氷の女王様の縁結び

紫月

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ウッカリ桜、本領発揮

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ラーシュ様が仕事があると言って城内に戻った後も、なんとなくボンヤリしながら花見酒を飲んでいた。
彼が  本気でシルヴィアを好きなことは伝わってきたが、どこか掴み所のない人だった。
会って寧ろラーシュ様の本質が分からなくなってしまった。
何故だろう?
「シルヴィア様、貴女にこの花を」
え?
あ、えーと、彼はたしか後宮のクルトさんだっけ?
後宮の男性がいつ口説きにくるか分からないため、一通り名前や容姿の特徴や爵位などのアンチョコをアンリちゃんが用意してくれたのだ。
覚えといて良かった!
彼は大きな薔薇の花束を抱え、私に会いに来たようだ。
「ありがとう、綺麗ね」
真紅の薔薇なんて嬉しいな。
薔薇の梅酒や花をそのまま漬け込んだリキュールも好きだけど、日本酒をベースにした薔薇のリキュールっていうのがあって、自分ご褒美で一度だけお取り寄せしたことがあるのだ。
とっても美味しかったなぁ。
あ、いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
彼らは出世のために嫌々私を口説いているのよね?
今の私でないとき、私は無口で無愛想だったのだから、それはそれは扱いづらい女だったに違いない。
ホストだっていくら仕事でも扱いづらい女を口説くのは骨が折れるだろう。
ならば説得してお家に帰すことはできないだろうか?
彼らには権力に固執するより、愛ある結婚をお勧めしたい。
よし、まずは彼が絆されやすくなるようお酒を勧めよう。
作戦はそれからだ。
「ねぇ、クルト。一緒にワインを飲みましょう?」
「光栄だな、シルヴィア様。私に決めてくれる気になったのですか?」
ウインクされた………。
待て、それは本当に口説きテクなのか?
乙女ゲームでもたまにそんなキャラはいるが、私はドン引く派だ。
「さ、シルヴィア様。どんどん飲んでください」
彼はにこやかにワインを注いでくる。
彼は私が女だからと侮っているのだろう。
ふふふ、馬鹿だね、私は飲み比べで負けたことなど一度もないのだよ?


「し、シルヴィア様………以外にお酒に……ウプッ………お強いのですね………」
かれこれ一時間は飲んだだろうか?
クルトさんがいい感じに出来上がっている。
ふふふ、そろそろ頃合いかしら?
「ねぇ、たしか貴方は侯爵家の嫡男だったわね?何故後宮入りなんてしたの?」
「え?何故って……そりゃ父の命令で……あ」
「いいのよ?お酒の席だもの、本音で話しましょう。貴方、お父様の命令がなかったら、本当は侯爵家を継ぎたいんじゃないの?」
「………では、ご無礼を。領地の経営に口出しをして、父から反感を買いました。父には分からないのです。民から税を徴収するだけでは領主は務まりません。道の整備をし商人が通りやすい町にすれば物の流通が活性化し、民の生活はより潤うでしょう」
彼はふらふらしながらも、酔った勢いで話し出す。
ふふふ、計画通り!
「それはそうね。それで?」
「私は道の整備を最優先すべきだと父に進言したのですが、それが煩わしかったのでしょう。父は父の言いなりで民から税を徴収することしか考えていない次男を後継に据えるつもりなんです」
「なるほど、それで後宮入りをさせられたのね」
あー、親の背中を見て育った次男と、反面教師にして育った長男なら、いいなり次男のほうが親は可愛いよね。
侯爵にしてみれば長男が運良く王配になれれば、厄介者払いもできた上に権力も手に入って一石二鳥ってわけだ。
けれど彼の言う通り、民から税を吸い上げるばかりでは、いずれ反乱が起きてしまうだろう。
それはやがて貴族社会の衰退にも繋がる。
「貴方には立派な志があるのね」
「いえ、結局現侯爵の父の意見には歯向かえません。諦めるしかない…………」
「諦めては駄目!」
「ーーーっ!」
「貴方は領地経営の才能もあって民を思える優しさもある。貴方は素晴らしい領主になれると思うの。お父様には私も一緒に説得をするわ。だから諦めては駄目よ」
私が女王様なのだから、命令をすれば侯爵位の代替わりなど容易いだろう。
けれどそれでは親子に不和が生じる。
お互いが納得するまで話し合いが必要なのだ。
気持ちよくお家に帰ってくれるなら、協力は惜しまないよ?
ギュッ。
……………………ん?
何故私は手を握られているの?
「私は父に言われるままに後宮にやってきた。無礼を承知で言わせていただくと、貴女には興味などなかった」
「そうでしょう、そうでしょう?だから……」
「でも気が変わりました」
んんん?
「私は貴女が気に入った。これからは本気で口説かせていただきたい」
…………………あれ?
「クルトは領地の経営を頑張りたいのよね?」
「王配になれば父の領地に口を出すことも出来るでしょう?貴女を妻に出来て、領地の民のためにも働ける。あぁ、なんて素晴らしいんだ!」
…………………………………あ、あれ~~?



「俺、シルヴィア様を誤解してました……」
目の前で涙ぐみながら語る男は、後宮の子爵家の嫡男であるマルクスだ。
泣き上戸とは知らなかった。
彼はあちらこちらで浮き名を流すほどの美貌の持ち主で、何人ものご令嬢を虜にしては不幸に突き落とした婚約クラッシャーと名高いの男だ。
なんでも「シルヴィア様なんて一瞬で口説き落とせる」と豪語して後宮までやってきたのだそうだ。
だが、シルヴィア様はまるで靡かなかったのは言うまでもない。
桜は見た目で人を判断するような女じゃないから、当然と言えば当然だ。
「俺には顔だけしか取り柄がないから、皆俺の顔しか愛していないのだと言ったら、「顔の造形が貴方ほど整っている人はそうはいないわ。誇れるものがあるなんて素晴らしいことじゃない。貴方が女性に優しく接することができれば、貴方を心から愛してくれる女性はきっと見つかるわ」って……」
………でた、桜の天然誉め殺し。
無意識に相手の核心部分をピンポイントで褒めるものだから、男女問わず彼女に垂らし込まれるのだ。
そして酔った桜は、誉め殺しに拍車がかかって手がつけられなくなる。
「俺の容姿に囚われず、真剣に向き合ってくれたのは彼女が初めてなんだ。俺はなんとしてもシルヴィア様を妻にしたい。もうこれは運命だと思いませんか?」
熱意は伝わったが、本気でやめてくれ。
俺はそんなこと言えた立場ではないが、彼女はお前みたいな浮ついた男に渡したくないんだ。
いや、きっと俺はどんな男が彼女と結ばれても、納得はしないだろうが………。

ラーシュ様に始まり、後宮の男どもが代わる代わる桜の庭園に訪れたが、酔って気分のいい桜に次々と落とされまくった。
彼女の性格を考えると、後宮を解散させるために人生相談に乗ったつもりなのだろう。
だが結果として、王の寵愛を得るために競い合う本来のハレムが完成してしまった。
何をしてくれてるんだ。

あぁ、もう………ウッカリ桜め………。
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