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始まりの章

5話 報讐

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 夜も明け切らない早朝、窓を叩く音で『聖女』は目を覚ました。

(なんだろう)

 目を擦りながらも起き上がり、カーテンを開けるとそこには人影があった。

「ヒッ……! だ、誰ですか?」

(誰か呼ばなくちゃ……でも)

 恐怖で体が震えて口が動かない。シルエットから女の人であろうことは辛うじてわかるが姿が分からないため、恐怖が募るなかその影が口に人差し指を置いたのが分かった。つまり静かにしろ、ということだ。恐怖のあまり頷くことしかできない。

「怖がらないで」

 その声には聞き覚えがあった。召喚された時側にいた女の人だ。途端に体から力が抜け、倒れそうになったところを支えられた。そして空が明るみ始めてだんだんとその姿が照らし出される。

「あ……」

 綺麗な人だ。この姿を覚えている。

「ようやく会えたね、二条巴ちゃん」
「なんで私の名前を……」
「私の専属護衛の人が教えてくれたの」
「そ、そうですか。あ、あのあなたのお名前は」
「しっ。口では言わないよ。いつ誰に聞かれるかわからないから」
「……わかりました。それであの……」
「何?」
「そろそろ離してください」

 セルビアはそこでまだ巴を抱いていることに気がついた。

「ああ、ごめん。倒れられたら面倒だからついね。立てる?」
「は、はい」

 それを聞いて、セルビアは巴を離した。

「あの、何故ここへ?」
「貴女に伝える事があったのよ」
「何ですか?」
「私はここを出る」

 笑顔でそう言ったセルビアを見て巴は呆然とした。
 
(そんな! 折角会えたのに)
 
 巴は割と気弱な性格でこの世界に召喚された時、恐怖のあまり失神しそうだった。しかし側に彼女がいたため、なんとか堪える事ができたのだ。初対面にも関わらずこの人の側にいると何故か安心できた。帰れないと分かり思わず泣いた時はそっと寄り添ってくれた。庭で目が合った時は本当に嬉しかった。この世界に突然来た巴にとって彼女はいつの間にか拠り所になっていたのだ。

「なんでですか? どうして急に」
「ここの人達にとって私は邪魔者みたいだし、元々一つの場所にとどまれるような性格じゃない。外に出れば知らない景色がたくさんある。私はそれが見たいんだ」
「だからって何も出て行くことは……!」

 そこで巴は思い出した。彼女がこの城の中でなんと言われているか。使用人が毎日のように彼女の悪口を言っていた。何度も違うと言ったけど私が洗脳されている、と言って聞いてくれなかった。この城で彼女は他国から遊学に来た令嬢だと伝わっていると聞いたときどうかしてると思った。彼女は自分と同じく召喚された人なのに、と何度憤ったことかわからない。王子に言っても聞く耳を持ってくれなかった。流石に酷すぎる。

「城での噂のせいですか? 貴女は私と同じ召喚された人なのに! ここを出て行く必要なんてありません!」
「ありがとう、その言葉で充分。でももう決めたから。自分の居場所は自分で探す。けどその前に巴に会っておきたかったんだ。ずっと気になっていたから」
「そんな!」

 自分を気にしてくれていた事実と彼女の口から告げられる別れの言葉に嬉しさと悔しさがせめぎ合い涙が自然にこぼれ落ちる。セルビアは困った顔をしながら、そっと拭った。夜は既に明け、あたりを眩しく照らしていた。

「ここにいてください。城の人達の話に耳を貸す必要なんかないです。だってあなたは何も悪くない! 悪いのは城の人達です! だから」

 続きの言葉はセルビアが巴の口に指をあてたことで飲み込まれた。それ以上はいけないとばかりに。同時に首に少し違和感を感じ視線を落とすとそこには綺麗なネックレスがつけられていた。飾りは小さめだがとても綺麗だった。

「これはお守り。貴女の助けになるはずだよ。本当に辛くなったらこれに念じて。そうすれば少しの間だけ私と話ができるから」
「あのーー」

 バンッ!!!

 巴が何か言う前に扉が乱暴に開けられ、第一王子を筆頭に数人の人物が流れ込んできた。以前庭で見た人達だった。セルビアは口元に薄っすら笑みを浮かべた。

(来ると思った。始めようか)

「貴様、今すぐ聖女様から離れろ!」
「よもや聖女様の私室に来るとはどこまでも不敬な女だな!」
「身の程を弁えろと言ったはずだ!」

(うるさいなあ)

「残念。時間切れみたいね」
「聖女様こちらへ!」

 雪崩れ込んで来た男達が一斉にセルビアを捕らえようと動いた。

「随分と殺気立ってるね」
「黙れ! 貴様に何かをほざく権利はない!」
「よく言うわ。彼女のおまけっていう理由で離れに押し込めてぞんざいに扱って、城に流れた噂を訂正するどころか助長させる行動と言動をしておいて」
「貴様が勝手にくっついてきたのだろうが!」
「あはは、ちょっと何言ってるかわかんないな~? 勝手に召喚した誘拐犯さん?」
「何っ!」
「あれ? 聞こえなかった? あなた達の超どうでもいい理由で誘拐してきた、犯・罪・者って言ったんだけど」
「誘拐だと!」
「誘拐だよ? だって私も彼女もこの世界に来ます、なんて一言も言ってないからね。召喚なんて誘拐を言い換えたものに過ぎないの。私達から日常を奪った貴方達は……罪人以外の何者でもないよね?」
「……!」

 男達が一斉に息を呑んだ。いつの間にか騒ぎを聞きつけた使用人や騎士、そしてセルビア達を鑑定した男とローブの連中が数人集まっており、セルビアの言葉に困惑していた。

(丁度いいわ)

「それを聖女じゃないと言う理由で離れに押し込め他国の令嬢と偽りそれで生まれた噂も否定せず助長させ、挙句に聖女に近づくな? 寝言は寝て言え。私は、私達異世界人は……いつからこの世界の道具になったのかな」

 ひとしきり言うと、ふうと息を吐いた。あたりは静まり集まった連中は口を噛み締めている。顔面蒼白になっている者も少なくない。だがセルビアの言葉はここで終わらない。溜まりに溜まった鬱憤はこんなものではないのだから。

「返して」
「……何?」
「私たちの家族を友人を時間を、これまでの生活を……私達の日常を、返して」
「それは……」
「できないよね」

 セルビアが冷たく切り捨てると第一王子は再び口を閉じた。その時、

「なんの騒ぎだ」

 威厳のある冷えた声の方に視線が一斉に向いた。

「父上!」
「国王陛下!」

 そこに立っていたのはこの国の最高権力者である国王だった。王子以外の人間が慌てて跪く。

「聖女様の私室でなんの騒ぎだと聞いている」
「それは……」

(国王の登場か。最高じゃない)

「貴方が国王?」

 セルビアが言葉を投げると鋭い視線がこちらを向いた。

「いかにも。貴女が騒動の原因か?」
「はい、彼女と一緒に召喚された人間です」
「ふむ。その報告は受けている。して、貴女は何故このような騒ぎを起こしたのだ?」
「起こしたつもりはありません。勝手に騒動を大きくしたのはそちらの方々です。もっとも彼らが私に相応の待遇をしていればこのようなことにはならなかったのでしょうが」
「どう言う意味か?」
「さあ? それに関しましては彼らが大いに心当たりがあるでしょうから。わざわざ言う必要はないでしょう。これほど大勢に広まってしまえばもう偽ることも出来ますまい。もっとも、彼らがこれまで虚偽の報告をしてきたのであれば話は別ですが」
「だそうだが、どうなのだ?」

 国王は王子に鋭い視線を向けた。当の王子は拳を握りしめていた。

「それは……」

(さっきまでの勢いはどこへ行ったのやら)

「異世界から勝手に召喚したにも関わらず離れのボロ屋に押し込めて私の立場を偽り流れた噂も訂正せず、挙句に聖女に近づくなと暴言を吐かれた、以上です」

 ここで暴露したのはこの王子が頼りなかったに過ぎない。そして案の定、国王の眉間に皺が寄る。

「それは真か?」
「……」

 事実なだけに何も言えない。無言を肯定と受け取った陛下はその場にいた者達全員に鋭い視線を向けた。

「それは随分な待遇だな。異世界からお喚びした方への態度ではない」

 国王はまともなようでよかったと思いつつも、彼らにはカケラの同情もない。

「すまなかった。愚息や城の者の無礼を許していただきたい。相応の罰を与え、貴女には聖女様と同様の待遇を用意しよう」
「いえどちらも不要です」
「何故だ?」
「私はこの国を出ますので」

 緋夜がそう言うとあたりにざわめきが起こる。国王でさえも困惑していた。

「このような国にいる理由はありませんから」
「だが、貴女は魔力を持たないと聞いた。どうやって国を出るつもりだ?」
「貴方方には一切関係ありません。これは私の意志です。諌められる理由はないでしょう。それとも、この期に及んで私から自己選択の権利すら奪うおつもりで?」
「いや、どうするのかは貴女の自由だ。それを害する気は毛頭ない。しかし国境沿いは今魔物が溢れている。たとえ其方がなんらかの武芸ができたとしても貴女一人では危険だ」
「問題ありません」
「だが……」
「国王陛下」

 セルビアは国王の言葉を遮った。普通であれば不敬極まりない行為だがそんなことは今のセルビアには関係ない。

「彼らのことも罰する必要はございません」
「何故だ」
「それはいずれわかります。これ以上の時間は無益。私はこれで失礼します。もう二度とこの国の大地を踏むことはありません」

 そう言ってセルビアは言葉を紡ぐ。

(さあ、トドメだ。クズども。私をその目に焼き付けろ)

 セルビアがそう思うと同時にセルビアの背中から黄金に輝く翼が生える。風魔法と光魔法を組み合わせた飛行魔法だ。

「なっ……なんだ!?」
「黄金の翼……!」

 その場にいた者達が動揺するのに目も暮れずセルビアは黄金の翼を羽ばたかせ、夜の明けた空へ飛び立った。
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