氷の女王様の縁結び

紫月

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温かな腕

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「あ、あの!」
「ん?なんだい?」
昼の会食&打ち合わせの時間になった。
シルヴィア様の居住区は、寝室と私室の他に応接室の様な部屋があり、現在はその部屋で会食が行われている。
予定通りクラウスさんはやってきたのだが、何故かこの男は私の真横に座って手を握って腰に手を回している。
確か私は女王様だったはず。
不敬罪でしょっ引くことは可能だろうか?
「これじゃ食事が食べられないわ」
「なんだ、そんなことか。どれが食べたいの?食べさせてあげるよ」
そうじゃねーーー!!!
あ、このハムサンド美味しい、モグモグ。
ってそうじゃない!
エリアスさんの眉間に渓谷が出来ている!!
わーーん!不可抗力じゃないか!
「打ち合わせはどうしたの……」
「いいじゃないか、少しくらい。後宮の男達はいつでも貴女を口説いて良いことになってるんだ。俺にも貴女を口説かせて?」
なんだってーー!?聞いてない!!
いや待て、落ち着け、きっと相手は本気じゃない。
だがいつでも口説いて良いとはどういうことか?
仕事しろ、仕事!
というか話の流れで言うと、クラウスさんも後宮の一員なのね?
「しかしどういう心境の変化だい?両陛下を亡くされてからずっと笑うこともなかった貴女が、常には無いくらい感情豊かだ」
ギクッ………、中の人が違うからとは言えない……。
そういやシルビア様が女王様ってことは、ご両親がいないってことなんだよね。
ご病気で亡くなったのかな?
そういやアンリちゃんはシルヴィア様は辛いことがあったと言っていた。
この事なのかもしれない。
「クラウス、いい加減にしないか。シルヴィア様はお忙しい身だ。打ち合わせをしないなら退室願おう」
「おー、怖い。はいはい、分かりましたよ。ではシルヴィア様、オルニアまでの旅路の確認をしましょうか」
ナイスフォロー!頼りになるなぁ、エリアスさん。
二週間後に護衛の近衛騎士団と共に、オルニアを目指し旅をするのだという。
移動は馬車なんだって。
なんか異世界というよりタイムスリップ感がある。
この世界は100年くらい前に衰退した貴族社会が発展していて、化学がまだまだ未発達なようだ。
車や電車がないのは不便だなぁ。
片道三日かけて街に赴き、犠牲者のために祈りを捧げ、残された遺族に励ましの言葉をかけるのが私の役割らしい。
家族が亡くなるのは本当に辛いことだ。
シルヴィア様ではない私が、本当に人々の力になれるのかは分からない。
けれど、今は私がその役割を精一杯努める以外方法はない。
少しでも人々の力になれるといいな。
「エリアスとアンリが馬車に同乗し、身辺の護衛とお世話をいたします。エリアスがデカくて邪魔なので、私は後続の馬車にラーシュ様と乗り同伴します」
お、新キャラだ。
ラーシュさんね?了解。
後宮にいた人かしら?
外国人の名前って馴染みがあまりないから覚え難いけど、あまり長くなければ大丈夫そう。
一通り打ち合わせをするとクラウスさんは退室していった。
去り際に手の甲にキスを落とすことも忘れない。
世の女性がホストにドハマりするのは、こういうテクニックで「もしかして私は特別なの?」と勘違いさせてしまうのが原因に違いない。
クラウスさんはイケメンだが、私は絶対に貢がないし騙されるもんか。
イケメンだからって何しても許されると思うなよ!
「さ、もう大丈夫だ。今日は夜の晩餐まで予定はもうないから、ゆっくり休むといい」
あ、また頭をポンとされた………。
エリアスさんはその大柄な体格に相応しく、その手もとても大きい。
懐かしい彼とは全然違うのに、似た仕草をされてしまうと彼を思い出して切なくなってしまう。
部屋の外にいるからとエリアスさんは退室してしまう。
ずっと部屋を警備してくれてるんだという安心感に、少し眠気が襲ってきた。
ソファが贅沢すぎるほどフカフカで、いい感じに眠気を後押しする。
右も左も分からない環境で他人を演じていて、やはり気が張っていたようだ。

少しだけ……少しだけなら昼寝してもいいよね?


怖いくらい紅い満月が見える。
あ、これ夢だ。
いや、確か優花ちゃんとの飲み会の帰り、じゃあねと別れた後に見上げた月がこんな色をしていた。
酔って気持ちよく歩きながら帰ったんだった。
そうだ、商店街を歩いているとき、若いお母さんが幼い子供を連れて歩いていて、かなり遅い時間だったのでちょっと可哀想だなって思ったんだ。
それで…………そうだ。
子供がお母さんの数歩後ろを眠そうにフラフラ歩いていて、小さな子供の存在に気づかなかっただろう車が迫ってくるのが私には見えて………………。


「ーーーーーあぁぁ!!!!」
思い出した。
思い出してしまった………。
心臓が煩いくらい大きな音を立てている。
部屋のドアが大きく鳴らされる音に正気に返る。
「どうした!何があった!!」
エリアスさんが血相を変えて入室してくる。
私、大声出てた?
「どうしたんだ?何があった?」
エリアスさんが心配げに私を覗き込んでくるが、呆然として声が出ない。
あの時、身体は勝手に動いていた。
全く見ず知らずの他人だったけれど、あの子を救う以外の選択肢は私にはなかった。
「私…………」
「え?」
「死んでしまったみたいです………」
「ーーーーー!」
私はもう、元の生活には戻れないのだと知る。
身寄りもなく、好きだった人には振られ、すぐ死んでも未練はないんだろうなと漠然と思っていた。
けれど。
擁護施設で進路の相談を真剣に聞いてくれた先生とも、商店街でオマケしてくれるおっちゃん達とも、会社で私を慕ってくれた後輩とも、大好きな親友の優花ちゃんとも………もう二度と会えないのだ。
「……………今だけ許せ」
と、逞しい温もりに包まれた。
目の前が歪んで見えて、漸く自分が泣いていたことに気づく。
「…………ふっ………ううぅ………」
エリアスさんは何も言わず、私をずっと抱きしめてくれた。
悲しくて沢山泣いたけど、何故かエリアスさんの腕の中はとても安心できて、いつのまにか眠ってしまったようだった。


さよなら、大好きだった世界。
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