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序章

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=★=

 とにかく必死だった、ってことだけは覚えている。

 あの日、突然扉が開いて真っ暗闇の俺の世界に光が差し込んだ、それはまるでこちらを呼んでいるかのようで、そのわずかな希望に俺は吸い込まれた。

 手に繋がれた青銅の鎖も首輪もその光に触れた瞬間、砂像が音も立てず崩れるようにパっと千切れ体が軽くなった。
 天さえ昇れてしまいそうな感覚。
 こういうのが自由というものなのだろうか。そう考えると心臓がトクンと大きく跳ねた。



 これが喜び…?

 トクン、トクン……。トクン、トクン……。

 聞き慣れない雑音と初めて体に宿るリズムがとても心地よくて、気持ちも体と同じように軽くなった。
 『安堵感』、これも俺にとって生まれて初めての感覚だった。


 『生』の喜びをしみじみ感じながら目を瞑る。そして考える。

_もしこのことがあの人イリシャ様にバレたら…?

 穏やかの気持ちの一方でそんな物騒なことも考えてしまう。けど今だけはそんなことがどうでもよくなってしまった。とにかくこの一瞬を忘れないように、体に『生』の感覚をしみ込ませるんだ。
 どうせ見つかっても、また苦痛と快楽に墜とされるだけだから。
 そう思ってさらに感覚神経を集中させた。

 柔らかな体に巡る空気の流れに身を任せていると、今度は体がだんだんさっきよりも軽くなってきて目蓋の重みが増してきた。
 天国だろうか、なんて縁起でもないことを思う。

 疲れたなぁ。

 そう心の中で呟いた瞬間、意識の糸はぷつんと切れた。
 ここからが遠い、遠い星への旅だった。




=☆=


「ごっ、ごめんなさいっ……。真昼まひるくんの気持ちには応えられそうにないです…、本当にごめんなさいっ…!」
 そう言い切ると彼女は早足で俺の元から去った。屋上にはやけにひんやりとした風と彼女の言動に頭がついていっていない俺とが取り残さていれた。
 まじかよ。
 前橋真昼まえばしまひる、高校二年生。どうやら二十一回目の片想い記念日のようです。
 しばらく振られたショックに耐えられなくて「あー、あ?」と情けない声をずっと出した後、一旦下を見てみた。気分転換に。

 グラウンドには野球部やサッカー部が蠢いていて、そしてそれを見ている女子生徒の皆様がいる。体育館は中こそ見えないけれど、かけ声や歓声が外にも響いている。
 屋上から見える図書室では、真面目な奴らが勉強していた。
 そして校門付近には、なんかよく分からないけど楽しそうな奴らが戯れている。そして先程去っていった彼女の姿も見えた。タータンチェックのマフラーに鞄についた星のモチーフのストラップ。六ヵ月片思いしていただけあって、それらの点だけですぐに彼女だと分かった。だけど、

「あれは…?」

 しばらくすると、彼女に男が近づいてきて肩をとんとんと触った。一方、彼女もその男を拒む様子も無く受け入れて、挙げ句には手を繋いで学校を後にした。手を繋いだ時に男のバッグに彼女と色違いのストラップがついていることに気がつく。
 彼氏いたのかよ…。
 その様子を見た俺は放心状態になった。膝の力がすっと抜けると、そのまま尻餅をついた。

 だったらあんな素振り見せんなよ。

『真昼くんって絶対モテるよね~』
『二人だけの秘密ですよ』
 彼女から言ってきた言葉を思い起こすと自然と腹が立ってくる。
 彼女の言葉は全部嘘で出来た詩だった。彼女の行動も全部偽りで出来た鏡だった。そしてなにより彼女が俺に見せていた笑顔は俺だけの特別では無かった。

 立ち上がって色褪せた緑色のフェンスに指を掛けると、これでもかという具合に頭を打ち付けた。何回も何回も、彼女のことなんかどうでもいいと思えるくらいに。
「うっ…!!、ちくしょうがっ!なんでいつもこうなんだよっ!」

 本当に、本当にそう思っちまう。
 生まれて此の方、告白というものを成功させたことが無い。仲良くなるところまでは出来るのに、告白までが全くうまくいかない。
 男女の友情、ってやつだろうか。いつもそっちに発展しちまう。

 同じことの繰り返し。自分でも重々理解していたつもりだったんだけどな。

 網に絡ませていた指を外し、打ち付けた額に手を置くとずきずきと痛みが走った。なんていうかサタンズ・スパークカラーの雷鳴が脳に轟いた感じ。正直に言うと、かなり痛かった。
 その証拠に痛みの発信源をなぞってみると、なぞった指がカーマインレッドに染まっていた。大出血。
 でも嬉しかった。俺がまだ自分のことを心配出来ていることに喜びを感じた。
 親も同級生も誰も俺を思ってくれていなくても、俺はまだ俺を嫌いにはなっていない。たとえ彼女が俺のことを思っていてくれなくても、俺は十分まだ生きていける。

 頭上を見ると、空はまだ青かった。星はまだ見えない。

「帰りに薬局寄るか」

 人知れずそう呟くと、俺は屋上を後にした。さよなら、俺の愛しかった彼女ひと
   

 ちなみに階段を降りた時にすれ違った人、皆が俺の額を見て引いていたことは言うまでもない。
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