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始まりの章

4話 転機

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 それから数日、セルビアは変わらず冷遇されていた。いろいろな場所を回ったがセルビアに向けられる視線は全て冷たいものだった。だが食事は少しマシなものが出されていたのでレオンハルトがなにか言ったのだろう(セルビアはなにも話していない)、とセルビアは勝手に思っていた。かと言ってセルビアへの対応が変わったわけではない。

「つまんね」

 現在セルビアはベッドに横になっていた。セルビアはあらゆる場所から入室を断られ、魔法も使えないため散歩をする以外にやることがない。

 散歩に出れば向けられる視線の数々。そこには遠慮も何もなく、負の感情の視線が全身に突き刺さる。それでもセルビアに対して何もしてこないのはレオンハルトのおかげだろう。彼は騎士団の中でも最強の部類に入るらしく憧れている者も多い。加えて彼の実家はこの国でも力のある辺境侯爵家であるため簡単には手が出せないらしい。数日前に緋夜と話した者達は王子の側近以外は伯爵家以下らしいのであの時の態度は無礼そのものであるが、第一王子が見逃している状態であるためおかしなことになっている。しっかりしてほしい。
 セルビアがその事を知ったのは単に散歩中にメイド達が立ち話をしていたのを偶然聞いたからだ。ちなみにそのことを聞いたセルビアは特に驚きもせず、まあそうだろう、と軽く流した。
 しかしやりにくいことこの上なく、いくら視線に慣れているセルビアでもこれはさすがに鬱陶しく思っていた。そんなに嫌いなら放っておけばいいのに、と思わずにはいられないほど毎日毎日視線を向けてくるのだ。

(これ、もしかしなくてもあのインテリ眼鏡野郎との一件のせいだよね……勝手に喚んだくせにいい根性してるよ。眼鏡割っていいかな?)

と、思考が荒れてくるのは昔ちょーっとだけやんちゃしていたときの名残りだ。それに関しては後ほどわかるだろうが気付くものは気づくかもしれない。

 流石に限界で部屋に籠るようになったのだが本当に退屈していた。

(せめて魔法が使えたらいいけど……一瞬たりとも光らなかったからな)

セルビアは鑑定の時を思い出し溜息をついた。
魔法が使えれば暇つぶしにもなるのだろうがあの様ではどうしようもない。異世界に来たからには何かしらの魔法が使えればいいと思っていたがこれならば本を読んでいる方がずっとマシだと思わずにはいられなかった。

(でもダメもとでやってみるかな……魔法を使うためにまず魔力を感じるところから始まるよね)

 意味はないと思いつつセルビアは気まぐれにやってみることにした。

(闇、真っ暗な空間。そこは魔力に溢れている。そこから光の道を引いてきて全身を巡り指先に溜まっていく……)

イメージをしながら魔力に流れを作っていく。

(そして溜まった魔力を具体的な形に変形して……ここは無難に火かな? そのまま放出っ)

ボオッ!

(おー燃えて……る?)

指先に違和感を感じ目を開くと火の玉が指先で燃えていた。

「あれ? なにこれ?」

とりあえず火を消すイメージをしてみると指先で燃えていた火は途端に消えた。

「……あれ? もしかして……これ魔法?」

 いやそんな訳ないと首を振る。魔力なしの者が魔法を使えるようになるなどまずあり得ない。

「嘘……魔力ないはず……でも」

念の為もう一度炎をイメージするとまた炎が灯る。

「やっぱり夢でも幻でもなく本物か…………何故?」

魔力を持たない者は魔法を使えない。これは常識だ。実際魔力を持つ者はあの球体がなんらかの色に光るのだ。それが光らなかった。つまりはそういうことなのだが、今セルビアはまさに魔法を使っている。

「……とりあえず他の属性も出してみるか」

そのセルビアはレオンハルトに教えてもらった属性を全て試してみた結果、十二属性全てが使えたのだ。

 ここまできてしまえばセルビアはもう吹っ切れた。

「全属性コンプリート。聖女のおまけがここまでできるなんて誰も思わないだろうねえ……」

 半ば呆れながらもそう呟いたセルビアはふと思う。魔法が使えればここを出て仕事につけるのではないか、と。

(元々私は聖女のおまけだし、城の連中は私にことをつまんない噂を真に受けて冷遇してる。そして勝手に召喚した上層部連中に至っては私のことを完全放置。だったらここにいる必要なくない? むしろ解放されるんじゃ……)

 こうなればセルビアの動き出した思考は止まらず、城を出る方向で固まった。元よりセルビアはそこまで忍耐の強い人間ではない。多少の嫌がらせ程度ならばなんともないが不当な扱いを受けるのは我慢ならない。それを今まで耐えていただけあって魔法が使えた途端に限界を突き抜けた。
 もうセルビアの決意はかたかった。加えて……

「よし、そうと決まればさっさと出よう!」

 今まで散々イロイロやってきたセルビアの思考は少々ぶっ飛んでいる……。
 即ち、

「この国を!!!!!」

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 城……ではなく国を出ることを決めたセルビアはそのことをレオンハルトに話すために城内を探し歩いていた。城なだけあって本当に広い。探すのに苦労をしていた時、不意に話し声が聞こえてきた。

「あの人いつまでいるのかしら?」
「早く出て行って欲しいわね」
「全くだわ。あんな人さっさと追い出せばいいのに。聖女様も可哀想よね」
「可哀想って言ったらレオンハルト様もよ。なんでよりにもよってあんな人の護衛になったのかしら」
「きっとレオンハルト様のことが好きだからわがままを言って無理矢理護衛にさせたに違いないわ」
「まあ酷い! 国外追放された女がなんて図々しいのかしら」
「あの歳で国外追放なんて一体何をやらかしたのかしらねえ」
「きっと貴族のご令嬢をいじめたりしたんじゃない? ほらよくある……」
「悪役令嬢?」
「それよ!」
「あの女ならあり得そうね、いい気味だわ」

(随分と羨ましい脳内ですね。レオンハルトは自分から申し出てくれたんだけど。第一、たとえそうだったとしても仕事に私情を挟んでどうするの。しゃべってないで仕事しろや)

 クスクスと嘲笑するメイドたちに凄まじいほどの怒りと嫌悪が込み上げるものの、自分のせいでレオンハルトがあれこれ言われているのも事実なため、大切な話をするべくセルビアは再びレオンハルトを探しに行った。



「レオンハルトさんは……いた」

 人気のない廊下でレオンハルトを見つけたセルビアは近づいて声をかけた。

「レオンハルトさん」
「キサラギ様。どうかなされましたか? 城の者に何か」
「いや何もされてないから大丈夫。それよりも話したいことがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「ちょっと真面目な話になるから部屋に来てよ」
「分かりました」

 そう言ってセルビアの後ろに付くようについてくるレオンハルトにセルビアは心の中で少し申し訳なく思った。

 
 部屋についたセルビアは自身のこれからのことを話しはじめる。

「レオンハルトさん。私この国を出るよ」
 
 そう静かに言ったセルビアにレオンハルトは驚くことなく聞いている。

「あれ? 驚かないね」
「城の者にあれほど根も歯もない噂で影口を言われてる状況では留まりたいとは思えないでしょう」
「じゃあ賛成してくれる?」
「それはできかねます」
「なんでさ」
「キサラギ様はこの国を出るとおっしゃいましたが、現在国境付近では魔物の動きが活発化しています。加えて賊の襲撃も増えているため女性お一人での国境越えはあまりにも危険すぎます」
「まあそうなんだけど……もう決めたし」
「ですが……」
「頼むよ」

 セルビアはレオンハルトとしばし見つめ合い、セルビアの意思が固いことを悟ると溜息をつきました。

「……分かりました。ですがひとつだけ条件がございます」
「何ですか?」
「国境を越え、他国の街へ入るまでの間貴女の護衛をさせてください」
「いや、貴方はこの国の騎士でしょ。いくら危険だからって一個人のために動くことはできないんじゃないの?」
「問題ありません。私は元々国境警備を担当していますし自分の意志で貴女を護りたいのです。どうか許可を」
「私を送り届けた後はどうすんの」
「そのまま辺境に」
「聖女様の護衛は」
「致しません。ですが、これでいいのです。最後まで貴女を守らせてください」

 とても真剣な目で見つめられセルビアは頷かざるを得なかった。

(全く、真面目な人ってやりにくい)

「分かったよ。レオンハルトさん」
「必ずお守りします」

 レオンハルトは力強く頷き、緋夜の手を取って口づけをしました。

(誓いのキス……私に誓ってどうすんのさ。……それはそれとして)

 国を出るとはいったもののこのまま大人しく出ていくつもりは毛頭なかった。自分をこのような環境に置きやがった連中への報讐を忘れてはいない。

「レオンハルトさん、ひとついい?」
「はい」
「私はこの城の人たちに『お礼』がしたいんだけどほんの少し目をつむって欲しいんだよね?」
「……分かりました。キサラギ様の『お礼』は我が国に必要なことでしょうから」
「へえ? 共犯になる気? 見逃すってのはそういうことでしょ」
「そうかもしれませんね」
「やっぱりあなたも貴族だね」

セルビアは楽しいお話をしながら内心でドス黒い感情をたぎらせる。

(首洗って待ってろよ、クソ野郎ども!)


 
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