24 / 68
壱 出会いの章
22話 お遊戯にはご注意を
しおりを挟む
最初の配達先は王都の薬品の販売所だ。回復薬をはじめ、多種類の薬が販売されている。薬自体は各専門の場所で作ってもらい販売のみを行うらしい。
(薬品の販売所は……製作所を出て右に行ったところで五つ通りを行った先の赤い旗がぶら下がってるところだったはず)
販売所に向かって足を進めある屋根の下に差し掛かった時、カタンと音を立てて何かが転がる音が上から聞こえ、そちらを見ると小石がいくつも落ちてーー
パキ……ン
くることはなく、全て緋夜の魔法で氷漬けにされた。王都で屋根から石が自然に落ちてくるなんてことはない。ならば可能性は一つだ、が。
(なんて幼稚な。間違って他の人に当たったらどうするつもりだろうね。さて……これを仕掛けた人間の居場所は把握済み。このまま終わらせるのもつまんないな)
緋夜は少し考え、そのまま歩き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「チッ、そういえばあの女魔法使いだったわね」
「いいわ、次行くわよ。必ず失敗させてやる」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「赤い旗……あった。あれか」
緋夜は第一の配達場所薬品の販売所に着いた。薬のいらない緋夜が入るのは初めてのため、少し楽しみにしていた。
中に入り周囲を見渡すと、棚にある薬を一つ手にとって観察する。解毒薬だった。赤い色の液体は少し粘り気があるようで、一見すると血に見えなくもない。
他の棚も見てみると、実にカラフルである。中には紫や黒の液体もあり、使うのが少しばかり躊躇ってしまいそうだ、と思ってしまったのも仕方がないだろう。
液体だけではなく、個体の薬もあるようで一つくらい買っていくのもいいな、と液体の薬と個体の薬をそれぞれ一種類ずつカウンターに持っていった。
「すみません」
「はいどうしました」
「回復薬をお届けに来たのですが」
「あ、はい。ありがとうございます。それでその……回復薬は?」
「ここにあります。個数は小、中が百五十で大が五十、でしたよね」
「はい、そうです」
緋夜はバッグから回復薬を取り出し、カウンターの上に置いた。
「はい、たしかに。ありがとうございます」
「いえ。あと、こちらの薬を購入したいのですが」
「はい」
緋夜は薬を購入し販売所を出た。店の中はなかなか面白いものが多くあり、今度はガイと一緒に来ようと思った。
次の場所に向かう途中、噴水の横を通ると後ろに人の気配がした。振り向くことなく躱してそのままそっと足を出した。
「きゃああっ!!!!!」
緋夜の後ろにいた女は躱されたことで勢い余りそのまま噴水の中へ。上がった飛沫もそのまま魔法で女の顔面に被せる。そして何事もなかったかのように歩きを止めない緋夜に後ろから喚き声が聞こえた。
「ちょっと!! 何するのよ!!」
(何って上半身避けただけなんだけど。こんな幼稚なことしかできないのかな)
無視して去ろうとする緋夜に後ろから女が更に喚く。
「あんたなんで人をいきなり噴水に落とすのよ! 信じられない!!! ひどいわ! 私何もしていないのに!!」
そう言って背後で泣き真似をする女の言葉に周りにいた人達が緋夜に視線を向ける。ちょっとウザくなり後ろを向いた。
「あなたの前にいたのにどうやって落とすというのかな? 魔法を使えばできるかもしれないけど、全く接点のない人間をわざわざ落としたりしないから」
「なんですって!?」
「あと、喚く前に自分の身なりを整えた方が良いかと。顔とか」
そう言ってにっこり笑うと、女は水面を見て途端に赤くなり顔を隠した。女の顔は化粧が崩れて大変なことになっていたのだ。服も濡れて体に張り付いている。ましてや女は白シャツだった。公衆の面前でこの状態。
緋夜は女に近づきにっこり笑う。
(お芝居モードON。殺し屋、ハンナ・ベロッタ)
「私ね、後ろに立たれるの嫌なんだ。つい条件反射で躱したり殴ったりしかねないから。許した人間以外はね。特にあなたのようにあからさまな敵意を持って近づいてくる人間相手だと……つい」
比較的大きな声で言った緋夜に周囲の人間は意味が分かったのか、緋夜に向けていた視線を女に向けた。周りからの視線を受けた女は俯き、肩を震わせた。
一方、女に一切の興味がなくなった緋夜は配達のためさっさと歩き出した。
第二の配達を終え、次の場所に向かっていると今度は上から水が降ってきた。勿論氷漬けにしたが、これでは面白みに欠ける。なので仕掛けた人にお返ししようと思い、緋夜はバッグからあるものを取り出して後ろに放った。
「きゃああ!!!!!」
「冷たい!!」
下手な尾行で緋夜の後をつけていた女二人が悲鳴を上げた。
「なにこれ!! なんでくっついているの!?」
「いや全然取れない!? なによこれ!!」
肌に、髪に、服に粘り気のある液体が付着した二人は付着した部分が互いにくっつき、剥がれなくなった。勿論地面にもくっついている。
ぎゃあぎゃあと喚く女をバックに緋夜は内心大笑いしていた。緋夜が放ったのは溶かした水にクモの糸を溶け込ませて作った接着剤である。ほんの一時間程度で綺麗さっぱりなくなるので大丈夫だろう。早く解きたければ水を被ればいい。
緋夜はオブジェと化していく女達を無視してまるで後ろのことなど知らぬとばかりに歩いていく。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「なんなのよあの女! わけわかんない!!」
「クッ……! 次よ!!」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
第三の配達場では回復薬の箱目掛けて何かが飛んできたが緋夜はコガネバチ達から貰った蜂蜜で飛んできたものを包み女達の方にそのまま帰した。蜂蜜で全身ベタベタになっているだろう。
第四の配達場では回復薬の箱を並べていると足を出された。転ばせようとしたのだろうが、緋夜には通じない。昔からこの手のことはよくあった。ぶつかるふりをして足を出し転ばせる、というのは。その時の対応はひとつ。
緋夜はそのまま踵で踏み付けた。
「いっったああ!!!!!」
「あ、すみません。まさか足があるとは思わなかったもので、ぶつかりそうだったので避けたのですが足までは気づきませんでした」
そう言ってにっこり笑いながら頭を下げてそのまま立ち去った。緋夜の靴は踵が高いので踏まれれば普通に痛い。
(やることが幼稚すぎてちょっとつまんないなあ……いっそのこと集団で取り囲んでくれば面白いのに)
など思いながら、その後も立てかけてある看板が倒れてきたのを芸術的に固定しあたりに紙吹雪を降らせたり、あからさまにばら撒かれたであろう何かの残骸を組み立てて追いかけさせたりと、多くの遊びを楽しみながら配達をこなしていった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
最後は歴史研究所だ。各国の歴史や種族の歴史などを専門的に行う国家機関の一つである。そのような場所にも回復薬がいるのか、とも思ったが魔法でなければ開かない文献もあるらしく、昼夜問わず解読しているため必要になるという。
研究所内に入ると、そこは多くの書物や器具、ペンにインクなどが見事に散乱していた。……入り口付近にも関わらず。
(すっごいことになってるけど、よくこんなうるさい場所が出来上がるな)
さっさと渡して帰ろうと思い、職員の一人に声をかけた。
「すみません。回復薬を届けに来たものですが」
そう言った途端、視線が一斉に緋夜に向いた。全員目の下に隈ができていた。
(ちょい不気味だな)
「ようやくか」
「早くお願いします!!」
「頼む!!!!!」
そう言って飛びかからんばかりの勢いの研究員達の前に回復薬の箱を置いた途端、次々と回復薬に手を伸ばして来た研究員達に心底ドン引きしながら、「頑張ってください」とだけ言って、さっさと研究所を出た。
「ふう……なにあれ」
緋夜は研究所を出た途端、今の今まで浮かべていた笑顔の仮面を剥がし、本音を漏らした。
(さっさと戻って寝よう……)
緋夜は配達終了を伝えるため回復薬製作所に足を進めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「あ、戻ったんだ!」
「はい。無事に配達終わりましたよ」
「ありがとう! 今日は本当に助かったよ!! あんたすごいね。できればこれからもお願いしたいくらいだ」
製作所に戻った緋夜はセッカに出迎えられた。配達終了を伝え、報酬を受け取った。
「楽しかったですよ」
緋夜がそう言うと、奥から子供たちがひょっこりと顔を見せる。
「おっと、出てきちゃだめだろ」
「だって……おねえちゃんとおはなししたい」
「こら、ヒヨさんは仕事でここに来たんだ。困らせちゃダメだろ」
「え~~~お兄ちゃんばかりずるいよ~」
「僕も遊びたい!」
「わがまま言わないの」
「え~!」
微笑ましい光景に思わず頬を緩めると、緋夜は子供たちのそばでしゃがみ込み視線を合わせる。
「今日はもう遅いから、また今度遊びましょう」
「ほんとっ!?」
「はい」
「絶対だからな!?」
「うそついたらはりせんぼんだよ!」
「またきてね……」
「はい、また」
そう言って緋夜が笑いかけると子供たちは笑顔で奥にかけて行った。
「弟達がごめんね。でもまた来てくれたら嬉しいよ」
「はい、また」
「気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。それでは」
賑やかな姉弟達に背を向けてギルドの方へと歩き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ギルドへと足を進める緋夜の前に数人の人間が立ち塞がり緋夜はそのまま路地へと引っ張り込まれた。
少し薄暗い路地で緋夜は目の前の女達に笑顔を向けた。何の用なのかは想像がつく。
(ラッキー! 向こうから来てくれた)
「何か?」
そう言いながら女達を観察する。冒険者とギルドの職員だろう。自分達のやっていることの結果に気づかないとはなんとも愚かなことだ。このことが露見すればタダでは済まないというのに気に入らない人間を貶めたい一心で周りが見えていない。
「あんたどうやってガイをたらし込んだの?」
「あのガイがあんたみたいな女と組むわけないじゃない、何かあるんでしょ?」
「ガイさんに憧れる人間は多いからねえ? 随分と積極的なんだね」
明らかに怒りを浮かべる女が二人と嘲笑を浮かべる女が一人。今日襲って来た連中の最後のメンバーだろう、と考えていると女の一人がいきなり壁を蹴った。
「あんたさあ、ムカつくんだよね! ちょっと魔法が使えるからっていい気になって。冒険者舐めてんの?」
冒険者として活動してるだけあってそこそこ迫力があるが、緋夜には綿毛が舞っている程度にしか思えない。昔、父が任侠映画に出演していた時、実際に撮影現場に行って見学していたことがあったがその時の父の演技があまりに怖くて迷惑になるまいと必死に耐え、撮影終了と同時に泣き出した経験があった。その時感じた迫力と恐怖からすればこの女の威嚇などそよ風程度にもならない。
なんの反応も返さず余裕の笑みを浮かべている緋夜に怒りを募らせたのか、もう一人の冒険者が緋夜の胸ぐらを掴んできた。
「何か言えよこのクソアマ!!!」
「何か」
「こいつ……!!!」
緋夜を突き飛ばし冒険者二人が武器を構えた。緋夜は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「死ねええ!!!!!」
(薬品の販売所は……製作所を出て右に行ったところで五つ通りを行った先の赤い旗がぶら下がってるところだったはず)
販売所に向かって足を進めある屋根の下に差し掛かった時、カタンと音を立てて何かが転がる音が上から聞こえ、そちらを見ると小石がいくつも落ちてーー
パキ……ン
くることはなく、全て緋夜の魔法で氷漬けにされた。王都で屋根から石が自然に落ちてくるなんてことはない。ならば可能性は一つだ、が。
(なんて幼稚な。間違って他の人に当たったらどうするつもりだろうね。さて……これを仕掛けた人間の居場所は把握済み。このまま終わらせるのもつまんないな)
緋夜は少し考え、そのまま歩き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「チッ、そういえばあの女魔法使いだったわね」
「いいわ、次行くわよ。必ず失敗させてやる」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「赤い旗……あった。あれか」
緋夜は第一の配達場所薬品の販売所に着いた。薬のいらない緋夜が入るのは初めてのため、少し楽しみにしていた。
中に入り周囲を見渡すと、棚にある薬を一つ手にとって観察する。解毒薬だった。赤い色の液体は少し粘り気があるようで、一見すると血に見えなくもない。
他の棚も見てみると、実にカラフルである。中には紫や黒の液体もあり、使うのが少しばかり躊躇ってしまいそうだ、と思ってしまったのも仕方がないだろう。
液体だけではなく、個体の薬もあるようで一つくらい買っていくのもいいな、と液体の薬と個体の薬をそれぞれ一種類ずつカウンターに持っていった。
「すみません」
「はいどうしました」
「回復薬をお届けに来たのですが」
「あ、はい。ありがとうございます。それでその……回復薬は?」
「ここにあります。個数は小、中が百五十で大が五十、でしたよね」
「はい、そうです」
緋夜はバッグから回復薬を取り出し、カウンターの上に置いた。
「はい、たしかに。ありがとうございます」
「いえ。あと、こちらの薬を購入したいのですが」
「はい」
緋夜は薬を購入し販売所を出た。店の中はなかなか面白いものが多くあり、今度はガイと一緒に来ようと思った。
次の場所に向かう途中、噴水の横を通ると後ろに人の気配がした。振り向くことなく躱してそのままそっと足を出した。
「きゃああっ!!!!!」
緋夜の後ろにいた女は躱されたことで勢い余りそのまま噴水の中へ。上がった飛沫もそのまま魔法で女の顔面に被せる。そして何事もなかったかのように歩きを止めない緋夜に後ろから喚き声が聞こえた。
「ちょっと!! 何するのよ!!」
(何って上半身避けただけなんだけど。こんな幼稚なことしかできないのかな)
無視して去ろうとする緋夜に後ろから女が更に喚く。
「あんたなんで人をいきなり噴水に落とすのよ! 信じられない!!! ひどいわ! 私何もしていないのに!!」
そう言って背後で泣き真似をする女の言葉に周りにいた人達が緋夜に視線を向ける。ちょっとウザくなり後ろを向いた。
「あなたの前にいたのにどうやって落とすというのかな? 魔法を使えばできるかもしれないけど、全く接点のない人間をわざわざ落としたりしないから」
「なんですって!?」
「あと、喚く前に自分の身なりを整えた方が良いかと。顔とか」
そう言ってにっこり笑うと、女は水面を見て途端に赤くなり顔を隠した。女の顔は化粧が崩れて大変なことになっていたのだ。服も濡れて体に張り付いている。ましてや女は白シャツだった。公衆の面前でこの状態。
緋夜は女に近づきにっこり笑う。
(お芝居モードON。殺し屋、ハンナ・ベロッタ)
「私ね、後ろに立たれるの嫌なんだ。つい条件反射で躱したり殴ったりしかねないから。許した人間以外はね。特にあなたのようにあからさまな敵意を持って近づいてくる人間相手だと……つい」
比較的大きな声で言った緋夜に周囲の人間は意味が分かったのか、緋夜に向けていた視線を女に向けた。周りからの視線を受けた女は俯き、肩を震わせた。
一方、女に一切の興味がなくなった緋夜は配達のためさっさと歩き出した。
第二の配達を終え、次の場所に向かっていると今度は上から水が降ってきた。勿論氷漬けにしたが、これでは面白みに欠ける。なので仕掛けた人にお返ししようと思い、緋夜はバッグからあるものを取り出して後ろに放った。
「きゃああ!!!!!」
「冷たい!!」
下手な尾行で緋夜の後をつけていた女二人が悲鳴を上げた。
「なにこれ!! なんでくっついているの!?」
「いや全然取れない!? なによこれ!!」
肌に、髪に、服に粘り気のある液体が付着した二人は付着した部分が互いにくっつき、剥がれなくなった。勿論地面にもくっついている。
ぎゃあぎゃあと喚く女をバックに緋夜は内心大笑いしていた。緋夜が放ったのは溶かした水にクモの糸を溶け込ませて作った接着剤である。ほんの一時間程度で綺麗さっぱりなくなるので大丈夫だろう。早く解きたければ水を被ればいい。
緋夜はオブジェと化していく女達を無視してまるで後ろのことなど知らぬとばかりに歩いていく。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「なんなのよあの女! わけわかんない!!」
「クッ……! 次よ!!」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
第三の配達場では回復薬の箱目掛けて何かが飛んできたが緋夜はコガネバチ達から貰った蜂蜜で飛んできたものを包み女達の方にそのまま帰した。蜂蜜で全身ベタベタになっているだろう。
第四の配達場では回復薬の箱を並べていると足を出された。転ばせようとしたのだろうが、緋夜には通じない。昔からこの手のことはよくあった。ぶつかるふりをして足を出し転ばせる、というのは。その時の対応はひとつ。
緋夜はそのまま踵で踏み付けた。
「いっったああ!!!!!」
「あ、すみません。まさか足があるとは思わなかったもので、ぶつかりそうだったので避けたのですが足までは気づきませんでした」
そう言ってにっこり笑いながら頭を下げてそのまま立ち去った。緋夜の靴は踵が高いので踏まれれば普通に痛い。
(やることが幼稚すぎてちょっとつまんないなあ……いっそのこと集団で取り囲んでくれば面白いのに)
など思いながら、その後も立てかけてある看板が倒れてきたのを芸術的に固定しあたりに紙吹雪を降らせたり、あからさまにばら撒かれたであろう何かの残骸を組み立てて追いかけさせたりと、多くの遊びを楽しみながら配達をこなしていった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
最後は歴史研究所だ。各国の歴史や種族の歴史などを専門的に行う国家機関の一つである。そのような場所にも回復薬がいるのか、とも思ったが魔法でなければ開かない文献もあるらしく、昼夜問わず解読しているため必要になるという。
研究所内に入ると、そこは多くの書物や器具、ペンにインクなどが見事に散乱していた。……入り口付近にも関わらず。
(すっごいことになってるけど、よくこんなうるさい場所が出来上がるな)
さっさと渡して帰ろうと思い、職員の一人に声をかけた。
「すみません。回復薬を届けに来たものですが」
そう言った途端、視線が一斉に緋夜に向いた。全員目の下に隈ができていた。
(ちょい不気味だな)
「ようやくか」
「早くお願いします!!」
「頼む!!!!!」
そう言って飛びかからんばかりの勢いの研究員達の前に回復薬の箱を置いた途端、次々と回復薬に手を伸ばして来た研究員達に心底ドン引きしながら、「頑張ってください」とだけ言って、さっさと研究所を出た。
「ふう……なにあれ」
緋夜は研究所を出た途端、今の今まで浮かべていた笑顔の仮面を剥がし、本音を漏らした。
(さっさと戻って寝よう……)
緋夜は配達終了を伝えるため回復薬製作所に足を進めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「あ、戻ったんだ!」
「はい。無事に配達終わりましたよ」
「ありがとう! 今日は本当に助かったよ!! あんたすごいね。できればこれからもお願いしたいくらいだ」
製作所に戻った緋夜はセッカに出迎えられた。配達終了を伝え、報酬を受け取った。
「楽しかったですよ」
緋夜がそう言うと、奥から子供たちがひょっこりと顔を見せる。
「おっと、出てきちゃだめだろ」
「だって……おねえちゃんとおはなししたい」
「こら、ヒヨさんは仕事でここに来たんだ。困らせちゃダメだろ」
「え~~~お兄ちゃんばかりずるいよ~」
「僕も遊びたい!」
「わがまま言わないの」
「え~!」
微笑ましい光景に思わず頬を緩めると、緋夜は子供たちのそばでしゃがみ込み視線を合わせる。
「今日はもう遅いから、また今度遊びましょう」
「ほんとっ!?」
「はい」
「絶対だからな!?」
「うそついたらはりせんぼんだよ!」
「またきてね……」
「はい、また」
そう言って緋夜が笑いかけると子供たちは笑顔で奥にかけて行った。
「弟達がごめんね。でもまた来てくれたら嬉しいよ」
「はい、また」
「気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。それでは」
賑やかな姉弟達に背を向けてギルドの方へと歩き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ギルドへと足を進める緋夜の前に数人の人間が立ち塞がり緋夜はそのまま路地へと引っ張り込まれた。
少し薄暗い路地で緋夜は目の前の女達に笑顔を向けた。何の用なのかは想像がつく。
(ラッキー! 向こうから来てくれた)
「何か?」
そう言いながら女達を観察する。冒険者とギルドの職員だろう。自分達のやっていることの結果に気づかないとはなんとも愚かなことだ。このことが露見すればタダでは済まないというのに気に入らない人間を貶めたい一心で周りが見えていない。
「あんたどうやってガイをたらし込んだの?」
「あのガイがあんたみたいな女と組むわけないじゃない、何かあるんでしょ?」
「ガイさんに憧れる人間は多いからねえ? 随分と積極的なんだね」
明らかに怒りを浮かべる女が二人と嘲笑を浮かべる女が一人。今日襲って来た連中の最後のメンバーだろう、と考えていると女の一人がいきなり壁を蹴った。
「あんたさあ、ムカつくんだよね! ちょっと魔法が使えるからっていい気になって。冒険者舐めてんの?」
冒険者として活動してるだけあってそこそこ迫力があるが、緋夜には綿毛が舞っている程度にしか思えない。昔、父が任侠映画に出演していた時、実際に撮影現場に行って見学していたことがあったがその時の父の演技があまりに怖くて迷惑になるまいと必死に耐え、撮影終了と同時に泣き出した経験があった。その時感じた迫力と恐怖からすればこの女の威嚇などそよ風程度にもならない。
なんの反応も返さず余裕の笑みを浮かべている緋夜に怒りを募らせたのか、もう一人の冒険者が緋夜の胸ぐらを掴んできた。
「何か言えよこのクソアマ!!!」
「何か」
「こいつ……!!!」
緋夜を突き飛ばし冒険者二人が武器を構えた。緋夜は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「死ねええ!!!!!」
0
お気に入りに追加
580
あなたにおすすめの小説
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜
はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。
目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。
家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。
この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。
「人違いじゃないかー!」
……奏の叫びももう神には届かない。
家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。
戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。
植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。
とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~
こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。
召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。
美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。
そして美少女を懐柔しようとするが……
レベルカンストとユニークスキルで異世界満喫致します
風白春音
ファンタジー
俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》は新卒で入社した会社がブラック過ぎてある日自宅で意識を失い倒れてしまう。誰も見舞いなど来てくれずそのまま孤独死という悲惨な死を遂げる。
そんな悲惨な死に方に女神は同情したのか、頼んでもいないのに俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》を勝手に転生させる。転生後の世界はレベルという概念がある世界だった。
しかし女神の手違いか俺のレベルはカンスト状態であった。さらに唯一無二のユニークスキル視認強奪《ストック》というチートスキルを持って転生する。
これはレベルの概念を超越しさらにはユニークスキルを持って転生した少年の物語である。
※俺TUEEEEEEEE要素、ハーレム要素、チート要素、ロリ要素などテンプレ満載です。
※小説家になろうでも投稿しています。
楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉
ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。
生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。
………の予定。
見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。
気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです)
気が向いた時に書きます。
語彙不足です。
たまに訳わかんないこと言い出すかもです。
こんなんでも許せる人向けです。
R15は保険です。
語彙力崩壊中です
お手柔らかにお願いします。
魔法使いじゃなくて魔弓使いです
カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです
魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。
「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」
「ええっ!?」
いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。
「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」
攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
妻は従業員に含みません
夏菜しの
恋愛
フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。
ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。
彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。
だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。
取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。
しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。
鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。
置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。
「俺の妻にならないか」
「は?」
金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる