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壱 出会いの章

28話 ダンジョンの『最深部』

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 ダンジョン最下層ーーそこで見つけた扉を開けた二人は暗がりの中を進んでいた。所々に精霊石が輝いている一本道をただ歩いていく。あたりは静寂に包まれ二人の靴音だけが響き渡る。

「どこまで続いてるんだろう、入ってから結構歩いたよね」
「さあな。この状況じゃ時間の確かめようもない。奥に行ってみるしかないだろ」
「そうだね。それにしても本当にあったとは」
「今まで潜った奴で気づいたのはおそらくお前だけだろ」
「何かあるな、と思うことはあってもどうするのかってところで止まるだろうね」
「お前のやり方も大概だけどな」
「それは仕方ない」

人工的光の一切ない道をひたすら歩き続けていると、徐々に明るさが増してくる。

「そろそろだね」
「ああ」
「さて、何が待っているのやら」

二人は光に向かって歩いて行き、やがて広い空間に出た。
 
「……何ここ」
「さあな」
「なんでダンジョンにこんな場所があるのかな」
「まあ違和感あるな」
 
 目の前に広がるのは、美しく幻想的な森林とも呼ぶべき景色だ。オリオン・ブルーに輝く湖、深緑の葉をつけた木々には黄金の花が咲き誇る。

「すっごく空気が良い。下手したら山頂より空気良いよ」
「魔物がいたら一瞬で浄化されてるな」
「……どうする? 帰るにしても入り口塞がった、というより消えたけど」
「……どうにかできねえのか」
「無理。そこまで万能じゃない」
「まあそうか」

二人揃って溜息をついたとき、木々がざわめき出し鈴の音があたりに響く。緋夜とガイは一瞬で戦闘態勢になった。

『ほう、よもやここに辿り着く人間がいるとはな』

その声と同時に目の前が光りだし、それは人の形をとってやがて一人の男性の姿になった。深緑の長髪に若草色の瞳を持つ美しい男が面白いものを見る目で立っている。

「誰」
『はじめましてだな、人間よ。私はこの迷宮を守護する者。ここへ一番最初に辿り着いたことに敬意を表して、其方等を歓迎しよう』

 迷宮の守護者。聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる。ガイも知らなかったようで眉間に若干皺を寄せていた。

「私はヒヨ。冒険者」
「ガイ。同じく冒険者だ」

内心戸惑いつつも名乗ると守護者は楽しそうに目を細めた。

『なるほど。この空間は我等守護者の住まいのような場所だ。守護者が倒されれば迷宮自体が消えてしまうのでな』
「遥か昔に精霊が住んでいたという話があるんだけど」
『それはある意味では正しくある意味では間違いだ。我等守護者も精霊に組み込まれる者』
「我等っつーことは他のダンジョンにも守護者とかいう連中はいるのか」
『ああ、いるとも。だが詳しいことを話す前について来るが良い。折角の客人だ。ゆっくり寛ぎながら話そう』

守護者がそう言うと、あたりが光りだし気がつくと別の空間に立っていた。木の中のようだ。

『そこに座るといい』

守護者は木の葉ようなものでできた椅子のようなものを示した。緋夜とガイは一瞬だけ視線を交わし、言われるままに座ったのを見て守護者が向かいに腰を下ろす。

『さて、何か聞きたいことはあるか』
「この空間は最下層の更に下の空間だよね。二十四階層で行き止まりになっているのはこの空間を見つけられないようにするため?」
『そうだな。そんな理由だ。本来なら二十四階層から下への道は気づかないし気づいたとしても辿り着くことはできないはずなんだ』
「本来なら、ってことは辿り着くこともできるってことでしょ」
『その通り。その条件は〈聖属性とこの迷宮の属性を合わせ持った者が入り口に気づくこと、この迷宮の紋章を見つけ、守護魔の友魔石を納めること〉だ』
「「……」」

とてつもないほどの無理難題に思わず無言になった二人を見て守護者は面白そうに笑みを浮かべた。どう考えても普通に不可能である。聖属性自体非常に珍しく、加えて更に別属性を持っていることはそれこそ本当に伝説的存在だ。

が、実際にそのありえない自体を引き起こしたのが緋夜達だ。

『つまりはそういうことだ。だから其方等が如何に異常か分かるだろう』
「……申し訳ありませんでした」
『謝る必要はない。ただ不可能を可能にした其方等に興味が沸いてついつい出てきてしまった』
「……そう」

緋夜は頷きながらも内心慌てていた。緋夜は全属性持ちであり、ガイと一緒にいれば守護獣を倒すこともできる(実際できた)。加えて、緋夜は守護者の住処への入り口とダンジョンの紋章を見つけることができた。それはつまり、『すべてのダンジョンの守護者の住処に行くことができる可能性がある』ということになる。このことが知れ渡ればどうなるのか、考えただけでも絶望しかないだろう。先程からガイからとてもないほどの視線が緋夜に向けられている。心境的には『何やってんだこの馬鹿!!』と盛大に罵りたいところだろう。

(どうしよう……)

緋夜はそっと視線を横に逸らした。居た堪れなさMAXである。自業自得なのだが。

「出てきた理由は警告も兼ねて、デスヨネ」
『勿論だとも』

とても清々しい笑顔である。目は笑っていないが。そんな守護者に向かって緋夜は深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」
「すまん」

緋夜に合わせてガイも頭を下げた。そんな二人を見て守護者は満足そうに頷いた。

『分かってくれたようで何よりだ。だがこれは機密中の機密だ。他の者達には吹聴しないでもらいたい」
「「勿論」」

二人同時に即答した。この事実は非常にまずい。いろいろな意味で。守護者の存在は知らない方がいい。絶対に。

『だがこのことは他の守護者達には話させてもらう。辿り着く人間が出たことはこちらとしても放っておけないのでね』
「他の守護者と話せるの?」
『ああ。我等は兄弟のようなものでね。何か起こった時は全員に伝わるようになっている』
「……便利なことで」
「……やらかしたなお前」
「…………」

 ガイに盛大に睨まれ、視線を逸らす緋夜。こればかりはどうしようもない。偶然だと済ませるには事が大きすぎるのだから。いくら『知らなかった』とはいえどうしようもないこともある。
自身の保身も含めて緋夜は絶対に口外などしない、これは決定事項だ。

『まあ、其方の場合はこの世界に属さぬ者故のことだと思うがな』

飛び出た言葉に緋夜は内心自身の仮説を確信に変える。守護者は緋夜の立場に気付いていたようだ。精霊と呼ばれるものに属する、と言っていたことから緋夜自身も自分の正体に気づかれている、という仮説は的中した。

「やはり気付いていましたか」
『ああ。其方の魂はこの世界のものではないからな。だから此度のことが可能になったのだろう。同胞達にはその事を踏まえて報告するから、安心していい』

(安心、ねえ……)

どうにも安心できる要素は少ないように思うが、あえて突っ込まない方がいいだろう、と緋夜は思考を切り替える。

「では今回、私達は辿り着いていない、ということになるのですかね?」
『ああ君達はここに辿り着いていない。ここの存在も守護者のことも何も知らない、ということで頼む』
「分かりました。何も知らない、それが一番でしょう」

緋夜は守護者と暗黙の了解を交わし、互いに笑みを浮かべた。その様子をガイは呆れながら見ているが。
 
『まあ其方等がどのようにしてここに辿り着いたのかは聞かぬ方が良いだろう。他に聞きたいことはあるか』

緋夜は正直聞きたいことの方が多かったが、知ろうとしない方がいいだろう。好奇心と言ってしまえば可愛いがこの件に関して好奇心は自分達の首を絞める結果を招きかねない。相手が人間ではないから。人間であるからこそ踏み込んではならない領域はある。

「ないよ。ね」
『そうだな。英断だろう』
「ありがとうございます」

これで良い。下手に踏み込んではこちらが危険だ。

「では私達はこれで失礼させて頂きます。これ以上長居しては申し訳ないですし」
「そうだな、人間が居続けていい場所じゃねえだろ」
『うむ。では地上へ送る前にこれを受け取るといい』
「「?」」

守護者の手元が光りだし、二つの輝石が現れた。一つは漆黒、一つは深紅の輝石である。

『これはここに辿り着いた者達への選別だ。それらは其方等に守護者の加護を授けよう』

守護者がそう言うと、深紅の輝石はピアスとなり緋夜の耳へ、漆黒の輝石はガイの剣の飾りとして収まった。

『これは人の目には普通の装飾品にしか見えない。変に目をつけられることもないだろう』

宝箱から出たとでも言えば不審がる者もおるまい、と言うあたり人間のことに理解がある模様。守護者には感謝だろう。

「ありがとうございます」
「どうも」
『こちらこそ久しぶりに楽しかった。さて、そろそろ地上へ帰るといい。そしてここの存在を忘れ前に進んでくれ』

その言葉とともに緋夜達は光に包まれ、気がつくとそこはダンジョンの入り口だった。他にも潜ったであろう人達もここにいるので、帰還用転移魔法陣はここに繋がっているようだ。

「結構呆気なく戻ってきたね」
「ああ。まあこれでいいんだろ」
「そうだねからね」
「だな。宿に戻るか」
「うん」

思いがけずダンジョンの秘密を知った二人だがそれを話す事はしない。緋夜はダンジョン楽しかった、という感想を抱きながらクリサンセマムの町へ戻ったのだった。


       ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 来訪者を地上へ送った守護者はその美しい目をそっと閉じ、異世界の娘の姿を思い浮かべた。

『あの者はどのような決断を下すのだろう。どうのような決着をつけるのだろう。決着を、つけられるのだろうか』

ーー己に与えられた、残酷な運命にーー



 
 
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