青いウサギはそこにいる

九条志稀

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 伊藤ののかは、昔から他人との距離感が違った。例えば目の前10センチの距離に顔があったら「近ッ!」ってなったりドキッとするってみんな言うけどののかは何も感じない。男の子も女の子も関係なく手を繋いだりくっつくのが好き。だから俺の事好きなんじゃないかって勘違いされたりするし、勝手に盛り上がってしつこく迫ってくる人も多い。普通に遊んでただけなのにいきなり抱きしめてきたりするヤツもいる。もちろんドキドキする事もない。キスしようとしきても、「ああ、するの」くらいにしか思わない。仲良かったり、生理的に無理じゃなければキスもセックスするのも嫌じゃない。抱かれてる間は、この人ののかのコト必要としてるんだと思うと満たされる気持ちになるし、逆にこの人カワイイなって思うと自分から誘うコトもある。大智としたのもちょっとくっついたら真っ赤になって焦ってた姿がカワイイって思ったからだった。そんな感覚は昔から変わらないから、セックスが目的で誘ってくるヤツも多い。でも付き合ってるつもりないのに、束縛してきたり待ち伏せされたりと余裕が無いヤツばかりだ。その点大智はちょっと違う。一回やっちゃうとベタベタしてくる人が多いのに、彼は自分から連絡すらよこさない。でも、嫌われてるのかなって思って声掛けてもイヤな顔しないし誘えばちゃんと来てくれる。会えばちゃんとののかの話を聞いてくれるし文句も言わない。いつもの女子グループももちろん一緒にいれば楽しいしみんな大好きだけど、女の子のグループって噂話や悪口も多いし、常に気を張ってなきゃいけないし、ちょっとした事でのマウントの取り合いとか多いから疲れちゃうんだよね。そんな時は大智を呼び出した。彼といると気持ちがリセット出来る。

「で、聞きたい事って?」
 大智はさっきから目を合わせてくれない。照れてるんだ。そういうところがカワイイんだよね。ののかはフフッと笑みを浮かべると、大智の前に回り込んでこう言った。
「大智ってロック様の幼馴染やんね。うちがあの子たちがやっとうバンド入れるように協力して欲しいんやけど」
「環らの?」
「そう!」
 ののかは正解とばかりに人差し指を上げてポーズを取った。屈託のないその笑顔は相手に断るという選択肢を与えないくらいに強く魅力的に輝いていた。まったく、こういうところがズルイというか彼女の強みなんだよなと思った大智はやれやれと言った感じで頭を掻く。
「アイツら欲しがってるのベースやし、口添えくらいしか出来ひんよ」
「ありがとうー」
「でも、ののかさん一応軽音部やん? 直接言えばええのに」
「あー、あの二人って話しづらいんよ。なんか軽音全員敵みたいに思っとぅみたいで」
「まあ、環はそうかもな。でも、なんで環らなん?」
「あの子ら、へんこやからな」
 ののかはいつものようにケラケラと笑い、「お礼にアイスご馳走するわ」と、大智の腕を取ると早足でお目当ての店がある方へと歩き出す。

 その頃、環と優里は瑞稀と一緒に高校の近くにある商店街のドーナツ屋にいた。
「明日は森澤さんが入って初めてのバンド練習になるんやけど、今日は演奏する曲を決めよう思います」
 優里が音頭を取って、三人の初めてのミーティングが始まった。
「曲って決まってるんやないの?」と、瑞稀が尋ねる。
「今までは優里と決めてきたけどインストやったし、うちらで決めても森澤さんが歌えないと意味ないし」
「せやなァ、基本ロックやけど」
 瑞稀は少し考えると、「その前にお願いがあるんやけど」と二人に言った。
「森澤さんって呼ばれるのはなんかイヤ。瑞稀でもみずでもいいから名前で呼んで欲しい」
 環は優里と顔を見合わせると照れくさそうに「わかった、瑞稀!」と答え、優里は「そうやな、瑞稀」と微笑んだ。
「で、曲ってなんでもいいの?」
「ウチとたまちゃんは好み似とるからなァ、基本ハードロック」
「ハードロックってどんな音楽?」
 瑞稀の質問に二人は固まる。
「なんて説明したらええんかな?」
 優里が困った顔で環に振る。
「なんていうか、リフやドラムもこう……激しくて、ヴォーカルもこう……はげし……前に出るってゆうか……」
 環もなんとか説明しようとするが感覚では解るものの、言葉で説明出来ない。たまらず優里が「そう、ツェッペリンとか!」とバンド名を上げるが、「ツェッペリン?」と瑞稀に聞き返されてしまう。
「エアロスミスとか、ディープパープルもそうやんな」
「5月のライブ、あの動画で演奏したヴァン・ヘイレンもそうやし」
「AC/DC……もわからへんよね。メタリカやガンズもメタルやけどハードロックっちゅうか……なんやけどなァ」
 二人はハードロックのバンドをいくつか挙げるが瑞稀の知っている名前は無かった。
「たまちゃん、クイーンや!」
「クイーン!」
 二人は恐る恐る瑞稀を見やる。瑞稀も知ってたようで、
「クイーンは知っとる! ボヘミアン・ラプソディやんな!」
 三人の間に流れていたなんともいえないモヤっとした空気が一気に吹き飛んでいく。
「イメージ伝わった?」
「伝わった伝わった!」
 安堵の空気が流れる中、瑞稀は二人にこう言った。
「でも私、英語で歌えへんで」
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