上 下
27 / 68
壱 出会いの章

24話 クリサンセマム

しおりを挟む
 翌日、緋夜達はギルドに向かい、ゼノンにクリサンセマムにしばらく滞在することを告げた。ゼノンの反応は予想通りで、ガイをからかった後、笑いながら「行ってこい」と言って緋夜達を送り出した。

そして、現在緋夜達はクリサンセマムに向かう馬車に乗っていた。

「やっぱり王都を出ると道が荒れるね」
「当たり前だ。舗装されてる道の方が少ねえよ」
「酔いそう」
「この前は平気だったろ」
「短時間は大丈夫だと思うけど、長時間舗装されていない道を通ったことはないから」
「お前の世界には馬車はねえのか?」
「あるにはある。けど、時代が進んで馬車は娯楽に舗装された道を歩く程度だから」
「じゃあ普段はどうやって移動してるんだ」
「車とかバスとか電車とか」
「クルマ? バス? デンシャ? なんだそれは」
「機械仕掛けの移動用の乗り物」
「なんだそれ」

緋夜は詳しい構造までは知らないため、この程度の情報しか言えない。ガイは馬より速いというところで若干顔を顰めたが。

「そうかよ。まあ、聞いたところでどうにもならんだろうがな」
「うん」
「とにかく着くまで結構揺れるし、これからどっか行きてえなら馬車には慣れとけ」
「うん、そうだね。転移でホイホイ行ってたら体力落ちるし」

 魔法は誰でも使えるわけではない。ましてや、空間、聖、光、闇は使える人間は少なく、その中でも聖はもはや伝説級の属性だそうで、使えることがバレたらとんでもないことになる。だから治癒は気軽には使用できない。
 尚、この会話は緋夜の遮音結界で御者には聞こえていない。
 
「お前の場合魔法に関しては規格外だからな」
「肉体面で規格外の男に言われたくない」
「うっせ。クリサンセマムまでしばらくかかる」
「それまでは野宿なんでしょ?」
「ああ」
「この世界で野宿はレオンハルトさんと過ごした日以来だからちょっと楽しみ」
「楽しみなもんかよ。夜行性の魔物やらふざけた連中が出ることもあんだかんな」
「それは分かってるよ。テンプレだしね」
「テンプレが何かは知らんが、まあ気をつけとけ」
「はーい」


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 それから何事もなく緋夜達はクリサンセマムに到着した。

「ここがクリサンセマム……なんか雰囲気が全然違う」
「クリサンセマムはアスチルとの国境と程近い町だからな」
「アスチルって工業国家だっけ?」
「ああ。そことの商売の中心になってるとこだ」
「へえ! 楽しそう!!」
「楽しそう……ってお前な……」


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 
 町に入り馬車にはを降りた二人は宿が連なる通りに来ていた。ガイ曰く、宿が多いらしいので贅沢を言わなければ泊まれるところはあるだろう。
歩いていると緋夜はある宿に目をつけた。というのも単純に外装が好みだったのだ。

「ガイ、あの宿入りたい」
「いいんじゃねえの。空いてりゃ」
「とりあえず入ってみようよ」

そう言って宿に入ると宿にいた者達が一斉に緋夜達に視線を向けた。

「い、いらっしゃいませ、お客様」
「すみません、部屋って空いていますか?」
「え、あ、ええとはい。一部屋なら」
「だってさ。どうする?」
「いつかみてえに同室になりゃいいんじゃね。お前ならどうにかすんだろ」
「分かった。じゃあその一部屋お願いします」
「は、はい。こちらへどうぞ」

若干固くなりながらも案内をする女の人を微笑ましく見ながら後ろをついていく。

(新人さんかな)

「こちらになります。どうぞごゆっくり」

そう言って足早に去っていく女の人を見ながら首を傾げる。

「ガイ。あの人顔赤かったけど熱でもあるのかな」
「知らねえよ。とりあえず荷物置くぞ。町見るんだろ」
「うん」

 部屋に入ると、想像よりも大分清潔な空間になっていた。どうやら三人部屋のようでそこそこ広い。

「窓際使えよ」
「いいの?」
「ああ。俺はどこでもいいからな」
「あ、うん。ガイはそうだよね」

ガイ曰く木の上でも寝れるらしい。ある意味羨ましいと、緋夜は思った。
緋夜はここに来るまでの道のりで眠りの浅さが仮眠と大差ない状態だったことを思い出した。そんな寝方で大丈夫かと思ったが、元々睡眠時間が少なくても平気らしく普段の依頼でも大して疲れることがないため、問題ない、とのこと。それを聞いた緋夜が内心で人間卒業お疲れ様です、と思ったのは秘密である。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 荷解きを終え、緋夜はガイと共に町に繰り出したのだが。

「ねえ、王都より混んでると思うのは気のせいかな」
「気のせいじゃねえ、実際混んでる。はぐれんじゃねえぞ」
「善処する」
「善処じゃねえ。無理そうだったら裾掴んでろ」
「うん」

とてつもなく混んでいた。混み具合としてはバーゲンセールでもやってる時のイメージである。久しぶりの人混みに来たことで歩けなくなっている緋夜はガイの裾を掴みついて行くしかできない。

「もう少ししたら人混みを抜ける。それまで我慢しろ」
「うん。人混み抜けたらご飯奢って」
「意味分かんねえよ。お前が奢れ」
「やだ」
「ったく」

しばらくガイにひっついて歩いた緋夜は漸く人混みを抜けたところで近くのベンチに座り込んだ。

「大丈夫か?」
「……うん。ちょっと酔っただけ」
「酔ったのかよ。っしゃーねえな」

ガイはそう言ってどこかに消え何かを手にしてすぐに戻ってきた。

「ん」

ガイは手に持っていたものを緋夜に渡した。容器の中に薄桃色の液体が入っている。

「それでも飲んどけ酔い覚ましになる」

緋夜が酔ったためわざわざ買ってきてくれたようだ。内心で若干驚きながらも口を付ける。途端に爽やかな酸味が口の中に広がった。果汁とハチミツの甘さが酸味と合わさり、とても飲みやすい。

「美味しい」
「そりゃよかったな」

爽やかでフルーティーな飲み物は緋夜の好みだ。ガイがそれを知っていたのか単純に名物だったからなのかは分からないが好物が飲めて緋夜は非常に満足である。できることなら毎日飲みたいと思う程度には。

「それにしてもお店が多いね。この辺りじゃ見ないものもあるんじゃない?」
「ああ。結構あるな」
「ここの領主様ってどんな人なの?」
「知らね。長身で娘が一人いるってことくらいだな。その娘も父親の仕事を手伝ってるらしいが侯爵の顔は知らねえ」
「ご息女の方は?」
「ちょくちょく顔出しているらしいが俺は見たことねえ」
「へえ……」

何かを考えだした緋夜を見てガイが緋夜の額を叩いた。ガイが叩くといつもいい音がする。勿論緋夜にダメージは一切ない。

「何すんのさ~」
「また碌でもねえこと考えてやがるだろ」
「考えてないよ」
「どうだかな。飲み終わったんならとっとと行くぞ」
「え~」

 既に空の容器を魔法で燃やし、ガイの隣を歩き出した緋夜は視線だけで周囲を見る。人間だけではなく様々な種族が店を構えている。国によっては他種族を嫌うこともあるようだが、この国は一切規制がないため、ここまで多くの種族や品が行き交うのだろう。正直見ているだけで楽しいものだ。王都にも他種族はいるが、クリサンセマムほどではない。


 人々が行き交う通りをガイと並んで歩いているといきなりガイが緋夜の腕を掴んだ。

「え」

何が起きたのか一瞬分からずに固まっている緋夜の視界に真っ二つになっている剣が落ちているのが見えた。

「え? 何?」
「剣が飛んできてたんだよ。だから斬った」
「……何を?」
「剣を」
「どうやって」
「あ? 普通に」
「もしかして首を叩いて気絶させるみたいな感じでやったの?」
「それがどうした?」
「……いや、どうもしないけど」
「そうかよ」
「……ところで」

緋夜はガイに向けていた視線を再びガイの足元に向ける。

「これ、どこから飛んできたの?」
「方向からすればあっちだな」

ガイは剣が飛んできた方向を指さす。すると騒々しい声がだんだんと近づき、やがて緋夜達の前に男女の二人組が姿を現した。

「どけえええぇぇぇっっっっっ!!!!!」

男の方は半狂乱になりながら棒のようなものを振り回している。女の方は剣を持ったまま、半狂乱の男を追いかけていた。

「振り回してやがるの鞘だな」
「ってことはこの剣はあの男のものか」
「だろうな。女の方も剣を持っているから多分、剣を振り回して女に弾かれた剣がそのままの勢いでこっちに飛んできたんだろ」
「どんな威力で弾いたらここまで飛んでくるの」

などと会話をしていると、男が女を振り切って緋夜達目掛けて突進してきたーー


 
 

 

 








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

レベルカンストとユニークスキルで異世界満喫致します

風白春音
ファンタジー
俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》は新卒で入社した会社がブラック過ぎてある日自宅で意識を失い倒れてしまう。誰も見舞いなど来てくれずそのまま孤独死という悲惨な死を遂げる。 そんな悲惨な死に方に女神は同情したのか、頼んでもいないのに俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》を勝手に転生させる。転生後の世界はレベルという概念がある世界だった。 しかし女神の手違いか俺のレベルはカンスト状態であった。さらに唯一無二のユニークスキル視認強奪《ストック》というチートスキルを持って転生する。 これはレベルの概念を超越しさらにはユニークスキルを持って転生した少年の物語である。 ※俺TUEEEEEEEE要素、ハーレム要素、チート要素、ロリ要素などテンプレ満載です。 ※小説家になろうでも投稿しています。

楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉

ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。 生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。 ………の予定。 見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。 気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです) 気が向いた時に書きます。 語彙不足です。 たまに訳わかんないこと言い出すかもです。 こんなんでも許せる人向けです。 R15は保険です。 語彙力崩壊中です お手柔らかにお願いします。

魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです 魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。 「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」 「ええっ!?」 いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。 「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」 攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...