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クローディア編の舞台裏〜マティアス視点〜

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クローディア編の内容が消化不良気味だったので、補足として書きました。



※※※


ある日クロがいなくなった。
クロとは、黒く艶やかな毛並みとツリ目が愛らしい飼い猫だ。
母に構いすぎが原因だと言われたのだが、可愛いのだから仕方ないだろ?
だが正直なところ、それが原因ならば直さなければならない。
毎日仕事の合間を縫ってクロを探し回っているのだが、成果は一向に上がらない。
可愛いクロはどこに行ってしまったんだろうか?


「黒猫………かい?」
ある日仕事の合間にバーリエル侯爵と世間話をしていたときに、ふと何気なく思いたってクロの話をしてみた。
バーリエル侯爵は婚約者クローディアの父だ。
彼の所有している鉱山からは希少な鉱石が多く取れ、我が家の装飾品販売の事業とは切っても切れない縁がある。
娘との婚姻は正直興味などないが、将来的に結びつきを深めておいたほうが互いの利益に繋がるので仕方ないと思っている。
「ずっと探しているのですが、どうしても見つからなくて…………」
雲をつかむような話だが、この際形振りなど構っていられない。
目撃情報はないか、いろいろな人に聞いて回るべきなのだろう。
「ウチにいるにはいるが………」
「…………え?」
なんてことだ!
侯爵の屋敷にいたのか!?
「見たいかい?」
「勿論!いや、出来れば早急に屋敷に連れて帰りたいのですが」
「いや!まだダメだ!ゆくゆくは君のところに行く身だが、まだ君にはやれない!!」
そうか、バーリエル侯爵はクロを可愛がっているのだな。
でもゆくゆくはと言っているのだから、俺の元に帰してくれる気持ちはあるのだ。
とりあえず今日のところは元気な姿だけでも確認したいと申し入れると、気のいい侯爵は二つ返事で了承して屋敷に招いてくれた。


屋敷に着くと、バーリエル侯爵から遠目で見てくれと言われてしまった。
久しぶりなのだから是非とも撫で回したいのだが、母からも構いすぎだと窘められたばかりだ。
ここで逃げられてしまってもいけないので、侯爵の仰る通りに遠目で我慢することにしよう。
「ーーーーー!!!」
「どうだい?可愛いだろう?」
か、可愛い!!
いや、そうじゃない。
俺が探していた猫と違う。
遠目に見えるのは猫耳と尻尾を付けたクローディアの姿。
ミリア嬢も兎のような耳と尻尾を付けている。
貴族子女の通う学園でクローディアがミリア嬢を虐めている姿をよく見たが、二人で風変わりな茶会などして仲が良いじゃないか。
あれは演技だったのか?
あぁ、そんなことよりなんて可愛いんだ。
クローディアもツリ目で髪が黒いためか、なんとなくイメージがクロと重なってしまう。
何故今まで気がつかなかったんだ?
そんな風に考えると、益々クローディアが可愛く見えてしまう。
「あの、やはり連れて帰っては「ダメだよ」………そうですか………」
後日使用人がクロを見つけてきてくれて無事に取り戻すことはできたが、あの夜から別の黒猫のことが頭をよぎり、悶々とした日々を過ごすことになった。
居ても立っても居られずバーリエル侯爵に頼み込み、ミリア嬢との茶会のある日に何度か屋敷に訪れ、遠くからクローディアの姿を何度も愛でてきた。
その度にどんどん彼女に惹かれてゆくのを、どうにも止められない自分がいる。
以前ならクロを撫でているだけで充分満たされた気持ちになったものだが、いつの間にかクロを撫でていても物足りない気持ちになってしまっていた。
あの黒い髪を撫で回したら、どんなに気持ちがいいだろう。
想像しただけでムラムラする。
だが恋だの愛だのは不要だと言ったその口で、なんと言えばいいのか。
そうだ!
女性が好む菓子を買っていくのはどうだろうか?
焦らなくとも彼女はそう遠くない未来に俺の妻になる。
だが、彼女が俺に好意的かと聞かれれば、違うとしか答えられない。
少し前に屋敷から逃げ出してしまったクロと同じように、油断すれば彼女も逃げ出してしまいそうな予感がする。
逃げられれば追いたくなるのは、人のサガか己のサガか。


俺は人気のある店の菓子を手土産に侯爵の屋敷へと急いだ。
今日はまたミリア嬢と二人であの茶会をしているはずだ。
仕事が長引いてしまい、俺が屋敷に到着したときにはもう茶会はお開きになってしまっていたが、幸運にもクローディアはあの黒猫の姿で中庭のテラスまで戻ってきてくれた。
俺は出来る限り和かに見えるよう、笑顔を浮かべてみせた。
「やぁ、クローディア。今日は君に菓子を買ってきたんだ。一緒に食べないかい?」
あぁ、驚いた顔も猫っぽくて可愛いな。
警戒心丸出しにしてこちらの様子を伺っている様が、なかなか懐いてくれない猫っぽくて可愛いじゃないか。
だがクロに逃げられた経験を生かして、撫でまくりたい気持ちをグッと抑える。
「それはそうと、君達は面白いことをしているんだね。最初に見たときは衝撃的だったが、こうして間近で見るとなんとも…………」
猫耳姿だったことを本人は忘れていたのだろう。
ハッとした顔になり、でも冷静に対応しようとしている。
「………………ちょっと着替えてまいります」
「いや、是非そのままで」
「殿方にお見せする姿では「俺がいいと言ってるんだからいいじゃないか」……………」
もう少しその姿を堪能させてくれ。
やっと間近でその愛らしい姿を拝めたのに、すぐに着替えてしまったら勿体ないじゃないか。
尚も逃げ出してしまいそうな彼女を引き止めたくて、通せんぼを試みる。
頼む、撫で回さないから逃げないでくれ。
「あの、通してくださいません?」
「クローディア、俺達はこれから夫婦になるのだから、もっと親睦を深めないか?」
「結構です。この際ぶっちゃけますが、私、婚約破棄したいんです。貴方に嫌われたいんです。深めたいのは親睦ではなく溝なんです」
なんだって!?
まさか婚約破棄まで考えていたのか?
冗談じゃない。
いずれ妻になるのだから逃げられることはないと思っていたのだが、今正に逃げようとしているじゃないか。
落ち着け、クロの時のように逃げられるわけにはいかないんだ。
そうだ、まずは理由を聞こうじゃないか。
「それはどうして?」
「え?それは私が修道院に行きたいからですわ!」
修道院?何故あんな所に行きたいんだ?
「何故?」
「三食昼寝付きでかつ仕事をしなくていいからです」
「妻になれば大体そんな生活だろう?」
「家を切り盛りしなければならないじゃないですか。使用人を纏め上げる能力も必要ですし、他のご婦人を屋敷に招いて情報収集のための茶会もしなければなりません」
「茶会などたいした手間でもないだろう?」
「馬鹿言っちゃいけません。茶会はお客様が屋敷に入った瞬間から戦端の幕が切って落とされるのです。家具や調度品のセンスが問われ、茶葉や菓子の品質を品定めされ、主催者としての会話術の良し悪しまで評価の対象になるのです。寧ろ膨大な手間をかけて茶会は行われるのです」
そうなのか。
母もよく茶会をしているが、細やかなセッティングは使用人たちがやっているのだと思っていた。
だがそんな理由で婚約を破棄されるわけにはいかない。
ここは譲歩しなければならないだろう。
「………そうか、悪かった。その辺は優秀な家令がいるから、使用人の統括の件も含めて善処しよう。それならいいか?」
「あと最大の理由は、私が殿方が苦手だからですわ」
「………苦手なのか?俺が、ではなく、男性が?」
「はい、貴方様個人ではなく男性全般です」
俺個人が嫌いなら、まだなんとか改善の余地もあったろう。
だが、彼女が男性が苦手なのは知らなかった。
どうしたらいい?
先程まで口説く気満々だったが、苦手なら強引に口説いても逃げてしまうだろう。
考えろ。
なんとしても結婚は諦められないんだ。
「…………しかし、君が鞭打ちや断食の修行を望んでいるとは知らなかったよ」
「………………………………………………え?」
よし、かかった。
苦肉の策として話は少し盛ったが、攻めるならこの線からだろう。
少し前の時代の修道院では、修行のために身体に鞭を打ったり断食を行なっていたのは間違いないから、嘘はついていない。
「修道院では欲に負けない精神を身につけるために、身体に鞭を打ったり断食をしたりするんだけど……知らなかったのか?」
彼女が焦っているのが手に取るように分かる。
こうなればこちらが優位に立てる。
厳しい修行かいろいろ優遇された妻の生活かなんて、天秤に掛けなくても一択しか答えは出ないだろう。
あぁ、せっかくだからこちらの要望も織り込もうか。
いろいろ甘やかして君が過ごしやすい生活を約束するんだ。
一個くらい俺の我儘を聞いてもらってもバチは当たらないだろう。
「とりあえず俺の要望を一つだけ叶えてくれれば、君に無理強いはしないし、三食昼寝付きの生活も保証しよう。どうする?婚約破棄をする?それとも…………」

当然結婚するよね?
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