートの青春も描けたらと思っています。

処理中です...