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第2話 地獄の閻魔

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 どうやら俺は死後の世界、とやらに誘われた様だ。何故って?
 それは先程死んだ筈の兵士が、視線の先にいるからだ。

「はいはい、死んだ人はさっさと船に乗りな。三途の川を渡るよ」

 ここがもし“地獄”だと言うのならば、当たり前に案内する彼は、この地獄で働く労働者なのだろうか。そんな事を思いながら、彼に促されたるまま船にのり、何とも気色の悪い川を渡った。
 船から降りると、この先にある「宮殿に行け」と言われた。俺はよく分からないまま、仕方なく向かった。

「この人達全員死者か? 凄い数だな」

 宮殿の様な大きな建物から長蛇の列が伸びており、俺はその最後尾へと案内された。

「あの、これは何の列ですか」

 俺は前にいるオジサンに話しかけた。

「いやー、私もちょっと分かんないよ」
「そ、そうですよね。すみません」

 こんな所に来るのは皆初めてだろう。知っている筈がない。

「しっかし、全然進まないな」

 恐らく数時間が経過した筈だが、俺は数歩前へ進んだだけだった。この調子だと、宮殿の中に入るまでに日が暮れるぞ。

「俺の考えが甘かった……」

 日が暮れるどころの話ではない。俺が宮殿に入るまでに、多分だが一か月以上の時間が掛かっていた。
 幸か不幸か、食事や睡眠は必要ない体になっていた様で、どれだけでも待つ事はで出来てしまっていた。

「と言っても、これは参るよな」

 やっと宮殿内に入ったものの、室内では列が更に続いてつづら折りなっており、それがなんと二階まで続いている。凄まじいの一言に尽きる。一体どれだけ待てばいいのだろうか。

 そこから俺の体感で約一年後――。
 やっとこの列が何を待っているのか分かった。俺達は“天国か地獄、どちらへ行くのかの裁きを与えられていたのだ。
 これ見よがしに「大王」と書かれた冠を被った、髭面で巨漢で強面の存在が、並ぶ死者達全員の行いをジャッジしていた。
 どうやら生前の人生での行いを元に判決が下されている様だが、俺の見ている限り、今のところ全員地獄行きだ。

「ふむ、お前は嘘をついた事があるな。よし、地獄行き」
「え!? 罪になる様な嘘をついた事なんてないですけど……!」
「嘘に小さいも大きいもない。全て罪だ。さぁ、連れて行け」
「そ、そんなッ!」

 鬼と呼ばれる、角の生えた肌の赤い大男に、青年が連れて行かれる。他者を思っての優しい嘘でも駄目らしい。イカれている。
 次は老人の番だ。さっきとは別の青色の鬼に、大王の前へと引きずり出された。

「ワシは嘘をついた事が一度もありませんぞ」
「ほう、それは誠か?」

 大王は隣に立つ補佐官に声を掛ける。

「はい、その者の言う事は事実です。しかし、道徳に背いた性行為を行った罪があります」
「な!? 何を言うか、ワシは現役の童貞ですぞ」
「ふむ。では、見てみるとしよう」

 大王は目の前にある鏡を見て、数度頷いた。

「お前は“どエロい”夢を見た事があるな。不謹慎、地獄行きだ」
「はぁいぃ!? どエロい夢を見ただけで地獄生きですと!? 無茶苦茶じゃ!」

 抗議も虚しく、老人は青鬼に地獄へと連れて行かれた。
 本当に無茶苦茶だ。
 だが、幸いな事に俺はマジで嘘をついた事が一度もないし、どエロい夢も見た事ない。これはいけるかもしれない。

「次の者」

 その後も酷い判決がひたすら続いた。
 屈強な戦士の様な男、彼は奴隷商を殺した罪で地獄行きとなった。理由を聞けば、家族を守る為だった。
 その次は中年の女性。彼女も殺しの罪で地獄行きとなった。温厚そうな人が殺しなんて……と思ったが、殺したのは食用の鶏だ。

 ここで率直な見解を述べよう。この大王、どアホである。
 食用の鶏でも殺しの罪になるのだ。もう俺の知る言葉では、どアホ以外の的確な言葉が見つからない。
 またそこから、ただ酒を飲んだだけの飲酒の罪、不運で親より早く死んでしまった罪、とやらで次々地獄行き。

 俺は天国行きを諦めようと思う。

「よし、次。十五歳……男、ルルカ・ルシフェル!」

 俺は赤鬼に腕を引かれ、大王の前に雑に立たされた。

「大王様、これがこの者の記録です」

 補佐官が大王に巻物を渡す。

「ふむ、どれどれ」

 大王は暫し巻物を眺めると、直後に大笑いし始めた。

「ガハハハハ! 魔法とスキルが一切ない挙句、ステータスもオール1だと!? なんという滑稽な無能だ」

 大王の馬鹿笑いに釣られ、補佐官や鬼達も爆笑する。
 クソが……! 何で死んでからも馬鹿にされないといけないんだよ!

「ひぃ、ひひひひ! 大王様、しかもそれだけではありません。ここをご覧下さい」

 補佐官は巻物の一か所を指差した。

「ふむ、無能な為、実家から追放? 更に冒険者ギルドからも追放され、最終的にゴミ掃除ギルドからも追放とは、ガハハハハ! 三回も追放、なんと惨めな」

 再び大王達に大笑いが起こる。

 そう。俺は三度の追放をされている。
 俺の家は王都にある、優れた魔術師を輩出する名門伯爵家。両親は宮廷魔術師であり、三人の弟は国内最高の魔導学院に通うエリートだ。
 十を過ぎても、魔法を一つ使えない俺は両親に勘当され、弟達の嘲笑を受けながら家を追い出された訳だ。

 馬車に乗り、王都から去った俺はベルックスの街に辿り着いた。
 生活費を稼ぐ為に冒険者となったのだが、俺はスキルも魔法もない上に、ステータスはオール1。当然パーティーに誘われる事はなく、ソロで依頼をこなすしかなかった。
 だが全力で戦って、野良犬に辛勝出来る程度の戦闘能力しかない俺に、魔物の討伐依頼などもってのほか。薬草採取などの、簡単な依頼しか請け負う事は出来ない。
 しかし、それすらも魔物と遭遇すれば終わりだ。最低難易度の依頼すらこなせない俺は、一年後、冒険者ギルドを追放された。

 最終的に俺は、子供の小遣い稼ぎであるゴミ掃除の職に就いた。無能な俺には、これくらいの単純作業しか務まらない。だが、俺の無能さは留まる事だけは知らなかった。
 筋力も持久力も1しかない俺は、子供よりも成果が出せず、二年後、追放を言い渡された。これを受け入れてしまうと、生きる術を失ってしまう事になる。
 俺は必死にギルド長の十歳の少年に縋りついたが、彼の手下の八歳児三名にボコボコにされ、外に放り出された。

 そして物乞いとなった一週間目、ゴブリンロード達の襲撃を受けたという訳だ。

「ガハハハ! ゴミ掃除すらまともに出来ぬ奴がいるとは」
「こんな無能、初めて見ましたね。ひぃひひひひ!」

 畜生め、憶えてろよコイツら。いつか絶対見返してやるからな!
 
 才能のない俺は、努力は必ず報われると信じている。
 勇者を目指し、いつの日だったか、どこかの異国の本にハマって“本”を読み漁った際、感謝の正拳突きを一日一万回行う事や、腕立て&上体起こし&スクワットをそれぞれ百回、加えてランニング十キロを毎日やる、という努力をしていた。いずれ最強の男となるのは間違いないだろう。
 そしたら、コイツら全員フルボッコの刑だ。

「さて、お前の判決だが、親より早く死んだ罪で地獄行きだ」
「異議あり!」

 俺はビシッと手を挙げる。

「何故それが罪になるのか、意味不明です。俺は魔物に殺された被害者ですよ。寧ろ天国で労われるべきだと」
「却下。親を悲しませる事は大きな罪だ」
「いやいや、両親は俺が死んだと聞いたら、逆に大喜びすると思いますけど」
「黙れ! 屁理屈を述べるな」

 大王はドンッと机を叩いた。

「この閻魔大王であるワシに楯突くとは、なんたる無礼者か。鬼共、この者を思う存分に可愛がってやれ」
「何!? は、離せこの……! おい、お前憶えてろよクソ閻魔! いつか絶対にこの仕打ちを返してやるからな! 次は俺がお前を本当の地獄に送ってやらぁッ!」

 閻魔大王に罵詈雑言を浴びせながら、俺は二人の鬼に地獄に連れて行かれた。
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