上 下
11 / 68
壱 出会いの章

9話 宿で

しおりを挟む
 男性に話しかけた途端にざわついた周囲を綺麗さっぱり無視し、めでたく許可を得て席に座った彼女は女将に食事を頼んだ後、男性に向き直る。

「先程はありがとうございました」
「……別に」
「あなた、冒険者ですよね?」
「だったらなんだ」
「……ギルドってどこにありますか?」
「歩いてりゃあるだろ」
「そうですね」
「……ギルドに行くつもりか?」
「ええ、そのためにこの国に来ましたから」
「そうかよ」
「冒険者、楽しそうですよね?」

彼女の言葉に男性の眉がピクリと動き、聞き耳を立てていた周囲も驚愕の目を向けた。

「お前、冒険者になるつもりか?」
「そうですよ。誰にでもなる権利はあるでしょう?」
「戦えんのか?」
「接近戦でなければ」
「……ってことは弓か」
「そんなところです」
「……まあ好きにすりゃいいだろ。俺には関係ない」
「それもそうですね」
「…………何が目的だ」
「なんのことでしょう」
「とぼけんな。目的がなきゃわざわざ俺のとこには来ねえだろ」
「そう思います?」
「初心者の付き添いしろってか?」
「まだ何も言っていないんですが」
「わざわざ冒険者の話題出すんならそれしかねえだろ」
「……やはりバレますか」
「わざとわかりやすくしておいてよく言う」

淡々と返してくる男性に今まで接したことのない類の人間だと思いながら会話を続ける。

「……初対面相手に図々しいな。もっと遠慮するだろ普通」
「まあ別に付き添いしていただかなくとも、情報がもらえれば儲けもの、と思っていますよ」
「この俺を捕まえておいて本当にそれだけでいいのかよ」
「あら……随分と自分に自信があるんですね。それほどまでにお強いのですか?」
「ああ」
「即答しますか。すごいですね」
「ただの事実だ」
「それほどまで自負なさっている方ならば依頼料も高そうだ。今の私には到底払えそうもない……」
「へえ? いくら払ってくれるつもりだったんだ?」
「いきなりお金の話ですか」

困ったような表情とは裏腹に彼女の目は楽しそうに笑っていた。本当に今までいないタイプの男性だ。確かに誠実だったり一緒にいて楽しい男性はいたが、彼女の容姿に下心を持って接する者や親に取り入りたい者が大半だったため、彼女に関心を示さず、媚びる様子もない己が確立した男性は彼女にとって新鮮だ。レオンハルトや彼の部下達同様、こういった類いの人間は信用に値する。

「別に構いませんが……お支払いはしますよ。あなたの仕事ぶりに応じて。ですが、先ほども言ったように、今はあなたに支払えるだけの手持ちがありません。ですので、冒険者として依頼を受けてお金を作ってきっちり払います」
「随分とはっきり言うじゃねえか。言っとくが俺は高いぞ」
「……本当に自己評価の高い」
「初対面相手に遠慮しねえお前よりはマシだろ」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。私の依頼、受けてくださいますか?」

彼女と男性はしばらく黙って見つめ合い、やがて男性から口火をきった。

「まあ、今は特段面白え依頼もねえからな。受けてやるよ」
「ありがとうございます」
「期間は?」
「そうですね……周辺の情報収集もしたいので、一ヶ月程度……でしょうか」
「わかった。報酬はそっちが決めろ。お前が目見開くくらいの働きしてやるから」
「それは実に頼もしい。ではそのようにお願いします」

彼女はにこやかに告げ、円満に終わるかと思った時、彼女の背後に影が差した。

「おいおい、ちょっと舐めすぎなんじゃねえの?」

彼女が振り返ると明らかにガタイのいい鎧を着た男性とチンピラのような印象を受ける男性が三人ほど立っていた。

「お前みたいないいとこのお嬢様が冒険者ぁ? はっ! やめときな! 無謀なことは。金稼ぎてえんなら、もっと効率的な方法あんだろうが、なあ?」

効率的な方法、が何を意味するのかわからないほど彼女は子供ではない。周囲は静まり返り、男性達にやや呆れの目を向けていた。……女性達からは凍てつく眼差しを向けられているが。
一方、難癖をつけられた彼女はさてどうしたものか、と思案する。

(ここまで話を進めて、はい辞めますじゃ彼に失礼だし、私はその程度の相手と思われてしまう。かと言ってここで下手に煽るのもなんか違うよね……)

黙った彼女を見て難癖をつけた男性は何を勘違いしたのか、勝ち誇ったように周囲を見渡しながらニヤリと笑う。彼女の向かいに座っている男性は見極めるためか、どうでもいいのか、口を挟んでこない。

「ようやくわかったか? 魔物は血を流すし凶暴なのも多いんだよ。お嬢様はお家でお花にでもなってることだな」

嘲り笑うような男性の言葉に彼女震えて涙目にーー

「ありがとうございます」

なることはなく、胸元で手を組んでお礼を言った。男性達は彼女の突然の言葉に目を点にして固まった。周囲の人々もポカンとした表情で口を開けているため、宿屋の食堂は非常に間抜けな絵面になっている。

「……は?」
「私を思って、魔物の危険さを教え、冒険者になることを忠告してくださるなんて。なんてお優しい方なのですか。しかもここは人の大勢いる食堂。そのような場所で声をかけてくださるなんて……お優しい上に勇敢な方なんですね」

目を輝かせながらそう言い出した彼女に、男性達は困惑していた。男性達は彼女の容姿に目をつけたことと、冒険者というものを甘く考えている育ちの良さそうなお嬢様に少しお仕置きをするために声をかけたのだ。ところが返ってきた言葉は感謝と尊敬のようなもの。思惑がおかしな方向に外れ、どうすればいいのかわからなくなっている。
対して彼女はそんなことなど知らないかのように、目に涙を浮かべてさらに言葉を続けた。

「私は確かに世間から見ればいい暮らしをしていたように見えると思います。ですが、私は家ではいないものとして扱われ、蔑まれ……誰一人気にかけてくれる人がいなかった。そして丁度一ヶ月前に家を追い出されてしまったのです。持ち出していた分のお金はそろそろそこが尽きそうで……こっそり学んでいた弓を活かせないかと思ったんです……そこで、優しい言葉をかけていただけるなんて……」

涙を浮かべながら身の上を話す彼女に周囲の視線は同情に変わっていた。それは男性達も例外ではなく、顔を歪めて涙を流している。

「すまなかった……! 苦労したんだな! だが、それでも行動できるなんて……強えなあんた!」

男性の言葉に他の者達も涙を浮かべて頷いている。先程までの態度はどこへやら、彼女に対し何かあったら手を貸すぞと言ってくる始末。意外と情に厚い男性だったようだ。

「悪かったなお嬢ちゃん! 頑張れよ!」
「ありがとうございます」

男性達は打って変わった豪快な笑顔で食堂を後にし、周囲の人々も食事が終わった者からそれぞれ席を後にしていく。視線は貰うが、悪い意味のものは少ない。
人の少なくなった食堂で彼女は席に座り直し、つい今しがた女将の持ってきた食事に手をつける。

「……お前、よくやるな」
「なんのことです?」

唐突に男性に話しかけられ、彼女は食事の手を止めた。

「さっきのやつ、場を収めるための芝居だろ」
「……どうしてそう思います?」
「……なんとなくだ」

少々間を置いて、言葉を返した男性に彼女は楽しそうな笑みを浮かべた。

「正解です。 ……私は合格でしょうか?」
「あ? なんだいきなり」
「試していましたよね? あれをどう収めるか……」
「……あの程度躱せねえんなら俺が受ける価値はねえよ」
「それはそうでしょうね。ああいったものに過剰に反応するようではこの先、やっていけませんし」
「わかってんならいい」

(当然でしょ。今まで散々仕込まれてきたんだから、わかっていなかったら大問題だよ)

「それで、結果はどうですか?」
「まあ、悪くなかったんじゃねえの? あの法螺話もない話じゃねえからな」
「いいえ? 全部が法螺ではないですよ」
「あ?」
「少なくとも、『世間から見ればいい暮らし』『いないものとして扱われ、蔑まれた』、『お金がない』『弓をやっていた』という部分は本当です」
「……そうかよ、で、お前」
「緋夜」
「あ?」
芹原緋夜ひよ・せりはらと申します」
「……ガイだ。ソロ冒険者、ランクB」

彼女ーー緋夜は初めて公で名を明かし。
男性ーーガイは差し出された緋夜の手を握った。

「改めてよろしくお願いしますね。ガイさん」
「ああ、任せろ」


 

 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

レベルカンストとユニークスキルで異世界満喫致します

風白春音
ファンタジー
俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》は新卒で入社した会社がブラック過ぎてある日自宅で意識を失い倒れてしまう。誰も見舞いなど来てくれずそのまま孤独死という悲惨な死を遂げる。 そんな悲惨な死に方に女神は同情したのか、頼んでもいないのに俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》を勝手に転生させる。転生後の世界はレベルという概念がある世界だった。 しかし女神の手違いか俺のレベルはカンスト状態であった。さらに唯一無二のユニークスキル視認強奪《ストック》というチートスキルを持って転生する。 これはレベルの概念を超越しさらにはユニークスキルを持って転生した少年の物語である。 ※俺TUEEEEEEEE要素、ハーレム要素、チート要素、ロリ要素などテンプレ満載です。 ※小説家になろうでも投稿しています。

楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉

ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。 生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。 ………の予定。 見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。 気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです) 気が向いた時に書きます。 語彙不足です。 たまに訳わかんないこと言い出すかもです。 こんなんでも許せる人向けです。 R15は保険です。 語彙力崩壊中です お手柔らかにお願いします。

魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです 魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。 「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」 「ええっ!?」 いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。 「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」 攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~

いとうヒンジ
ファンタジー
 ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。  理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。  パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。  友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。  その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。  カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。  キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。  最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...