愛しの令嬢の時巡り

紫月

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舞踏会の夜

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辺境の地から遠く離れた王都の屋敷までやって来た。
そしてとうとう舞踏会の日が訪れた。
お母様の形見の流行遅れのドレスにスッピンで行こうとしたら、お父様にゲンコツを貰った……。
ガンコ親父か。
父に促されて衣装部屋に入ると、辺境というど田舎では調達できるはずもない、美しい黒のレースが施されたシックな大人のドレスが用意されていた。
「どうだい?
お父様、奮発しちゃったよ。」
「豚に真珠ですわね。」
「……せめて馬子にも衣装と言いなさい。」
比喩はどんぐりの背比べで、ドッコイドッコイだ。
だが私は知っている。
お父様がどれどけの思いをもって舞踏会に挑んだかを。
私という海老で鯛を釣る気満々なのである。
でも残念ながら前世も前前世も、そして今世も例外なく私は悪役顔だ。
一体私が何をしたというのか、更に前前前世の業でもあるのか、ずっと悪役顔なのだ。
凶悪顔の海老では鯛も一目散に逃げてしまうだろう。
いい加減諦めてほしいものだ。
支度を終え王宮に向かう。
舞踏会会場のホールに入ると、懐かしい賑わいが聞こえてくる。
もう二度とこの華やかな場所には戻ってくることはないと思っていた。
あぁほら、デビュタントには相応しくない大人びたドレスなんて選ぶから、注目を浴びてしまったじゃない……。
悪役顔に黒のレースのドレスとか、ここが魔法ありきのファンタジーの世界なら魔女と言っても疑われないだろう。
別に結婚する気もないから、恐れられても痛くも痒くもないけれど。
「ほら、可愛らしく笑ってごらん?」
………父よ、無茶振りするなし。
ニタァ………。
ザワッ………。
周囲の人々が一歩引いた……。
私は自分の恐ろしさを良く知っている。
私は表情筋まで悪役使用なのだ。
「あぁ、なんて可愛らしいんだ!」
私の父の美的感覚は壊滅的だと思う……。

「失礼、レディ。
私と踊っていただけますか?」
…………。
「レディ?」
「え?」
あ、私か。
私にわざわざ話しかける勇者がいるとは思わなかった。
ん?勇者なら私を倒すのか?
「素敵なご令嬢は他に沢山いらっしゃいます。
他の方をお誘いになってはいかが?」
「つれないことを仰らずに、どうか私と踊ってください。」
つれないのではなく釣る気がないだけなのだけど……。
隣の父の威圧感がハンパない……。
「では一曲だけ……。」
なんか見たことある紳士なので本当は避けたいところなのだが、頑なに断っても紳士に恥をかかせてしまうのでマナー違反になる。
なにより鯛を逃したくない父の執念を考えると、断ったら帰ってからが怖そうだ……。
「光栄です、レディ。
お手をどうぞ。」
どうせ知ってる人物でも、今世では初対面だからバレはしないだろう。
間近で見る悪役顔に恐れ戦くといい。
ホールに出ると曲が流れ出す。
懐かしい曲に身体が自然と動き出す。
ウィル様はこの曲をとても好まれていて、よく2人で踊ったものだった。
「この曲、お好きなのですか?」
「え?」
「先程の作り笑いとは違い、表情が柔らかくなってらっしゃる。」
そうなのかしら?
彼との思い出は遠い過去だ。
辛く悲しい出来事は風化し、愛しい思い出だけが私に残った。
今では思い出してもさほど辛くない。
もう関わり合いになることはないと分かっているからだろうか?
「そうですわね。
とても好きな曲ですわ。」
「そうして微笑んでる貴女はとても美しい。
貴女のことをもっと知りたくなる。」
おや?随分度胸のある鯛だ。
でも本気で言ってるなら美的感覚はポンコツだろう。
「お上手ですこと。
お目当は辺境伯の地位かしら?」
妥当な線ではそこだろう。
「いや、私は侯爵だから地位などどうでもいいよ。
純粋に君に興味がある。」
ポンコツ確定である。
「なら他を当たってくださいな。
わたくし、父の命令で舞踏会に出ただけですの。
結婚相手は探しておりませんわ。」
本来社交界デビューしたご令嬢は、すぐに結婚相手を探すのが常識だ。
まさか探していないなどと言われると思っていなかっただろう。
「そうなのか。
いや、そうではなくて。
私は君に会わせたい人がいるんだ。」
「会わせたい人?」
意外な返事だ。
いや、私を口説くつもりがないなら、寧ろ納得な答えかも?
でも目的がよく分からない。
会って間もない人間に会わせたい人がいる、とはどういうことか。
犯罪の匂いがプンプンするのだが。
世間知らずのご令嬢を売り捌く、人身売買のブローカーか?
「私は怪しい人間ではないよ?」
「怪しい人間ほどそう主張するものですわ。」
「疑り深いんだね。
そんなところも実にいい。
君の父君はエルヴェスタム辺境伯だね?」
「え、ええ……。」
「不安なら父君にも同伴してもらうよう私からお願いしよう。」
こう言われてしまうともう断れない。
辺境伯とは国境近くの領地を守り、他国に攻め込まれないための要となる重要な地位だ。
だが彼は侯爵と言っていた。
辺境伯は普通の伯爵より格上だが、侯爵より下の位置付けだ。
身分としては彼の方が上なので、父が断ることはまず出来ないだろう。
「………承知しました。」
「命令でなくてお願いだよ。」
そう言って彼はにこやかに微笑んだ。

この時、何故彼の名前を聞かなかったのか。
後になって激しい後悔に襲われるのである。
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